表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/156

花祭り〜花の女王ファイナル4


 しばらくしてエマが立ち上がり、ロザリンとアンジェリカに手を差し伸べた。それに手を添えて二人が同時に立ち上がると、会場は興奮した観客の拍手と大歓声に包まれた。


「女王だ!女王と娘が祈りを捧げたんだ!」


「花の女王だ!!」「花の娘もいるぞ!」


「素晴らしい歌だ!!」「素晴らしいナルだった!!」


「今年の女王と娘は最高だ!!」


 歓声はしばらく続き、拍手も鳴り止まず、口々にエマ達三人を称えた。


「すごいな」


 ヘンドリックが呟いた。


 ヘンドリックはアンジェリカの踊りに見惚れて言葉もなかった。


 エマも凄いが、アンジェリカの支える力が素晴らしいと思った。単調なだけのナルが神々しいまでに高められたのは、アンジェリカの心に、アルトワとその領民を思う気持ちがあるからだ。


 ロザリンもまた、アンジェリカの心に呼応して、自領民の幸いを願い踊った。その心を歌と踊りに乗せて披露したのだ。領民の心に届かないわけがなかった。


 声には力が宿る。アンジェリカの声が、エマやロザリンにも影響を及ぼしていた。


「さすが未来の王妃だ」


 ヘンドリックは眩しそうに目を細めてステージ上のアンジェリカを見つめた。


「本当なら、私の隣にいたはずだった」


 隣で微笑を浮かべながら、熱心にアンジェリカを見つめるグレアムを、深い、絶望を宿した目で見た。



 広場は熱狂の渦に包まれ、その熱が冷める事はなかった。口々にエマ達を褒め称え、今年の女王と娘はこの三人に決まりだと叫んだ。ステージ上も同じ状態で、エマ達が席に戻ろうとするのを、他の参加者が取り囲み、自分の身につけている花や花冠を三人に捧げた。


 三人は目を丸くして、それらの花冠を頭に乗せられたり花輪を首にかけられたり、はたまた腕に結ばれたりと、美女達のなすがままに花を受け取った。


 本来なら「ナル」の審査が終わると一般投票があるはずだった。参加者が自身の籠の前に立ち並び、観客は一輪の花を持って投票をする。捧げられた花の多さで女王と娘を決めるのだ。


 それが、一般投票に移る前にライバルであるはずの参加者が花を捧げてしまった。それはこのコンテストを棄権するとの意思表示だった。


 司会者は慌てふためき、前代未聞のハプニングにどう対応していいかわからずオロオロするばかりだった。


「皆様、どうかご静粛にお願いします。皆様、お静かに!!只今の、この状況について審議を行っております。決議され次第ご報告いたしますので、どうかそれまで静かにお待ちください!!!」


 そういい終わると、ステージの奥に行っては戻ってを繰り返している。



 広場は騒然としていた。アンジェリカはエマとロザリンに何やら耳打ちすると、楽師の所に行き曲を弾くよう指示した。その間にエマとロザリンは他の参加者と共にステージの中央に立った。


 楽師が「海辺の恋歌」という曲を弾き始めると、観客は何が始まるのだろうと興味を持ってステージに目を向けた。


 この曲は「漁師の若者が女神の娘にそうとは知らずに一目惚れし、何度もアタックするが軽くかわされてしまう。それでも懲りずに言い寄って、娘はとうとう怒り出し、海に引きずり込まれそうになって命からがら逃げ帰る」というストーリーの曲だ。明るくコミカルな歌と振り付けで老若男女問わず人気がある。


 エマとロザリンが踊り出すと他の参加者もそれに倣った。アンジェリカは一人で男性パートを踊り、美女を追いかけるステップを踏むと、美女達はドレスを揺らめかせ、楽しげに笑いながら逃げるそぶりをする。まるで会話をするような踊りに観客は笑い、アンジェリカが難易度の高いステップを踏みながら逃げ惑うと感嘆の声が上がった。


 次いで「花乙女の踊り」が流れると、観客に向かって横並びの二列になり踊り始めた。これは女神のために少女が野に咲く花を手折る歌。微笑みを浮かべながら片手で花を手折り、もう片方の手は手折った花を抱える様にして楽しげにクルクルと回る。とても華やかな踊りだ。


 並んで楽しそうにステップを踏む皆の姿を、リディアはステージの奥で爪を噛みながら見ていた。


「一体これは何?コンテストはどうなったのよぉ!なんで、みんな仲良しこよしで踊ってんの?頭おかしくなったんじゃないのぉ?」


 リディアはこの輪に入りたいとは思わなかったが、まるで自分がいないかのように扱われると腹が立った。しかしこの流れを乱すと、その矛先が自分に向くと思い、心の中で地団駄を踏んだ。


 司会者が戻って来た。曲が終わり、拍手が鳴り止むのを待って口を開いた。


「大変長らくお待たせいたしました。今回の花の女王コンテストですが、あー、実は我々審査員の間では、今年の女王と娘二人は満場一致で決まっておりました。ですが参加者の大多数が棄権をするという事態が起こりました」


 一度言葉を区切り、大きく息を吸ってさらに続けた。


「今、棄権していないのはルピナスのエマさん、同じくロザリンさん、アンジェリカさん、ビオラのリディアさんの四人だけです」


「うわああああああぁ!!」


 エマ達の名前に呼応して観客から歓声が上がった。


「どうかお静かに願います!!」


 その声に広場が静まった。


「ありがとうございます。そこで提案なのですが、花の乙女達である参加者の行いがすべてを物語っていますように、今年の女王はルピナスのエマさんに、娘は同じくルピナスのロザリンさんとアンジェリカさんに決定したいと思いますが、皆様いかがでしょうか?」


「おおおおおおおぉー!!」


 広場を揺るがすような歓声の後に、賛成の声があちらこちらで沸き起こった。


 その声が落ち着くのを待って、司会者が続けた。


「異議のある方はいらっしゃいませんか?」


「いないぞー!!」「賛成だ!」「女王が決まった!!」


「今年の女王と娘は最高だな!」「全くだ!!」


「いいぞー!!」「エマ好きだあああぁ!!」


 ステージの上も広場も一つになって、新女王と娘達の誕生を喜んだ。リディアは慌てて前に出た。


「ちょっと待って!異議ならあるわよぉ!!」


 司会者は驚いてリディアを見た。観客たちも何事かと声を落としてリディアを見つめた。広場がシンと静まると、リディアは微笑みながら頷いた。


「今年の女王に決まったエマさんに関しては、あたしは何も言いません。でもぉ、娘に決まった二人については異議を申し上げますぅ。ロザリン様はアルトワ領の領主の娘だしぃ、アンジェリカ様は王国の王太子妃なんですよぉ」


 広場にどよめきが起こった。


 リディアはその反応に気を良くして言葉を続けた。


「そんな高貴な人が身分を隠してぇ、平民の祭りである『花の娘』を務めるなんて前例がないと思うんですぅ。それにあたし達が楽しみにしている祭りがぁ、貴族のお嬢様の戯れで踏みにじられたように、あたしは感じるんですけどぉ!」


「みなさぁん、花祭りはあたし達の祭りなのよぉ!他所から来た人じゃなくてぇ、貴族でもなくってぇ、あたし達の中から女王と娘、乙女を選ぶのがいいと思うんだけどぉ、どうですかぁ!!」


 リディアは鼻にかかった甘えた声で、熱弁を振るった。

 その様子はあざといが可愛らしく、年配の男や一部の者には庇護欲をくすぐり応援したくなるような効果があった。

「そうだそうだ!」という声や拍手の音もちらほら聞こえた。


「ちょっとお待ちなさい!」


 エマがリディアの横に並び、真っ向からその主張に対して反論した。


「リディア、この祭りが平民の祭りだと誰が決めたの?あなたは知らないかもしれないけど、神殿で行われる神事には、必ず王族の方とアルトワ男爵様も臨席されているのよ。それなのに平民だけの祭りだなんて、よく言えるわねぇ」


「それに美の祭典に、生まれの貴賤や出身を問うなんて無粋よ。美しさこそ正義!!美しさでロザリン様やアンジェリカ様に負けたからって、変な言いがかりはやめなさい。みっともない!花祭りはアルトワの祭りだけど王国の祭りでもあるの。わかったかしら?」


「なあに?偉そうに説教するのはやめて!!それくらい知ってるわよぉ。あたしが言いたいのはぁ、綺麗になるには平民より貴族の令嬢の方がなれるって事よぉ!!美にかけるお金も時間もあたし達とは全然違うんだからぁ。あれくらいの綺麗さは当たり前で、別段珍しくなんてないんだからぁ」


「まあ、リディア。負け惜しみを言うのはやめなさい。口をひらけば開くだけ化けの皮が剥がれて、醜い地が出てるわよ」


 リディアは爪を噛みながら悔しそうにエマを睨んだ。


「この結果が広まって、これからも貴族の令嬢達がコンテストにやって来たらどうすんのよぉ。一度前例を作ったら断る事なんて出来ないんだからねぇ」


「リディア、あなたの言う貴族のご令嬢は『女王の娘』に選ばれたの。そして女王は平民のあたしよ。コンテストの参加資格は未婚の女性である事だけ。さっきも言ったけど、美を競う競技においては美しさこそ正義なの。覚えておきなさい」


「何よぉ!これから貴族の令嬢方がたくさん来て、令嬢達の美人コンテストになってから悔やんでも遅いんだからね」


 リディアが脅すように食い下がった。エマは小さく溜め息を吐いて肩を竦めた。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ