花祭り〜花の女王ファイナル3
「ねえ、リディア。顔ってねえ、性格が出るのよ。そのドレス、確かに可愛いし似合ってるけど、嫉妬で顔を歪ませてるあんたの醜さが強調して見えるわよ!他人と比べるより、自分自身に目を向けたらどうなの?すっごくみっともないんだけど」
「はあ?何を偉そうに言ってくれてんのよ、お・ば・さ・ん!自信満々だけど、もしかして審査員に色を売ってるんじゃないでしょうねぇ?そんな品のないドレス着て見てる方が恥ずかしいわよぉ」
リディアが目を釣り上げてエマに噛み付いた。
「あら、小犬がキャンキャン吠えてるじゃない?あたし、そんなに色っぽくて魅力的なのかしら?褒め言葉として受け取っとくわ。それに、あたしの可愛いロザリン様とアンジェリカ様が怖いのね」
「誰もそんなこと言ってないでしょう!勝手にポジティブに捉えないでよ。これだから厚化粧のおばさんてイヤなのよぉ」
「まあ、怖い!嫉妬はみっともないわよ。いやあねぇ」
「嫉妬なんかしてないわよ!適当なこと言うのやめてよ!」
「リ、リディアさん、お、落ち着いて下さい。ま、また明日から一緒に働く、な、仲間なんですから。つ、慎んだほうがいいと、お、思いますわ」
すっかり頭に血が上ったリディアはロザリンの忠告も耳に入らず、この瞬間の事しか考えられなかった。
「うるさいうるさい!!もういい加減絡むのはやめてよぉ。気分悪くなるじゃないのぉ!」
そう言うと、リディアはエマに背を向けて、端に置いてあった椅子にドカリと座った。
♢♢♢♢
審査は順当に進んでいき、衝立の奥にも人が増えてきた。
ファイナルに進むのはニ十人。花の女王と娘二人は審査員と一般投票の合計点で決まる。そしてファイナルに進んだ残りの十七人は、先導して花を撒いたり花の山車に乗ったりと、特別な花の乙女として遇される。
だがセミファイナルに進んだ者は全員、花の乙女としてパレードに参加する資格が得られるため、ファイナルに落ちた者も、明日のパレードでは、山車の後ろを練り歩く花の乙女だ。
審査員の一人が来て、セミファイナルが終了したと告げた。
「ああ、やっとこのイヤな場所から出られるのね。息が詰まりそうだったわ」
リディアはホッと息を吐いた。
「それでは皆様、こちらに一列にお並び下さい。あ、すいませんが、エマさん、ロザリンさん、アンジェリカさんは最後にお願いします」
リディアは「どうしてエマ達だけ特別待遇なのよぉ!」と叫びたいのを我慢して、静かに列に並んだ。審査員に意見してもいい事はないからだ。
ファイナリストの美女達はバラ会場から出ると、広場の花の絨毯前に作られたステージに上がった。ここからは、花の女王が決まるまでステージを降りる事は出来ない。
ステージ上の後方に、二列に椅子が置かれていた。美女達は先頭から順に二つに分かれ、後方の両端の席から座っていった。そして前列の真ん中にエマ、両隣にロザリンとアンジェリカが並び終わると静かに座った。
「それでは、只今から『花の女王コンテスト・ファイナル』を行います。花の祭りは豊漁の祭りであり、また女神カナル・ナニに美を奉納するものでもあります。よって容姿と、伝統芸能である『ナル』で審査したいと思います。美を競う女神の乙女達である皆様、よろしいですね」
広場にいる観客から一斉に拍手と歓声が沸き起こった。
「グレアム様、アンジェリカ様は『ナル』はご存じなんですか?」
マックスが心配そうに訊ねた。
「ああ、代表的なものは踊れるよ。学園の授業でも習ったし、王太子妃教育のダンスの授業でも複雑なものを習ってるはずだ。王国内の伝統芸能は一通りは習うんだ。もちろん俺も兄上も踊れるぞ」
「おおー、そうなんすか?どんな踊りなのか楽しみっす」
ステージ上では「ナル」の審査が始まった。演者が花祭りを寿ぐ「花咲く丘」を弾き始めると、二人が前に進み出て踊り始めた。曲の前半であれば加わってもいいようで、終わる頃には三人増え五人で一曲を踊り終えた。
腰を落とし、摺り足でステップを踏む。長雨が終わりを告げ、花の季節がやって来る祝いの曲で、手で会話するようにヒラヒラと靡かせ、波や花や喜びを表現する軽やかな踊りだ。五人で踊ると華やかで、ドレスがフワリと広がると、舞台に花が咲いたように映った。
二曲目は豊漁を祝う「豊漁踊り」だ。曲名の通り豊漁を祝うもので、豊漁に喜び感謝する歌詞と、比較的簡単なステップの踊りと激しいステップの二種類があり、それぞれに見せ場のある人気のナルだ。
リディアが進んで前に出た。遅れてもう一人が加わった。
二人がステップを踏むたびドレスが大きく揺れる。花冠を魚に見立て、頭上に掲げたり、大きさを誇示するように広げたり、大事に抱えたりと、ゆったりとした振り付けだ。だが上半身の優雅さに比べ、足は激しいリズムを刻み、止まることなくステップを踏み、ドレスを揺らし続けている。
観客は一気に引き込まれた。歓声が上がり、その場でステップを踏む者もいた。
リディアは微笑を浮かべ、涼やかにステップを踏む。アンクルベルが軽やかな音を響かせ、複雑なリズムを刻んでいる。もう一人もリディアに遅れまいと必死でついていくが、こちらは表情に余裕がない。
「うわああああぁー!!」
この曲の山場である最難所のステップを難なく披露すると、リディアに向けて、惜しげのない拍手が鳴り響いた。
曲が終わりお辞儀をすると、呼吸を乱すことなく、優雅な歩調で席に戻った。
「ほお、リディア嬢もなかなかやるな」
グレアムも感嘆の声を漏らした。
「ああ、学園でもダンスは得意だったからな。よく練習に付き合わされたよ」
ヘンドリックは別段感情のこもらない声で返した。
それから何曲か続いたが、リディアの踊りの後では、どれも単調でつまらなく感じた。エマ達三人も誰も踊らず、静かに皆の踊りを見ていた。三人以外が全て踊ると、最後の曲が演奏された。
大きなひょうたんをくり抜いて作られた太鼓と歌の、シンプルな古典舞曲「花少女の祈り」という曲だっだ。
エマが立ち上がり、両側の二人に手を差し伸べた。二人はその手に手を乗せると、同じタイミングで椅子から立ち上がった。
エマが二人に手を携え、ドラムが刻むリズムに合わせてステージの中央に進む。エマを中心に三角を描くように立った。
古典の中でも基本中の基本の曲で、子供から大人までアルトワの領民なら皆が知っている。
リディアはその曲が流れた途端、「勝った!」と心の中でほくそ笑んだ。
「あんな単調な踊り、みいんなすぐに飽きてしまうわ。華やかでもないし、誰でも踊れるものにするなんて。きっとアンジェリカ様が踊れないのね。フフ、恥をかいたりして!どんなふうに踊るのか楽しみだわぁ」
リディアは意地悪く嗤った。そして思った通り、曲が流れた途端に落胆めいた溜め息があちこちで聞こえた。
その中で、エマが歌い出した。
「カナル・ナニに捧ぐ 花の歌の祈り」
歌に合わせてステップを踏む。基本に忠実に、指の先まで神経を使って、頭を上げ真っ直ぐ前を見て。左手を上に、右手は前方から円を描くようにゆっくりと柔らかく広げる。目が指先を追い、また真正面を見据えた。地を踏むステップがリズムを刻み、ステージ上に張り詰めた空気が広がった。
カナル・ナニに捧ぐ 花の歌の祈り
カナル・ナニに捧ぐ 豊漁の祈り
次いでロザリンがエマの声に重ねた。そしてアンジェリカも重ねていく。三人の声は緊張感を含み、広場を厳かな空間へと作り上げていった。
カナル・ナニに捧ぐ 花が咲く感謝を
カナル・ナニに捧ぐ 豊漁の感謝を
永久に求めん 光の道を示し給え
迷いの森に住む我らに
エマを中心に横に並び、頭上の花冠を手に取るとくるりくるりと回った。ドレスが花のようにふわりと広がる。三人は神がかった巫女のようにステップを踏みながら歌を歌う。力強く伸びやかな歌声にも緊張の糸は切れない。
基本を丁寧に、丁寧に踊る。三人は寸分の乱れもなく、膝の角度、指先までエマに合わせて踊った。事前に何度も練習を重ねたかのように呼吸を合わせて踊る。少しでも呼吸が乱れれば張り詰めた糸が切れる。その緊張に観客は目を逸らすこともできず惹きつけられた。
カナル・ナニに誓う 美しい心を
カナル・ナニに誓う 我が地の平和を
カナル・ナニに誓う 美しい世界を
カナル・ナニに誓う 永遠に続く感謝の祈りを
二番になると、ステップが段々と複雑になっていった。それでもリディアの踊ったものよりは難しくない。
だけどこの頃には緊張感が高まり、観客は固唾を飲んで三人の踊りを見守った。
「何よ何よ!何でみんな、こんな踊りに夢中になってるのよぉ」
リディアは舌打ちをしたが、隣に座る者も皆、エマ達に釘付けになっていて気づかなかった。
広場はピークに達した緊張感がやがて高揚感に変わり、観客の多くが込み上げる高まりを抑えられず、中には涙を浮かべて魅入っている者もいた。もはやコンテストではなく、女神に奉納する神事を見ている気持ちになっていた。誰も彼もが自然とエマ達と共に祈りを捧げた。
永久に祈らん 光の彼方に続く道を
迷いの森を抜けて進め
カナル・ナニの御心のままに
カナル・ナニの御心のままに
三人は天を仰ぎ、両手を頭上に広げた。そして祈りを捧げるように手を組むと、ゆっくりとした仕草で胸の前までおろし、頭を垂れ膝をついた。
ドラムの音が徐々にゆっくりと鳴り、最後の一音が叩かれると、広場は水を打ったように静かになった。
皆、カナル・ナニの座す光の中に誘われた思いで、豊漁と感謝の祈りをエマ達と共に捧げた。




