花祭り〜花の女王ファイナル2
リディアがいなくなった後、ヘンドリックはルイスと共にグレアム達と合流した。
「やあ、兄上。リディア嬢とは会えたんですね」
「ああ。そうだ、お前に紹介しよう。リディの弟のルイスだ」
「あの、ね、姉さんがすいません。と、とんでもない事をしてしまって・・・」
ルイスは緊張した面持ちで頭を下げた。
「ああ、君がルイスか。兄上に剣を習っているんだろう?兄上からの手紙で聞いているよ。だからそんなに緊張しないでくれ」
「はい。仰る通りヘンドリック様に師事しています」
「君は、リディア嬢にはあまり似てないんだな」
「はい、よく言われます」
「よければ聞かせて欲しいんだが、君は、兄上とリディア嬢の結婚についてどう思っている?」
「グレアム、こんな所でする話ではないだろう。やめてくれ」
「いえ、お答えします。僕はヘンドリック様を尊敬しています。姉さんは好きですが、姉さんがした事は間違ってると思います。でも、僕がヘンドリック様に剣を教えて頂ける幸運に恵まれたのは姉さんのおかげなので、どう考えたらいいかわかりません。なので、僕は、その、ヘンドリック様と、姉さんの気持ちが大切だと思います」
「なるほど。賛成しているという事か」
「いえ、その。賛成も反対も、ヘンドリック様が姉さんと結婚したいって言えば賛成しますが、あの、その、やっぱり僕はヘンドリック様の気持ちが大切だと考えます」
「ルイス、私がリディを捨ててもいいと考えているのか?」
「そうなったら悲しいですが、それはそれで、仕方がないと思います。僕達は平民なので」
「まあ、そうだな。当たり前だが、選択権は兄上にあると考えているんだな。ルイス、君と話せてよかったよ。少なくとも君の両親は真っ当な方のようだ。どうもリディア嬢を見ていると、今流行りの物語のヒロインの両親のように、無教養で強欲な人物かもしれないと懸念していたんだ」
「グレアム、失礼な事を言うな。ジャック殿もソフィア夫人も尊敬できる方達だ」
「そのようだな。ならば俺の言いたい事も理解してくれるだろう」
「何を言うつもりだ?」
「兄上、俺の提案は前に話しただろう?忘れたのか?」
「それは、断ったはずだ」
「まだ約束の期限は来てない。気持ちが変わるかもしれないだろう?俺もルイスと同じで、兄上の気持ちが大切だと考えている」
ヘンドリックは二人から目を逸らして、小さく溜息を吐いた。
(グレアムが私の事を大切に思ってくれているのはありがたいと思う。だが決められた道を外れた今、一体何をすればいいのかわからない。幸せを求め、一度はこの手に掴んだと思えたのに、握った手を開いてみれば、宝石ではなくただの石ころを掴んでいた。そんな気分だ)
グレアムが説得しようと話しかけてくるが、ヘンドリックは適当に相槌を打つだけで考え込んでしまった。
(自由に、何にも縛られずに生きる。リディと二人で。互いを見つめ、愛し、生涯を共にする。それが望みだったはずなのに、それだけでは物足りなく思う自分がいる。私と同じ思いに至らないリディに幻滅し、自分の事しか考えない行動に落胆している。ハハ、私もたいがい自分勝手だな)
(愛していたのか、欲望だったのか。夢のような出来事だったが、今となっちゃあ、もうわからない。だが夢ではなく現実だ。そして選んだのは私だ。愚かな、私だ。責任もある。意地もある。だが、何が正解なのか、どうすべきなのかもうわからない。考えたくもない)
グレアムは探るようにヘンドリックの様子を伺った。ここで追い詰めるのは得策ではないと黙って返答を待った。
静かになったのにも気づかず、ヘンドリックは疲れ果てた面持ちで、ここではない遠くを見つめた。
♢♢♢♢
リディアはというと、予選を勝ち抜いてきた美女達に混じって、バラ会場の中で審査員の説明を聞いていた。会場内の奥に審査員が十人、長机の前に並んで座っていた。そして他の会場と同じで、その奥に出口があった。審査方法も予選と同じだった。ここでニ十人に絞られて、ファイナルの一般投票になる。
「なあんだ。これなら楽勝ね!」
ざっと会場内を見まわして、リディアはホッと胸を撫で下ろした。審査はすでにスタートしており、前方から十人ずつが誘導されて審査員の前に並んだ。そして次々に審査され、基準に満たない点数の美女は肩を落として出口から出ていった。
いよいよリディアの番になった。
「ビオラのリディアです」
リディアはにっこり笑うと、くるりと回ってドレスを摘まみ、淑女の礼を披露した。
審査員達もつられて微笑んだ。そして、そのうちの一人が質問した。
「リディアさん、あなたは『ナル』が踊れますか?」
「はい、もちろんです。小さい頃から花祭りの神事に参加したいと願っていました。『ナル』も子供の頃に母さんから習いました」
「そうですか。では、こちらでファイナルに進む手続きを行って下さい」
「はい!ありがとうございます」
誘導されて衝立の奥に行くと、エマとロザリン、アンジェリカがすでに椅子に座り、長テーブルに置かれている果実水や焼き菓子をつまみながら、小声で楽しそうにお喋りしていた。
「あら、リディアじゃない。あなたもファイナルまで残ったのね。サイラス商会の人間が三人もいるなんて、また店の評判が上がるわねぇ」
エマは微笑みながらロザリンに同意を求めた。ロザリンは、自分も店の一員だと言われたのが嬉しくてはにかみながら頷いた。
「ええ、そうね。それよりエマさんの姿が見えないと思ったら、先に通過してたんですね」
「ええ。あたし達、一番に通されたのよ。ね、ロザリン様、アンジェリカ様」
「え、ええ。な、名前を呼ばれまして。き、きっと、前年度の、は、花の娘だった、エマさんがいらっしゃる、からですわ」
「フフ、そんなことありませんよ。あたしもこんな待遇は初めてですから。でも、そうですね。あたし達三人はずば抜けて目立っているので時間短縮のためにも、あらかじめ審査員同士で話し合われていたんでしょうね」
リディアは唇を噛んでロザリンを睨んだ。
「そんなのおかしいわ。審査が不正に行われてるのよ!!」
「まあ、あたし達の美しさがわからないなんて、リディアは目が悪いのね?それとも頭が悪いのかしら?だったら教えてあげるわ。あたし達三人は満点で予選を通過したの。続けざまに満点が出るなんて前代未聞だったらしいわ。ねえ、あなたはどうだったの?満点を取れたのかしら?」
リディアは言葉に詰まった。なぜなら、女神カナル・ナニの嫉妬を買わないように配慮する慣習があると噂されていたため、このコンテストでは満点が出る事はないと思っていたからだ。そして今までも満点が出たと聞いた事はなかった。自分を除いては。
「もちろん、満点だったわ」
「そう、あなたも可愛い顔をしてるものね。ファイナルに進めて良かったじゃない」
エマはリディアに向かって微笑むと、果実水を一口飲んだ。
他の参加者がリディアに対して冷ややかな視線を送っている。そのうちの一人がおずおずと手を上げて話し始めた。
「すみません。先程から聞いてたんですが、あのう、リディアさん、ですよね?私達、いえ、たぶんここにいる全員が審査員の判定に異議は唱えないと思うわ」
「どうしてよ!!」
「だって、御三方が揃われたお姿はまるで女王と娘そのものだもの。きっと歴史に語り継がれる祭りになるわ。だからここにいる皆が、もちろん私もだけど、少しでも上位になって御三方に近いところで祭りに参加したいと思っているはずよ」
「何?気持ち悪い事言わないで。あたし達はライバルなのよ?何で今から諦めてんのよ?悔しくないの」
「悔しいなんて思わないわ。だって、圧倒的な美に対しては崇敬の念を抱く事しかできないもの。今年の三人は決まったも同然だと思ってる。それなのに、あなた、すごい自信ね」
「当たり前でしょう?女王になるために参加してるんだもの!」
その言葉に場がしんと静まった。次いでヒソヒソと陰口めいた言葉が囁かれた。
「もういいわよ!!あんた達にまでとやかく言われたくないもの。話は以上よ」
リディアがチラリとロザリンを見ると、困ったように首を傾げて両手で頰を覆っていた。
「それより、ロザリン様のドレス、色目も形もあたしのに似てますが、まさか真似した、とかぁ?ま、あたしの方が似合ってますけどねぇ。まるで比較してくれって言ってるみたいじゃないですかぁ」
「比較されて困るのはどちらかしらね」
エマが扇を広げてポソっと呟いた。リディアは素知らぬ顔で言葉を続けた。
「それにしても、内気なロザリン様にコンテストは似合いませんよぉ。ファイナルは大勢の人の前に立つんですからぁ。人見知りで吃音持ちなのに、本当に大丈夫なんですかぁ?」
リディアは心配する素振りと口調で問いかけた。
「恥をかく前に辞退した方がいいんじゃないですかぁ?それなら早めに申し出た方がいいと思いますよぉ。だってロザリン様の代わりにもう一人参加できるんですもん」
エマは音を立てて扇を閉じ、真っ直ぐにリディアを見た。