花祭り〜花の女王ファイナル
「あ、あの、リディアさんはよ、予選は通過されたん、ですよね」
遠慮がちな問いに、ヘンドリックは思い出すように顎を撫でながら答えた。
「あ、ああ、ビオラ、だったかな?花のネックレスが証だとか言ってつけていたよ」
ヘンドリックがリディアの入っていったテントを思い出した。
「そうですか。じゃあ、セミファイナルでぶつかるかもしれませんね。花のネックレスは予選通過の証であり記念品なんです。毎年花が変わるので、それを集めてる人も多いんですよ」
「君は何の花なんだ?」
「私達はルピナスです」
「ん?私達って、ロザリン嬢やアンジェリカも出たのか?」
ロザリンとアンジェリカは顔を見合わせて苦笑した。
「もちろんじゃないですか!一緒に行きましたよ!!満場一致で通過ですよ。次も出ますからね」
「グレアム、お前、許したのか?」
「許したも何も、不本意だが周りの男達に気を取られている隙に、なぜかこうなってしまったんだ」
グレアムが苦虫を噛み潰したような顔でエマを睨んだ。
「さあ、さあ、頼んでいた海老のピラフが来ましたよ。レモンを絞って香菜と一緒に混ぜて食べて下さいね」
エマの言葉にロザリンとアンジェリカが頷いた。自分達の前に並べられたお皿には、焼いたエビと香菜がこんもりと盛られ、お皿の横に薄切りのきゅうりとくし形に切ったレモンが一切置かれていた。エマの真似をして手で絞ると、爽やかな香りと共に果汁が滴り落ちた。
「まあ、いい香り!美味しそうですわ!!」
アンジェリカは嬉しそうに声を上げた。
「ア、アルトワのぎょ、魚醤を使った、お料理ですわ。お、お気に召せば、よろしいんですが」
グレアムとマックスの前には、ガーリックライスの上に蒸し鶏と香菜、砕いた木の実がのったボリュームのある料理が並んだ。ヘンドリックは魚介と麺の炒め物が置かれ、どれもこの地方の特産である魚醤の香りがするメニューだった。そしてテーブルの真ん中に唐辛子のタレが置かれ、マックスはすかさずそれを蒸し鶏の上にかけた。
「あたし達はまだ予定があるから、辛いのはやめておきましょう」
「それだが、アンジェは抜けて貰わなければ・・・」
グレアムがそう促すと、
「まあ、何を言うんですか?こんなに可愛らしいのに出るのをやめろだなんて!もったいないと思わないんですか?」
「いや、これ以上アンジェの崇拝者を増やしたくない」
「エマさん、公平なコンテストにしたければ、私が出るのはやめた方がいいと思います。私が何者かわかれば配慮されるでしょうから。・・・残念ですが」
アンジェリカが寂しげにグレアムの言葉を継いだ。
「あーん、一緒に出たかったぁ。なら、ファイナルまで、ファイナルまででいいですから。ね、お願いします、グレアム様!」
エマの必死の頼みに、グレアムは不承不承頷いた。
「ファイナルって、最後じゃないか。アンジェは出たいのか?」
「ええ。できれば最後まで、一緒に出たいですわ」
「うーん、仕方がないな。アンジェが王太子妃だとバレたらそこで辞退する。いいね。せっかくの祝祭だ。あまり混乱させたくない」
「え?本当にいいんですの?ファイナルに残ったら式典を抜けなければならないんですのよ?」
「アンジェが喜ぶならいいさ。それに、案外歓迎の意味でもいいかもしれない」
アンジェリカは一つ手を叩くと、嬉しくて仕方がないといった笑顔をグレアムに向けた。グレアムは両手の指を合わせると、にっこりと微笑んだ。
「まあ、俺はアンジェには弱いからな。アンジェの頼みならどんな些細な事でも、反対に無理な事でも叶えてやりたいんだ」
アンジェリカは頬を染めてグレアムに微笑んだ。ヘンドリックはその光景を直視できず、窓の外を眺めるふりをして視線を外した。
「そろそろ行きましょうか」
エマの言葉で一同は店を出て、セミファイナルの会場になっている「バラ」のテントに向かった。
セミファイナルの審査は、審査員一人が十点の持ち点で採点し、その合計点で競う方式だった。百人程の人数を二十人に絞り、その選出された二十人がステージ上で人気投票を行う。
その票数で「花の女王」と「女王の娘」二人を決める。残りは「花の乙女」として花の女王達と共に山車に乗る。また予選を通過した者達も「花の乙女」としてパレードに加わり、祭りを彩る花となる。
セミファイナルは予選よりも時間をかけて審査された。そして全員の審査が終わった後に、審査員の一人によって結果が発表された。
「今年は例年と違い参加者も多く、全体的に時間がかかりました。高レベルの者が多数いたためにとても難しかったです。特にファイナルを決めるための審議がとても難航致しました。まあ個人的には、この後に行う人気投票の結果をとても楽しみにしております」
そう前置くと、男は胸ポケットから一枚の紙を取り出して広げた。広場の喧騒が一瞬、水を打ったように静まった。そこに朗々とした男の声が響いた。
「ルピナスのエマ、同じくルピナスのアンジェリカ、ルピナスのロザリン、ミモザのシャーロット、ビオラのリディア、バラのフローラ、ミモザのアニー、ネモフィラのナンシー、バラのカレン、ネモフィラのマリアンヌ・・・」
エマから始まり、二十名の名前が読み上げられた。
「以上の者がファイナルの審査対象者に決定しました。名前を呼ばれた者は手続きをするので『バラ』会場に来て下さい」
「さあ、ロザリン様、アンジェリカ様、参りましょうか」
エマは、さも当然とばかり歩き始めて「あら?」と言って立ち止まった。
「ど、どうしたんですか?」
「気のせいかしら。サリアの名前がなかったわ。聞き逃した?」
エマは眉根を寄せたまま、首を傾げた。
「やっと気づいてくれたのね!エマったらはしゃぎ過ぎよ。寂しいじゃないの」
突然サリアがエマの前に現れた。
「ねえ、何なの、その格好!普段着じゃないの。何であんたが出てないのよ。何かあったの?それとも風邪でも引いた?」
エマの怒涛の質問に、サリアは肩を竦めて答えた。
「去年のじゃんけんで勝った時は、私の方が運が良かったって思ったけど、本当に運が良かったのはエマの方だったわね」
「どういう事?」
「はああぁ。本当に残念な事にね、今年から規定が変わったらしくってねぇ、前年度の女王は出られなくなったのよ。その代わりって言われて、予選通過の証の花のネックレス全種類を貰ったわ。それに昨年の女王として出るものもあるみたい」
「何それ?」
「私もわからないわ。でも、今年は特別みたいね」
「ふーん、じゃあ、今年はあたしの天下ね!ホーッホッホッホッホ!!」
エマが悪役令嬢のように、片手を腰に、もう片方の手を口元にかざして高らかに笑った。
「ところで、あんたは何でここにいるの?」
「何だはないでしょう?出てないって伝えに来たのよ、わざわざね」
「そう、それはありがとうね、サリア。でもよくここがわかったわねぇ」
「何言ってるのよ。ここで待ってたら会えると思ってたもの。でも、どこにいてもすぐにわかったわよ。だってあなた達、ものすごく目立ってるもの」
「まあね、自覚はしてるわ。去年はあんたと二人で歩いてて大変だったじゃない。それが今年は三人だもの。そりゃあこうなるわよね」
サリアは三人を護る様に立つ男達の中にヘンドリックがいるのに気づいて驚いた。ヘンドリックは人混みに目を向けてリディアを探しているようだった。
「ヘンドリック様、リディアさんならテントの反対側で見かけましたよ。行かなくていいんですか?」
「あ、ああ。そうだな。サリア、ありがとう。その、どんな様子だった?」
「べつに、そうですね。男の子と一緒でしたよ。ファイナルに進めると聞いて嬉しそうにしてましたけど」
「そうか。そうだな」
ヘンドリックはチラリとアンジェリカを見て小さく溜息を吐くと、後ろ髪を引かれる思いでグレアム達に別れを告げ、リディアの元に戻った。
♢♢♢♢
「もう!どこに行ってたのよぉ!!」
サリアの言う場所にリディアとルイスはいた。リディアはヘンドリックを見るなり不機嫌な顔を隠しもせずに声を荒げた。
「グレアム達に挨拶に行くと言っただろう?」
「何ですぐに戻って来てくれなかったのよぉ」
「戻ってもその場にはいなかっただろう?」
「何で?何で知ってるのよぉ?戻って来たの?」
「いいや。だがリディの行動パターンはわかる。が、やはりそうだったか。心配でもしろと思ったのか?幼稚だな」
リディアは頰を膨らませ、羞恥に顔を赤く染めてヘンドリックを睨んだ。
「ねえ、最近のヘンリーはなんか変。いっつもピリピリして怒ってるみたい。なんでぇ?一体どうしたのよぉ?」
「そうかな?別にそんなつもりはないが?それよりリディは以前と違って逞しさを感じるな。変わったのか、元々の性格がこうなのかはわからないがな」
「逞しさって、失礼しちゃう!あたしはちっとも変わってないわよぉ。今でもヘンリーが一番好きだし、ヘンリーにふさわしい奥さんになりたいと思ってるもん。ね!変わってないでしょう?」
リディアは屈託なくヘンドリックに笑いかけた。
リディアの言葉に素直に喜べず、後ろめたさを感じてヘンドリックは顔を背けた。
「変わったのは、ヘンリーだわ」
「そんな事ないさ」
目を合わせられず、人混みを見ながら答えた。
「姉さん、今話す事じゃないだろう?ヘンドリック様を困らせるのはやめろよ」
「困らせてなんてないわ。ルイスは黙って!!」
ルイスの言葉に、ヘンドリックは頷いてリディアに困ったように微笑みかけた。
「そうだな。今はリディのファイナルが大切だから、な。応援してるよ。頑張って来い」
「もう、騙されないんだからぁ。でも、そうね。この話はまた後でにしましょう」
バラのテントの前で、スタッフが大声で何か叫んでいる。それを見て美女達が集まり出した。リディアも遅れないように一歩踏み出してからクルリと振り返った。
「行っておいで」
「うん、行ってくるねぇ!」
リディアは手を振ると、会場に向かって急いだ。