花祭り〜花の女王コンテスト6
ヘンドリックがそんな葛藤を抱えているとはつゆ知らず、リディアは「ビオラ」と書かれたテントの中に入った。予選会場になっているテントには、それぞれ「ミモザ」「バラ」「ルピナス」「ネモフィラ」と番号ではなく花の名前がついていた。
リディアが入口から入る時に番号札が手渡された。テントの中は大きく二つに分かれており、入ってすぐの場所は大勢が立っていた。そして番号を呼ばれた十人が仕切りの奥に入って行き、そして戻って来ることなくそのまま出口から出ていったようだった。
リディアは周りの女たちを観察しながら順番を待った。
(うん、あたしが一番可愛い!この分なら優勝できそうねぇ!)
そしてリディアの番号が呼ばれた。狭いスペースに長テーブルが置かれ、その後ろに男女合わせて八人の審査員が座っていた。
リディアを含めた美女十人が一列に並び、番号を呼ばれた人が一歩前に出た。すると審査員が手を挙げ、その数で敗退かセミファイナルに進めるかを決めているようだった。進めなかった者は、審査員が指す出口からそのまま外に出ていった。完全な流れ作業のような予選だが、毎年参加者も多いために取られている方法だった。
リディアの前に並んでいた女達は皆、悔しそうな顔をして出口から出ていった。
「うわぁ、思ったより厳しいのね。今の子だってかわいいと思うんだけど。審査の基準がよくわかんないわぁ」
リディアは小さく肩を竦ませて呟いた。隣に座っているのは薄桃色の大人っぽいドレスを着た女の子だ。同じ年頃に見える。豊かで艶やかな黒髪を編み込みのハーフアップにして、耳の横にダリアの花を一輪挿している。色が白く、ぽってりとした赤い唇と口元のほくろが色っぽい。
(なんだかエマに似てるわね。あたしとは正反対!あんまり好きなタイプじゃないわ)
リディアはそう結論付けると、自分の番がくるのを待った。隣の席の女の子には六人の手が上がったが、今までの女達と同じ様に出口の向こうに消えていった。
いよいよリディアの順番が来ると、審査員は躊躇なく一斉に手を挙げた。すると、出口を案内していた審査員がビオラの花形のペンダントを差し出した。
「次はセミファイナルです。昼の一時に「バラ」の会場に来てください」
リディアはペンダントを首にかけると、出口を抜けてヘンドリックの元に駆けていった。
「ただいまぁ!思ったより人が多くて時間かかっちゃったぁ。ごめんなさぁい」
「おかえり、姉さん。どうだった?」
「フフ、見てわからない?たかだか予選じゃない。あなた達の花の女王がこんなところで落ちるわけないでしょう?もちろん合格したわよぉ」
「へえ、凄いじゃんか!姉さん、おめでとう」
リディアは胸に下がったビオラのペンダントを二人に見せた。
「予選通過の記念?ううん、証にくれたのぉ。次は一時に「バラ」の会場に行くんだってぇ。それまで屋台でも見て回りたいなぁ。ねぇ、いいでしょう?」
「あ、ああ。リディ、おめでとう。君の行きたい場所に行こう。どこがいい?」
「フフ、ありがとう。ヘンリー、エスコートして欲しいなぁ」
「あ、ああ、もちろん」
リディアはヘンドリックの腕に手を絡めた。
屋台を見て回っていると、前方に人だかりがしているのに出くわした。男達が立ち尽くして一点を見つめている。
「なぁに、あれ?」
リディアが興味を示して、そこに向かって歩き出した。
皆の視線の先には、グレアムとマックスに護衛されているアンジェリカとロザリン、それにエマがいた。
ヘンドリックはアンジェリカを見て目を瞠った。自分と同じハニーブロンドの髪を少女の様に垂らし、始めてみるラベンダー色のドレスを身につけていた。
そして柔らかい微笑を浮かべてロザリンと手を繋いでた。
花の女神の小姓のように可憐であどけなく、愛らしい。庇護欲をそそられる姿にヘンドリックは目を奪われて立ち尽くした。
「ア、アンジェリカ、なのか?雰囲気が、全然違う。まさか・・・本当に?」
他の男達と同じように見惚れるヘンドリックの腕を、リディアは思いっきりつねった。
「ねえ、誰を見てるの?アンジェリカ様だったら許さないから!!ロザリン様もだけどぉ!」
リディアの声も聞こえないのか、引きずられるようにしてその場を離れるまで、ヘンドリックはアンジェリカにくぎ付けになっていた。
「もう、なんなのよ!!なんでいっつも邪魔するのよぉ!」
リディアは地団駄を踏みながらアンジェリカがいる方向を睨みつけた。
ワッと華やいだ声が上がった。誰かがエマ達に花を捧げたようだ。一つを受け取ると、その場にいたたくさんの人から次々に花が渡された。三人は嬉しそうにそれを受け取っていた。
リディアには、まるでそこが世界の中心であるかのように、明るく華やかで楽しそうに見えた。
「許さない許さない!!絶対に許さないんだからぁ」
リディアはイライラと爪を噛みながら、ブツブツと呪いの言葉を吐いた。
「リディ、グレアム達に挨拶しに行こう」
ヘンドリックが人混みの中のアンジェリカから目を離せずに、頬を紅潮させ上ずった声でリディアに言った。
「イヤよ。あの人達はライバルなのよ!なんで挨拶になんか行かなきゃいけないのよぉ」
「だが、同じ店で働く仲間だ。それにグレアムは私の弟だぞ?」
「でもイヤよ。今日はイヤ!!」
「リディ、例え嫌な奴でも、敵対している相手でも、それを悟らせないように丁寧に挨拶をするのが貴族としての礼儀だ。まさかこんな基本も出来ないのか?」
「何を言われてもイヤなものはイヤなの。そんなに行きたかったら、一人で行ったらいいじゃない!」
「・・・そうか、わかった。では行ってくるよ」
ヘンドリックは最後まで言い終わらないうちに駆けだした。
「ね、姉さん、よかったの?」
ルイスが心配して訊いたが、リディアはヘンドリックに背を向けて平気なフリをした。
「もう、ヘンリーなんて知らないんだからぁ!ルイス、行きましょう」
「え?どこに?動いたらヘンドリック様とはぐれちゃうよ?」
「いいのよ。見つからなくて心配すればいいんだわ!」
リディアはルイスの腕を掴むと、人混みに紛れてそこを離れた。
♢♢♢♢
「グレアム!」
「兄上!手伝ってくれ!!」
グレアムは挨拶もそこそこに、三人に伸びる手を払いながら叫んだ。
「あ、ああ、わかった」
ヘンドリックもすかさず護衛に付いた。男が三人になったことで、周りからの干渉も少し落ち着いたようだった。
ちょうど昼食を食べようとする人で寺院前の広場はごった返している。近くには寄り付かなくなったが、やはり人が集まって来るので、六人は屋台ではなくカフェで昼食を取ることにした。
それぞれが席について食事が運ばれてくるのを待つ間、グレアムが不思議そうにヘンドリックに訊ねた。
「兄上、リディア嬢は一緒ではないのか?」
「あ、ああ。リディはルイスと一緒にいる。私はグレアムを見かけたから来ただけだ」
席についてからも、ヘンドリックはアンジェリカを見つめ続けていた。
「リディア嬢と一緒にいなくていいのか?」
「あ?ああ。リディには挨拶に行くと言ってる」
「いや、挨拶だけじゃなく一緒に食事をする事にもなったが?」
「ああ、構わないよ。リディもルイスと適当に食べるはずだ」
グレアムは両手の指を軽く合わせ、気もそぞろなヘンドリックを探るような目つきで観察した。
「兄上、そんなに見つめてはアンジェが居心地悪いよ。それに、アンジェに穴が開いたら大変だ!」
「まあ、グレアム様ったら、冗談はよして下さいませ」
アンジェリカが困ったような笑みを浮かべて、グレアムを嗜めた。
「あ、ああ、すまない。その、見たことのない姿だったから」
「まあ!やっぱりどこかおかしいんですわ!私も初めて着る色で落ち着かないんですの。ねえ、ヘンドリック様、どこが変か教えて下さいませ」
「い、いや、そうじゃなくて」
ヘンドリックは赤くなった頰を隠すように両手で顔を覆い、息を大きく吐いた。
「・・・可愛いよ、アンジェリカ。とてもよく似合っている。言葉では表現できない可憐さだ」
「え?ま、まあ、ありがとうございます。ヘンドリック様がそう仰るなら信じますわ。グレアム様は私が何を着ても褒めて下さるので信用できないんですの」
「実際何を着ても、俺には可愛いく見えるんだからしょうがないだろう?信じてくれないなんてショックだよ」
グレアムは天を仰いだ。
「フフ、女は賞賛される程に美しくなるんですわ。ヘンドリック様にそう言って頂けたのも、グレアム様のおかげですわね」
アンジェリカの言葉にグレアムは喜色を湛えて、テーブルに置いていた白く小さな手を掬い取り、その甲にキスをした。
「アンジェリカ、それは、私に対する当てつけかい?」
ヘンドリックは悲しそうに小さく呟いた。
「あら、綺麗で可愛くて、可憐なのはアンジェリカ様だけですか?あたし達は目にも入ってないんですねぇ」
エマが嫌味っぽく流し目を送った。
「ああ、すまない。ロザリン嬢も可愛らしい。花の精のようだね。エマは、何というか、貫禄があるな。花の精というよりは女王だ」
「ま、当然の賞賛ですね。ありがとうございます」
エマが妖艶な笑みを浮かべてお礼を言うと、マックスは真っ赤になって俯いた。
「も、ほんと勘弁してくれ。好きでもないのに何で赤くなる?俺って免疫がなさすぎて恥ずかしくなるわ」
マックスの呟きに、ロザリンとアンジェリカは思わず笑ってしまった。
「マックスの呟きはもっともですわ。ね、ロージー」
「え、ええ。わ、私でも見つめられたら、ポーッとなりますもの」
「まあ、では男達でなくロザリン様を見つめていますね。あたしの好きなのはロザリン様ですから」
エマがにっこりと微笑みかけると、ロザリンも頰を赤くして俯いた。
ヘンドリックは笑いながらも、チラチラとアンジェリカを気にしている。グレアムはそんな兄を複雑な気持ちで見つめた。