花祭り〜花の女王コンテスト5
「ああ、見つかって良かったぁ。今日はもう会えないかと思ったっす」
マックスは肩で息をしながらグレアムに話しかけた。
「やあ、マックス、遅かったな。俺達はもう朝食も食べたぞ」
「えー?ちょ、酷いじゃないすか。俺だって腹ペコなのに」
マックスはそう言いながらも、一切エマ達の方を見ようとはしなかった。
「どうしたの?マックス坊や。あたし達を見て何か言う事はないの?」
エマが悪い笑みを浮かべてマックスに近づくと、マックスは慌ててグレアムの後ろに隠れた。
「ちょっ、近寄んないで。俺にはまだ早いっす。大人の階段は一歩ずつ上りたいっす」
「あんた何言ってんのさ。着飾った女に綺麗の一言くらい言えないの?そこまでお子ちゃまだとはがっかりね。サーニンさんとはえらい違いだわ」
エマが呆れて溜息を吐くと、マックスはムッとしてエマを睨もうとした。が、直視してしまい、またしても真っ赤になって俯いた。
「くそっ!何なんだよ、これは。どうにかしてくれよ」
マックスは狼狽え、両手で赤く染まった頬を思い切りパチンと叩いた。
その様子にエマは満足気に笑うと、ロザリンの手を取って腕にかけさせた。アンジェリカはロザリンと手を繋ぎ、三人はロザリンを真ん中にして寺院に向けて歩き出した。
「マックス、グズグズしてると置いていくぞ」
グレアムはすぐ後を追い、マックスは肉入り揚げパンを買うと、かぶりつきながら追いかけた。
♢♢♢♢
エマがロザリン達を自分好みに染め上げていた頃、ヘンドリックはいつものように、早朝からルイスと鍛錬していた。
鍛錬が一段落するとレモネードを飲み、先日訪問した孤児院での話をルイスに聞かせた。
「久々にグレアムと手合わせしたが参ったよ。城を出てから四ヶ月程経ったが、向こうはずいぶんと腕を上げていた。それに比べ私はレベルを落とさずにいるのが精一杯で、腕を磨けずにいると痛感した」
「そんなに強いんですか?」
「ああ。元々剣のセンスもいいし体も鍛えていた。それなりに強かったが、グレアム自身が勝ちにこだわらず負けても悔しがりもしなかった。どこか諦めたようなところがあってな。特に私との稽古では本気を出した事がなかったんだと思う」
「どうしてですか?」
「・・・そうだな。推測でしかないが、私に遠慮していたんだろう。私は兄であり王太子だったからな。意識してなのか無意識だったのかは知らないが、今回負けて初めて、私はグレアムの本当の強さや資質に気づいたんだ。情けないがな」
「そんな」
「私は何も知らなかった。目に見えるものだけを見て本質を知ろうとしなかったんだ。最近、強くそう思う。グレアムの事だけじゃない。リディを選んだ時に私は後悔しないと決めた。リディと一緒になる事は、私にとって得難く代え難い、価値のあるものだと思っていたんだが」
「ヘンドリック様、一体どうしたんですか?」
ヘンドリックは、ルイスをジッと見つめた。リディアと同じヘーゼルの瞳が不安気に揺らめいている。
「やはり兄弟だな。がっしりとした体格でリディアとは似ていないと思っていたが、瞳の色や、その奥で感情が揺れ動く様がそっくりだ」
「小さい頃は似てるってよく言われましたけど」
ルイスはヘンドリックが何を言いたいのかわからず、落ち着かない様子でリディアのいる家の方をチラチラと見た。
「そう警戒しなくてもいい。グレアムが来たことで、城を出てからの事を色々と振り返ってるんだ」
「それで、何かわかったんですか?」
ルイスの質問に、ヘンドリックは肩を竦めて自嘲めいた笑みを浮かべた。
家の中からガタンと大きな音がして、リディアの叫び声が聞こえた。
「もうやだぁ!!ちっとも思い通りにならない。ねえ、ヘンリー、ちょっと来てぇ」
ヘンドリックはもう一度肩を竦めてみせると、ルイスにも来るかと誘った。ルイスは頷くと、ヘンドリックの後について行った。
「リディ、どうしたんだ?」
「もうイヤ!おんなじドレスなんてみっともないわ。もしロザリン様達に会ったら笑われちゃう。でも、他にドレスは持ってないし。ねえヘンリー、どうしたら違うドレスに見える?」
リディアは椅子を倒し、姿見の前で癇癪を起していた。身につけていたのは孤児院に行った時のドレスだ。
ヘンドリックは顔を顰めた。
「私が新しいドレスも買えない甲斐性なしだと言いたいのか?」
「そうじゃないわよ!わかってるんでしょう?」
「私にはどのドレスも同じに見える。別にそのドレスでもいいじゃないか」
「そうだよ、姉さん。とっても綺麗だよ」
「それはわかってるわよ。同じのが恥ずかしいって言ってるの。女は隙を見せたらそこを突いてくるのよ。あたしは誰にも何も言われたくないの!!それにあたしが笑われるって事は、間接的にヘンリーが笑われてるのよ!わかってるの?」
男二人は頭を抱えた。
ヘンドリックは、こうなった者に意見すると悪化するだけとわかっていたが、恐る恐る口を開いた。
「私が贈った卒業記念パーティーのドレスはどうなんだ?冬の素材ではなかっただろう?今でもいけるんじゃないか?それに素晴らしく似合っていた」
「イヤよ。だって、あのドレスはふさわしくないもの。あんな豪華なドレスを着て町は歩けないわ」
「それに、イヤな思い出がついてくるんだもん。それが塗り替えられるような幸せな時に、そう、ヘンリーと結婚する時に着るって決めてるの。だからアルトワ様の晩餐会の時にドレスを二枚買ったんだもの。でもあたしにはこの色のドレスがいちばん似合うから」
「そうか、それであのドレスを見かけなかったんだな」
リディアは気まずそうにヘンドリックを一瞥すると、鏡の中の自分に視線を戻した。
「ごめんなさい、言い過ぎたわ。でも、あたし優勝したいの。あたしを認めさせたいのよ」
リディアは挑むように、鏡越しにヘンドリックを見つめた。
「誰に認められたいんだ?」
「みんなよ。あたしの周りの人、全員によ!」
「何のために?」
「何だっていいでしょ。あたしはバカにされたままなんてイヤなの!みんなからすごいって言われたいのよ」
「私に近づいたのもその理由でなのか?」
ヘンドリックは口中で呟いた。
「なに?何か言った?」
「いや、なんでもない。・・・それで、結局ドレスはどうするんだ?」
「ああ、もうこれでいいわ。だって、これしかないんだもの」
リディアは不承不承といった様子でドレスを整え、胸元の水色のリボンの結び目にガーベラのコサージュをつけた。そしてストロベリーブロンドの髪をそのまま後ろに流し、ドレスと同じ色のスイートピーの花冠を頭に乗せた。
「うわあ、姉さん、花の精みたいだ」
「そう?ありがとう。ねえ、ヘンリーはどう?あたし、優勝できるかなぁ?」
「ああ、綺麗だよ。優勝出来るさ、きっと」
二人の誉め言葉に、リディアはまんざらでもなさそうに微笑んだ。くるくると鏡の前で確認すると、最後に鏡の中の自分に向けてにっこりと笑った。
「フフ、嬉しい!ありがとう。さ、町で朝食を食べましょう」
そうして三人は町に向かった。すれ違う人は皆、リディアを見ると立ち止まり、ほうと溜息を吐いて見送った。その反応に気を良くすると、リディアは微笑みを振り撒きながら町まで歩いた。
「フフフ、あたし、小さい頃から花の女王になりたいって思ってたんだぁ!でも学園生の時は帰って来れなかったしぃ、今日初めて参加するのよぉ。ぜーったいに優勝して花の山車に乗りたいんだぁ」
町に着くと、三人は手近な屋台で売っていた、スパイシーな肉と葉野菜を挟んだパンと果実水で朝食を済ませた。食べ終わるとコンテストの会場になっている聖母マリア寺院に向かった。
町にはだんだんと人が増え、中でも着飾った美しい女達が寺院に向かって歩く姿が多く見られた。だが、その女達の誰よりもリディアは可愛らしく、参加者から敵意のような視線を向けられていた。
聖母マリア寺院は、コンテストの参加者でごった返していた。今年はシアトロン港開港記念式典の一環として開催されるため、例年より規模も大きく、花の女王として活躍する場も多く約束されていた。活躍の場が増えると出会いも多い。女達は次のステージに繋がる出会いを求めてはりきっていた。
「なあに?これー!全員参加する人なのぉ?」
リディアが驚きの声を上げた。
広場には大勢の着飾った美女達が溢れかえっていた。会場になっている聖母マリア寺院の前庭には屋台が並び、予選ブースのテントが五ヶ所に設置されている。メガフォンを持った男が数人、一ヶ所のテントに偏らないよう誘導していた。その誘導に従い、各テントに着飾った美女達が次々と吸い込まれては、出口と書かれた場所から気落ちした顔で出てきた。
「ふーん、あそこでやってるんだぁ。ちょっと行ってくるね」
リディアはさも楽勝だとでもいうように、弾んだ声で駆け出した。
「姉さん、走ったら危ないよ!!」
ルイスの声にリディアは振り返ると、花のような笑顔を浮かべて手を振った。
ヘンドリックはその笑顔を見て胸が締め付けられた。かつて自分の持っている全てと引き換えにしてでも手に入れたいと思い、全身全霊を傾けて愛した女だ。
(私は、何を考えている?リディを過去にしようと思っているのか?いや、駄目だ。それは出来ない)
ヘンドリックは泡沫の様に浮かんだ思いを、慌てて否定した。
そうして、人混みに紛れるリディアの背を見つめながら、聖ナツギ大聖堂での事を思い出した。
知る人は誰もいない、司祭の立ち合いもない、指輪の交換もない。ただ「リディアを妻とし生涯愛する」と、自分達だけのおままごとのような結婚の誓いをした。あの時の幸せと喜びを、今、必死に思い出そうと努力した。
(私が変わったのか、リディが変わったのか。
いや、どちらだったにせよ、私は自身の誓いを破りたくない。破りたくはないが、今の気持ちのままでリディと暮らしていく事は出来ない)
ヘンドリックは行き交う群衆をぼんやり眺めながら、リディアと離れ、別の道を進みたいと思う気持ちを抑え込もうとした。
どうして、喜びも幸せも、ずっとは続かないのだろうか。