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花祭り〜花の女王コンテスト2


 孤児院から帰った日の夜中、天は雨の季節の終わりを告げるように雷を響かせ、これが最後だというように大雨を降らせた。

 その翌日からピタリと雨は降らなくなり、湿度を帯びた空気もカラリとしたものに変わっていった。


 長雨の季節が終わり、花の季節がやってきたのだ。

 初夏の若葉が青々と茂り、色とりどりの花が一斉に咲き始めた。


 この時期はロートリンゲン王国の各地で、花の季節を祝う祭りが行われる。その中でもアルトワ領の花祭りは華やかさで群を抜いていると評判だった。


 毎年、花の季節二週目の、休息日を含めた三日間がアルトワの花祭りだ。今年は例年と違い、アルトワに建設された新しい港の開港を祝う祝祭と併せ、花祭りを皮切りに様々な催しが約一ヶ月に亘って開催される。


 大通りに並ぶ店には花で出来た玉飾りが下がり、町の至る所に花祭りに向けて花が飾られた。

 花屋の店先には花祭り用の花冠や、海の女神カナル・ナニに捧げるガーベラやダリア、カーネーション、カンパニュラなど「感謝」の言葉を持つ花を中心に、それぞれ意味を持つ花が並んでいた。


 花祭りのメイン会場となる聖母マリア寺院は町の中心部から東南の海側にある。その寺院の広場に女神カナル・ナニの神話の一場面を花びらで描いた絨毯が敷かれ、その中心部に作られたステージで音楽や踊りなどの芸が奉納されるのだ。


 一日目に花の女王、花の娘、花の乙女を決めるコンテストがあり、二日目は音楽など芸を奉納する。真夜中に花の女王と娘、乙女達による伝統芸能「ナル」が地下神殿の女神像に奉納される。


「ナル」はもともとアルトワの地に暮らしていた民族の伝統芸能であり、女神に捧げるために修行を行った女性、いわゆる巫女だけが踊る事を許されていたものだった。伝統に基づいた振り付け、衣装、楽器、詠唱と歌に厳格な決まりがある伝統的な歌舞曲だ。


 そして祭りの最後を締めくくるのは、三日目に行われる花の女王と娘たちのパレードだ。神事を無事終えた事を皆に知らせるため、聖母マリア教会から町までの道を、花々で飾られた華やかな山車に乗った女王と娘、乙女達が花を撒きながら練り歩く。


 ロートリンデン王国が建国する時、この土地に祭られていた女神カナル・ナニとその信仰を併合した象徴として聖母マリア寺院が建てられた。その際「ナル」も寺院を通して捧げられるものとなり、アルトワの子供達は幼い頃から「ナル」を身近に感じながら大きくなる。


 花の女王になる事は、アルトワに生まれた少女達の夢であり憧れであった。



 さて、サイラスの店ではお昼の休憩時間に、食堂でロザリンを囲んで三人で花祭りの話をしていた。昨年の花の女王と娘であったサリアとエマが、今年も磨きをかけて花祭りの日を待っていた。


「サリア、前にも言ったと思うけど、今年こそはあたしが女王になる番よ!娘になったあんたを思いっきり可愛がってあげるわ」


「あら、残念ね。今年も私の娘でいてちょうだいな」


「負けないわよ!」「私だって!!」


「ま、まあ、お二人とも、あ、あの、がんばって、く、下さいね」


「何を言ってるんですか!もちろんロザリン様も一緒に出ましょうよ!何事も経験ですよ」


「あら、エマったら、ロザリン様が出たら花の娘にもなれないかもしれないわよ」


「いいえ、あたしが女王でロザリン様が娘、それで思いっきりかわいがりたいのよ!!」


「エマ、欲望に忠実過ぎよ。それに、今以上にどうやってかわいがるのよ?」


「あ、あの、私には無理です。と、とてもじゃありませんが、ひ、人前に、その、た、立つだなんて」


 ロザリンは肩を強張らせて俯き、消え入りそうな声で訴えた。


「ロザリン様、そんなこと言わないで一緒に出ましょうよ?ね、ロザリン様の御髪を結ったりお化粧したり。ロザリン様を飾り立ててみんなに自慢したいんです。お願いしますから」


「え、で、でも・・・」


「エマ、無理強いするのはよくないわ。嫌がってるのがわからないの?」


「あ、あの、出なくてもよければ、そ、その、エマさんの、お、お好きなようにして頂いて、か、構いませんわ」


「え!!ほんとにいいんですか?頭のてっぺんから脚の先まで、フルコーディネイトしますよ?」


「え、ええ。よ、よろしく、お願いしますわ」


「や、やったわ!!思いっきりあたし好みに飾るわよー!」


 エマがガッツポーズで喜びを表していると、不意に声がかけられた。


「賑やかですね。私も同席していいかしら?」


「ア、アンジェリカ様!い、いつ、いらしてたんですか?お、お出迎えもせず、し、失礼いたしました」


 頭を下げるロザリンに、アンジェリカは困り顔で微笑みながら手を差し伸べた。


「まあ、ロージーったら、畏まるのはやめてちょうだいって、いつも言ってるのに。ね、顔を上げて。アンジーと呼んでちょうだい」


「す、すみません。そ、その、つい、な、慣れなくて」


「まあ、それじゃあ私は会うごとに言い続けなければいけないのね?」


「も、申し訳、ありません」


「謝らないで。フフ、その挑戦お受けするわ。それであなたがアンジーと呼んでくれるなら、ね」


「あ、あの、きょ、拒否しているんでは、あ、ありませんわ!!あの、その、な、慣れないだけで・・・」


「ええ、そうね。呼び方なんて本当はどうでもいいのだけれど、あなたが私の大切な友人だと示したいだけなの。ただの私の我儘ね」


「も、もったいないお言葉です」


「それより、何のお話をしていたの?」


「あ、の、は、花の女王コンテストの、ことですわ」


「まあ、ロージーも出るの?」


「い、いいえ、とんでもないですわ。サ、サリアさんが、きょ、去年の女王でしたの。エ、エマさんはに、二位で娘ですわ。わ、私なんて、そんな・・・」


「当日はあたしがロザリン様を着飾るんですよ、あたし好みに!今お約束したところです」


「まあ、それは楽しみだわ。私も一緒に回ってもいいかしら?」


「え?グ、グレアム様は?こ、恋人たちのま、祭りですよ?私とい、一緒にだなんて、お、怒られて、しまいますわ」


「ロージー、恋人の祭りだけではないわ。豊漁を祈る祭りでしょう?それに安心して。グレアム様も一緒ですから」


 それならと、ロザリンは頷いた。



♢♢♢♢



 花祭り初日は好天に恵まれた。

 町は早朝から浮き足立ち、ソワソワと落ち着かなかった。特に若い女達はいつもより早めに目覚め、いそいそと身支度を整えた。


 それはアルトワ男爵家も例外ではなく、ロザリンとアンジェリカも朝から湯浴みをして、肌や髪の手入れをしっかりと行った。


 二人とも髪はふんわりと緩めにハーフアップにし、感謝の言葉を持つピンクのガーベラをメインにした華やかな花冠を頭に乗せた。この日のために仕立てた白いドレスは、裾に向かって刺繍やビーズで花模様を散らせ、ウエストにはガーベラと小ぶりの花で作ったコサージュのベルトを下げている。


 まるで花の妖精のように可憐な二人に、屋敷の者たちは皆一様に溜息を吐いた。


「やあ、なんて美しいんだ!本物の花の妖精が祝福にやってきたかと思ったよ。それに、まるで姉妹のようだな」


 待っていたグレアムも、二人を見るなり顔を綻ばせた。ロザリンの妹のヴィオレッタも手を叩いて歓声を上げた。


「うわぁ!お姉様方とっても素敵よ!!私も来年は一緒に行きたいわ!!」


「え、ええ?きょ、今日は一緒に行かなくて、いいの?」


「いいわ。今年はお母様と一緒に行くから」


「そ、そう?では、い、行って参りますわ」


 こうしてロザリンは、グレアム達と共に視察を兼ねて町へと出かけた。


 まずはサイラスの店に行き、エマが来るのを待った。ロザリンをエマ好みに飾り立てるのに、当初はエマのアパートメントに行く予定だったが、人数が増えたため店の一室を借りる事にしたのだ。


「おはようございます。エマさんはもうお待ちかねっすよ。昨日からテンション高くって、ほんと勘弁して欲しいっす」


 マックスが目を擦りながらロザリン達を出迎えた。


「ま、まあ。そうなんですか・・・」


 ロザリンは微かに顔を引き攣らせながら、マックスの背後に目をやった。


「まぁまぁまぁまぁ!お待ちしてましたよ、ロザリン様」


 エマが両手を広げ、満面の笑顔で迎えた。


「まあああぁ!なんて可愛らしい!!さすがだわ!!ロザリン様の魅力を最大限に活かしてる!!あたしの好みど真ん中よ!!それになんて言うの?可愛さ二乗?いやいや二人揃うと二乗どころじゃないわ。幸せの絶頂ってこんな感じなのかしら?ああ、これも壊し難いわ。どうしましょう?どうすればいいの?悩んでしまうわ」


 ロザリンの顔を見るなり、エマのマシンガントークが炸裂した。


 目元が少しきつめのアンジェリカと、優しげなロザリンは顔こそ似ていないが、華奢な体つきや、仕草など、持っている雰囲気が似たところが多かった。二人で合わせたようなコーディネートをすると、双子のようにも見える。

 片方だけを変えてしまうのはもったいないとエマは思った。


「あの、もしよければ、アンジェリカ様もすこーし触ってもいいですか?ベースはこのままで。飾りや化粧を加えたいんですが」


 エマが興奮を隠せずに、アンジェリカの手を握って訊ねた。


「え、ええ。良くってよ」


 アンジェリカも勢いに呑まれて、つい了承してしまった。


「やったわ!!出来上がったら肖像画を描かせてね」


「それはダメだ。アンジェの姿は描かせられない」


 グレアムが反対の声を上げた。


「そんなあ・・・。でも、王太子妃殿下を描くなんて、確かに町の絵師には荷が重いわねぇ。わかりました。涙を飲んで胸のアルバムに仕舞っておきます」


 エマは考え直すとあっさりと撤回して、皆で三階の更衣室に向かった。



 




























 



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