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ローズマリー孤児院6


 少年達は剣術大会ごっこをしたと、大きな声で皆に話して聞かせた。優勝した少年マックスは嬉しそうに花冠を皆に見せて、花冠を戴いた事を自慢げに話した。


 女の子達は、花の女王として花冠を捧げたリディアを羨ましげな顔で見つめ、模範試合の話には残念そうにヘンドリックやグレアムに視線を送った。


「ま、まあ!と、とっても楽しまれた、み、みたいですね」


「ああ、ロザリン嬢。マックスやトムも、楽しかったかい?」


「うん!とーっても!!」


 グレアムの問いに、二人は声を揃えて頷いた。


「ヘンリー兄ちゃんとグレアム兄ちゃんの試合はまだやってないよね。おれ、見たい!!」


「そうなの?あたしも見たい」


「僕も見たい!」「私も見たいわ」「あたしだって!」


 子供達は見たい見たいと口にした。


「食べ終わったら続きをやってよ!!お願い!」


「そうだな、神父様が許可してくれたらやろう」


 グレアムがヘンドリックに視線を向けた。ヘンドリックが頷くと、グレアムはニヤリと笑い返した。


「これこれ、まだ食事中だ。静かに食べなさい」


「はあい!ねえ、神父様、模範試合やってもいいよね?」


「神父様お願い!」


「そうだな。行儀よく静かに食べ、嫌がらずに片づけると約束するなら」


 ウォールトン神父がそう言うと、途端に皆は静かに食べ始めた。



「ねえヘンリー、あたし達が来たのに本当に昼食はこれだけなの?後からメイン料理が出てくるんじゃなくって?」


 リディアがそっと小さな声で訊いた。


「リディ、学園で行った孤児院でもそうだっただろう?いつもはもっと質素なはずだ。それに私達はランチをしに来たんではない」


「それはわかってるけどぉ、でもこんなの食べた気がしないわぁ。ヘンリーも足りないでしょう?」


「リディ、静かにしないか。子供達が見てるぞ」


 リディアは窮屈そうに肩を竦めて呟いた。


「食事はお喋りしながら食べた方が美味しいのに」




「みなさん、今日は好きなだけお代わりしていいですよ」


 シスターマリアの声が食堂に響くと、子供達は歓声を上げた。


「これ、静かに食べなさい」


 ウォールトン神父の声が響くと、子供達はすぐに静かになった。


「あのね、今日はいつもよりいっぱいだし、おいしいの。お姫さまたちが来てくれたからだよ」


 リディアの隣に座る女の子がそっと教えてくれた。


「そうなのぉ?かわいそうに。いつもは十分に食べてないのね?」


「え?そんなことないよ。いつもおいしいごはん食べてるよ」


 女の子は慌てて首を横に振ったが、リディアはさも問題だというようにヘンドリックに囁いた。


「ねえヘンリー、この子達の食生活に問題あるんじゃないのぉ?あんまり食べてないみたいよぉ。もっと支援した方がいいかもぉ」


「リディ、それは帰りの馬車で聞こう」


「なんで?でもいいわ。帰りの馬車でねぇ」


 リディアは「気づき」を褒められるのを待つ生徒のように、得意気に頷いた。


 いつもより少し賑やかに、満ち足りた食事が終わった。それぞれが食器を片付けるために席を立ち、一人、また一人と食堂を後にした。


「リディ、私達もそろそろ行こうか」


「あ、このマフィンを食べ終わるまで待ってぇ!ロザリン様がんばったのね。とっても美味しいわぁ」


「そうか、良かったな。だがそういう事は本人に言ってやれ」


「えー、あたしが言っても喜ばないわよ。だってぇ、ロザリン様、あたしの事嫌いなんだもん」


 ヘンドリックは溜息を吐くと席を立った。リディアも残りのマフィンを口に放り込むと慌てて席を立ち、食器を手にヘンドリックの後を追った。


「もう、ちょっとくらい待ってくれてもいいじゃない」


 モゴモゴと口を動かしながら、リディアは小さく文句を言った。



 食器を片づけた後、プレイルームに戻ったが誰もいなかった。その代わり窓の外から子供達の声が聞こえてきた。


「ああ、外に出たんだな」


 ヘンドリックは窓の外を確認すると、足早に部屋を出た。


「あん、待ってよう」


 リディアが後を追いかけるが、ドレスの裾さばきが上手くいかずにもたついた。ヘンドリックは振り返る事もせず先を急いだ。


「もう!待ってったらぁ!!ヘンリーのバカァ!!」


 

 子供達がいる場所では、マックスとグレアムが棒で戦っていた。


 少年達は目を輝かせ、少女達はうっとりと二人の勇姿を見つめている。小さな子供達は、撃ち合う音や緊迫した雰囲気、高揚した子供達の声援に怯え、ロザリンやアンジェリカの側で目と耳を塞いで寄り添っていた。


「あっ、ヘンリーお兄ちゃんが来た!!」


 目ざとく見つけた男の子が声を上げると、マックスは一瞬その声の先に目を向けた。


「隙あり!!」


 グレアムの掛け声とともにマックスの棒が宙を舞った。


「参りました」


 マックスは素直に負けを認めた。試合が終わると、二人に向けひときわ大きく歓声が上がった。


 それを機にロザリンとアンジェリカは立ち上がり、小さな子供達を連れて花の咲いている場所に向かった。少女達はロザリンを目で追ったが、勝負が気になるようで、その場に残って試合が始まるのを待った。


 リディアは野原に座る少女達を見ると、一人の少年に椅子を持ってくるよう言いつけた。言われた少年は頷くと教会に駆けて行った。グレアムは少年が戻って来るのを待つことにした。


「ん?なぜ始めないんだ?」


 ヘンドリックが不思議そうにグレアムに聞いた。グレアムが答えずに教会の方に目を向けると、男の子が椅子を抱えて戻ってくるのが見えた。


「彼がどうしたんだ?」


「まあ、彼が戻ってくるのを待ちましょう」


 ヘンドリックは首を傾げていたが、グレアムの言うように剣を磨きながら待つ事にした。程なく戻ってくると、少年は汗を拭きながらリディアの側に椅子を置いた。


「ありがとう」


 リディアは礼を言うと、フワリとドレスを翻して椅子に腰かけた。その仕草に少女達からため息が漏れた。


「リディ、なぜ君だけ座ってるんだ?」


「だって、あたしが花の女王でしょう?剣術大会でも女王は貴賓としてもてなされるんでしょう?それに、こうしてる方がそれっぽくない?」


 一人の少女がおずおずと口を開いた。


「お姫様はさっき花の女王様やったから、もうダメだよ。あたしだってやりたいもん」


「ミリアムもダメェ!あたしがするんだから」「ルルもやるぅ」


 少女達が我も我もと手を挙げた。それを見てリディアが、困ったように首を傾げた。


「あら、あなた達ドレスも着てないし花の女王らしくないわよ?なのにしたいの?」


 少女達はハッとして自分達の着ている服を眺めた。清潔でこざっぱりとはしているが、お洒落には程遠い服装だった。

 リディアのドレスと自分の服を見比べ、泣きそうになっている女の子もいた。


「リディ、いい加減にしないか。次の花の女王は彼女達に決めて貰う」


 ヘンドリックはミリアムに向き直ると、笑顔で言った。


「君達は未来の花の女王だ。喧嘩せず決められるね?」


 少女らは喜んで頷くと相談を始めた。リディアはその言葉に傷ついた顔をして俯いた。


「リディ、今日は自分が主役になるために来たのか?それとも子供達の夢を潰すために来たのか?」


「ヘンリーひどい!」


「兄上、声を荒げると子供達が怯えるぞ。その話は後にしたらどうだ?」


 グレアムが肩を竦めて声をかけると、二人は渋々口を閉じた。




「あー、そろそろ始めてもいいっすか?」


 マックスに言われ、ヘンドリック達は剣を構えた。


「始め!!」


 グレアムが素早く一歩踏み込み剣を振り下ろした。ヘンドリックは受け止めずにいなそうとしたが、剣は軌道を変えてヘンドリックの剣の上を滑り、ピタリと首元で止まった。


 一瞬の出来事だった。ヘンドリックも子供達も、呆然とグレアムを見た。皆、何が起きたかわからなかった。


 グレアムがガシガシと頭を掻きながら言い訳を始めた。


「あー、またやってしまった。すみません。それにしても兄上はどうしたんだ?何か気になる事でもあるのか?」


「いや、参った。言い訳はしないでおくよ。グレアム、腕を上げたな」


「やあ、兄上に褒められたぞ。執務でイライラすると剣を振って気を紛らわせてるんだ。第二騎士団副団長のエドガーや身近な奴らと対戦する事もある。それがいい鍛錬になってるんだろう」


「そうか。私は城を出てから満足のいく鍛錬が出来ていない。仕方ないがな。剣術大会までにもっと鍛えないと勝ち残れないかもしれないな」


 ヘンドリックは悔しそうに口元を歪めた。




 花畑から花冠を頭に乗せた女の子が駆けてきた。その後ろからロザリンとアンジェリカが小さな子供達と一緒に戻って来るのが見えた。


「マックス兄ちゃん、はい、これどうぞ!」


 女の子は月桂樹の葉と色とりどりの花の立派な冠を手渡した。


「花の女王は誰になった?」


 マックスの問いかけに、明るい栗色の髪とグレーの瞳を持つ、一人の少女が進み出た。孤児院で一番年上の少女だった。


「カンナです」


 マックスは受け取った冠を花の女王に渡した。


「ヘンリー様、俺は上手く言えないっすから表彰式は頼んます」


「はあ、負けた者が執り行うとはな」


 ヘンドリックは先ほどと同じ文句を唱えた。すると「ちょっと待って」と声がして、振り返るとロザリンとアンジェリカと子供達が、たくさんの花冠を抱えて戻ってきた。


 アンジェリカが身につけていた花冠を外すと、微笑みながらカンナの頭にそっと載せた。


「素敵よ。本物の花の女王のようね」


 アンジェリカの言葉にカンナは顔を輝かせた。


 ヘンドリックはグレアムを(ひざまず)かせ、カンナに花冠を載せるように言った。カンナは緊張した面持ちでそっとグレアムの頭に載せた。


 グレアムは微笑んで受け取り、カンナの手の甲に軽くキスを落として立ち上がった。


 少女達から悲鳴にも似た歓声が上がった。カンナは真っ赤になった頰に手を当て俯いていた。


「グレアム様、やりすぎですわ。カンナが困ってましてよ」


 アンジェリカの言葉に、グレアムは悪戯を咎められた少年のように肩を竦めて笑った。


「もうそろそろ帰る時間っすよ。プレイルームに戻りませんか?」


 マックスが気を利かせて声をかけた。


 グレアムはチラリとリディアを見た。

 怒っているのか、捨てられた小動物のような心境なのか、心許なげな顔をしていた。


 ヘンドリックはここに来てからのリディアに対して無性に苛立ったが、歩きにくそうにドレスをたくし上げるのを見ると、その手を取り、エスコートして皆の後に続いた。


 ヘンドリックの様子に、思ったより早く結論が出そうだとグレアムは思った。


 




 


 


 

 











 









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