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ローズマリー孤児院5


 少年マックスは開始の合図とともにマックスに向かって棒を突き出した。マックスは面白そうに口の端を吊り上げると軽くそれをいなす。少年マックスはスピードを緩めず、なおも執拗に棒を振り回してマックスを攻撃した。

 周りを取り囲むように見ている少年達は、少年マックスが踏み込むたびに歓声を上げた。


「おまえ、誰かに習ったのか?」

 

 マックスが少年マックスの打ち込みを受けながら話しかけた。


「習ってない」


「そうだろうな。めちゃくちゃだ」


「くそっ!」


 マックスは楽しそうに受け流しながら、少年の体力を奪っていった。だんだんと足が覚束なくなり、肩で息をするようになると、ニヤニヤ笑いながら挑発した。少年マックスはその度に威勢よく踏み込むが、すぐに立ち止まって動けなくなった。


「おい、もうその辺で勝負をつけてやれ」


 ヘンドリックの言葉に、マックスは軽く棒を突き出した。少年の最初の一手を真似た攻撃に、少年マックスは悔しそうに顔を歪めると降参した。


「マックス、よく頑張ったな」


「俺っすか?」


「違う。お前はやりすぎだ。子供にはもう少し希望を持たせるようにやれ」


「そんな難しい事、俺には無理っす」


「もういい。それより優勝者に何か褒美になるものはないか?」


 ヘンドリックが考え込んでいると、花冠をつけたリディアが、同じような花冠を手にやって来た。


「ヘンリー、剣術大会を真似てこれを作ったんだけど?」


「リディ、ありがとう。ちょうど褒美を何にするか困ってたんだ」


 ヘンドリックは笑顔でその花冠を受け取った。


「フフ、よかったぁ!余計な事だって言われたらどうしようって思ってたのぉ」


「あ、お姫様の花冠だ!」「花の女王様みたいだ!」「きれいだねえ」


「お姫様は花の女王様なの?」「いいなあ!」「僕も欲しい」


 少年達は剣術大会を思わせる情景に心躍らせた。


「そうだな。リディ、剣術大会の花の女王のように、花冠を優勝者に渡す役をしてくれないか?」


「ええ、喜んで」


 少年達から歓声が上がった。


「優勝者マックス。ローズマリー剣術大会の優勝者として、其の方に少年剣士の名と栄誉を授ける。ローズマリー花の女王リディア、花の女神の代理として、優勝の証である花冠を優勝者に捧げよ。マックスはここに、膝をついて(こうべ)を垂れよ」


「はい!」


 少年マックスは緊張した面持ちで前に進み出ると、膝を折って頭を下げた。


「花の女王リディア」


「はい」


 リディアも進み出て微笑みながらおめでとうと言うと、小さな頭に花冠を載せた。リディアが手を差し伸べると、少年マックスはその手を掴んで立ち上がり、はにかみながらありがとうと言った。

 周りの少年達は拍手でそれに応えた。


「では、最後に模範試合を行おう。マックス、合図を!」


「はい!」


 ヘンドリックは腰に下げた剣を抜いた。


「兄上、棒ではなく剣を使うんですね」


「もちろんだ。もうすぐ剣術大会があるから、これも模範試合というより稽古だな」


「あ、いいなあ。俺にも稽古をつけて下さいよ」


 マックスがうらやましそうに口をはさんだ。


「フム、マックスはどちらとやりたいんだ?」


「え?そりゃあ、両方っすよ。決まってるでしょう」


「ならば、皆、マックスの戦いが見たいか?」


 ヘンドリックは少年達に向かって訊ねた。


「見たい!」「おれも見たい」「ぼくも!!」


「よし、その声に応えてマックスも交えて総当たり戦をしよう」


「おお!!」


「グレアムは?」


「ああ、俺も構わない」


「じゃあ決まりだな。まずはマックスとグレアム、そして、私とマックス。最後に私とグレアムでどうだ?」


「ああ、いいぞ」


「うっわ!来て良かったっす、マジで」


「では初めは私が審判をしよう。マックス、剣は持ってるか?」


「ないっす」


「では私のを使え」


「両者とも用意はいいか?」


 両者とも向き合い剣を構えた。ヘンドリックの合図で試合が始まったが、お互い様子見で睨み合ったまま動かなかった。

 マックスがゆっくりと円を描きながらグレアムの隙を探すが見つからず、ジリジリと時間が過ぎていく。


 少年達が飽きてだらけそうになった瞬間、マックスがグレアムの背後から剣を振り下ろした。


 少年達から悲鳴が上がった。目を瞑った者もいた。


 カキィーン!!


 グレアムは最小限の動きで身を翻し剣を受け止めた。そして、マックスの力を逸らしながら、気付けばグレアムの剣先がマックスの喉元に向けらていた。

 マックスはハッと持っていた剣を落として両手を上げた。


「こ、降参」


 あっという間の出来事に、少年達は何があったか分からずポカンと口を開けたまま二人を交互に眺めた。


「勝者、グレアム。マックス、続けて出来るか?」


「あ、はい。体力は余ってるんで大丈夫っす」


「ではグレアム、審判をお願いする。それと剣を貸してくれ」


「ああ。では、これを。両者とも準備はいいか?」


 ヘンドリックに剣を渡すと、グレアムは涼やかな口調で辺りを見渡した。


 少年達は固唾を飲んで剣を持つ二人を見守っている。


「始め!!」


 合図とともにマックスは踏み込み、剣を突いた。ヘンドリックはヒラリと躱した。マックスは態勢を整えると、次は剣を振り下ろした。ヘンドリックが剣を受け止めると、マックスは相手をねじ伏せようと剣を持つ手に力を込めた。腕に力瘤が盛り上がった。ヘンドリックは腰を落とし、剣を押し返そうと腕に力を込めた。


 少年達は夢中になって両者に声援を送った。


 どちらともなく剣を弾き、互いに息を整えると、もう一度向かい合った。ヘンドリックが一歩踏み出し、剣を斜め上に振り上げてマックスの剣を弾き飛ばした。


 マックスは腰を落とし、ヘンドリックにタックルをした。ヘンドリックもまた剣を投げ、マックスとがっしり四つに組んだ。


 しばらくは力比べをしていたが、ヘンドリックが身を引くように力を逸らすと、マックスは態勢を崩しふらついた。ヘンドリックはそこに付け込んでマックスの襟を掴むと、一気にマックスを投げ飛ばした。


「勝者、ヘンリー」


 少年達は手に汗握り、二人の対戦を堪能した。終わった途端に拍手で両者を称えた。


「すげえな。ヘンリー兄ちゃんもマックス兄ちゃんもかっこよかった!」


「剣の試合、初めて見たけど、ほんとにカッコイイなぁ」


 少年達は口々に二人を誉めた。


「グレアム、子供達にはこうやって見せるんだ。勝負を一瞬で終わらせるとつまらないからな」


「勉強になるよ。次からはそうする」


「では、最後は私とグレアムの対戦だな。マックス、合図を」


 二人は剣を持って向かい合った。


 マックスが開始の合図を口にしようとした、まさにその時、少年達はハッと教会を振り返った。シスターと女の子達の、皆を呼ぶ声が聞こえた。


「残念、時間切れだな」


 ヘンドリックはグレアムに剣を返し、マックスから剣を受け取った。


「では、皆、戻ろうか」


 少年達は口々に「お腹へったぁ」と言いながら駆けていった。少年マックスも頭に花冠を乗せ、時々ヘンドリック達を振り返りながら嬉しそうに駆けていった。


「楽しかったようだな」


 ヘンドリックの言葉にグレアムは頷いた。


「ねえヘンリー、あたし役に立った?」


 リディアがドレスの裾を気にしながらヘンドリックに手を差し出した。ヘンドリックはその手を掴むと、腕を掛けやすいように引き寄せた。


「キャッ!ヘンリー、乱暴にしないで!!転んじゃうわ」



「あ?ああ、すまない。それよりリディの機転で助かったよ、ありがとう。そうだな、グレアム」


「ああ。子供達も喜んでた」


「フフン!」


 リディアは上機嫌で胸を反らせて歩いた。


「グレアム様も、もっと褒めてくれてもいいんですよ!あたしだって色々と考えてるんですからね」


「リディ、やめないか。それよりグレアム、皆を待たせてる。先に行ってくれ」


「ああ、そうだな。では、ごゆっくりどうぞ」


 グレアムは軽く礼をすると、スタスタと先を急いだ。


「ねえヘンリー、まだ怒ってる?」


「いや、怒ってはいない」


「良かった!!ね、昼食は何かしら?あたしもうお腹ぺこぺこよ」


「リディ、学園で行った孤児院の事は覚えてるか?」


「うーん、何となくは。でも、どうして?」


 リディアは可愛らしく首を傾げて見せた。


「いや、覚えてるならいいんだ。余計な事は口走るなよ」


「なあにぃ、それ。あたしの事信じてないのぉ?失礼しちゃうわ」


 ヘンドリックは小さく溜息をついて、食堂の扉に手を掛けた。



 食堂に入ると、皆、席についてヘンドリック達が来るのを待っていた。子供達は小声で囁き合いながら、食べるのを待っている。

 テーブルの上には、湯気を立てているスープ、パン、それにロザリン達が作ったマフィンとクッキーが、それぞれの前に置かれていた。


「え?これだけ?」


 リディアは思わず声に出してしまった。皆が一斉にリディアを見た。リディアは慌てて口を押さえたが、出てしまった言葉は元に戻らない。決まりが悪そうな顔をして、そそくさと空いた席についた。 


「遅れてすまない」


 ヘンドリックは一言詫びを入れると、失望した顔を繕いもせず、リディアの隣の席に座った。


「では、揃ったのでいただきましょう」


 ウォールトン神父が食前の祈りを捧げた。皆、目を閉じて手を組み、神父の言葉に耳を傾けている。

 最後に祈りの言葉を唱和すると、子供達は待ってましたとばかり、スープにスプーンを差し入れ、パンを口に放り込んだ。


「お代わりはたっぷりあるから、よく噛んで食べるのよ」


 シスターマリアが笑いながら注意すると、子供達は元気に返事をした。
















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