ローズマリー孤児院4
「ねえヘンリー、入らなくていいの?」
ヘンドリックは部屋の前で立ち止まり、じっと扉を見つめてリディアのお喋りが途切れるのを待っていた。
「もうお喋りはいいのか?」
ヘンドリックはチラリと、腕に手をかけているリディアを見下ろした。
「なあに?その言い方。あたし、何か気に触る事でも言った?」
「いや、リディが子供達と一緒に過ごす気になったのなら部屋に入ろう」
「あたしの気持ちが落ち着くのを待っててくれたのね?」
リディアは嬉しそうにヘンドリックの胸にしなだれかかった。
二人が部屋に入ると、少年達がヘンドリックの周りに集まってきた。それに、先ほどとは違う少女達も。その中の一人の少年が目をキラキラさせて口を開いた。
「ねえ、お兄ちゃんは騎士って知ってる?」
「ああ、知ってるがどうしてだい?」
「あのさ、剣を持ってるけどお兄ちゃんは騎士なの?傭兵とかじゃなくて?」
「ああ、騎士だよ。君は騎士になりたいのか?」
「うん!なりたい!だってかっこいいもん!」
「あー、またそんなこと言ってる!トムなんかになれっこないよ」
トムより年長の少女が腕を組み、仁王立ちになって言い返した。
「こらこら、人の夢を簡単に否定したらダメだよ。難しいが方法がない訳じゃないんだから」
ヘンドリックは少女の頭をポンポンと撫た。少女は顔を赤らめると、やめてよと言って両手でヘンドリックの手を振り払った。
「ほら見ろ!なれるんじゃないかよぉ!シンディーのバカ」
トムはシンディーにあかんべえをすると、サッとヘンドリックの後ろに隠れた。
「やめないか。トム、騎士は忠誠、真実、忍耐、寛容、良識、謙虚、慈悲を待たねばならない。今の場合でいうと、女性や子供には優しく親切にしないといけないんだよ」
「ほーら。騎士になりたいんでしょ。だったらお兄ちゃんが言うようにあたしに優しくしてみなさいよ。ほら、出来ないでしょう?」
「フン!シンディーは男みたいだから無理だね」
「何ですって?」
「優しいお姉ちゃんにだったら僕だって優しくするよ!」
「言ったわね!許さないから」
「二人ともやめないか。シンディー、シスターが呼んでるぞ?」
「あっ!いっけない」
シンディーは慌ててシスターの元へ走って行った。
トムはその背中に向かって、もう一度あかんべぇをした。
「トム、今の態度じゃあ、騎士にはなれないな」
「なんでだよ!騎士になったらあんなイヤな奴にもやさしくしないとダメなの?」
「ああ、そうだ。だが優しいだけではダメだ。勉強もして、体も鍛えなければいけない。それに手伝いも率先してやった方がいい」
「そんなにたくさん?」
「まだある。嘘をついたり誤魔化してはいけない。腹が立っても我慢する。威張ってもダメだ。他人に優しく、自分には厳しく。それに許す気持ちを持たなくてはいけない」
「そんなの無理だよぉ。お兄ちゃんは出来てるから騎士になれたの?」
「さあ、どうかな。出来てると思ってたが、わからないな」
「でしょう?でも、それが出来ないとなれないの?」
「まあ、そういう訳ではないが、そうなれるよう努力した方がいい」
「ふーん」
「そして一番大切なのは忠誠を誓い、尽くすことだ」
「それはなあに?」
「主君、または大切な人に、真心をもって尽くし仕えることだ」
「よくわかんないや。騎士って難しいんだね」
「何事も一生懸命頑張れば道は開けるはずだ。ただ何もしないよりはいい。フ、言い切ってやれなくてすまないな」
「ううん。ねえ、がんばってもなれなかったらどうすんの?」
「例え報われなくても無駄にはならない。必ず何らかの形で生きてくる。それより騎士になる事を諦めるな。諦めたらそこで終わってしまうんだからな」
「どうしてもなれなかったら?」
「悲観するより、まずは努力しぶつかってから考えろ。何事も動かなければ始まらないんだからな」
「うん、わかった」
トムは大きく頷いた。
昼食の用意のため、シスターと女の子達がワイワイとお喋りしながら部屋を出て行った。ロザリンやアンジェリカもエプロンをつけ、小さな子供達に手やスカートを引かれながら一緒に出て行った。
「リディは行かないのか?料理上手だから女の子達のお手本になると思うが?」
「えー、だってエプロン持って来てないしぃ。それにあたしはヘンリーと一緒にいる方がいいわぁ。ダメ?」
「いや、ダメじゃないが。外で男の子達と遊ぶんだぞ?」
「え?お姫様も外で遊ぶの?」
トムは不思議そうにリディアに聞いた。リディアが頷くと、トムは小首を傾げた。
「ふーん。そんなドレスじゃ遊べないよぉ?」
「遊んでいるあなた達を見てるからいいのよ」
シスターが出ていくと、少し年長の少年達がバタバタと走って外へ出て行った。そのうちの一人がトムの肩を叩いて誘うと、トムはモゾモゾと落ち着きなく扉とヘンドリックを交互に見た。
「トムも行っておいで。私はリディとゆっくり行くよ」
ヘンドリックが声をかけると、トムは嬉しそうに頷いて友達の後を追って出ていった。
「フフ、ヘンリーがエスコートしてくれて嬉しい!!」
リディアはヘンドリックに腕を絡めてゆっくりと歩いた。
「おや?まさかその格好で遊ぶのか?」
後ろを振り返ると、グレアムが小さな男の子に手を引っ張られて歩いていた。
「グレアムも来たのか」
「ああ。アンジェは昼食を作りに行ったからな。俺は男の子達のエネルギー発散に付き合うつもりだ」
「ハハッ。私もだよ。ところで昼からの予定は?」
「そうだな。特に決めてないが、俺は持ってきたプレゼントで遊ぶつもりだし、アンジェは刺繍を教えるようだ。ロザリン嬢は小さな子に読み聞かせをしてあげたいと言ってたよ。兄上はどうするんだ?」
「そうだな。私は薪割りでもしようかと思ってたが、お前と一緒に子供達と遊ぶのもいいかもしれないな。リディはどうする?」
「あたしはヘンリーと一緒にいたいわ」
「一緒には無理だな。ドレスでは邪魔になるだけだ」
グレアムが横槍を入れた。
「フンだ!あたしは木陰で見てるからいいわ」
「君は何をしたい?」
グレアムの手を引っ張っていた男の子に聞くと「戦いごっこがいい!」と、元気な答えが返ってきた。
「剣術大会でもするか?」
ヘンドリックの提案に、少年達が集まってきた。
「俺もやりたい!」
「僕もそれがいい」「ぼくも!」
「そうか。じゃあ、木刀はあるか?」
「そんなのない!木の棒でいいよ」
「そうだな。では、みんな自分の剣を探しておいで」
男の子達は林に向かって散らばり、それぞれ思い思いの棒を見つけて来た。
「よし、では一対一の勝ち抜き戦にしよう。最初は誰だ?」
ヘンドリックが一同を見渡すと、中でも一番年下に見える男の子が進み出た。
「カインです」
「カインが出るなら僕が相手になってやる!」
「名前は?」
「あっ!デイブ、じゃなくてデイビッド」
「よし、じゃあカインとデイビッド。礼をして」
二人は向かい合いお辞儀をすると棒を構えた。ヘンドリックは二人を確認すると、徐に開始の合図を出した。
「始め!」
「エイッ、ヤー」「ヤァ!」
二人は掛け声と共に一歩踏み出し、棒を振り下ろした。お互い力任せに棒を振り回している。周りの少年達はそれぞれの名を呼びながら応援したが、最後はカインがデイビッドの棒を弾いて勝った。
「勝者、カイン。では次」
「じゃあ、俺がやる。スコットだ」
「ではスコット、構えて。カインもいいな。では、始め!」
そうして次々と相手が変わり、勝ったり負けたりしながら試合は進んだ。そうして最後に勝ったのは、やはり一番体の大きい少年だった。
「勝者、マックス。フッ、マックスと同じ名か。ちょうどいい、マックスと対戦するのはどうだ?」
「兄上か俺とするんでは?」
「そのつもりだったが、私達は後で模範試合をしないか?久々にお前と手合わせがしたい」
「いいですね。兄上とは剣術大会までお預けだと思ってたから腕が鳴るな。ではマックスを呼んできます」
グレアムは馬車の辺りでウロウロしていたマックスに目をやると、駆けていった。
「マックス、何をしてるんだ?」
「なんすか、いきなり?馬車の点検ですが、終わればそっちに合流しようと思ってたっす」
「終わったのか?」
「はい。問題なしっす」
「ならちょうどよかった。さあ、行こう。勝者が決まったから、おまえが手合わせしろ」
「へいへい、わかりましたよ。子供の一番と戦えばいいんすね」
「ああ、そうだ。もちろん手加減しろよ」
マックスを連れて戻ると、一息ついた少年マックスと少年達は、目を輝かせてマックスを迎えた。マックスは嫌そうな顔で少年とヘンドリックを見比べた。
「なんなんすか?なんか嫌な感じがするんすけど」
「いやなに、マックスが剣術大会予選を勝ち進み、本大会に出ると教えただけだ」
「はああぁ。俺に期待させるのはやめて下さいよ。荷が重いっす」
「マックス兄ちゃんて強いんだね。僕にも剣術教えてよ!」「ぼくにも!」「おれも!!」
「ほらあ、子供は素直なんすから」
マックスはコホンと咳ばらいを一つすると、急に畏まった口調で少年達に話しかけた。
「あー、ここにいるヘンリーお兄さんは俺の剣の先生で、今度の剣術大会の優勝候補なんだ。俺よりもっと凄い人だから、剣が習いたければこのお兄さんに習ったらいい」
「あっ、こら!余計な事を言うな!!」
ヘンドリックは慌てて否定しようとしたがすでに遅く、少年たちの興味はマックスからヘンドリックに移ってしまった。ヘンドリックは少年に囲まれて身動きできなくなった。
「騒ぐのはやめるように。いつまでたってもマックス同士の対決が出来ないぞ」
グレアムが一括すると、ワーワー言っていた少年達は口を閉じて下がった。少年マックスは表情を引き締めて前に進み出ると、油断なく棒を握り直した。マックスも近くにいた少年に棒を借りると、少年マックスに向き合った。
ヘンドリックは深呼吸を一つすると、試合開始の合図をした。




