ローズマリー孤児院2
しばらく走ると、遠くに密集した建物が見えて来た。ようやくゴイズの町に到着したのだ。町中を通り過ぎてさらに北に走って行くと、郊外の林の先に赤レンガの教会が見えてきた。
「ヘンドリック様、ローズマリー教会が見えてきたんで、そろそろ到着っすよ」
「あ、ああ」
ヘンドリックはリディアに向き直った。
「リディ、先程は悪かった。機嫌を直してくれ」
リディアはチラッとヘンドリックを見たが、プクッと頰を膨らませてそっぽを向いた。
「リディ、こっちを向いてくれ」
「本当に悪かったって思ってるのぉ?ねえ、私の言いたい事わかってくれたのぉ?」
「ああ。人はそれぞれ自分の考えを持っている。それを否定した事は悪かった。多くはないだろうが、リディの思いに共感する子もいるかもしれない。私とは違うアプローチなだけで、リディも子供達の未来を考えているんだな」
「そうよぉ。わかってくれたのね。フフ、だったら許してあげる」
リディアはにっこりとヘンドリックに笑いかけた。
「仲直り出来て良かったっすよ。リディア、子供達の前でけんかはやめろよ。それと貴族のご令嬢は控えめで男をたてるのがいいとされてんだぞ。今みたいなのはアウトだかんな。忘れんなよ」
「何よ!マックスはあたしが出しゃばってるっていいたいの?」
「ああ、そうだな。俺ら平民にはかかあ天下って言葉もあるくらい、結婚したら奥さんに頭が上がんない奴もいるけどよぉ、貴族様が公の場で奥様にペコペコしてると格好がつかないだろ」
「それに聞いてると、そのドレスも反対されたのに無理やり着てきたんだって?これで相手から反感や軽蔑でもされてみろ。おまえがヘンドリック様に恥をかかせる事になるんだぞ」
「そんな!あたし、恥をかかせるつもりなんてないわ」
「おまえなあ、俺が連れならそのドレスはやめとけって言うぞ」
「マックス、もういい」
「そうっすか?リディアが何にもわかってないみたいで言いたくなったっす。余計な事をしました」
「いや、ありがとう。だが私は貴族とはいえ平民のような者だし、リディとは正式に婚約もしていない。そもそもリディのする事に口出しできる立場ではないんだよ」
「ヘンリー!!なんでそんなこと言うのよぉ。あたしが言うことを聞かなかったから怒ってるのぉ?」
リディアは真っ青になってヘンドリックを問い詰めた。
「リディ、落ち着いて。ジャック殿の許しをまだ貰ってないから正式には婚約していないだろう?」
「ああっ!そうだったわ。父さんのせいでまた恥をかいたじゃない」
「もはや結婚しているのと同じだからな。こんな中途半端な形になってしまい、リディには本当にすまないと思っている」
リディアは無意識に爪を噛んだが、ヘンドリックの謝罪の言葉に少し落ち着いた様子を見せた。
「ヘンリー。あたしこそ意地になってごめんなさい。これからはヘンリーの言う事を聞くようにするわ」
「そうだな、そうしてくれ。私も日々の暮らしでわからない事があればリディに訊こう」
「ええ!それは任せて!!」
リディアは得意気に胸を反らせて頷いた。
「はいはいはい、丸く収まって良かったっす。さあ、丁度着きましたよ」
マックスの言葉通り、馬車は速度を落としてゆるゆると進み、教会の前でピタリと止まった。
扉が開いて踏み台が置かれたが、マックスはそれを使わず飛び降りた。続いてヘンドリックが優雅な仕草で降りると、玄関先に出迎えていた子供達、特に女の子から歓声が上がった。
「うわあ!かっこいい!王子様みたい」
その声にヘンドリックはにっこりと笑い、声のする方に手を振った。身についた無意識の動作だった。
たちまち「キャー」という歓声と期待に満ちた眼差しがヘンドリックに注がれた。
ヘンドリックが扉に向かって手を差し出すと、リディアがドレスをたくし上げて恐る恐る降りてきた。
「キャー!お姫様だあ!!」
「きれい!!」
「王子様とお姫様だね」
女の子達はうっとりと、ドレス姿のリディアを見つめた。
リディアはヘンドリックの腕に手をかけて、先に降りていたロザリン達の場所まで微笑みながらゆっくりと歩いて行った。
「グレアム様、お待たせしました」
「ああ。・・・リディア嬢は美しいドレスが、まるでどこぞのご令嬢のようだな。だが俺ではなく、先にロザリン嬢に挨拶を。俺達はロザリン嬢の友人として連れて来て貰ったんだから」
グレアムは表面上、にこやかに答えた。
リディアは美しいと褒められて嬉しくなり、学校で覚えた淑女の礼でロザリンに挨拶をした。
「ロザリン様、今日は連れて来てくれてありがとうございました」
「え、ええ。きょ、今日はよろしく、お、お願いしますね」
ロザリンはリディアに合わせて、軽く淑女の礼を返した。
「ウ、ウォールトン神父様、シ、シスターマリア、き、今日は、訪問の許可を頂き、あ、ありがとうございます。こ、子供達へのプレゼントを、も、持って参りましたの。どうぞ、お、お受け取り下さいませ」
ロザリンは神父に向き合うと、流れるように美しい淑女の礼をした。子供達はロザリンの言葉に「うわあぁ!」と歓声を上げた。
五歳くらいの女の子がタタタッと走って来て、ロザリンに飛びついた。
「ロザリンお姉ちゃん、今日もいっぱい遊ぼうねえ」
「まあ!ロザリン様、申し訳ありません。メル、挨拶もまだでしょう?一生懸命練習したんだからかんばりましょうね。さあ、元に戻りなさい」
「はあい」
メルはロザリンに手を振りながら他の子供達のところに戻った。
年長の一人の少女が前に出て歓迎の挨拶を述べた後、初めは小さな子供達だけの、次は全員で歓迎の歌が披露された。
明るく元気な歌声が林の中に響いた。
ロザリン達は拍手で子供達の歌に応えた。
「さあ、では中に参りましょう」
「わあぁぁい」
小さな子供達がロザリンの周りに集まり、手やドレスを引っ張って歩き出した。
「フフ、ロージーは人気者ね。ここにもよく来ているのね」
アンジェリカがロザリンの背後から声をかけた。ロザリンは振り返り笑顔で頷くと、小走りになりながら教会の中に入っていった。
その後にグレアムとアンジェリカが続いた。
リディアの側で少女が二人、憧れの目を向けて立っていた。
「ねえ、王子様とお姫様なの?」
「きれい」
素直な賛辞に気を良くしたリディアは、少女達に笑いかけた。
「フフフ、ありがとう」
「ねえ、そのドレス触っても良い?」
リディアがヘンドリックの腕に手をかけて歩いていると、一人の少女がおずおずと手を伸ばしてきた。リディアは顔を顰めると、軽くその手を払った。
「ダメよ。汚れたら洗濯が大変だもん」
「え?お姫様もお洗濯するの?」
「え?」
リディアは言葉に詰まり、ヘンドリックは思わず吹き出した。
「失礼。リディ、答えないのか?」
リディアは恨めしげにヘンドリックを睨んだ。
「するわよ、洗濯。だってお姫様じゃないもん」
「お姫様じゃないの?きれいなドレス着てるのに?」
「そうよ。でもね、もう少しで本物のお姫様になれそうだったのよ」
「ほんとにお姫様じゃないの?じゃあ、なんでドレス着てるの?」
「どうしてお姫様になれなかったの?」
「色々とあったのよ。さあ、もういいでしょ。このお話はまた後でしてあげるから」
「うん、約束だよー」
女の子は走ってみんなのところに戻った。
「ヘンリー、笑うなんて酷い!」
「すまん。ドレス姿で洗濯するリディを想像してしまって」
「確かにおかしいっすね」
マックスも同意し、ヘンドリックと二人、笑いながらロザリン達の後を追った。リディアは拗ねた顔をしてヘンドリックの腕にしがみついて歩いた。
子供達の賑やかな声を追っていくと、プレイルームで皆と楽しそうに談笑している三人の姿があった。子供達はロザリンやアンジェリカの周りで思い思いに話しかけたり、運び込まれたプレゼントの箱を囲んで、蓋が開くのを期待した様子で待っている。
「あ、お姫様が来た!もう開けていいでしょう?」
「お姫様と王子様ったら遅いよぉ!早く早く!」
ヘンドリックは王子様と呼ばれるたびに憂鬱になった。
「まあまあ、待ちなさい。プレゼントを開ける前に、宜しければ子供達にご学友を紹介して頂けますかな?ロザリン様。みんな、このプレゼントを下さった方のお名前を知りたいだろう?」
「うん、知りたーい!!」
子供達は、知りたい知りたいと口にした。
「え、ええ。も、もちろんですわ。こ、こちらが、フローリア学園のゆ、友人のアンジー様と、その婚約者のグレアム様です。そ、そしてこちらは、ヘ、ヘンドリック様とリディアさんですわ」
名前を呼ばれると、アンジェリカはにっこりと微笑み軽く礼をした。グレアムやヘンドリックもそれに続き、最後にリディアが頭を下げた。すると小さな子達が一斉に自分の名前を口にした。
「あたしベッキー」「おれねえ、スティーブってんだ」
「あたしはクリスよ!」「あたしね、リーナよ」
「ぼく、ジョニーなの」「チャーリーだよ」
「まあまあ、皆様、よろしくお願いしますわ」
「うん、よろしく〜」
アンジェリカの挨拶に、可愛い声が元気いっぱいに応えた。
「ねえ、ロザリンお姉ちゃん、これ、開けていい?」
「いいわよ。みんなで仲良く使ってね」
「はあーい!!」
「ロージーはみんなと仲良しなのね」
「うん、そうだよ!お姉ちゃんねえ、いっぱい遊んでくれるの。いい子いい子もしてくれるし。メル、ロジャリンお姉ちゃん大好きなの」
「フフフ、そう、メルは何歳?」
「メルねえ、これだけ」
メルは指を二本出してにっこり笑った。
「そう。自分の年が言えるのね、偉いわ」
アンジェリカはメルの頭をよしよしと撫でた。メルは誇らしげな顔でアンジェリカが撫でられている。
「フフ、可愛い」
「おねえちゃんのなまえは?」
「アンジーよ。アンジーお姉ちゃんって呼んでくれる?」
「いいよぉ!メル、アンジーおねえちゃんもだいすき!」
ギュッとしがみついてくるのも可愛らしく、アンジェリカは目を細めた。