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ローズマリー孤児院


 翌日から、アンジェリカとロザリンは刺繍のパターンをどれにしようか選んだり、クッキーやマフィンを焼いたりして過ごした。そうするうちにあっという間に週末になり、孤児院に行く日がやってきた。


 その日は出かけるのに丁度いい天気だった。そろそろ長雨の季節も終わりに近づき、雨傘から日傘に、蒸し暑さよりもカラッとした暑さに変わろうとしていた。

 

 ロザリンとアンジェリカは昨日のうちにアイシングクッキーとマフィンを焼き上げ袋に詰めた。

 初めての時に比べ、アイシングも可愛らしく美味しそうに出来、マーサと三人で喜んだ。


 その他にも手渡し用に、玩具や本、刺繍の道具、布や糸、筆や絵具などをリボンで(まと)めたり、袋に詰めて馬車に積み込んだ。


 ヘンドリック達とはサイラスの店で落ち合うため、用意が出来ると三人は馬車に乗り込んだ。


 サイラスの店ではマックスとサーニンが玄関先で待っていた。馬車が止まると、サーニンは扉を開けて三人に礼を取った。

 ロザリンがにこやかに言葉をかけた。


「ご、ご機嫌よう、サーニン。きょ、今日はマックスが、来て、くれるんですよね」


「はい、ロザリン様。マックスに同行させます。ヘンドリック様がまだ来られていませんので、もう少しお待ち下さい。贈り物は積んでいますが、降ろすのに人手がいるため、マックス以外に数名を一緒に行かせますがよろしいですか?」


「え、ええ、もちろんよ。お、お願いしますね」


 ロザリンはグレアム達に了承を得ると、グレアムの指示に従い、店裏の馬車止めで待つ事にした。


「フム、おかしいな。兄上は時間に厳しい方だったと思うが」


「そうですわね。私もそのように記憶しておりますわ」


 アンジェリカもグレアムに同意した。


「まあ、いいか。それよりアンジェの今日の服装は可愛いね。もちろん、ロザリン嬢もだよ」


 グレアムは二人を満足気に見た。


「まあ、お褒めに預かり光栄ですわ」


 アンジェリカとロザリンは顔を見合わせ微笑んだ。


 アンジェリカはハニーブロンドの髪をアップにして、グレアムの瞳と同色の瑠璃色の細いリボンで(まと)めている。シンプルな空色のドレスは瑞々しく爽やかな印象だ。襟元に髪紐と同じリボンが揺れているのを見て、グレアムはフッと笑みをこぼした。


 ロザリンはモスグリーンの、やはりシンプルなドレスを着ていた。プラチナブロンドの髪を耳の両脇でおさげにして、瞳と同じ赤茶色のリボンで結んでいた。二人とも動きやすそうなドレスと靴を身につけている。慰問への思い入れがわかる服装にグレアムは満足だった。


 グレアムもまた、ゆったりとしたシンプルな白いシャツに生成りのトラウザーズを身につけ、ベルトに剣を下げている。

 少し着崩した襟元、引き締まった体から男らしい色気が立ち上り、アンジェリカは頬を染めてうっとりと見つめた。


 三人は孤児院に着いたら何をするかあれこれ考えながら、ヘンドリック達が来るのを待った。しばらくしてようやく出発しますと声があり馬車が動き出した。


 今日行く孤児院は、ザフロンディの北隣、農業と林業で生計を立てているゴイズという町にある。ザフロンディの海に背を向けて、なだらかな道を北に向けて走った。

 窓から見える景色が劇的に変わることはなく、畑や林の間に点在する家々や集落、川に沿った道や溜池などが流れ過ぎていく。


「まあ!素敵!!」


 ふいにアンジェリカが感嘆の声を上げた。


 窓の外に、大きな湖が広がっていた。


「べ、ベリル湖ですわ。こ、ここではニジマスのよ、養殖も、しておりますの。そ、それに釣り場としても、人気がありますのよ。二、ニジマスの他にも、ウグイやマ、マスなども釣れますわ。釣れた魚を、く、串刺しにてシンプルに焼いて食べるのが、お、美味しいんですの」


「そうなの?私、釣りもやってみたいわ。」


「アンジェが釣りに興味あるなんて知らなかったな。俺も釣りは嗜む程度だが、時間を作って行ってみるのも面白そうだね」


 グレアムはニヤリと笑った。


「まあ、何ですの?なんだか悪いお顔をされてますけど」


「いや何、アンジェが釣り餌をつけるところを想像しただけだ」


「釣り餌ってなんですの?」


「そうだな、ミミズや赤虫、カワゲラやカゲロウの幼虫、キジ、ハチの子、トビケラ、クモやチョウ、トンボなんかもありだな」


「ええっ?」


 アンジェリカは眉を(ひそ)めてグレアムを見つめた。


「私、虫は苦手ですわ。それに魚も触れるか自信がありませんわ」


「そうなの?残念だなあ。遊びは人に用意してもらってするものではないからなあ。自分で準備できるなら連れて行ってあげるよ」


「まあ!いじわるですのね」


「いやいや、遊ぶのに楽したらダメだよ。楽しくなくなるからね」


「わかりましたわ。では虫が触れるようになったらお願いします」


 アンジェリカはツンと横を向いて、窓の外を眺めた。


 グレアムは目を細め、笑いを(こら)えた口元を手で隠しながら、拗ねて怒っているアンジェリカを見ていた。


 その様子を眺めて、ロザリンは心の中でやれやれと呟いた。


 窓の外を、変わり映えのしない風景が、木の葉を揺らす風と共にサラサラと流れていった。





 そして、もう一つの馬車の中では、ヘンドリックとリディアが険悪な様子で向かい合って座っていた。


 事の発端は出かける前の家の中での事だった。家を出ようとリビングで待っていたヘンドリックは、寝室の扉から出てきたリディアを見て驚いた。


 ストロベリーブロンドの髪はハーフアップにして、サファイヤを散りばめた髪飾りをつけていた。ドレスはクリーム色で、胸元や袖口にはレースやリボンをふんだんに使い、スカート部分はフリルでフワフワとボリュームを持たせた贅沢なものだった。

 胸元の大きいリボンは水色で、サファイアのネックレスやイヤリングと合わせてとても可愛らしかった。


「リディ、とても似合っているが、今日行くのは夜会じゃない、孤児院だ。そんな華美なドレスを着ていく場所じゃない」


「えー、せっかくおめかししたのにぃ」


「まだ時間はある。急いで、動きやすい、シンプルな服に着替えた方がいいと思うが?」


「イヤよ。女の子は綺麗なものが好きなんだもの。お姫様みたいって言ってきっと喜んでくれるわ」


「・・・リディ、今日は何をしに行くつもりなんだ?」


「慰問よ」


「その格好でか?」


「ええ」


「重ねて言うが着替えた方がいい。向こうでは子供達と一緒に行動するんだぞ。そんな格好では思うように動けまい。せめてもう少しシンプルなものに」


「イヤったらイヤよ」


「何て頑固なんだ!アンジェリカやロザリン嬢は、きっとシンプルなドレスやを来てくるはずだ」


「どうしてそう言い切れるのよぉ」


「アンジェリカとは、今までに何度も孤児院を訪問してきた。彼女は着飾って視察だけする令嬢じゃない。子供達と遊んだり、シスターの手伝いをしたり、そういった事を好む。私も同じだ」


「あたしは手伝いをしたいんじゃない。子供達に夢を与えたいのよぉ。何でわかってくれないのぉ」


「夢を与えるのと、着飾るのは別だろう?」


「そんな事ない。女の子はこんなドレスが好きなのよ!」


「ドレスでどんな夢を与えるんだ。現実を見てくれ」


「ヘンリーこそ何もわかってないじゃない。綺麗なものを見ると癒やされるのよ。それに自分も同じようになりたいって目標にもなるわ」


 ヘンドリックは何を言っても平行線になる会話に頭を抱えた。


「ではせめて、宝石を身につけるのはやめた方がいい」

 

「・・・そうね。もし落として失くしたら大変だもんね。宝石は置いていくわ」


 リディアは言葉通り宝石を外したが、ドレスはそのままで家を出た。店まで歩いていくつもりだったので、布をたっぷり使った華美なドレスと、それに合わせて履いたヒールの靴はとても歩きにくく、約束の時間を大幅に過ぎてようやく店に到着した。




「おま、夜会にでも行くつもりか?」


 二人を待っていたマックスは開口一番、挨拶をすっ飛ばして非難めいた声を上げた。

 サーニンはチラリとヘンドリックを見たが、何も言わず肩を竦めるのを見ると、やれやれと小さく息を吐いた。


「おはようございます、ヘンドリック様。用意は整っております。時間もありませんし、急いで馬車にお乗り下さい」


「あ、ああ。遅れてすまない」


 ヘンドリックがリディアに手を差し伸べるとそっと手を乗せ、気取った仕草で馬車に乗り込んだ。


 馬車が動き出すと、待ちきれずにマックスは声をかけた。


「あー、おはようございます、お二人様。で、何でリディアはそんな綺麗な格好をしてきたんだ?」


「ウフ!ありがとう。でもその顔は何?なんか文句あるの?」


 マックスは不機嫌なヘンドリックを見て察した。


「リディア、ドレスのことでヘンドリック様と喧嘩したのか」


 マックスの言葉に二人は黙り込んだ。


「はあああぁ。リディアは何しに来たんだ?遊びに来たのか?」


「そんな訳ないでしょう。あたしはねえ、子供達に夢をあげたいの!!誰だってお姫様になれるんだって教えてあげたいのよぉ」


「はあ?何寝ぼけた事言ってんだ?いい加減目え覚ませよ」


「起きてるわよ!あたしだってお姫様になれそうだったんだから、なれる子がいるかもしれないじゃない。否定の言葉なんか聞きたくないから黙ってよ!マックスのバカ」


 リディアは両手で耳を塞ぐと、窓の外を眺めた。


 長閑(のどか)な風景が連なっているだけの穏やかな景色。


(あーあ、お洒落も出来ないなんて。孤児院なんかつまんない)


 リディアは心の中で呟いた。


 ヘンドリックはマックスに反論するリディアを冷めた目で見ていた。リディアと対話することを諦め、一刻も早く到着して馬車から降りる事だけを考えた。


「マックス、孤児院まではどのくらいだ?」


「そうっすねえ。この調子なら後一時間もすれば着きますよ」


「そうか」


(まだ一時間もあるのか)


 ヘンドリックは足を組み直すと、退屈な景色が流れる窓の外を、ぼんやりと眺めた。


 





 

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