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買い物に行こう6


 近くのカフェに入ったヘンドリックとリディアは、通りがよく見える窓際の席に座った。


「ねえヘンリー、なんか様子がおかしいけど何かあったぁ?グレアム様になんか言われたのぉ?」


 ヘンドリックはぼんやりとリディアを見つめている。


「ねえってばあ」


「あ、と、すまない。考え事をしていた」


「もう!どうしちゃったのよぉ」


ヘンドリックは心ここに在らずといった様子で、通りを歩く人を眺めながら答えた。


「リディ、私は、その、グレアムやアンジェリカと再会してから、学園での事や城を出てからの事を色々と考えてしまうんだ」


「え?どうしてえ?何を考えてるのよぉ!」


「それは、私は、これで良かったのか、いや、どうするべきだったのか、わからなくなってきたんだ」


「何それ、どおいう事?私と別れるっていうのぉ?」


 リディアは不安と怒りに震えながら、険しい顔でヘンドリックを問い正した。

 ヘンドリックは慌てて首を振って訂正した。素直な気持ちを吐露する事も出来なかった。


「あ、いや、私はただ、グレアム達が来た事で、これまでを振り返るいい機会だと思ってるだけだ。別れるつもりは、ない」


「それならいいんだけどぉ。あたしはぜーったいに、別れるつもりなんてないからねぇ」


 リディアはヘンドリックの真意を探るように見つめた。


「お待たせ致しました」


 テーブルにお茶とレモネード、サンドイッチに焼き菓子、フルーツ、クリームとベリーたっぷりのパンケーキが運ばれてきた。

 ヘンドリックの様子はそっちのけに、リディアは満面に喜色を湛えて、目の前に並んだ大好物を眺めた。


「うわぁー、美味しそう!お腹空いてたんだぁ!ヘンリーも食べるでしょう?」


 ヘンドリックはその様子を眺めながら、自分の悩みはリディアにとっては大した事ではないと言われた気がして寂しく思った。


「リディ、私が何に悩んでるのか気にならないのか?」


 リディアは頬張っていたサンドイッチを、慌ててレモネードで流し込んだ。

 

「そんな事ない。気になってるよぉ。でもぉ、あたしに関わる事なら教えてくれるでしょお?だから関係ないのかなって思って」


「それに、別れるんじゃないならいいの。答えが出たら教えてねぇ」


 リディアは邪気のない顔で笑い、もう一つサンドイッチを取るとパクリと頬張った。


 ヘンドリックはお茶を一口飲み、ホウと息を吐いた。城で出されていた香り高いお茶が懐かしかった。

 

(私はグレアムの提案を嬉しく感じている)


「はい、一口どうぞ」


 リディアがフォークに刺したパンケーキを勧めてきた。甘そうなクリームがたっぷりのったそれは、以前買って帰った人気の焼き菓子を思い出させ、とても食べる気がしなかった。


「私はいらない。甘いものが苦手なんだ」


「あら?そうだった?学園のデザートは食べてたよねぇ」


「ああ。甘すぎるとダメみたいだ」


「そお?美味しいのに。じゃあ、全部たべちゃうね」


 リディアは美味しそうにパクパクとパンケーキを平らげた。


「ねえ、みんな何してるかなぁ?」


 リディアが窓の外を眺めながらポツリと呟いた。ヘンドリックが考え込むのを邪魔するように、次々と話しかけた。


「グレアム様とアンジェリカ様があんなに仲良くなるなんて思わなかった。アンジェリカ様の笑った顔も初めて見たかも。今だったらあたし、アンジェリカ様と仲良くなれそうな気がするわぁ」


 ヘンドリックはギョッとしてリディアを見つめた。


「ねえ、仲良くなれると思う?好きな人が違うんだもの。それなら取り合わないでいいし、お互いに悩みを相談し合えるんじゃないかって思うんだかどぉ」


「まさか、本気で言ってるのか?」


 リディアは頬に人差し指を当て、小首を傾げてヘンドリックを伺った。


「なあに?冗談だと思ってるのぉ?」


 ヘンドリックは冗談であって欲しいと思いながら首を振った。


「冗談ならたちが悪い。仲良くなれるわけないだろう。いい加減、勝手な思い込みで引っ掻き回すのはやめろ」


「何それ?あたしがいつ引っ掻き回したのよぉ」


「はあ、自覚がないのか?先程もグレアムに対して家族になると言ってたが、よくそんな事が言えるな」


「だってぇ、ほんとの事じゃない」


「リディもグレアムやアンジェリカと会うのは気まずいと話してたはずだ。そうじゃなかったか?」


「二人を見て杞憂だったと思ったの。だってぇ、アンジェリカ様も今はヘンリーの事好きじゃなさそうだしぃ、グレアム様と二人、とっても仲良しなんだもん」


 ヘンドリックはカッとしてリディアを睨みつけた。


「アンジェリカが私を好きかどうか以前に、婚約破棄の原因になった者と仲良くできるわけないだろう。少しは考えてから口にしろ」


「なんでそんな言い方するのよぉ。過去は過去じゃない。そんな事いつまでも根に持ってたって仕方ないでしょう?あたしは仲良くできるわよぉ」


「それは、リディが勝った側だからだろ」


「何よ、勝った側ってぇ。負けた方は根に持ってるって言いたいのぉ?それともあたしが悪いって?何よぉ、ヘンリーを取り合ったっていっても、最後にあたしを選んだのはヘンリーじゃないのぉ」


「そうだ。だからこそアンジェリカに対して申し訳なく思うし、これ以上傷つけたくないんだ」


「ふーん、それで?あたしは傷ついてもいいって言うのぉ?アンジェリカ様とロザリン様に仲間外れにされてぇ、あたしが傷つかないとでも思ってるのぉ?」


「それは・・・」


「もう、いい。ヘンリーは結局自分の事しか考えてないじゃないのよぉ」


 ヘンドリックは黙り込んだ。


「もう、全部あたしが一人で食べてやるんだからぁ」


 リディアは残ったサンドイッチも、パンケーキも焼き菓子も、テーブルにあるものを、涙目で次々に平らげていった。ヘンドリックは黙って、空になっていく皿を黙って見ていた。

 



「お待たせしましたかねえ?」


 ふいに声をかけられ、顔をあげるとマックスが立っていた。


「皆さん戻って来ましたよ」


「そうか、わかった。リディ、もういいか?」


 ヘンドリックが立ち上がると、リディアも慌てて残りの焼き菓子を口に放り込んだ。

 

「リディア、行儀が悪いぞ。歩きながら食うなよ」


 マックスが顔を(しか)めて注意した。


「だってえ、残したらもったいないじゃない」


「だったら食い終わってから立てよ」


「もう、マックスうるさい!お母さんみたい」


 マックスはチラリとヘンドリックを盗み見た。ヘンドリックは何も言わず、考え込んでいるようだった。


「ねえ、ヘンドリック様となんかあったのか?」


 リディアは「別に」と返事をして、それきり黙ってしまった。


 マックスは首を傾げたが、それ以上何も言わず、グレアム達の待つ場所に向かった。


「お待たせしました。じゃあ、本屋に向かいますね」


 マックスは早めにお役御免になりたいと思いながら本屋への道を急いだ。しばらくして重厚な扉の前でマックスが立ち止まった。


「さあ、本屋に着きましたよ」


 中に入ると天井までありそうな棚が壁一面に並び、その棚に隙間なく本が並んでいた。そして店の中央に、女性の肩あたりまでの棚が、四ヶ所の隙間を開けて円形に並んでいた。


 部屋の奥に通じる場所にオークで作られた作業机があり、その前に小洒落た布張りのソファーとテーブルが置いてあった。


「いらっしゃいませ。本日はどのような本をお探しですか?」


 円形に並ぶ棚の影から、眼鏡をかけた男が顔を出した。


「絵本と、この国の歴史を記したもの、それと植物図鑑などの図鑑もいいですわね。あと刺繍のパターンが入ったデザインの本もあれば欲しいですわ。でもまずは絵本を選びましょう?ね、皆様も一冊ずつでも選んで下さいませ」


「そうだな。私は男の子達に騎士の出てくる物語はどうかと思う」


 アンジェリカの問いにヘンドリックが答えた。


「あたしはねぇ、女の子の間でぇ、今流行りの物語があるんだけどぉ、それがいいと思うなぁ」


 リディアもヘンドリックの後に続いた。


「はあ?何を言い出すかと思ったら。リディア嬢のはダメだ。それは買わない」


「なぜだ?グレアム」


「兄上は知らないのか?流行りの物語といえば、平民の娘と王子のロマンス物語だが。まさか俺達の前でそれを薦めるとは、本当に無神経な女だな」


 グレアムが冷ややかな口調で説明した。


「なっ!・・・リディア、が、すまない」


「えー、どうしてヘンリーが謝るのよう。ただの物語じゃない。女の子は大好きだと思うけどぉ?」


「本気で言ってるのか?」


 ヘンドリックが慌てて謝罪したが、リディアは悪びれた風もなく腰に手を当て、プッと頰を膨らませてヘンドリックを見返した。


「ハッ!全くもって悪趣味だな」


 グレアムの言葉に、ヘンドリックは小さく溜息を吐いた。リディアに反論する気力もなかった。

 皆の間に白々とした空気が流れた。


「あ、あの、数をか、数える絵本が、い、いいと思いますわ」


 ロザリンが場の空気を和らげようと声を上げた。


「あら、本当!だったら文字や単語の絵本もいいわね。単語とその挿絵が描いてあるようなのはあるかしら?小さな子でも楽しめるものが」


 アンジェリカもパチンと手を合わせてロザリンに続いた。


「ええ、ございますよ。何点かこちらでご用意致しましょう。ところで先ほどから聞いておりますが、どなたかへの贈り物ですか?」


「ええ。ローズマリー教会の孤児院の子供達に選んでますの」


「そうでしたか。でしたら、予算を仰って下されば適当に見繕いますが、どう致しますか?」


「うーん、そうね。でも今回は自分達で選びたいわ」


「ああ、そうだな。アンジェの思うままに」


「フフ、ありがとうございます。もちろん、グレアム様も選んで下さいましね」


「もちろん、アンジェと一緒に選ぶよ。そうしてくれるだろう?」


「ええ、喜んで」


「畏まりました。では、お決まりになりましたらお呼び下さい」


 そう言うと店主は下がり、皆それぞれ思う本を探しに散った。



 そうして本選びは終わり、手渡ししたい本は持ち帰り、残りはサイラスの店に届けて貰うよう手配した。





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