買い物に行こう3
サイラスの店の前で馬車を降りると、すでにヘンドリックとマックスが待っていた。
「思ったより早かったな」
「殿下、急な呼び出しはやめてくれませんかねえ。いきなり手紙を渡されて、こっちは本当にびっくりしたんすからね」
「やあ、それはすまなかったな。思い立ったら吉日だと思ってな」
「王都でもそんな調子なのか?ウィル達の慌てる様子が目に浮かぶよ。それで?グレアムはどこに行きたいんだ?」
ヘンドリックが訊いた。
「俺じゃなくて、こちらのお嬢様方が孤児院に持って行くプレゼントを買いたいそうだ」
グレアムが、少しふざけた調子で答えた。
「そうですわ。私は本を、ロージーは玩具がいいのよね」
「え、ええ。ほ、他にも文具も、ほ、欲しいですわ」
「まあ、素敵!それなら手芸用品なんかもいいかもしれませんわね」
「そ、そうですね。年長の女の子も、おりましたから、し、刺繍を教えてあげるのも、い、いいかもしれませんね」
「まあ!私、刺繍は得意でしてよ。何パターンか、簡単で可愛らしい図案を考えますわ」
「そういえば、ア、アンジェリカ様が、い、いつもお持ちになっている、こ、小物入れやハンカチの刺繍、とと、とっても素敵でしたわ」
「ああ、そういえばそうだね。昔アンジェリカから貰ったハンカチに感心した覚えがあるよ。毎年私の誕生日には刺繍した物を貰っていたが、どれも素晴らしかった」
「え?そうなの?俺はまだ一つも貰ってないけど」
「その、申し訳ありませんわ、殿下。忙しくて渡しそびれてますの。王都に戻ったらお渡ししますね」
「そっか、いいよ。兄上だけに作ってあげたんじゃないなら」
グレアムは口を尖らせ、肩を竦めて見せた。
「まあ!そんな風に仰らないで下さいませ。まるで私がいじめているみたいではありませんか」
アンジェリカは小さく息を吐いた。
「ところで兄上、自称婚約者殿は来られないのか?」
「グレアム、侮辱するな。出来ればリディも一緒に連れて行きたいが、いいだろうか?」
「アンジェとロザリン嬢が良ければ、俺はいいよ」
「そうですね。ロージー、どうしましょうか?」
「わ、私はか、かか、構いませんわ」
ロザリンは緊張した面持ちで答えた。
「あの、ね、ロージー、無理しなくっていいのよ」
アンジェリカの心配に、ロザリンは首を横に振った。
「だ、大丈夫、ですわ」
「そっすか?ならいつまでも店先でグダグダしてないで、早いとこ行きましょうか」
「では、リディを呼んでくるよ」
ヘンドリックが足早に店の奥に引き返した。そして、嬉しそうな様子のリディアを腕にぶら下げて戻ってきた。
「グレアム様、アンジェリカ様、お待たせしましたぁ。どんなお店に行くんですかぁ?孤児院の子供達にあげる物を買うんですよね。楽しみだわぁ」
リディアが屈託なく輪の中に入ってきた。グレアムは鼻にかかった喋り方と甘えた仕草にうんざりしたが、態度には出さなかった。
「では、どこに行きましょうか?」
マックスが問いかけると、アンジェリカとロザリンは顔を見合わせた。
「あ、あの、本屋と、お、玩具屋と、文具と、しゅ、手芸屋に」
「それとマフィンの材料も買いたいから市場にも。ね、ロージー」
「あ、は、はい」
「あっ!あたしはぁ、雑貨のお店に行きたいなぁ。ね、ヘンリー、いいでしょう?」
「あ、ああ。構わないかな?アンジェリカ、ロザリン嬢」
「ええ。私も行ってみたいですわ」
「お嬢様方は欲張りですねえ」
グレアムは行く店を指を折りながら相槌を打った。
「馬車は?」
「必要ありませんよ、殿下。ではなく、坊っちゃま?ん?」
マックスは首を傾げた。
「おい、坊っちゃまはやめてくれ!」
マックスの言葉に、グレアム以外が吹き出した。
「じゃあ、なんと呼べばいいんすかね?殿下はダメなんすよね」
「ああ、町歩きを楽しみたいからな。グレアムで構わない」
「了解っす。じゃあ、グレアム様、今言われた店は全部ここから近いから歩いて回れるっすよ」
「そうか。だが、お前は本当に遠慮がないなあ。まあ、その方が気が楽だがな。ねえアンジェ、楽しそうだね」
「フフ、失礼しましたわ。でも、殿下がお坊っちゃまって。フフフ、言葉とお姿があまりにもかけ離れているんですもの」
「まあ、そうだよな。小さな子供に戻った気分だよ」
グレアムは少し不貞腐れた様子だったが、すぐに機嫌を直してアンジェリカに笑いかけた。
「まずは手芸屋からでいいっすか?」
「ええ。全部回れるなら順番は構わないわ。ね、ロージー」
「ええ、アンジェリカ様」
マックスは大通りから横にそれた道を進んだ。しばらく行くと、萌葱色の窓枠の扉の店が現れた。
道に面したショーウィンドウには、模様編みが華やかなストールや色鮮やかな花の刺繍のクッション、可愛らしい人形やぬいぐるみ、手作りの髪飾りや装飾品がセンスよく飾られている。
「うわあ!かわいい!」
リディアは飾られている装飾品をガラス越しに見つけて歓声を上げた。ロザリンやアンジェリカも目を輝かせた。
「俺たちはここで待ってるんで、どうぞ選んできて下さい」
マックスとヘンドリック、グレアムら男陣は店の外で待つ事にした。
店内は色で溢れていた。様々な布が棚に並び、いろんな種類のリボンが計り売りしやすいように細い棒に通されている。大小様々のレースや、刺繍糸が色別に引き出しに並べられ、ボタンやビーズ、サイラスの店で卸している屑石も、色別にそれぞれの仕切りに分けて置いてあった。
「まあ、まあ!どうしましょう!何を選ぼうかしら?ねえ、ロージー?たくさんあって迷ってしまうわ」
アンジェリカは店で買い物をするのは初めてだった。興味のある物やそれ以外も、色んな物を見ていると、アイデアが溢れてくるような気がした。とてもじゃないが、このたくさんの中から選ぶのは難しいと、嬉しい悲鳴をあげた。
「そ、そういえば院長先生が、い、以前、簡単な裁縫は教えているけれど、しし、刺繍までは、手が、回らないと、お、仰っていましたわ」
本当は手に職をつけるためにも刺繍を教えたいけれど、どうしても繕う事ばかりでなかなか教えてあげられないと、以前こぼしていたのをロザリンは思い出した。
「まあ、それでしたら刺繍したくなるように、色の種類もたくさん買いましょう」
「ビ、ビーズなんかは、ど、どうしましょう?」
「ねえ、平民のあたしは仲間外れなの?ロザリン様」
「え?い、いいえ。そ、そそ、そんな事あ、ありませんわ」
リディアは最初こそリボンやレースを手に取って見ていたが、一通り見ると飽きたのか、ロザリンに声をかけた。
「そうね、何を贈れば子供達が喜んでくれるのか、リディアさんの意見も聞かせて貰えないかしら?」
リディアはアンジェリカを見て顔を顰めた。
「あたしはロザリン様に話しかけたのにぃ、どうしてアンジェリカ様が答えるのぉ?」
「手芸は私が提案したものですから」
「まあ、いいわ。あたしならぁ出来上がりを贈るわね。だってぇ、その方が喜ぶと思うもん。刺繍なんてお嬢様の時間潰しにするものでしょう?そんなことする時間、子供達にはないと思うけどぉ?」
「刺繍が出来れば自立できると思うんですが」
「上達するのに時間がかかるじゃない。そんなの時間の無駄よぉ」
「まあ。リディアさんは刺繍はされないの?」
「するわけないでしょう。あんなの時間の無駄だって言ってるじゃない」
アンジェリカとロザリンは困惑した。リディアの言う事にも一理あるが、興味のある子もいるかもしれない。材料があればいつでも出来るのだからやはり贈ろうと、また二人で選び始めた。
「ねえ、聞いてるのぉ?それとも刺繍も出来ない平民の言葉は聞けないって言うのぉ?」
「リ、リディアさん、お、お止め下さい。ア、アンジェリカ様に失礼ですよ」
「あら、友人同士なら意見ぐらい言ってもいいでしょう。それに訊かれたから答えただけなんだけどぉ」
「あなたとは友人ではありませんわ」
アンジェリカはサラリと答えた。
「まあ、そうね。アンジェリカ様とはもうすぐ家族になるんだもんねぇ」
アンジェリカはきっと睨みつけると、リディアの言葉を無視してロザリンに話しかけた。
「殿方をお待たせしていますわ。急いで決めてしまいましょう?」
「え、ええ。そうですわね」
二人が刺繍のパターンや糸などを次々に決めていくのを放ってリディアは外に出た。
「やあ、もう終わったのか?」
ヘンリーが声をかけると、リディアは目に涙を浮かべて下を向いた。
「どうしたんだ?」
「アンジェリカ様とロザリン様が、刺繍も出来ない平民は外に出ろって。あたしとは友人でもないって」
「なっ!」
ヘンドリックは一瞬頬を朱に染めて険しい目つきで扉の向こうを見たが、ふと思い直してリディアに訊いた。
「本当に二人がそう言ったのか?」
「うん」
リディアは小さく頷いた。
「アンジェやロザリン嬢がそんな事を言うわけないだろ。それに、どう考えてもあんたとは友人にはならないよ。俺もだけどな」
グレアムが冷たい口調で言った。
「リディア、すぐにばれる様な嘘はやめた方がいいぞ」
マックスもグレアムの言葉に続いた。
「何よ!マックスまであたしを嘘つき呼ばわりするのぉ?おんなじ平民のくせに、あたしの味方をしてくれたっていいじゃない」
「いや、そういう問題じゃないだろう?めんどくさい奴だなあ」
「マックス、言葉が過ぎるぞ」
「へいへい、すいませんねえ」
「まあ、ロザリン嬢に訊けばわかる事さ」
ヘンドリックはそう答えると小さく溜息を吐いた。




