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買い物に行こう2


 アンジェリカは気づかなかったが、ロザリンは何度かサンタマリア教会でアンジェリカを見かけたそうだ。ただその時は王太子であるヘンドリックと来ており、畏れ多くて声をかけ辛かったのだと言った。その素直な言葉にアンジェリカはフッと優しく微笑んだ。


 そこから二人はサンタマリア孤児院の子供達やシスターの話で盛り上がり、趣味の話で打ち解けた。

 そして学園でも一緒に過ごす事が多くなり、ロザリンのさりげない優しさや、おっとりとした性質に癒される事も多かった。

 グレアムとの関係を深く築けたのも、ロザリンの解釈や友人達の助言で背中を押されたからだ。


 そうして楽しく過ごすうちに周りの目も気にならなくなり、さらにグレアムの溺愛ぶりも広まって、学園内でのアンジェリカの名誉は回復した。


 そしてアルトワ領で行われる式典に、グレアムの同伴者としてアンジェリカも行く事になり、領に関する話をする中でロザリンとはますます親密になった。


 二人の仲は、少人数であればお互いを愛称で呼ぶほどに深まった。ただ、アンジェという呼称は自分だけのものだとグレアムが主張したので、アンジーとロージーと呼び合う事にした。



♢♢♢♢



 アンジェリカとロザリンの馴れ初めも、グレアムの目的もさておき、ディランと相談して、孤児院には週末に行くと決めた。

 ヘンドリックにも使いを出して知らせると、アンジェリカは孤児院に持って行く焼き菓子の試作品をロザリンと一緒に作る事にした。


 週末までにはまだ時間もあったので、アルトワ家の厨房を借り、ロザリンの侍女のマーサにクッキーとマフィンを教えて貰った。

 孤児院の子供達に楽しく、喜んで食べて貰えるようにと、様々な形のクッキーを焼いた。アイシングや溶かしたチョコレートで飾りつけをしたが、それがなかなか思うようには出来なかった。


 「ね、マーサ。こ、これ、何に見える?」


 目の前に差し出された白と黒の物体は、土台はハート形だが、白いアイシングの上にチョコレートで模様を描こうとして失敗したのか、白と黒が絶妙な割合で混ざり合っていて、とてもじゃないが美味しそうには見えなかった。


「お嬢様方、模様を描くのはやめて、アイシングかチョコレートをかけるだけになさった方がいいと思いますが、いかがですかね?」


 下手だとはっきり言わないマーサに、ロザリンとアンジェリカは笑いをこぼした。


「フフ、ロージー、そうしましょう。私達、思ったより器用ではなかったみたいね」


「そ、そのようですね、アンジー様。ひ、非常に残念ですが、し、仕方がありません」


「ねえ、ところでロージーは何を描くつもりだったの?」


「ト、ト音記号と音符です。ア、アンジー様は?」


「私は小さなハートをたくさん描きたかったの」


 二人はそれぞれの作品を見て溜息を吐いた。その横でマーサも同じように小さく溜息を吐いた。



 グレアムはサイラスやケイティ男爵達とディランの執務室で式典の段取りやアルトワ領に滞在中の予定の調整をしている。この際に視察も兼ねてと、ぎっしりと詰め込んでいるはずだ。

 用事は早く片付け、アンジェリカやヘンドリックと過ごす時間を取るつもりだと話していたが、うまく調整出来ただろうか。アンジェリカはグレアムに思いを馳せると、失敗作のクッキーを頬張った。

 見た目は失敗作でも、クッキーはサクサクと甘く、美味しく焼けていた。


「アンジー様、こ、この失敗作達はど、どうしましょうか?」


「そうねえ、こんなの誰にもあげられないわよねえ」


 二人は顔を見合わせて口をつぐんだ。


「誰にもあげないで。俺が全部食べるから」


 いきなり厨房にグレアムが入ってきて、広げられた失敗作のクッキーをまじまじと見た。


「キャア!見ないで下さいませ」


 ロザリンと慌てて隠そうとしたが、並んでいるうちの一つをヒョイと摘まむと、パクッと口に放り込んだ。


「美味しいよ、アンジェ。で、この素晴らしい芸術作品は何をイメージしたの?」


 グレアムはもう一つ摘まんで、まじまじと見たが首を傾げた。


「模様を描くのを失敗したんですわ!気づいているのでしょう?グレアム様の意地悪」


「アッハッハッハ!」


 グレアムがおかしそうに笑うと、アンジェが拗ねた様子でグレアムを叩いた。ロザリンが笑いながら説明をした。


「フフ、アンジー様は、ち、小さなハートを、わ、私はト音記号と、お、音符を描いたつもりだったんですが、上手く出来ませんでしたの。見た目はあれですが、お、美味しくできましたわ」


「ああ、美味(うま)かった。きっと子供達も喜ぶよ」


「ええ、そ、そうだと嬉しいですわ。ね、アンジー様」


「そうね。ねえロージー、マフィンも焼くのよね。このまま続けて教えて貰いましょう?マーサもいい?」


「ええ、あたしは構いませんが、よろしいんですか?」


 アンジェリカの言葉に、グレアムはガックリと肩を落とした。

 

「えー、せっかく仕事を早めに終わらせたのに」


 グレアムは不満を露わにした。


「知りません!グレアム様も、何か描いてみて下さいませ。そうしたら笑ったのを許して差し上げますわ」


「ま、まあ、アンジー様、で、殿下にそんな事、さ、させるなんて、い、いけませんわ」


「いいよ、それでアンジェの機嫌が直るならいくらでも描くよ。でも先にお手本を見せて欲しいな」


「それもそうね。いいわ。マーサ、お手本を見せてあげて」


「わかりましたよ、お嬢様」


 マーサはアンジェリカに頷きかけ、クッキーの一つを手に取ってグレアムに説明を始めた。


「いいですか?この小さな絞り袋をコルネと言いますが、始点にクリームをつけてコルネに力を加えてクリームを出すんです。その時にコルネを上に持ち上げるときれいなラインが引けますよ。力を抜きながらコルネを下ろしていき、最後はクッキーにこすりつける様にして切りますんですよ」


「やあ、説明を聞くだけで難しそうだぞ。俺に出来るかな?」


 アンジェリカとロザリンは、興味津々でグレアムの手元を見ている。ところが予想に反し、グレアムは初めて触るコルネを器用に使い、ハート型のクッキーにサッと縁取りをした。


「おや、まあ。初めてにしては上出来ですよ。お嬢様方、難しい図案も結構ですが、シンプルな方が可愛らしく見えますよ。持って行かれるクッキーはこれで宜しいんじゃないですかねえ?」


 二人はグレアムが描いたクッキーを見た。なるほどきれいなラインで縁取りされている。


「まあ、驚いた!グレアム様ったら、本当に何でも器用になさいますのね」


「やあ、アンジェに褒められるなんて嬉しいな」


 グレアムは笑顔で、ハートのクッキーをアンジェリカに差し出した。


「はい、あーん」


 パクッ!


「ん、美味しい。ではありませんわ!!もう!嫌味も通じませんの?」 


 アンジェリカは情けない顔で怒った。すると、ロザリンが慌てて仲裁に入る。


「ね、アンジー様、お、お茶でも飲みませんか?マ、マフィンは、次回焼く事にして、そ、その、クッキーを、食べましょう?」


「そうしようよ、アンジェ。ねえ、マーサ、お茶の用意を頼む。今日は天気がいいから庭の四阿(あずまや)に行こう?」


「もう!最後はいつもグレアム様のペースですのね。全くやりきれませんわ」


 アンジェリカは拗ねた様子で、グレアムに手を引っ張られている。ロザリンはその後ろ姿を微笑ましく見守った。親しくなる前はこんなにも可愛らしく子供っぽい面がアンジェリカにあると知らなかった。


「フフフ。アンジー様、お、お茶を飲みながら、こ、孤児院で何をするか、か、考えませんか?」


 アンジェリカは振り向きながら嬉しそうに頷いた。


「ええ。ロージーの言う通りだわ。そうしましょう!」


 急遽、夏椿の木陰にテーブルを(しつらえ)てのお茶会になった。


「ねえ、グレアム様、私、本をプレゼントしたいんです。本を買いに町へ行ってもいいですか?」


「まあ、アンジー様は本を?わ、私は小さな子が遊べる玩具を、お、贈りたいと思ってましたの」


「へえ、二人ともいいんじゃないか?うん、そうだな、これから行くか?」


「本当に?嬉しい!ね、ロージー、だったら早く支度をしなくちゃ。お茶なんて飲んでる場合ではなくってよ」


「ええ、そ、そうですわね」


「え?ち、ちょっと待って。町へ行くならそのままでもいいじゃないか」


「あら、ダメですわ。お菓子を作るから汚れてもいいドレスですのよ?お出かけするには不向きですわ」


「な、平民の女性は一日に何度も着替えたりしないよ。それにそのドレスもアンジェが着ると素晴らしく似合ってるよ。着替えるならもっともっと地味なのにして町を楽しもうよ」


 アンジェリカはしばらく考えてからそうですねと頷いた。


「決まったね。じゃあ、もう少しお茶を楽しもう。ところでアンジェは孤児院で何がしたいんだ?」


「私は、子供達の学習面がどうなってるか知りたいですわ。それは院長に聞いてみようと思ってますの」


「ロザリンは?」


「私は子供達のお世話をしたいですわ」


「私もロージーと同じよ。一緒に過ごしたいわ」


「アンジェもなの?わかったよ。ではそのように手配しよう」


「手配なんて不要ですわ。私は普段のままの子供達に会いたいの。出来れば王太子妃ではなく、ロージーの知り合いとしてがいいわ」


「それもいいね。アンジェの言う通りにしよう。ロザリン嬢もいいかい?」


「え、ええ。承知致しましたわ。そ、そのようにローズマリー教会には、つ、伝えます」


「俺もロザリン嬢の友人としてお願いするよ。さあ、簡単に支度をしておいで。その間に兄上とマックスに使いをやろう」


 アンジェリカ達は日焼けしないための帽子と、日傘、ポシェットを取りに屋敷に戻った。


 グレアムは大きく伸びをして、まだ残っていたクッキーを口に放り込み、影を呼ぶとサラサラと手紙を書いて渡した。


「さて、と。あの女も来るのか?ま、来てもどうせ、しょうもない事しか言わないだろうがな。兄さんの目が早く覚めたらいいのに」


 グレアムはカップに残ったお茶を飲むと、アンジェリカが作ったであろうクッキーを全部平らげてから席を立った。





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