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王都からの客人6


「お前達、気づいてるのか知らんが痴話喧嘩も甘いんだよ。見せられる身にもなってくれ。それとグレアム、相手が嫌がる事はやめた方がいいと思うぞ。まったくお前の誓いは軽そうだな」


 グレアムはムッとした顔をしてヘンドリックを睨んだ。


「兄さんと一緒にしないでくれ。俺はアンジェにしか誓ってないし、誓うつもりもない」


「それは言うな」


 ヘンドリックは顔を顰めた。


「だが何度誓っても、アンジェを前にすると気持ちが走ってしまってダメなんだ。はあ、本気で嫌なら人前では触れないようにするが、アンジェは本当にそれでいいの?」


 アンジェリカは少し考えてから首を横に振った。


「別に、その、い、嫌ではありませんわ。ただ、とーっても恥ずかしいだけです。出来れば人前では控えて頂けたらと思いますわ。でも、以前よりは少しですが慣れてきましたけど」


「アンジェ、好きだよ!もっともっと俺に慣れて!!」


 グレアムはギューっと強く抱きしめた。


 ヘンドリックはアンジェリカの答えを聞いて驚いた。自分の知る彼女ならば、嫌だと突っぱねていただろうと思えた。

 

(私よりグレアムの方がいいのか?)


 ヘンドリックはアンジェリカに不満を感じた。そしてそう思った事に狼狽えた。


(グレアムの婚約者になった途端に、嫉妬まがいな気持ちを持つなんて馬鹿げている)


 ヘンドリックは自虐的な笑みを浮かべようとしたが上手くいかなかった。


(グレアムが大切にする程に、大事なものを取られた気がする。くそっ!破棄したのは私からだというのに。それに私にはリディがいる。リディを大切にするのが道理だとわかっている。だが)


 ヘンドリックは自分の気持ちが揺れ動くのが許せなかった。否定する程に行き場のない怒りが自身を攻撃した。それを抑える為、爪が食い込む程に強く手を握りしめた。


 二人はその様子に気づかず、楽しそうにじゃれ合いのような痴話喧嘩を続けていた。


 ヘンドリックはその姿を見ないように窓の外に目を向けた。そしてマックス達が早く来るように願った。




 しばらくして扉をノックする音がして、マックスとロザリンがやってきた。


「王太子殿下、お呼びですか?」


「ああ、マックス。話は終わったよ」


 ヘンドリックが代わりに答えた。


「兄さん!・・・まだ話の途中だったけど、まあいい。大事な事は伝えたからね。いい返事を待ってるよ」


 グレアムは拗ねた様子で呟いた。


「さあ、ロザリン嬢もマックスも空いた席に座ってくれ。さて、と。グレアム、孤児院以外に行きたい所はあるのか?」


 ヘンドリックは努めて朗らかな口調で、さりげなく話を始めた。


「ああ、色々あるよ。アンジェと一緒に王都から出たのは初めてだからな。花祭りや海、その他の観光名所にも足を運びたいと思ってる」


 グレアムは嬉しそうにアンジェリカを見た。アンジェリカは恥ずかしそうに扇を開くと、その陰で困ったように呟いた。


「視察は遊びじゃないって言ってるのに。仕方のない人」


「ん?何か言ったか?アンジェもお忍びで町中デートをしたかったんだよね!あー、楽しみだなあ」


 グレアムがアンジェリカの肩を抱き寄せ、ウキウキと楽しげに話している。


「グレアム様、視察ですのよ?少し浮かれ過ぎですわ」


 アンジェリカが頰を染めて嗜めた。


 グレアムは不満気にアンジェリカを見ると、来る途中の馬車であなたも楽しみにしてただろうと言って、頭にそっとキスを落とした。


(一々空気が甘いんだよ!)


 マックスは口から水飴を垂れ流しそうだと思いながら、ロザリンを盗み見た。ロザリンはニコニコと二人の様子を見ている。ヘンドリックは一瞬苦虫を噛み潰したような顔をしたが、やはりにこやかに二人を見ていた。マックスは小さく溜息を吐いた。


「発言していいっすかねえ。孤児院や町中デートとやらはいつ行くんですかね?」


「まだ決めてないが。マックス、これからは普段の、そうだな、友人だと思って話してくれないか」


「あー、無茶言いますねえ。友人とは畏れ多いっすよ。それに町なら、兄貴を連れて行く方が役に立つと思いますがねえ」


「ああ、でも俺はお前がいい」


「はあ。何で?俺は作法とかあまり知らないから、知らず無礼を働くかも知れないっすよ?てか、絶対にやる自信がありますね」


「マックス、すでにその言葉遣いがアウトだな」


 ヘンドリックが思わずといった調子で突っ込んだ。


「やっぱそうっすよねえ。ヘンドリック様からも断って下さい」


「ハハ、その物怖じしない態度がいいんだ。同年代だし、マックスとなら気楽に過ごせそうだ。そうでしょう?兄上。俺は別に無礼だと思わないよ」


「ああ、そうだな。私相手にも言いたい事を言う奴だから町を楽しむにはいいかもしれんな」


「はあ、ヘンドリック様まで。仕方ないっすねえ。でも友人は無理っすよ。学園に行ってるわけでもないんで、貴族様と友人になる機会もないっすからね」


「それもそうか」


「町には俺の顔を知ってる奴らも多いから、(かしず)いてる姿を見ると悪目立ちするっすね。だったら祝祭に遊びに来た取引先の田舎貴族のご令息ってのはどうっすか?そのガイドという事で。タメ語は絶対無理っすから容赦して下さいよ」


「ああ、それがいいな。自然だ」


「ではそれで。で、いつ行くんすか?」


「そうだな。まずは孤児院を慰問したい。俺は明日でもいいが、ディラン卿に相談して、決まれば使いの者を送るよ」


「はあああーあ、厄介な事になったなあ」


 マックスは盛大に溜息を吐き、ボリボリと頭を掻いた。


 グレアムは町のガイドも決まり、町歩きを楽しもうとワクワクしながら、アンジェリカに甘く微笑んだ。


「ではアンジェ、今日はどこかでランチを食べてから帰ろう。マックス、この辺りの美味(うま)い店を教えてくれ」


「いいすっよ。ですが、護衛もつけずにいいんすかねえ?」


「マックス、護衛はちゃんと付いてるから心配するな。そうだろう?グレアム」


「ああ、もちろん。アンジェも一緒だから警護に抜かりはないよ。俺達の邪魔をしないよう、離れて付くよう言ってある」


「あ、あの、わ、私も遠慮した方が、よ、よろしいですか?」


「まあ、とんでもない。ぜひご一緒したいですわ。ね、殿下、いいでしょう?」


「もちろん、アンジェの望むままに」


 グレアムは可愛い我儘を言うアンジェリカの手を取り、指先に軽いキスを落とした。アンジェリカは嬉しそうに輝く笑顔を浮かべてグレアムを見つめた。


 そこには思いを通い合わせた恋人達の姿があった。


 ヘンドリックは戸惑いと怒りがない混ぜになった複雑な気持ちでそれを眺めた。


「じゃあ兄さん、決めたら使いを送るよ」


「ああ」


「あ、あの、へ、ヘンドリック様、き、今日のお仕事は、あの、お、お休みさせて、頂きます。お、お父様と、その、サイラスに、あの、アンジェリカ様につ、付き添うよう、頼まれて、お、おりますの」


「ああ、わかってるよ。気をつけて行っておいで」


「は、はい。では、し、失礼致します」




 皆が出て行ったあと、ヘンドリックは立ち上がると窓辺に行き外を眺めた。しばらくするとグレアムがアンジェリカを抱きしめるようにエスコートして出てきた。


「グレアムとアンジェリカが、あんなに仲のいい恋人になるとは思わなかった」


 ヘンドリックは複雑な気持ちで、二人の名前を呟いた。

 胸に暗い気持ちが沸々と湧いてくる。


「ハッ、私には二人の事を言う資格などない」


 ヘンドリックは二人の後ろ姿を見送りながらぼんやりと考えた。


 私は、愛を選び、何を捨てたんだろうか。


 城にいた頃には感じなかったが、リディアとの差異に戸惑うたびに繰り返してきた問いが浮かぶ。迷いや疑問を何度否定すれば確信に変わるのだろうか?


 リディは私の愛であり、幸せだと。


 私はリディと人生を共にする責任がある。

 いや、責任ではなく喜びが。


 ヘンドリックは口元を歪めて薄く笑った。

 

 今更違う人生を選ぶのは、私にとって都合が良すぎる。

 全く、グレアムも酷な提案をするな。


 私はリディを捨てるなんて出来ない。私が選んだんだ。リディの人生に責任を持たなくてはいけない。



 だが、最近のリディをどう扱えばいいのかわからない。あんなにも激しく、攻撃的な性格だとは知らなかった。庇い、守らなければ壊れてしまうと思っていたのに、そんな様子は微塵もない。

 しかもアンジェリカの持つ芯の強さとも違う。

 私は彼女の何を見ていたのだろうか。


 もう、何をどう考えたらいいのかわからない。

 

 ヘンドリックは袋小路に迷い込んだように心もとなく、見えなくなったグレアムとアンジェリカの背中を無意識に探した。


「ハッ、どちらが兄かわからないな」


 誰も見ていないからなのか、ヘンドリックは自嘲するでもなく、不安で泣きそうな幼子の顔で呟いた。





「さて、リディを迎えに行かなくてはな」


 ヘンドリックは頭を振って弱気を振り払い、部屋を出てリディアの元へと足を運んだ。


 リディアはヘンドリックを見つけると笑顔で駆けて来た。


「良かったぁ!もしかしてあたしを置いてグレアム様達と行くかと思ってたんだぁ。

 約束を守ってくれて嬉しい!!」


 ヘンドリックの腕に手をかけて、早く行こうとばかり引っ張って歩き出した。


 以前なら可愛らしく思えただろう話し方や仕草も、以前ほど心に響かない。ヘンドリックは改めてリディアを見た。学園の時よりも魅力が色褪せて見えた。知れば知るほど気持ちが離れていくようだった。


「どこに行きたい?」


「フフ。ヘンリーと一緒ならどこでもいいわぁ」


 リディアは上機嫌でヘンドリックの腕にしがみついて歩いた。


 ヘンドリックは小さく溜息を吐くと、グレアム達と同じ店にならないように祈った。










 


読んで下さりありがとうございます。

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