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王都からの客人4


「どうして?ねえアンジェ、あなたも兄上に言いたい事があるだろう?あの時は弁解する機会も与えられず、言われっぱなしで辛い思いをしたはずだ」


「それは、そうですが・・・」


「俺が初めから行っていれば何としてでも助けたのに。兄上と踊るアンジェを見たくなくてグズグズしていた自分を殴ってやりたいよ」


 グレアムはアンジェリカの背中を押すように言った。


「もうこんな機会は訪れないかもしれない。あんな酷い事、俺なら恨むし、二度と顔も見たくないと思ったはずだ。言いたい事があるなら言ったほうがいい」


 ヘンドリックはその言葉に身を固くした。


 あの時はそれしかないと行動したが、今なら酷い仕打ちだったと思える。アンジェリカに恨まれても仕方がない。何を言われても受け止めようと覚悟した。


 だがアンジェリカは頭を振ってグレアムに微笑みかけた。


「ね、グレアム様。私、恨んでなんかいませんわ」


「どうして?あんな酷い仕打ちをされたのに。あの後夜会や学園でも、馬鹿にされたり陰口を叩かれた事も少なくなかった。心ない仕打ちに嫌な思いもしていたじゃないか。文句の一つも言ってやればいいんだ」


「ええ。確かに婚約破棄を言い渡された時は目の前が真っ暗になるくらいショックを受けましたわ。私という存在を全て否定され、ヘンドリック様を恨みましたし、リディアさんの事も呪いましたもの。何が悪かったのか、どうすれば良かったのかわからず悩みましたし、嫌な感情に振り回される私自身も嫌いでしたわ」


「特に自己嫌悪が酷かったですわ。ヘンドリック様を支えるどころか嫌われ捨てられて、自分に価値を見出せなくなりましたもの」


 ヘンドリックは黙って聞いた。


「それにグレアム様の言う通り嫌な思いもしました。でもロザリン様がずっと側で支えてくれましたし、グレアム様も守って下さったから、私、気丈に振る舞えたんですわ」


「それに・・・」


 アンジェリカは少し言い淀んでから言葉を続けた。


「婚約を破棄されたからこそ、グレアム様のお気持ちに気づき、応える事が出来たんですもの。私、今ではヘンドリック様に感謝しておりますのよ」


 アンジェリカは扇を広げて赤く染まった頰をサッと隠した。


「アンジェ!!」


「キャッ」


 グレアムが顔を綻ばせてアンジェリカを抱きしめた。アンジェリカは耳まで赤くして、大人しく抱きしめられている。


 アンジェリカは本当に幸せそうに微笑んでおり、心底そう思っているように見えた。ヘンドリックは嫌味のように言われた言葉を、言葉通り素直に受け止めようと思った。


 そして、先ほどから気になっていた事を口にした。


「アンジェリカ、嫌じゃないのか?その、人前で抱きしめられているんだが」


 以前のアンジェリカは体裁を気にして、人前で必要以上に触れ合うのを嫌がっていた。仲の良かったヘンドリックとアンジェリカだったが、人前では、ダンスと挨拶以外で触れ合った記憶はあまりなかった。


「え?あの、その・・・、慣れって、恐ろしいですわね」


 アンジェリカはハッとして、グレアムを押しやった。


「慣れる程・・・?」


 ヘンドリックはまた針で刺すような痛みを覚えた。アンジェリカの新しい一面が見えるたびに、今まで自分が見てきた彼女の姿が虚像であったように感じ、寂しさなのか、裏切りなのか、女性として見れなかった自分に対しての憤りなのか、モヤモヤとした思いが胸に積もっていくのを感じた。


「アンジェリカ嬢、本当にすまなかった。私の浅慮な行いのせいで嫌な思いをさせてしまった。だが、幸せに繋がったと言って貰えてホッとしたよ」


 ヘンドリックはもう一度深々と頭を下げた。


 アンジェリカは晴れやかな笑顔を浮かべた。ヘンドリックはその笑顔に見惚れ、ぎこちなく笑顔を返した。



「生徒会の話からつい夢中で話し込んでしまった。話ついでに行きたい所があるんだが」


 グレアムが思い出したように話題を変えた。


「どこだ?」


「この領の孤児院だ。視察がしたい。兄上はもう行ったのか?」


「いや、行ってない」


「では兄上やロザリン嬢も一緒に行かないか?」


「え、ええ。わ、私も時間を取って、い、行こうと思っていましたの。そ、それに、バザーでクッキーを、売ったらと、か、考えていますので、い、行く時にはこ、ここでも焼いて、い、行くつもりでしたわ」


「まあ!私も作りたいですわ!ね、ロザリン様、一緒に焼かせて貰えないかしら?」


「え?ええ。も、もちろん。こ、光栄ですわ」


「やあ、アンジェの手作りが食べられるなんて、今から待ち遠しいよ。屋敷に帰ったら早速ディラン卿に相談しよう」


 グレアムが期待した笑顔をアンジェリカに向けた。


「・・・あまり期待なさらないで下さいませ、ね?」


「アンジェが作ってくれるなら、俺にとっては失敗作だって上等なお菓子になるよ」


「もう!揶揄(からか)わないで下さいませ」


 アンジェリカは軽く睨むと、そっぽを向いた。グレアムはその様子をニコニコと幸せそうに見つめた。


 ヘンドリックは二人の様子に焦燥感を覚えた。


「では本題に入ろうか。グレアム、式典で私をどう使うつもりだ?いや、その前に」


 その時扉をノックする音がして、マックスとお茶を持ったミリアが入ってきた。そしてそれぞれの前にお茶を置き終えると深く頭を下げた。

 

「王太子殿下、王太子妃殿下、ご尊顔に拝しまして誠に光栄に存じます。ミリアと申します」


「ああ、よろしく頼む」


 グレアムは慣れた様子で挨拶を返し、アンジェリカも微笑を浮かべて軽く会釈をした。


「もったいのうございます。私はこれで失礼しますが、何かご用があればお呼び下さい」


 そう言うと、ミリアは部屋を出て行った。


「そういや、マックス、戻ってくるのが遅かったな」


「遅くなってすみませんねえ。でも込み入った話をされているようだったので、入るのを遠慮してたんすよ?」


「ほお、お前にそんな配慮が出来るとは思わなかったな」


「俺だって商人の息子っすからね、それなりに空気は読みますよ」


「それもそうか」


 ヘンドリックは妙に感心しながらお茶を一口飲んだ。芳醇な香りが口中を満たした。先程の緊張や得体の知れない思いがスッと解けていくようだった。


「喉が乾いてたのかな?旨いな」


 ヘンドリックは小さく呟き、中断した話を続けた。


「私が式典に関わる事だが、王陛下はご存知なのか?その、私が関わるのを許可されたのか?」


「いや、俺の独断だ。今回の式典は兄上の事案を途中から継いだからな。ウィリアム達から詳細は聞いているが俺では行き届かない面もあるだろう。兄上が裏で控えてくれたら心強い。ネイサン卿やディラン卿もこういった事には慣れているが、俺は今まで色々とさぼってたきたから心配なんだ」


「まあ、私で役に立つなら協力は惜しまないが、本当に大丈夫なんだな?」


「ああ、気にしないでくれ。王妃殿下には了承を得ている。王陛下には事後報告でいいさ」


 グレアムはアンジェリカに目配せをすると、マックスとロザリンの方を向いた。


「マックス、ロザリン嬢。すまないが兄上と二人で話したいんだ。席を外してくれないだろうか?あ、アンジェはそのままで」


「何だ?二人がいてはいけないのか?」


 ヘンドリックは戸惑った表情を浮かべた。


「わかりました。王太子殿下、王太子妃殿下。何かあればベルを鳴らしてお呼び下さい」


 マックスはベルをテーブルに置いて礼をすると、ロザリンと部屋を出て行った。


「なぜ人払いをしたんだ?」


 マックス達の足音が聞こえなくなるのを待って、グレアムは口を開いた。


「兄さん、リディア嬢と本当にうまくいってるのか?もし後悔してるなら、今からする俺の提案を考えてくれないか?」


 ヘンドリックは警戒を(あら)わにしてグレアムを睨んだ。グレアムは平然とそれを受け止めて話を続けた。


「兄さん、時間もないから単刀直入に言うよ。俺は兄さんが大切だし、子供の頃から兄弟仲よく支え合って国を守れと言われて育った。だからずっと俺が兄さんを支えるんだと思ってた」


「ああ」


「今、もし俺が、兄さんに支えて欲しいと言ったら、兄さんはどう思う?」


「な、私は・・・・・・」


「今すぐ答えを出さないでいい。考えてくれ」


「何を言ってるんだ?私が廃嫡され、お前の立太子礼からまだそんなに時間も経っていないのに。無理に決まってるだろう?」


「今すぐは無理だ。でも兄さんを戻す事は出来る」


「私にはそんな資格はない。私は王太子の義務と責任を放棄したんだ。自身の愛を選び国民を捨てたんだ」


「いいや、捨てたんじゃない。父上に取り上げられたんだ」


「どちらにせよ同じ事さ。廃嫡された時にその資格を失ったんだからな」


「兄さんは、廃嫡されて、国や国民を守るという気持ちも捨ててしまったのか?王太子教育というのは、兄さんにとって責任がなくなれば、すぐに忘れてしまえる程度のものだったのか?」


「言うな!」


「子供の頃、兄さんが王になって、俺は騎士として、共に国を守ると誓いを立てた。それも忘れたのか?それとも立場が逆転すれば、守れない誓いだったのか?」


「違う!確かにあの時の誓いは私が王になるのが前提だった。だが、廃嫡され、城を追い出されても、国を思う気持ちはある。王太子の時に得た知識や培った経験は、まだ、私の中で生きている」


「兄さん!ならば」


「駄目だ。私が戻れば政治に混乱を招く。下手をすれば国が二つに割れて、内乱につながる可能性だってある。そこまでして私を戻す事はない」


「ああ、確かに問題がある。だから条件をつける」


「なんだ?」


「派閥を作らないために、兄さんには王位継承権を放棄して臣下に(くだ)って欲しい。それと廃嫡の原因になったリディア嬢との婚約破棄、もしくは離婚が前提だ。今なら婚約をしないでいれば済む」


「なっ!・・・リディと婚約を破棄するつもりはない。残念だが、この話は」


「兄さん、返事は俺が王都に帰るまででいい。ゆっくり考えて欲しいんだ、頼む。俺は、兄さんと一緒に国を守りたいんだ」




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