剣術大会予選6
男は起き上がると勢いよく殴りかかってきた。ヘンドリックも慌てて立ち上がろうとしたが間に合わず、顔面に伸びてきた手を掌で受け止めるとそのまま握り、手前に引き寄せてその反動で立ち上がった。男は勢いのままつんのめったが辛うじて持ち直した。
「ハハッ!兄ちゃんやるな」
「貴様に褒められても嬉しくない」
ヘンドリックはめんどくさそうに肩を竦めた。
「まだやるのか?」
「当たり前だ!」
男はまた殴りかかると、手を伸ばし胸倉を掴もうとしてきた。ヘンドリックは面白くもなさそうに身をかわしながら、男の手首を掴むと思い切り引いた。そしてくるりと反転すると男の背中を思い切り蹴飛ばした。今度こそ男は顔から泥の中に突っ込んだ。ヘンドリックは剣を抜き、男の首元に刃を当てた。
「降参するか?」
男は両手を挙げて立ち上がった。
「ああ、降参だ。クソッ!あと少しだったのに。二人組で戦うような、生っ白い優男にやられるとは!!はあああぁ、俺も落ちたもんだ」
「残念だったな」
男は落ちた剣を拾い、場外へと出て行った。ヘンドリックは戦ううちに離れてしまったルイスを探した。
ルイスは剣を下げたまま、少し離れた場所に一人で立っていた。そろそろ予選も終わりそうだと思いながら、ヘンドリックはルイスに近づいた。
「ルイス、何してるんだ?勝ったんだろ?」
「あ、ヘンドリック様」
ルイスはヘンドリックを見ると破顔した。
「僕、一人でも勝てました」
「ああ、良くやった」
ヘンドリックも釣られて笑みを返した。
終了を告げる銅鑼が鳴った。勝ち進むことが決まり、二人は互いの拳を軽くぶつけて健闘を讃えあった。
「終わったな。帰ってリディに報告しよう」
「はい!!」
予選は終わった。勝ち残ったのは二人を合わせて四人だけだった。皆ずぶ濡れの泥だらけだった。
「ヘンドリック様、僕、膝をつきませんでしたよ。力比べに勝ちました」
「そうか、がんばったな」
「僕、僕、やっぱり騎士になりたいです」
ルイスは戦いの高揚が冷めないのか、熱に浮かされたように夢を語り出した。
「僕、剣が好きです。戦うのも」
「そうか。ルイス、お前は何のために騎士になりたいんだ?」
「僕ですか?僕は家を出て王都に行きたいんです」
「何のために?別に騎士でなくとも王都には行けるだろう?」
「剣が好きで、家を出たいでは騎士になる理由になりませんか?」
「それだけなのか?大義は、ないのか?」
「そうですねえ。家業は嫌いではないですが面白くないんです。僕はもっと冒険をしたい。わくわくするような人生を歩みたいんです。騎士として英雄、とまではいかなくても、手柄を立てて両親が誇れる人間になりたい。この理由では騎士になるには足りませんか?」
「いや、足りる足りないではないが。騎士は制約が多くわくわくするような事はないが、それでもお前にとったら冒険になるのか?」
「はい、もちろんです。今とは違う人生を歩むんですから冒険です!」
「そうか。具体的にどこに入団したいか希望があるのか?」
「はい。王太子が率いる近衛第二騎士団か、第一騎士団に」
「ルイス、それは難しいだろう。第一騎士団はエリート中のエリートだ。第二騎士団はフローリア学園に通えば、まだ可能性はあるがな。それでもエリート集団ではあるんだぞ」
「はい。だから学園に行きたかったんです」
「そうだったのか」
ヘンドリックは一人の少年であるルイスの夢を潰してしまった事を、しみじみと実感した。ジャックら両親が揃って進学に反対する今、ルイスは学園の門をくぐる事はないだろう。
ヘンドリックは申し訳なく思った。そしてどうにかして叶えてやれないかと考えたが、廃嫡され王都を離れた今、自分には何の力もないと肩を落とした。
「ルイス、このままでは体が冷えて風邪を引いてしまう。早く帰ろう」
「はい。僕は銭湯に寄ってから伺います」
「ああ、私も銭湯に行くつもりだ。リディからそうしてくれと言われているしな」
二人は控室で防具を脱いで軽く汚れを洗い流すと、本選に進む手続きをしてからスタジアムを出た。
雨はまだ止まず、雨傘を差した人やマントを纏った人が通りを歩いている。日差しがあると蒸し暑い季節だが、雨だと気温も低く肌寒く感じた。
「ヘンドリック様、予選通過おめでとうございます」
不意に声をかけられ、振り返るとロザリンとエマがいた。
「雨の中、応援に来たのか?」
「ええ。とっても格好良かったですよ。ね、ロザリン様?」
「え、ええ。す、素敵でした。お、おめでとうございます」
「ああ、ありがとう」
飲み会の事を思い出し、ヘンドリックは複雑な気持ちでエマとロザリンを見た。素直になれず頷く事しか出来なかった。
「あ、あの、それでは、これで、し、失礼致しますわ。ヘ、ヘンドリック様も、お連れ様もお風邪をひ、引かれませんように」
「ああ、ロザリン嬢もな」
ロザリンの穏やかな喜びに満ちた眼差しと目が合った瞬間、ヘンドリックは温かい気持ちが込み上げてくるのを感じた。
リディアからの仕打ちに耐え、ヘンドリックを恨むどころか応援に来て労ってくれるロザリンを、心から守りたいと思った。
その心の動くままロザリンの前に片膝をついた。
「ロザリン嬢、あなたの真心に報いるために、どうか守らせて欲しい。先日の話は理解している。これが私の我儘だという事も。だが、どうしても看過出来ないんだ」
「そ、そのお言葉だけで、じゅ、十分でございます。ま、守るという誓いは、す、既に、リディアさんにされていらっしゃるんでしょう?わ、私は大丈夫です。どうか、リ、リディアさんを大切になさって下さいませ」
ロザリンは泣きそうな顔で淑女の礼を取ると、エマの後ろに隠れた。エマはヘンドリックを睨むと呆れた顔をした。
「ヘンドリック様、その件は先日もお断りしたはずです。そんな事をしても逆効果だと。しつこい男は嫌われますよ」
ロザリンはエマの背に半ば隠れ泣きそうになりながらも、毅然とした態度で断った。その姿にもどかしい思いを抱き、自分の軽率さを恥ずかしく思った。
ヘンドリックは立ち上がり、もう一度ロザリンを見た。
(弱そうに見えるが決して弱くない。いや、やはり彼女は貴族の女性だ。儚げに映るが凛とした強さを感じる。それは母上やアンジェリカに通じるものだ。ならば弱いと決めつけて、守らせろと押し付けるのは非礼でしかない)
「ロザリン嬢、失礼した。あなたを侮辱するつもりはなかった」
「いいえ、気にかけて頂き感謝しております」
ロザリンは寂しげに微笑んだ。
「あの、ヘンドリック様?あたしには何が侮辱なのかわかりませんが、わかって頂けたようで安心しましたよ」
エマが頭を傾げてヘンドリックに返答した。
♢♢♢♢
「ヘンドリック様、どういう事ですか?」
ロザリン達と別れた後、ルイスはヘンドリックに訊いた。
ヘンドリックは罰が悪そうに顔を顰めて首を横に振った。
「はあ、姉さん絡みですか?今でこそ少しは大人しくなりましたが、昔から気が強くて、欲しいものは手に入れないと気が済まない性分だったので、なんとなく想像はつきますよ。俺も結構やられましたからね」
「そうか」
「まさかと思いますが、領主のお嬢様に何かしてるんじゃないです・・・よね?」
ヘンドリックはそれには答えず、冷えた体を温めるために銭湯に寄り、さっぱりしてからリディアの待つ家に帰った。
「あ、ヘンリーおかえりなさぁい!」
リディアは、ヘンドリックが入ってくるなり抱きついた。
「今日は応援に行けなくってごめんなさぁい。もちろんヘンリーの事は心配してないけどぉ、ルイスはどうだったのぉ?」
「姉さん、僕も本選に進めるよ」
ルイスがヘンドリックの背後から顔を出した。
「まあ、ルイスも一緒だったのね。家には寄らなかったの?」
「うん。母さんには姉さんちに行くって言ってきたから」
「そう?ならいいけど。おめでとう、ルイス。頑張ったね」
「ありがとう、姉さん」
「リディ、中に入っていいか?」
「あっ!ごめんなさぁい。すぐに夕食を用意するから、座っててちょうだい」
ヘンドリック達はテーブルに着くと、中断した話の続きを始めた。
「ヘンドリック様、騎士は縛りが多いと言われましたが、具体的にはどんな制約があるんですか?」
「そうだな。ルイスの思う騎士とは物語の中の騎士だろう?だが騎士は冒険を探さないし求める事はしない。それに物語では『冒険は騎士の前に現れる』なんて描かれているが、実際は冒険など縁遠い。ただの職業軍人だ。戦いにおいて人を殺すのが仕事だ。戦いがなければする事がない。せいぜい市中の警備ぐらいだな。しかもその方が世は平和で皆に喜ばれるという事だ。制約というか騎士の責務だ」
「責務ですか?」
「ああ。騎士たる者の責務とは、教会の信仰を護り支えることであり、自らの主君に仕え護る事だ。封土を護り、庶民を保護する事。また婦女子を、寡婦を、孤児を、病気の者を、弱った者を護り、泥棒や賊を、また悪人を探し出し罰する事。そして全ての騎士は正義に身を捧げるべきだという理念、危険や死を顧みず内なる勇気を武勇として発露する事、それが騎士道であり、その教えに従う事が騎士としての責務だ。細かくはまだまだあるぞ」
「なんだか大変そうですね。でも、なれるなら僕は騎士になりたいです」
「大義を持った人殺しでもか?」
「大義があるなら人殺しではありません」
「人殺しに変わりないさ」
「もう、お祝いするんだからぁ、難しい話はやめてよぉ。今日は応援に行けなかった代わりに、一日かけてがんばって作ったんだからいっぱい食べてねぇ」
リディアが次々と大皿を運んできた。ブイヤベース、サラダ、ミートパイ、マッシュポテト、ハムやチーズ、パン。テーブルの上はご馳走が所狭しと並べられた。
そして赤ワインを開けて、三つのグラスに注いだ。
「ヘンリー、ルイス、予選通過おめでとう!!」
リディアはグラスを掲げて祝いの言葉を述べた。
ルイスははにかみながら礼を言い、ワインを一口飲んでから試合の様子をつぶさに語った。リディアはルイスの話を興味深そうに聞き、ヘンドリックには、ルイスを本選に連れて行ってくれた事に感謝した。三人は夜遅くまで祝い、楽しく過ごした。




