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愚かさは罪


「ヘンドリック王子、どうぞこちらへお越し下さい」


 パーティーの警護をしていた近衛第二騎士団の騎士たちに引き摺られるように会場を出た後、ヘンドリックとリディアは王城にある紫蘭の間に連れて行かれた。紫蘭の間は他国の要人に充てられる部屋で、警護がしやすい…ということは監視がしやすい…造りになっている。


「こちらでお待ちするようにとの陛下のお言葉です」


 そう言い置いて、騎士たちは部屋を出て行った。


「うわ〜、すっごく素敵なお部屋ね。絨毯もソファもふかふかで気持ちいい。ねえ、奥にも部屋があるわ」


 リディアは部屋の中をあちらこちら見て回り、置かれている装飾品などに一々感嘆の声を上げていた。

 部屋には扉が三つあり、そのうちの一つは入ってきた扉。もう二つは奥に続く別の部屋のものだ。

 リディアは扉を開けて奥の一部屋に入っていくと、明るく弾んだ声が聞こえてきた。


「うわぁ、素敵な寝室だわ。ふかふかのベッドに、あら?奥に浴室もあるのね。すごく豪華だわ!」


 そして一通り見終わった後、暖炉の前に置いてあるソファに腰掛けた。


 カラクリ仕掛けの置き時計が昼の三時前を指している。卒業パーティーは一時スタートだったので、かなり早い段階でここに連れて来られたことになる。


「なんでこんなことに…」


 ヘンドリックはリディアの右隣に深く腰掛け、大きく息を吐いた。当初の予定であれば、婚約破棄も受け入れられ、誰に気兼ねすることなくリディアとダンスを踊っているはずだった。


 リディアはヘンドリックの様子に気がつかないのか、少し弾んだ声で話しかけた。


「ねえ、ヘンドリック様。あたし、ヘンドリック様のお部屋を見てみたいわ。ねえ、案内してくれない?」


「…リディ、ここからは出られないよ。私たちは閉じ込められているのだから」


 ヘンドリックは申し訳なさそうに答えた。


「うそ、どうしてそんなことになってるのよ。あたしたち何も悪いことしてないじゃない」


 リディアは納得がいかないとばかりに頬を膨らませ、上目遣いでヘンドリックに抗議する。もちろんコテンと首を傾げるのも忘れない。

 そんな仕草に、ヘンドリックはフッと笑みをこぼした。


「そうだな。リディは何も悪くない。悪いのはアンジェの方だ。淑女らしからぬ振る舞いで、長い間リディを侮辱したり脅したりしてきたんだからね」


「そ、そうよ。あたし、とっても傷ついたし怖かったんだから。だから…今日のヘンドリック様、とってもかっこよかった」


「いっつも偉そうに見下してくるアンジェリカ様の驚いた顔も、ヘンドリック様を縋るような目で見てたのも…ちょっとだけいい気味だったわ」


 リディアは、ヘンドリックに聞こえないよう、俯きながら呟いた。その瞳には嘲りと憐れみと優越感があった。


「ねえ、それより、あたしたちいつまでここにいればいいの?」


 リディアはヘンドリックの腕に手を添えて目を合わせた。ヘーゼルの瞳が不安気に揺れ動き、添えた手を腕に絡み付けてしがみつく様は、ヘンドリックの庇護欲と征服欲の、真逆な暗い欲望を掻き立てた。だが今はそれに流されていい時ではない。ヘンドリックはリディアから目を逸らし、腕を組んで考え込んだ。


「わからない。父上と話ができればいいんだが、いつになるか…」


 ふとウィリアムたちやアンジェリカの忠告が思い出され、ヘンドリックは不安な気持ちになった。

 もし、アンジェの言い分が正しかったなら?もし全てがリディの勘違いだったら…?私は大きな間違いをしてしまったことになる…。ヘンドリックは悪い考えを追い払うように、小さく頭を振った。


 リディアはキョロキョロとあたりを見回し、唯一の出入り口であるオーク材の、彫りの細工が美しい扉を眺めた。

 ヘンドリックも釣られて開かない扉を見つめた。


「そっか、じゃあ仕方ないね。ね、ヘンドリック様、それまで二人でお喋りしましょう」


 リディアはにっこり笑ってヘンドリックの肩にもたれかかった。そしてヘンドリックの左手をギュッと握りしめた。騎士訓練を受けている手は、顔に似合わずゴツゴツと無骨で、リディアの小さな手を包み込むように大きく、繋いでいるだけで安心できるものだった。

 どうやっても出られないなら、せめて二人きりの時間を楽しみたいとリディアは考えた。


「それもそうだな」


 ヘンドリックはリディアの気持ちに沿うように、気分を変えてリディアを見た。私はリディを信じている。リディが私に嘘をつくはずがないと、自分自身に言い聞かせた。


「リディ、そのドレスよく似合っている。とても綺麗だよ」


「本当に?嬉しい」


 リディアはヘンドリックの手をパッと離すと、ピョンと勢いよくソファから立ち上がった。

 ヘンドリックの前でくるりと一回転すると、ふんわりとドレスの裾が広がった。


 今日のドレスや装飾品は全てヘンドリックが贈ったものだ。


 ストロベリーブロンドの髪を編み込んで大人っぽく結いあげ、ヘンドリックの青い瞳と同色のサファイアと真珠をあしらった豪華な髪飾りをつけている。

 そして髪飾りと同じ意匠のネックレスとイヤリングが、健康的な肌に輝いている。


 プリンセスラインの蜂蜜色のドレスは、オーガンジーを重ねて色の濃淡をつけ、動くたびに色を変える様子が華やかさを出している。デコルテ部分は青い花柄の刺繍のチュールレースをあしらい、ドレスの裾にも同じ青い花の刺繍、ウエストには同色のリボンを使い、髪飾りと合わせると、ヘンドリックの執着が表れた装いになっている。


「フフ。全身が私の色だね」


 ヘンドリックは満足そうにリディアを見上げていたが、ふと立ち上がるとリディアの前に片膝をついて、そっとその手を取った。


「どうしたの?ヘンドリック様」


 ヘンドリックは絡めた指先を、流れるような動作で口元に運び、そっと手の平にキスを落とした。熱のこもった目でにリディアを見つめると、切なげに、思い詰めたように、二人の未来に向けた言葉を紡いだ。


「リディア嬢、どうか私と結婚して欲しい」


 リディアは目を瞠ってヘンドリを見つめた。嬉しさが心の奥からふつふつと込み上げてくる。

 

「はい。はい、ヘンドリック様。嬉しいです」


 ヘンドリックは嬉しそうに微笑み、手の甲にキスをして立ち上がると、リディアを力強く抱きしめた。腕の中に最愛の人を閉じ込め、その笑顔を独り占めできたことに、ヘンドリックは言いようのない幸せを感じた。


 リディアもまた、幸福の絶頂にいた。

 ヘンドリックは王太子であり、本来ならば絶対に手の届かない高みにいる人。言葉を交わすことも、視線を交わすことすら叶わないはずの人に、こうして寄り添い、ましてやプロポーズしてもらえるなんて、あり得ないほどの幸せだと思った。


 二人は熱に浮かされたように見つめ合い、どちらからともなく唇を合わせた。初めは啄むような優しいキスだったが、何度も繰り返すうちに深いキスへと変わっていった。

 リディアが膝の力が抜け立っていられなくなると、ヘンドリックはすかさず支え、強く、強く抱きしめた。

 唇が離れた後も、余韻を惜しむように離れがたく、お互いの心音に耳を傾けていた。


 愛を確かめ合った二人は手を取り合いソファに座った。まだ夢を見ているようにぼんやりと見つめ合い、幸せを噛み締めていた。


「ヘンドリック様、あたし、夢みたいです」


「ああ、私もだ。リディ、愛してる」


「あたしも愛してます。あたしの王子様」


 リディアはヘンドリックの胸にもたれかかり、ヘンドリックはその肩を抱き、飽きることなくキスを繰り返した。


「はぁ…リディ、もう我慢できない。一刻も早く、君を私のものにしたい」


 熱い吐息と切な気な声が、リディアの耳をくすぐる。 


「あたしも…」


 リディアもまた興奮が抑えられず、潤んだ瞳でヘンドリックを見上げた。


「ああ、くそっ!今すぐ私室に行きたいのに」


 ヘンドリックは激しい情欲に身悶えた。ヘンドリックがなんとか衝動を抑え息を整えていると、頰を赤く染め、潤んだ瞳のリディアが不意に覗き込んできた。


「ねえ、あたしたち、これからどうなるの?」


「リディ、お願いだ。煽らないでくれ」


 ヘンドリックは手で口を覆い天を仰いだ。もう片方の手はしっかりとリディアを抱きしめたまま。


「もう、煽ってなんていません。心配してるんですよ」


 口ではそう言いながらも、リディアは嬉しそうにヘンドリックの胸に手を当て、さらに体を寄せた。


「そうか?そうだな。それは悪かった。あまり考えたくはないが、私たちがあの場から追い出されたってことは、よくない結果になるかもしれないな」


「えっ!どうして?」


「私たちの言い分が通らなかったということだ」


「そんな…あたしたち悪くないのに?罰せられるの?」


 リディアは不安に身震いし、ヘンドリックにしがみついた。ヘンドリックは眉根を寄せて考え込んでいたが、リディアを落ち着かせるように背中をポンポンと優しく叩いた。リディアの温かい体温を感じていると不思議と落ち着いた。


「さあ、わからないな。でもリディ、何があっても君を離さない。いいか?」


 静かに時が流れた。


 この部屋に連れて来られてから何度目かのカラクリ時計が仕掛けの音楽を奏で、長くて短く感じた愛の時間は終わりを告げた。


 オーク材の重い扉が開き、騎士が王の来訪を告げた。








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