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剣術大会予選4


「あのですね、ヘンドリック様のその申し出は逆効果だと思うんですが」


 サリアも大きく頷いて、エマの言葉に続いた。


「リディアを刺激するだけですよ。どうしてロザリン様に手を出すのか考えてみて下さい。ロザリン様に嫉妬してるからでしょう?なのになぜ油を注ぐような真似をなさるんですか?」


「私は、弱者を虐げる者を許せないんだ」


「まあ!ご立派な正義感ですが、じゃあ、リディアを懲らしめるんですか?どうやって?」


 エマが問い詰めるように訊いた。


「そ、それは」


 ヘンドリックは急に風向きが悪くなるのを感じ黙り込んだ。一言怒鳴れば聞かなくてすむだろうが、リディアがしている行為を婚約者として知らなくてはいけないと思った。


「ロザリン様を突き飛ばしたり、足をかけたり、暴言を吐いたりしてるんですよ。その一つ一つを懲らしめるんですか?まあ、店のみんなはロザリン様の味方ですから、リディアは孤軍奮闘、ですけどね。ねえ、サリア」


 サリアも素面でヘンドリックに意見を言う事に耐えられず、エマと同じように飲む事にしたようで、お代わりを頼むペースが速くなっている。


「あの、ヘンドリック様に意見を言うなんて、本来なら絶対にしたくないですが、自分の職場環境を守るためですもの。無礼を承知で言わせて貰いますね」


 サリアがグラスを片手にヘンドリックに訊ねた。ヘンドリックは渋々と言った様子で頷いた。


「ヘンドリック様はこのままリディアと結婚して、本当にいいんですか?エマが言った事は嘘でも大袈裟でもありません。エマの言う通りですよ。自分の我を通すために平気で道理を捻じ曲げますからね。あんな子と一緒になると後始末に苦労すると思いますよ」


「エマさん、サリアさん、も、もうこの辺でおやめになって下さい」


 ロザリンも居た堪れない様子で止めに入ったが、止まらなくなった二人は余計に勢い込んで話始めた。


「本人は気づいてないかもしれませんが、周りはちゃんと見てるんですよ。ねえ、エマ」


「そうよ。いっつも気もそぞろで仕事も真面目に取り組まない。サーニンさんにも色目を使って特別扱い!そのくせヘンドリック様と話をしてると物凄い形相で睨んでくるんですよ。それこそ鬼のような形相でね。注意をしても知らんぷり。果ては『ヘンドリック様の婚約者』を持ち出してきて我を通す。あれでは誰もリディアをよく思わなくて当然でしょう」


「ヘンドリック様はリディアがそんな子だって事、ご存知ですか?ヘンドリック様の前と、私達の前では随分態度が違うんですよ」


「へ、ヘンドリック様、も、申し訳ありません。ど、どうか、お、お許し下さいませ」


 ロザリンが椅子から立ち上がり頭を下げて謝罪した。


 ガタン!!


 ヘンドリックは何も言わずに立ち上がると店を出た。背後からヘンドリックを引き留めるロザリンの声が聞こえたが、振り返りもしなかった。早足で、そこから離れる事しか考えられなかった。


(もう、たくさんだ!放っておいてくれ。私の誓いが余計なことだと言い、リディアの悪口まで・・・もう何も聞きたくない)




 店からだいぶん離れてからヘンドリックは立ち止まり、盛大な溜息を吐いた。気がつけば家の近くまで帰って来ていた。結局、自分の居場所はこの家しかなかった。


 門をくぐり玄関の扉を開ける。


 いつもならすぐにリディアが出てきて、あれこれと聞いてくるが、今日に限っては静かで人の気配がなかった。

 ヘンドリックはホッとしてソファにゴロンと横になった。


(リディはまだロザリン嬢をいじめてるのか?幸せにすると誓っただけでは駄目なのか?私にとって誓いは絶対だと言ってるのに?それにリディは私を信じると言った。私の気持ちを信じるなら嫉妬はしないだろう。なのに何故?)


 ヘンドリックはリディアの事がわからなくなっていた。かつて自分が愛した、甘え上手で可愛らしく、素直で優しい彼女の姿を見失ってしまった。今のリディは以前とは真逆の姿で、その行いに時々無性に怒りを感じる時がある。


(なぜ?こんな事になってしまったんだろう。もうすぐグレアム達が来るというのに。廃嫡され、城を追い出されても、幸せだと胸を張って言える姿で迎えたかった)


 ヘンドリックは何もかも投げ出したかった。思い通りにいかない煩わしい事は全て消してしまいたかった。


 夢だったらいいのに、今までの出来事全てが。


 リディと出会い恋をした事も、卒業記念パーティーでの婚約破棄も、城を追い出され平民のような暮らしも全て。


 淡い夢であれば、目が覚めた時に名残惜しく反芻しただろうが、ただそれだけだ。


 ウィルやアンジェリカ達と共に、父上と母上の元で王太子としての責務を全うする日常に戻る。


 そうであればいいのに。ヘンドリックはそう思いながら本格的な眠りに落ちた。




「ヘンリー、そろそろ起きてちょうだい」


 優しい声が降ってきて、薄く目を開けるとリディアが覗き込んでいた。ヘンドリックは微睡(まどろみ)の中で手を伸ばし、微笑むリディアを抱き寄せて軽くキスをした。

 リディアは嬉しそうに身を(よじ)り、ヘンドリックに重なると、抱き締めてから顔中にキスを落とした。


「フフ、くすぐったいよ」


 まだ半分夢の住人であるヘンドリックは、何も問題のなかった頃のように甘くて優しい世界にいた。リディアを胸に抱きながら乱れたストロベリーブロンドの髪を梳いた。


 だが徐々に目が覚めていくに従い、様々な事が思い出されてきた。ヘンドリックは険しい表情を浮かべ、リディアの肩を掴むと身を引き離し、先程とは打って変わり、嘘は許さないとばかりに厳しい眼差しで見つめた。


「リディ、まだロザリン嬢をいじめてるのか?」


「な、何の事?ロザリン様がそう言ってるの?」


「いや。だが、ロザリン嬢の様子を見ていればわかる。せっかくここにも慣れ、社会の一員としての自覚と責務を知って大きく変わろうとしていたのに、今のロザリン嬢は自信なさげで危なっかしい。私はロザリン嬢を守ると誓った。相手が誰であろうが容赦はしない。この意味はわかるな」


「何?あたしが関係あると思ってるのぉ?」


天網恢々疎(てんもうかいかいそ)にして漏らさず、だ。悪事を働けば必ず露見する。すぐにはバレなくとも誰かが見ているものだ。もしリディがいじめているなら私にも考えがある。リディだからといって許すつもりはない」


「もう、わかったわよぉ。別にあたしはいじめてないんだけどぉ」


 リディアは拗ねるようにそっぽを向いて答えた。


 ヘンドリックが「守ると誓った」という言葉に酷く衝撃を受けた。


「ねえ、誓ったってどういう事?」


「そのままの意味だ。忘れたのか?アンジェリカからお前を守ったように、ロザリン嬢も守るつもりだ」


「それって、もしあたしがいじめてたらどうするの?」


「それを聞くのか?私がどうやってリディを守ったか、身をもって知っているはずだろう?出来れば違う人間であって欲しいと願ってるよ」


「ひどい。あたしを疑ってるのね。違うって言ってるのに」


「仕方ないだろう?目撃者も多勢いるからな」


「あたしの言う事、信じてくれないの?前は信じてくれたのに」


「アンジェリカの時のようにリディの言葉だけを信じるのはやめたんだ。ようやく少しは冷静に考えられるようになった。やってしまった事は返らないが、その後の選択を間違いにしたくないんだ。リディ、わかってくれるな?私はリディを選んだ事を後悔したくない。城を出た事もだ」


「・・・ええ。わかったわ」


 リディアは爪を噛みながらヘンドリックの真剣な眼差しを見つめ返した。


(悔しい!誰がヘンリーに言いつけたのよ。下手に動けなくなったじゃない。でもいいわ。そろそろアンジェリカ様が来た時のために、ヘンリーの疑いをなくして仲良くしておかなきゃ。ちょうど潮時だわ)


 リディアは安心させるように微笑んだ。



「そんな事より今日の予選はどうだったの?サーニンお兄ちゃんとマックスは本選に進めたの?」


「ああ、危なげなく勝ってたよ」


 ヘンドリックも争うつもりはなかったので、リディアの振る話題に乗った。


「ヘンリー達は最終日でしょう?応援に行くねぇ!」


「別に来なくていいよ。ルイスも私も勝つさ」


「ううん、二人の勇姿を見に行くわ!決まってるじゃない!楽しみだもん」


「好きにすればいいよ」


「もう!何よ、その言い方はぁ!!」


「いや、予選より本番で応援して欲しいんだ。ルイスも本戦に連れて行けるようサポートするつもりだからな」


「そう?じゃあ行くのはやめて、ご馳走たくさん作って待ってるねぇ」


「ああ。楽しみにしているよ」


 

「あ、そうだ!それとねぇ、あたし花の女王コンテストに出ようと思うんだけど、どうかなぁ?」


「いいんじゃないか」


「本当にそう思う?ねえ、あたし女王になれるかなぁ?」


「ああ、どうだろうな。それがどんなコンテストかわからないがリディの好きにしたらいいよ」


「もう、なんでそんな言い方なのよぉ!一番きれいだよって言ってくれてもいいのにぃ」


「そうだな、失礼した。リディは可愛いよ。私が愛した、私の恋人だ。ストロベリーブロンドの柔らかな巻き毛も、くりっとしたヘーゼルの愛らしい瞳も魅力的だ。健康的な肌も、ほっそりとした手足もリディの愛らしさを強調している。自信をもって臨めばいいよ」


「まあ、ヘンリーったらぁ!!」


 リディアは満面の笑みでヘンドリックの賛辞を受け取った。

 

 ヘンドリックもそんなリディアを目を細めて見た。言葉にすると愛しさがこみ上げてくる気がした。ロザリン嬢に嫉妬するのも、最近言葉で愛情を伝えていなかったからかもしれないと反省した。


(これでロザリン嬢をいじめがなくなればいいんだが)


 ヘンドリックは小さく溜息を吐き、楽し気に夕飯の支度をするリディアをぼんやりと眺めた。



 


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