剣術大会予選2
予選は午後から行われる。
初日にヘンドリックとルイスはサーニン達を応援すべく、闘技場に足を運んだ。
「ヘンドリック様、予選てどんな感じでしょうか?」
「そうだな。私も予選に参加するのは初めてだから気になるな」
二人は闘技場の観客席に座った。
雨の季節もそろそろ終わりに近づき、予選初日の今日は肌にまとわりつくような湿気が息苦しく感じる。眼下には今から戦う男達が、思い思いの防具を身に纏い剣を持って立っていた。重い鎧をつけた者などは、無駄に体力を消費するだろうと容易に想像できた。
「フム、人数は二百人にはならないくらいか?こうして見ると、それほど多くはないな」
「でもヘンドリック様、この中で残るのは三人程だと聞きました」
「ああ。どれほど実力者がいるのか、高みの見物だな」
男達はルールの説明を受けた後、神官の祝福を受けた。そして神官が奥に戻ると、銅鑼が大きく打ち鳴らされた。
「ウォーーーーー!!」
男達の鬨の声が響き渡った。
もう一度銅鑼が鳴ると、男達は広がり、手近にいる相手に戦いを挑み始めた。あちこちで剣を打ち合う音がする。すぐに負けて地面に転がる者、剣を落とされたのか、素手で取っ組み合いをする者、両手を上げて逃げ惑う者、それを追いかけていて、横から剣を向けられ新たな斬り合いが始まる者。
予選は乱戦方式だった。
「ヘンドリック様、僕、あんな乱闘の中で戦うのは怖いです」
「そうだなあ。まあ最初は誰でもそうだ。だが、ここから見るよりも実際あの場に立つ方が怖くはないし、案外動けるものだ」
「そうですかねえ?でも、目の前の敵だけじゃなく四方から挑まれたら、どうすればいいかわかりません。こうして見ててもどこで、どういうふうに勝敗が決まるか見定める事も出来ないのに」
ルイスはヘンドリックの言葉を疑わしげに聞き、途方に暮れた顔で男達の戦いを見ている。
その間にも、男達の戦いは続いている。装備も武器も様々だった。剣を捨て馬乗りになって殴っている者が、背後からいきなり首筋に剣を当てられ降参する場面もあった。
「どんな戦い方が正解かわかりません」
ルイスは泣きそうな顔でヘンドリックを見た。
「勝ち残れば、それが正解だ」
「そんなあ」
「フム。今回の中にはサーニンやマックスはいないようだな。今日の予選は三回行われると聞いているが、ルイスはこの中で誰が残ると思う?」
「はあ、そうですね。あちこちで戦っているので誰が強いのかも、誰が残るのかも、僕にはわからないです」
ヘンドリックは男達の中で、三人に囲まれた一人の男を指差した。離れた場所からでもわかる大柄で筋肉質な男だ。三人が剣を構え、その男に次々と斬りかかっている。それを軽々といなしながら一人、また一人と倒していく。
「ルイス、あそこの革鎧の男はわかるか?首に赤いスカーフを巻いている」
「はい」
「あの男は強い。無駄な動きがなく戦い慣れている。それにもう一人、あの端の方で戦っている男を見てみろ」
ヘンドリックが指差した男は、斧を振り回して他を寄せ付けない。こちらも数人に囲まれている。
「あれは慣れていない。無駄に体力を減らしているだけだ。今に疲れて誰かにやられるだろう」
そう言い終わる前に、囲んでいた一人が一歩前に出ると、斧の男は斧から手を離して両手を上に挙げた。そしてスゴスゴと闘技場を後にした。
「うわっ!僕、あれだけは避けたいです」
「大丈夫だ。ルイスなら残れるさ。とりあえずは落ち着いて平常心を保つ事だ」
話しているうちに男達の数は確実に減っていき、残り二十人ほどになった。その頃には一対一で切り結ぶ戦い方になり、負けた方は退出し、勝った者は新たに相手を見つけて戦った。
ヘンドリックが指差した赤いスカーフの男も残っていた。疲れた様子もなく剣を振るっている。
そうして更に人数が減り、二人になったところで終了となった。
次の回にはサーニンとマックスがいた。同じように神官の祝福の後、銅鑼の音でスタートしたが、二人ともフットワーク軽く、危なげなく剣を振るっている。
「サーニン殿は剣を習っていたのか?」
「ええ。学園に行ったので、そこで習ったと聞いてます」
「ほお!なかなか見事だ。基本に忠実だな。動きに無駄がないし、なんといってもスピードがある。騎士になっていても不思議ではないぞ。これなら学園ではたいそうモテただろう」
「さあ、学園でモテたなんて話は聞いたことがありませんね。そういや、家を継ぐための勉強で忙しかったと以前言ってました」
「そうか」
マックスを見つけたので見ていると、これまた楽しそうに戦っている。
「ハッ!マックスは勘で動くから予想がつかん。サーニンとは対照的だ。だが、やはり強いな」
手合わせでも感じていた喧嘩殺法である。実戦ではマックスの方が生き残る確率が高いだろう。
やはり人数が減ると一対一で戦い始めた。サーニンもマックスも残っており、それぞれが違う男と戦っている。
「ハハッ、兄弟で残るつもりだな」
「ヘンドリック様はどちらと戦うのがイヤですか?」
「そうだな。やはりマックスかな。サーニン殿は基本に忠実だから次の動きが予想できる。基本に忠実であれば強い方が勝つからな。私が負けるわけがない」
「ふーん、そういうもんなんですね」
「ああ、そうだ。さて、大体の様子もわかったし帰るとするか」
「サーニンさん達には会っていかないんですか?」
「まあ、見たところ二人とも勝ち残るだろう。週明けにでもおめでとうと言うよ」
ルイスは何か言いかけて口をつぐんだ。言いにくそうに逡巡した後、思い切ってヘンドリックに訊ねた。
「その、ヘンドリック様。姉さんとは上手くいってるんですか?」
「ん?なぜだ?」
「その、最近の姉さんはここに帰ってきた時頃に比べて様子がおかしいし、その、今日も一緒じゃないので心配で」
「ああ、今日は訓練の一環だと言ってるんだ。楽しく観戦するつもりはなかったからな。リディとはいつも通りだと思うが、心配かけてすまない」
「だったらいいんです。僕の思い過ごしですね、きっと」
ヘンドリックは曖昧に頷いた。
ルイスと別れた後、ヘンドリックはアルトワ男爵家に向かったが、途中で引き返しサイラスの店に行こうと思った。家に帰りたくないのに、どこにも行く所がなかった。
「何をやってるんだ、私は。家に帰りたくないと思うなんて」
ヘンドリックは大きく溜息を吐き、町の広場にあるベンチに腰掛けてぼんやりと町を見た。
「ヘンドリック様?」
顔を上げるとサリアが立っていた。
「やっぱりヘンドリック様。こんな所でどうされたんですか?」
「ああ、サリアか。君こそどうしたんだい?」
「私はサーニンさん達の応援に行ってたんですよ」
サリアは二人の勇姿を思い出したのか、頰を紅潮させてうっとりと微笑んだ。
サリアの後ろから、エマとロザリンがやって来た。二人とも弾むように楽しげな様子だ。ヘンドリックはロザリンに気付いて驚いた。
「ロザリン嬢も応援ですか?エマ達と仲良くなったんですね」
「え、ええ。ご機嫌よう、ヘンドリック様」
ロザリンはサッと淑女の礼をすると、赤くなった頰を隠すように両手で頰を覆いエマの背に隠れた。
エマは身悶えしながらロザリンをギュッと抱きしめた。
「あーん、ロザリン様ったら、本当に可愛いらしい反応するんだからぁ!もう堪んないわぁ」
ロザリンはホッとした笑顔で、エマにされるがまま身を任せている。
「ロ、ロザリン嬢?その、大丈夫なのか?」
ヘンドリックは二人の様子に驚きを隠せなかった。
「は、はい。あの、お、お姉様みたいで、安心します」
「やーん!ロザリン様たら嬉しい事を言ってくれるじゃないの」
ヘンドリックは急激に仲良くなった二人を不思議に思ったが、すぐにそういう事もあるかもしれないと思い直した。
「あの、ヘンドリック様。今から祝杯を挙げに行くんですが一緒にいかがですか?」
サリアが遠慮がちにヘンドリックを誘った。
「サーニン殿やマックスも一緒なのか?」
「いいえ、このメンバーだけですわ」
「そうか。女性達の中に一人入るのは気が引けるが、祝杯を挙げるなら私も同席したい。サーニン殿達がいれば尚いいんだがな」
「それが、出てくるのを待ってたんですが、入れ違ってしまったようで会えなかったんです」
サリアが残念そうに答えた。
「本当は一緒に祝杯を挙げたかったんですがねえ。残念です。まあ、他にも応援に来ていた店の人達がいたから、もしかするとそっちに行ってるかもしれませんねえ」
エマの言葉にロザリンも控えめに頷いている。
「そうか、本選に行くための手続きに時間がかかったんだろう。残念だが、仕事で会った時に声をかけるとするよ」
「そうですね、あたし達もそうしましょう。ね、ロザリン様」
エマやサリアも口々にヘンドリックに賛同した。
四人は軽く飲んで食べられる場所を探しながら大通りをウロウロしていたが、結局エマ達がよく行くという居酒屋に腰を落ち着けた。
エマとサリアはビールを頼むと、摘めそうな物を適当に注文した。ヘンドリックもビールを、ロザリンは葡萄ジュースを注文し、三人でサーニンとマックスの予選通過に乾杯をした。
エマはグラスに口をつけ一気に飲み干すとテーブルに音を立てて置いた。本格的に飲む事にしたようで、お代わりを頼むとテーブルに運ばれてきた魚介のマリネや揚げポテト、腸詰めなどをアテに、調子よく飲み始めた。
サリアはエマのペースに乗る事なく「ここのポテト美味しいのよねえ」と言いながら揚げポテトを口に運んでいる。
ロザリンはジュースとお菓子を美味しそうに食べており、エマは隣の席でその様子を楽しげに見ていた。
「ロザリン様、美味しいですかぁ?」
「は、はい。お、美味しいです」
「ロザリン様が笑顔だと、あたしもすっごく嬉しい!このお店は何でも美味しいんですよぉ。このミートパイも食べてみて下さいな。ね、美味しいでしょう?さあ、もっと食べて食べて!!」
ロザリンはエマに差し出されるままパイを頬張り、赤くなりながらも嬉しそうに頷いた。
ヘンドリックは、そんな令嬢らしからぬロザリンの姿に驚いたが嫌な気分ではなかった。それどころか、まるで子リスのようで可愛いらしいとさえ感じた。
何より出会った頃のリディアと重なる気がして、そう感じる自分に戸惑った。
だが小さく頭を振って気のせいだと思う事にした。