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剣術大会予選


 さて、ザフロンディでは雨の季節が終わり花が咲き始める頃に「花祭り」がある。「花祭り」はこの地域に昔から伝わる行事の一つだが、それには次のような物語があった。


♢♢♢♢


 昔、ザフロンディの海辺に小さな村があった。この辺りの海は少し網を入れただけで破れそうなくらい魚が獲れたため、村人達は日の高いうちから遊び暮らしていた。


 ある年の雨の季節、いつになっても雨が止まず網を入れても魚が獲れない日が続いた。しかたなく船を出し漁に出ても、どの船も魚が一匹も獲れなかった。人々は普段は行かない遠い場所にも魚を求めて船を出したが、釣れても一匹、二匹と少なかった。


 ある日、村に住む一人の少女が夢で女神様のお告げがあったと村長に名乗り出た。

 夢の中で、女神様は少女に告げた。

「人間は当たり前のように海に網を入れてたくさんの魚を(さら)っていく。この地に人間がやって来てからずっと、長い年月の間それは続いてきた。お前達人間に与えるものはもうない」と。


 少女がそれでは生きていけないと女神様に慈悲を乞うと「海にはない美しいものを捧げるならば、元の海に戻してやろう」と言い残し姿を消したそうだ。


 そこで村人は集まり、海にはない美しい物を探した。そして初夏に咲く色とりどりの花を花束にして感謝の祈りを捧げ海に流すと、不思議な事に雨は止み、その時から再び魚が獲れるようになった。ただ以前程は獲れなくなり、村人達は朝早くから夜まで働くようになった。それから毎年、女神のお告げがあった初夏に花々と共に巫女が感謝を捧げる舞を奉納するようになったという事だ。



♢♢♢♢



 それから「花祭り」は日々の感謝と豊漁祈願をする祭りとして毎年行われるようになった。それがやがて、美しい花々の祭りとして、今では感謝や祈願と共に、恋人や子供たちの健康や和楽を願い、海に流すための花を贈り合う祭りになった。


 その花祭りも、今年は開港式典の祝祭の一つとして行われる。

「花祭り」の最大イベントは「花の女王」コンテストである。その年に選ばれた「花の女王」は色とりどりの花で飾られた山車に乗り、花の乙女達と町中を練り歩いた後、女神を祀る神殿で花と舞を奉納する。そしてその年は「女神の乙女」として一年を過ごす事になっている。そして今年は、剣術試合の勝利の女神にもなるのだ。


 アルトワ領の娘達は「花の女王」に選ばれようと美しさに磨きをかける。「花の女王」は幸福の象徴であり娘達の憧れだからだ。そして今回の「花の女王」は、剣術大会の優勝者に祝福を授ける事になっていた。そのため娘達は通年よりもやる気に満ちており、着飾った娘達で町も華やいでいた。


 

 サイラスの店でも売り子達の間では「花の女王」コンテストの話で持ちきりだった。


「ねえ、あんたは出るの?」


「そりゃあ、もちろんよ!万が一って事があるんだからね」


「ハハハ!そりゃ無理さ。エマやサリアには勝てっこないよ。それに今年はリディアも出るんじゃないか?」


「そうねえ。あの子、顔だけはいいもんねえ。出たら騙される人も多いんじゃない?優勝でもしたらますます鼻持ちならなくなるかもねえ」


「ほんとにイヤな子だよ。サイラスさんの事はおじさん呼び、サーニンさんもお兄ちゃんなんて呼んで親しさをアピールしてさ。自分を何様だと思ってんだろう。親戚でもなんでもないのにさあ」


「全くだわ!サーニンさんを狙っている子も多いのにベタベタしてさ。みんな怒ってるよ。婚約者がいるくせにみっともないったらありゃしない。ヘンドリック様もあんな子のどこに惚れたんだか。女を見る目がなさすぎると思わないかい?」


「この店のみんなが口を揃えてそう言ってんのを、あんたも知ってんだろう?笑っちゃうよねえ。知らぬは本人ばかりなりってね。ヘンドリック様も結婚前に気づけたらいいんだけどねえ。それよりコンテストだけど、あたしは出るのやめて投票する方にするよ。どうせ乙女にもなれないだろうからね」


「そうねえ。わたしもそうしようかなぁ」


「あら、なんの話?」


 声をかけられ振り向くと、茶色の綺麗な髪を一つに(まと)めたサリアが背筋を伸ばして立っていた。スラリとした細身の体、整った顔立ち、(はしばみ)色の目は凛とした清廉さを含んでいる。微笑みを浮かべた形のいい唇も品が良く、清楚でキリっとした美女だ。

 正義感が強く、そのせいで時々頑なに持論を曲げない事もあるが、間違いを指摘されても納得すると素直に頭を下げる事が出来る、エマとはタイプの違う男前な女性だ。


「あ、サリアさん!サリアさんも、もちろん「花の女王」コンテストに出るんですよね」


 サリアはにっこりと微笑んで頷いた。


「もちろんよ。あなた達も出るの?」


「いやいや、あたしは出ませんよ。出るだけ無駄ですからね。いえね、リディアも出るんだろうなって話してたんですよ」


「そうね、出るんじゃないかしら。でもあの子には負けたくないわね」


「サリアさんが勝つに決まってます!リディアとは天と地程も差がありますよ。今年もサリアさんのライバルはエマさんだけでしょう?」


「そうだといいけど。昨年はエマに負けちゃったものね」


「何言ってんですか。同点だったからジャンケンで決めたんじゃないですか!」


「フフ、でも負けは負けよ。今年は負けないわよ〜!」


「あ〜ら、そうはいかないわよぉ!」


 エマが楽しげな様子で談笑の輪に入った。


 エマはサリアとは対照的な、肉感的で妖艶な美女だ。艶やかな長い黒髪を、今はゆるい三つ編みにして背中に垂らしている。少し垂れ気味の黒曜石のような瞳と、ぽってりとした赤い唇が色っぽさを強調していた。


「フフフ、今年もあたしが勝つつもりよ!」


「まあ!言ったわね。今年こそは私が勝つわ!!あなた達も今言った事を覚えててよ」


「もちろん!どっちが勝つか楽しみにだわあ。サリアさんもエマさんも、今年は誰が出るか知ってるんですか?」


「いやあ、知らないわ。サリアは何か聞いてる?まあ、リディアは出るんじゃないの?コンテストとか好きそうだもんね」


「あら、エマもそう思うの?今も皆でその話をしてたのよ。あの子、婚約者がいる男に手を出すような性悪だけど、男好きのする顔だしちょっと脅威よね」


「本当にね!コンテストは性格ブスとか関係ないからさ。優勝でもした日には鬼の首を取ったようになるわよ、サリアもそう思わない?あ〜やだやだ!」


「それに顔だけじゃなく本当に男好きだと思うわ。サーニンさんに構われてるの、エマも見てるでしょう?この間ったら手なんか繋いでたのよ。もしかしてサーニンさんはリディアの事好きなのかしら?」


「そんなわけないと思うけど、もしそうなら幻滅だわね。サリアも変な噂はしない方がいいわよ。ま、リディアは学園でもいい男を侍らせてたって噂だし、みんなに好き好き言われてないと立ってられないのかもね。とんだアバズレだわ。ヘンドリック様もかわいそうにね」


「フフ、エマったら相変わらず毒舌ねぇ。リディアの事はもういいわ。考えてもしょうがないもの。それよりロザリン様は大丈夫なの?」


「大丈夫じゃないわよ!あたしの可愛いロザリン様をいじめまくってるのよ、きっと。でないとロザリン様があんなに怯えるわけないもの。どうにかして懲らしめて追い出してやりたいと機会を狙ってるんだけど、なかなか尻尾を掴ませないのよ。腹の立つ!」


 エマはファイティングポーズをして勇ましく答えた。


「でも、リディアを追い出したらヘンドリック様もいなくなっちゃうんじゃないの?」


「あっ、そうかぁ。うーん、職場にトキメキがなくなるのはイヤだなぁ。あんなイケメン、そうそういないもの見てるだけで気持ちが華やぐもんね」


「そうねえ。でもね、エマも聞いてるでしょう?リディアったら最近は目につけばロザリン様をいじめてるみたいよ。あちこちで目撃されてるもの」


「知ってるわよ。あたしの癒しを兼ねてなるべく側にいるようにしてるんだけど、隙を突いていじめてるみたい。あたしの前では知らん顔して笑ってるのよ。あの子、誰に喧嘩を売ってるのかわかってないわね」


 エマは剣呑な表情を浮かべて微笑んだ。


「エマともあろう者が、このままでいいの?」


「いいわけないでしょう。でもロザリン様は何も仰らないのよ。それどころか何もしないで欲しいって。切ないし悔しいわよ。でも勝手に動いてロザリン様に嫌われたくないからジレンマだわ」


「じゃあ、傍観するの?」


「まさか!!でもロザリン様を守りたいけど目立つのは嫌がられるからねえ。このまま側にいて未然に防ぐしか出来ないのよ。何かいい案はないかしらねえ」


「そうねえ。事を大きくしたくないようだし。でもリディアをやり込めるなら、私も加勢するわよ」


「あら珍しい!いつもは中立を保って、手も口も挟まないのに?」


「そうね。でもあの子は私の許容範囲を超えたの。だって私のいる職場を荒らされてるのよ。見て見ぬふりが出来ないくらいにね」


「フフフ、サリアがいてくれたら百人力だわ」


「サリアさんだけじゃないですよ。あたし達も、店のみんなもロザリン様を守るお手伝いをさせて下さい。リディアの悪行はみんな腹に据え兼ねてるんですから」


「そうね。ヘンドリック様には悪いけど、自分達の職場は自分達で守らないとね。朱に交われば赤くなるっていうもの。リディアに毒される人がいないとも限らないからね。早めに駆逐しないと」


「あら、サリアったら駆逐だなんて怖い事を言うのね」


 エマはそう言いながら凄みのある笑みを浮かべた。


 ロザリンの事は何一つ解決しないまま、時間だけが過ぎた。リディアを含め、エマ達も「花の女王」コンテストに向けて念入りに磨きをかけている。

 そんな中でもリディアのいじめは続いていたようだが、結局ロザリンは口を閉ざし、エマは気になりながらも結局何も出来ずにいた。



 そうして、いよいよ剣術大会の予選が始まった。


 剣術大会の予選は、アルトワ領の三ヶ所で行われる。ヘンドリック達はザフロンディ円形闘技場での予選に申し込んだが、参加者は優に千人を超えていた。その千人を三十人程度に絞るための予選が、開港式典までに三回に分けて毎週末に各地で開催されるのだ。


 ヘンドリックとルイス、それにサーニンやマックスもすでに申し込みを済ませており、連れだって予選のクラス分けを見に行った。サーニンとマックスは予選初日、ヘンドリックとルイスは最終日に当たっていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] リディアだけが悪でヘンドリックは被害者みたいな扱いになっているのが、何だかなぁ~と思います。 一応言っておきますけど、エマさん、サリアさん、ヘンドリックも加害者ですからね!! ヘンドリックと…
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