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螺旋4


「はあ、なんというか、ヘンドリック様はやる事がスマートでカッコイイっすね〜。でも、その誓いはやめた方がいいんじゃ」


「マックス、お前が考える事じゃない。口を慎め」


「はいは~い。で?兄貴が俺の事、紹介してくれんだろ?」


「ああ。ヘンドリック様、ロザリン様、今日からこいつも一緒に働いて貰うことになりました。今後は三人で動くようにして下さい」


「お二人とも、よろしくお願いします。あの〜、俺はあんまり(かしこ)まった喋り方は出来ないんで、すみませんが、その辺よろしくお願いしますね」


 マックスは頭を下げて挨拶をした。


「こ、ここ、こちらこそ、よろしく、お願いしますわ」


 ロザリンは話題が変わった事にホッとした笑顔を浮かべて礼をした。


「ああ、よろしく頼む」


「ロザリン様、こちらの配慮が足らずに申し訳ありませんでした。マックスが入る事で悪く言う者も大人しくなるでしょう」


「すまないな」


 ヘンドリックの謝罪に、ロザリンは酷くなった吃音を気にしてフルフルと首を振る事で意思を伝えた。


「いやあ、俺も以前から親父や兄貴に仕事の勉強をしろとせっつかれてたんすよ。これ幸いといい機会にされたようで、まあ、俺としてもヘンドリック様とお近づきになれるのは願ってもない事なんでリディア様々かなぁ、なんて。へへへ」


「すいません。礼儀も言葉遣いも悪い奴ですが、役に立つと思いますので、どうかご容赦下さい」


「ちょっ、兄貴、そんな紹介の仕方はないだろう?もっと売り込んでくれよ」


「すいません。ヘンドリック様もロザリン様も、腹に据えかねたら他の者と交代させますので遠慮なく仰って下さい」


「あ、ああ、わかった」


 ヘンドリックは、がっしりとした体を縮こまらせ、頭を掻きながら苦笑しているマックスを胡乱(うろん)げに見つめた。


「では、今日は少し遠いですが、ケイティ商会に視察を兼ねてこの提案書を渡してきて下さい。夕刻までに戻り報告をお願いします。それと、マックスはケイティ様に挨拶をして来い。俺か親父が一緒に行ければ良かったが、他に外せない用事があるから仕方がない。一人で頑張って来い、わかったな?では馬車を呼んでおりますので、それで向かって下さい」


「ああ、わかった」


 三人が店の裏手に止まっていた馬車に乗り込んでいると、リディアがヘンドリックの後ろ姿を見つけて駆け寄ってきた。


「ねぇ、ヘンリーの今日の仕事はなぁに?」


 ヘンリーは内心舌打ちしながら、微笑みを浮かべてリディアに向き直った。今は顔を見たくなかった。


「マックスとロザリン嬢と三人でケイティ商会に行ってくるよ」


「えっ?三人で?二人じゃないのね?」


 リディアは馬車に乗るマックスの後ろ姿を見て、明らかにホッとして満面の笑顔になった。


「ふーん、そうなんだ、気をつけて行ってらっしゃあい!!」


「ああ、行ってくる」


 ヘンドリックは踵を返すと、先に馬車に乗った二人に続いた。リディアはその後ろ姿に満足げに手を振った。


「ヘンドリック様、リディアはなんて?」


「どこに行くのかと訊かれたよ」


「ああ。まあ、俺が一緒だから変な気を起こしはせんでしょうが、何かあったら必ず俺かヘンドリック様に言って下さいよ。わかりましたね、ロザリン様」


「え、ええ」


「それにしてもヘンドリック様は、なんであんなじゃじゃ馬を選んだんすか?確かにかわいいけど、見た目と違って気の強い女っすよ。特に最近のリディアは怖くって、とてもじゃないけど女として見れねえな」


「マックス、私の婚約者に対して失礼な事を言うな」


「おっと、気に障ったなら失礼しました」


 ヘンドリックは眉を寄せてマックスを睨んだ。


 マックスは赤みがかった茶髪を短く刈り、キリッとした眉の精悍な顔をしている。背も高く肩幅があり、筋肉質のがっしりした体つきだ。調子が良く、軽い口調と相まって喧嘩っ早そうに見えるが、実際に喧嘩をしたといった噂は聞いたことがなかった。見た目や雰囲気とは違い、周りをよく観察して行動する常識人だというのがヘンドリックの見解だ。

 そのヘーゼルの瞳がヘンドリックの様子を興味深げに見つめている。


「なぜ誓わない方がいいんだ?」


「へ?何ですって?」


「さっき言いかけてたじゃないか。ロザリン嬢を守る誓いはしない方がいいと」


「ああ。その事ですか。それなら聞きますが、ヘンドリック様はどうしてその場のノリで誓いを立てたんですか?」


「その場のノリなんかじゃない。私はいじめが許せないだけだ」


「それはご立派な事ですが、ヘンドリック様はどうしてリディアがロザリン様をいじめるのかわかりますか?」


「それは、不本意だが、私が不安にさせてるんだろう。ヤキモチを焼いているからだと言っていた」


「はあ、ヤキモチにしてはえげつないですがね」


「言うな」


「じゃあ言いますが、さらにヤキモチを煽ってどうすんですか?ロザリン様を守る誓いの事を知ったら、リディアがどんな行動に出るかぐらい想像ができるでしょうに。それともまだ妬いて欲しいんですか?」


「そうではない。ただ、私はロザリン嬢が体調を壊すほどのいじめを看過できないだけだ」


「ヘンドリック様ねぇ、こう言っちゃなんですが、もう少し周りをよく見て考えて行動して下さいよ。ヘンドリック様の影響は貴方が思うより大きいんですから。特にリディアにとってはね。慎重なくらいが丁度いいんですよ」


「うるさい。お前も昔の側近みたいな事を言うんだな。今の私は王太子ではない、ただの男爵だ。影響力もたかが知れているだろうに」


「ただの平民である俺にも、あの誓いが何をもたらすか想像できるんすよ。ましてされた本人も断ってたでしょうが」


 急に話が振られたロザリンは肩を震わせて俯いた。


「そうなのか?ロザリン嬢」


「あ、あの、お、お気持ちは、とっても、う、嬉しかったですわ。で、でもその、私も、マ、マックスと同意見、ですの」


「そうか。なら、先程の誓いは気にしないでくれ。私は勝手に動くことにする。マックスやロザリン嬢に迷惑はかけないよ」


「いや、そうでなくてですねえ」


「もうこの話は終いだ」


 ヘンドリックは何か言いかけたマックスの言葉を遮ると、二人から顔を逸らし窓の外を見た。



 流れる景色を眺めながら、ヘンドリックは「なぜリディアを選んだのか」という先程のマックスの質問を思い出していた。


(くそっ!なんでリディを選んだか、だと?私に間違っていたと言わせたいのか?ハッ、私は間違ってなどいない。かつては全てがかわいく、愛おしいと、守りたいと思っていた。私がいないと潰れてしまうと思った。だからリディを選んだんだ)


(だが今のリディは私の知る彼女とは違う。私はただリディと幸せに・・・、そう、幸せになりたいと思っていただけだ。だが私の考える幸せとはなんだったのか、もう思い出せない)


 ヘンドリックは自身の根幹が揺らぐのを感じた。そして思考の奥底に潜っていった。

 黙り込んだヘンドリックを見て、二人は邪魔をしないよう静かに窓の外を眺めた。馬車は止まる事なく目的地へと進んで行く。


(何度も立ち止まり、悩み、考え、確認してきたリディへの思い。私はリディの素直なところが好きだった。愛おしいと思っていた。だが、今のリディはどうだ?かつて私に訴えていたアンジェリカの行動と重なる。いや、ロザリン嬢の様子からはリディのしている事が数段酷いと感じる)


(今度はリディからロザリン嬢を助けなければいけないのか?いや、助けると誓ったんだ。ではどうやってリディの行動を止めたらいいんだろうか)


 ヘンドリックはさらに深く考えに沈んだ。


(私はあの時、アンジェリカと婚約破棄した事は正しいと思っていた。傲慢で権力を笠に着て弱者をいじめるのであれば、罰を与えるべきだと考えたからだ。ならば、今リディがしている事に罰を与えるのが正しいのか?少なくともリディは権力者ではない。では、ただのヤキモチと片づけていいのか?)


 ヘンドリックは深い溜息を吐いた。


(いや、ただのヤキモチにしては度が過ぎている。しかも言葉の端々から私に権力があると勘違いしているようにも思える。だが罰は与えない。与えても逆恨みして余計にロザリン嬢をいじめるだろう。アンジェリカとは違う。ハハッ!我ながらリディの事を冷静に見ているな。どうするのが正しい事なのかわからないが、父上の言うように婚約破棄は短慮だったかもしれない。だが、もうどうでもいい。もう何も考えたくない)


 幾度も同じような問いに答えを探し、無理に己を納得させてきた。リディを選んだのは一時の熱情ではないと。

 だが、だんだん強くなっていくリディの執着に比例するように、選択した事への責任が重く感じられるのを苦々しく思いながら、ヘンドリックは窓の外に流れる景色を眺めた。



 窓の外には海が広がっていた。(さざなみ)が陽を反射してキラキラと輝いている。海上には漁をしているのか、小舟がちらほらと浮かび、沖には外国からの大きな船が停泊していた。

 

(海か。子供の頃に父上と一緒に視察に来た頃と変わっていない。あの頃は、まさかこんな風に再び来る事になるとは思わなかったな)


「綺麗だな」


 ヘンドリックの言葉にマックスが頷いた。


「や〜っと浮上したんすね?良かった良かった。もうすぐ着きますよ。向こうでも落ち込んだままだったらどうしようかとヒヤヒヤしましたよ。絶対にケイティさんに突っ込まれますからね」


「はあ、お前は本当に遠慮がないな」


 マックスの呑気な声に苦笑しながら、ヘンドリックは今から仕事だと気持ちを正した。


 ケイティ商会のある町は、アルトワ領の中で一番賑わっているレジフェだ。

 アマディーナ港という大きな港があり、船の出入りも多い。積み荷があちらの船、こちらの船にと行き来し、せかせかと働く者や積み荷でごった返していている。


 町中は異国の人も多く歩いており、肌の色や服装から外国から訪れた人とわかる。船員のための施設や店があり、また異国情緒を味わいたい人や旅行者も多く、慌ただしく、雑多で、活気に溢れていた。


 ケイティ商会は海の近くにあり、サイラスの店より規模が大きく繁盛していた。

 店の前で馬車を停めると、店舗の奥からネイサンが出てきた。


「やあやあ、お待ちしておりましたよ。まずはこちらへお越し下さい。それとマックス、お前はしっかり勉強させてくれと、サイラスに頼まれてるから覚悟しろよ」


「ええ!勘弁してくれよ。俺は程々でいいよ。どうせ兄貴が跡を継ぐんだからさあ」


「何を言うんだ!お前がしっかりサポートしてやれ。という事で、おい、キリアン!マックスを裏の倉庫へ連れて行ってうちのやり方を説明してやれ。マックス、キリアンはうちの商品管理部門を任せている。しっかり勉強しろよ」


「はいはいはい。よろしくお願いしますよ、キリアンさん」


 キリアンは小柄で眼鏡をかけた年配の男だった。几帳面な雰囲気でマックスとは対極にいるように見えた。

 せかせかと歩く男の後を、マックスは両手を頭の後ろで組みながら大股でついて行った。


「はあ、まったく、あいつときたら礼儀も何もない奴だ」


 ネイサンは二人の後ろ姿に溜息を吐きながら見送ると、ヘンドリック達を振り返った。


いつも読んで下さり、ありがとうございます。次回から二回は閑話休題として本編とは関係ないものをアップします。


どうぞよろしくお願いします。

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