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リディア4


 翌朝、いつものようにルイスが鍛錬にやって来ると、リディアが鍛錬の様子を見学したいとヘンドリックに言った。

 ヘンドリックは昨夜の思いが抜けきれないのか、珍しく浮かない顔をしていたが、驚いてまじまじとリディアの顔を見た。


「珍しいな。どうしたんだい?いつもは興味なさそうなのに」


「ルイスがどれくらい強くなったのか見てみたくって。ダメ?」


「いや、構わない。ルイスもいいな?」


「ええ。いいですが、姉さん、邪魔しないでよ」


 最近では日課の鍛錬が終わった後に、二人は実戦の形で剣を合わせていた。今朝も鍛錬の最後に向かい合って剣を構える。


「来い!」


「お願いします!」


 一呼吸置いた後、ルイスはかけ声と共に一歩踏み込んだ。同時にヘンドリックの左肩、ちょうど首の部分を狙い剣を斜めに振り下ろす。

 ヘンドリックは左にかわしながら剣を滑らせて受け流す。剣を弾く音がして、二人は一旦距離をとった。

 間髪入れず、ルイスが踏み込み胴を狙う。ヘンドリックはひらりとかわしてルイスの左肩を狙う。ルイスも剣で受け止め、お互い睨み合ったまま力比べをする。

 ヘンドリックがかわすように右肩を後ろに引くと、ルイスはバランスを崩した。その隙にヘンドリックはルイスの足を払い、呆気なく勝負がついた。


「うわぁ!ヘンリー、かっこいい!!」


 リディアは手を叩いて喜んだ。


「次!」


「はい!」


 ルイスが掛け声と共に踏み込み、ヘンドリックがかわす。何度か剣を交えた後、ルイスは両手で剣を握ると思い切り斬りつけた。ヘンドリックも素早く両手に持ち替えると、大きな音を響かせてその剣を受け止めた。ルイスはそのまま力任せにヘンドリックを押し返す。ヘンドリックは踏ん張ったまま、徐々に後ろに下がったていった。


「フム、だんだん力の入れ方が上手くなってきたな。だが」


 ヘンドリックは面白そうにニヤリと笑うと、力比べに終止符を打つように、一旦剣を下げてから左向きに身をかわし、同時に大きく弧を描くように剣を払った。

 剣はルイスの手を離れてクルクルと回りながら離れた場所に落ちた。


「参りました」


 ルイスは肩で息をしながら、悔しそうに頭を下げた。


「うわぁ、ルイスも案外強いのね」


「案外は余計だよ、姉さん」


「そうだな。ルイスは筋がいい。剣を握ってまだ三ヶ月程だとは思えない。これからまだまだ強くなるぞ」


「え、本当ですか?ヘンドリック様」


「ああ、嘘を言ってどうするんだ」


 ルイスは嬉しそうに笑うと、剣を鞘に収めた。 


「ねえ、もしかしてぇ、今度の剣術大会に出られるんじゃなあい?」


 リディアの問いかけに、ルイスはパッとヘンドリックの顔を見た。ヘンドリックはルイスを見ながらじっと考え込んだ。


「そうだな。親睦を兼ねての開催だから刃を潰した剣を用意すると言ってたな。それならば大きな怪我を負うこともないだろう。ルイス、出たいか?」


「はい、出たいです」


「なら今まで以上に鍛錬をしないとな」


「はい!よろしくお願いします」


 ルイスは武者振るいすると、真面目な顔をして深々と頭を下げた。


「フフ、ルイスがどこまで勝ち進めるか楽しみだ」


 ヘンドリックは頭を下げるルイスを見て、楽しそうに頷きながら言葉を続けた。


「ありがとうございます。期待に添えるよう頑張ります!」


 リディアはその様子に静かに笑みを(こぼ)した。


 鍛錬が終わりルイスが帰ろうとすると、リディアは門まで送ると言って後を追った。ヘンドリックが家の中に入るのを見届けてルイスに話しかけた。


「ねえルイス、剣術大会に出るんだよね」


「うん。さっきヘンドリック様のお許しが貰えたからね」


「じゃあさぁ、もっと鍛えた方がいいよねぇ。サーニンお兄ちゃんやマックスも出るって言ってたよぉ」


「ええっ?マックス兄ちゃんは出るって聞いてたけど、サーニン兄ちゃんも出るのか。一回戦で負けたら絶対に揶揄(からか)われるや。そうなったらイヤだなぁ」


 ルイスは眉根を寄せて、クシャクシャっと頭を掻いた。


「そうならない為ためにも、もっと訓練したらいいんじゃなあい?仕事が終わる時間にうちに来たらいいのよぉ。ヘンリーもルイスの頼みなら聞いてくれると思うし。ね、お願いしたらどう?」


「うーん、そうして貰えたら嬉しいけど。ヘンドリック様もお忙しいんじゃないかな?」


「フフ、大丈夫よぉ、きっと」


「そうかなぁ?・・・うん、わかった。明日にでもお願いしてみるよ。じゃあ、また明日!」


 ルイスは手を振って挨拶すると、走って家に帰った。


「さて、と、これでよし。絶対に、絶対にロザリン様の所になんか行かせないわ。忙しくして、ロザリン様の事なんて考えられないようにしてやるんだから。見てなさいよ」


 リディアは大きく伸びをしてから家の中へ入っていった。



 ♢♢♢♢



 店に着くと、リディアはもう一度直談判する為に、サイラスの所に向かった。

 サイラスはヤガの工房の職人に会うためにデザイン画やサンプルなどの必要なものをバタバタとそろえている最中だった。


「サイラスおじさん、話があるんだけどぉ」


「ああ、リディアちゃん。今忙しいから帰ってからにしてくれないか?夕方には帰るからね」


「えー、早い方がいいんだけどぉ」


「そうかい?それならサーニンかマックスに代わりに伝えといてくれ」


「はあい。でもあたしの言う事、後でちゃんと聞いてねぇ。それじゃあサイラスおじさん、気をつけてねぇ。行ってらっしゃ〜い」


「ああ、行ってくるよ」


 リディアはサイラスを見送った後、サーニンを探した。だがサーニンはどこにも見当たらず、代わりにマックスを三階の食堂で見つけた。


「あらぁ?マックスったらなんで今頃食べてんのぉ?」


「ああ?別にいいだろ。それよりなんか用かよ」


「うん。サイラスおじさんからサーニンお兄ちゃんかマックスに言えって言われたからぁ」


「お前なあ、いい加減にしろよ。ロザリン様の事なら俺に言っても無駄だからな」


「何でよぉ!まだ何も喋ってないじゃない!聞いてからにしてよぉ」


「お前の言いそうな事なんかお見通しだよ。どうせ二人のペア活動をやめさせてくれって言うんだろ?違うか?」


「そうだけどぉ、マックスに話したいのはそれだけじゃないもん!」


「何だよ、まだあんのか?」


「あのねぇ、父さん達にはまだ内緒なんだけどぉ、剣術大会にルイスが出るのよぉ」


「へ?あいつ剣なんて持てんのかよ」


「うん、あたし達が引っ越してきてすぐに実家に挨拶に挨拶に行ったんだけどぉ、その時に色々あってねぇ、ルイスはその頃から毎朝ヘンリーに鍛えて貰ってるのぉ。フフ、剣もその頃にアイロおじさんのお店で買ったのよぉ。ヘンリーには筋が良いって褒められてたんだからぁ」


「何だって!ヘンドリック様といえば、近衛第二騎士団でトップだったんじゃないのか?」


「それは知らないけどぉ、ものすごく強いんだからぁ!学園でも敵なしだったんだもん!とっても格好良かったのよぉ」


 リディアは学園の剣術トーナメントを思い出して、うっとりとした顔で身悶えた。


「はいはいはいはい。で?ルイスが剣術大会に出るって報告か?」


 リディアは首を横に振りながら答えた?


「ううん。ルイスはねぇ、毎朝ヘンリーと鍛錬してるんだけどぉ、もっと強くなりたいから夜も特訓して欲しいってお願いするつもりなんだってぇ」


「それで?」


「あたしのお願いを聞いてくれたらぁ、マックスも一緒に稽古をつけてあげて〜って、ヘンリーにお願いしてあげてもいいよ」


 マックスは眉をピクリと上げてリディアの真意を探るようにしばらくの間じっと見つめた。そして低い声で訊いた。


「ふーん。で?お前のお願いってなんだよ。とりあえず聞くだけだからな」


「フフ、騎士になりたい夢は変わってないのねぇ。ルイスはもしかしてマックスに影響されたのかなぁ?」


 リディアはマックスの反応に気をよくして、人差し指を頬にあて可愛らしく首を(かし)げた。


「ふーん、ルイスも騎士になりたいのか?」


「そうみたいよぉ」


「で?お願いってやつはなんだ?言ってみろよ」


 マックスは急かすようにリディアに訊いた。


「あのねぇ、ヘンリーとロザリン様の仲を悪くさせたいのぉ。このままだと、ヘンリーを取られそうで怖いんだもん」


 リディアは小声になると、うっすらと目に涙を浮かべ、祈るように両手を組んでマックスにお願いした。


「ああ、確かにいつも二人で行動してるもんな。な〜んか誰かの思惑がありそうだな〜とは思ってんだよなあ。まあ、ロザリン様がどう思ってるかは知らんが、未婚の男女がわざわざペア組んでやらなくてもいいとは思ってたんだ」


「そうよぉ!貴族同士かなんか知らないけどぉ、ヘンリーにはれっきとした、()()()という婚約者がいるのよぉ。こんなの絶対におかしいわよ!!」


「はいはいはい。で、何をすればいいんだ?」


「あのねぇ、とにかく邪魔して欲しいのぉ」


「は?いや、リディア・・・、それは出来ねえよ。てか、そもそもどうやって邪魔すりゃいいかわからん」


「二人きりにさせたくないのよぉ。それに、できたら仕事に来ないで欲しいのぉ」


「そりゃ無理だ。ロザリン様は学園休んで来てるんだぜ」


「ねえ、あんた前にあたしの事好きだって言ってたじゃない。好きなあたしの為に一肌脱いでくれたっていいでしょお!」


「おま、そんな昔の事言うなよ!今はなんとも思ってねえんだから!あー、あん時の俺、何を血迷って告白なんかしてしまったんだか。あーーー、全く一生の不覚だわ。お願いだから忘れてくれ!」


 マックスは両手で顔を覆い天を仰ぐと大袈裟に溜息を吐いた


「イヤよ!一生言ってやるわ!!それに昔って言っても学園に入る前だから三年前よ。つい最近じゃないの!」


「いや、マジでやめてくれ」


 マックスは苦虫を噛み潰したような顔をして抗議した。


「じゃあ、幼馴染としてでいいわよ!とにかくあたしを助けてよぉ!!そうしたら忘れてあげるわよ」


「はあ、お前は昔っから俺らを手下扱いしてたよなぁ。婚約したからちっとは変わったのかと思ってたが全く変わってねえ。こんな奴のどこがいいと思ってたんだか我ながら謎だわ。はあ、わかったよ。とにかく邪魔すればいいんだな」


 マックスは肩を(すく)めて天井を見上げた。


「ありがとう!マックス!!頼りにしてるね」


 リディアは歓声を上げ、マックスの手を握りしめて微笑んだ。それを見てマックスはもう一度、盛大な溜息を吐いた。



 

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