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リディア


 週明け、店でヘンドリックはロザリンを見つけると、夜会での非礼を詫びた。


「やあ、ロザリン。先日は挨拶もせずに帰ってしまいすまなかった。怪我の具合はどうだい?」


 ロザリンはヘンドリックを見ると、抱き上げて部屋まで運ばれた事を思い出して頰を赤く染めた。


「あ、ヘンドリック様、その節は助けていただきありがとうございました。お、おかげさまで、対処も早かったので、ほら、この通りもう大丈夫ですわ」


 ロザリンはスカートを摘んでくるりと回り、にっこりと笑った。


「ああ、本当だ。ダンスでも踊れそうだな」


「フフ、踊ってごらんに入れましょうか?でも私の事より、リディア様の具合はいかがですか?」


「今日は仕事を休ませて貰ったよ。まだ疲れが残っているようだ」


「まあ、それは心配ですね。お大事になさって下さいませ」


 ロザリンはリディアが仕事を休んだと聞き眉を曇らせた。


「ああ、ありがとう。伝えておくよ」


「あの、それと父が式典のお手伝いの事で打ち合わせをしたいと申しておりますの。ヘンドリック様のご都合はいいかでしょうか?」


「ああ、そうだな。明日の仕事帰りではどうだろうか?」


「ええ、わかりましたわ。では、父にそのように伝えますわ」


「よろしく頼む」


「はい」


「じゃあ、今日の仕事に取り掛かろう」


 ヘンドリックとロザリンは、サーニンと共に事務室で仕入れ表を見ながらロートリンゲン各地から届けられる織物や糸の見本、他国からの輸入したくず石などの搬入先の確認作業や、品質の確認、加工するデザインのチェックなどをした。


「こうして触れてみると、ロードリンゲンの布は色が綺麗で手触りもいいのだな」


「手触りがいいのは絹織物ですよ。ご存知だと思いますが、ロートリンゲン・シルクは上質な生糸と優れた機織りの技術で作られた高級織物ですよ。その他にも色々ありますが、シャルナ王国との取引のメインは生糸と絹織物、それと穀物ですね」


「そうだな。特に養蚕、製糸、機織りの技術は昔から力を入れてきた分野で、世界に誇れる商品だと自負しているよ」


「ええ、同感です。ところで、シャルナ王国からの輸入品は香料、香辛料、木材といったところでしょうか」


「ああ。他にもあったとは思うが、今の輸出入の品数はそう多くない。だが今後どう発展していくかは始まってみないとわからないな」


「そうですね。取り引きが上手くいく事を祈ってますよ」


「ああ。それに友好国としてもいい関係を築いていきたいものだ」


「全くです。この取り引きを発展の機会としていけたら、お互いの国にとってこれ以上ない喜びですね」


「ああ」


「フフ、お二人の話は学園の授業より勉強になりますわ」


 ロザリンは楽しげだ。


「父に言われて参りましたが来てよかったです。とても楽しいですわ。両国がもっと栄えて欲しいと思いますし、何より自国や領地の事を身近に感じて、知る前より大好きになりましたわ」


「それはよかったです。アルトワ様からお預かりした甲斐があるというものです」


「ああ、そうだな」


 ロザリンの感想に、三人は顔を見合わせて笑った。


「そろそろお昼ですね。俺はまだやる事があるので、お二人は先に休憩をお取り下さい」


「ああ、そうだな。ではロザリン嬢、食堂に行こうか」


 ヘンドリックはロザリンをエスコートして食堂に向かった。食事をしながら、二人は共通の話題として音楽の話になった。


「ロザリン嬢は学園祭では演奏しなかったのか?」


「ええ。ヘンドリック様も見てましたでしょう?ここで働く事になった初日の私の挨拶を。大舞台は緊張してしまって思うように演奏できないんです」


「ふむ。そういえば怯えたウサギのようだったな。学園生らも素晴らしい演奏を聴く機会を逃していると知ったら残念に思うだろう。私がまだ学園生だったら、ぜひとも伴奏をお願いしていたよ」


「まあ、畏れ多いですわ。学園にはもっと素晴らしい演奏をされる先輩がたくさんいらっしゃいますわ」


「そうだな。技術的にはそうかもしれないが、ロザリン嬢と一緒に演奏した時、私は日常の色んな事を忘れて純粋に音楽が楽しめた。心が躍ったんだ」


「フフ、私もですわ。妹との演奏はフォローしながらなので、純粋に楽しむ事は難しいんです」


「ああ、またヴァイオリンが弾きたいな。城を出る時に置いてきたのが悔やまれる」


「あら、じゃあグレアム様に持って来ていただいたらいかがですか?」


「そうだな。・・・でもやめておくよ。日々の生活で演奏する時間が取れるかわからないからな」


「そうですか」


 ロザリンは少し考えてからにっこりと微笑んだ。


「でしたら、弾きたくなった時は我が家をお訪ね下さいませ。いつでも私が伴奏いたしますわ」


「そうか?それはありがたい。では遠慮なくそうさせてもらうよ」


 ヘンドリックは嬉しそうに笑い、ロザリンは眩しそうに目を細めてその笑顔を見つめた。


「あら、ヘンドリック様とロザリン様。休憩ですか?」


 ふいに声を掛けられ、見上げるとエマとサリアが立っていた。この店の一二を争う人気の売り子だ。


「サリアとエマ、だったか?何か用か?」


「まあ、つれないですね。お二人が楽しそうに話をされていたから気になって声をかけたんですよ」


 エマが色気を含んだ笑みを浮かべて、ヘンドリックを軽く睨んだ。


「皆、気になってるんですよ。ほら」


 サリアが食堂内を手で指し示してから、二人に頷いて見せた。


「まあ!ちっとも気が付きませんでしたわ」


 食堂内にいるほとんどの人が、このやり取りをじっと見つめていた。

 ロザリンは立ち上がると、緊張からぎこちなく淑女の礼をした。


「あ、あの、皆様、う、ば、場所も、わ、弁えず、騒いで、しまい、た、たいへん失礼い、致しましたわ」


「あら、さっきまでは普通に話されていたのに、急にどうしたんですか?」


 サリアが不思議そうにロザリンを見た。


「あ、の、き、急に、周りを見て、き、緊張して、しまって。あ、あの、ち、注目されると、あ、上がってしまって。その、き、聞き苦しくて、も、申し訳ありません」


 ロザリンは顔を赤くしてどもりながらも一生懸命答えた。


「あ、あの、しょ、少人数だったり、慣れてくると、ふ、普通に話せる、ようになりまう」


「プッ!!ロザリン様ったらかわいい。もう、やだ!どうしたらいいのぉ〜!!もろにドストライクよ!!」


 エマが吹き出し、小さな声で呟いた。


「フハッ、ハッハハッ!なりまうって、すまん。ツボッた。アッハッハッハッハッハ」


 ロザリンはさらに真っ赤になって、モジモジしながらヘンドリックを睨みつけた。


「も、もう、ヘンドリック様のいじわる!!そんなに笑わなくってもいいでしょう!!!」


 ロザリンは恥ずかしさで混乱し、大声でヘンドリックを(なじ)った。


「フフ。ロザリン様ったら、本当にかわいらしい方ですね」


 サリアが優しく笑いながら、二人の会話に入ってきた。


「そうね。つんと澄ましたお嬢様よりずっと、ずっとかわいいわ。ねえロザリン様、あたし、あなたが気に入ったわ。どうぞよろしくね」


 エマがロザリンの手を両手で握りしめて妖艶に笑いかけた。


「あ、ありがとうございます。こ、こちらこそ、よろしく、お、お願いします」


 ロザリンはエマの色気にあてられて目を白黒させながら答えた。


「あーん、かわいい!ぐりぐり撫でまわしたいわぁ!」


 エマは握りしめたロザリンの手を撫でながら身悶えた。ロザリンはビクッと体を震わせて、助けを求めるようにヘンドリックを見つめた。


「全くエマったら見境ないんだから。わかってるの?アルトワのお嬢様よ!ロザリン様、驚かれましたよね。申し訳ありません。本人は悪気はないんです。自分と正反対のかわいいものを見るとこうなるんです。どうかお気を付け下さいね」


「え?そ、それはどういう・・・・・・」


「あら、サリア、なんて事を言うのよ!ロザリン様が警戒してあたしを避けたりしたら承知しないわよ」


「私に言われても、ねえ」


 サリアがわざとらしく小首を(かし)げた。


「おい、サリア!エマをいじめるなよー」


「なんだと!サリアは本当の事しか言ってねえだろ。エマのかわいいもの好きはしつこいからなあ」


「おいおい、そんなエマもかわいいだろうがよう」


「おい、サリアに()()()()()つけんなよ。それを含めてエマの魅力だ。それにしても、明日から追いかけ回るんじゃないか?エマ、俺ならいくらでも追いかけてくれていいんだぞ!」


「ハハ、お前じゃ無理さ!鏡をちゃんと見てみろ」


「そうそう、お前はかわいさなんて皆無(かいむ)だろ!ワッハッハ」


「エマ、あまりロザリン様を困らせるんじゃないぞ!」


「そうだな。気をつけろよ!!」


「まあ、失礼しちゃうわ。覚えてなさいよ。今あたしを悪く言った人の誘いは一切お断りするから!!」


「おいおい、そんなつれない事言わんでくれよ。てか、俺の誘いは一度も受けてくれた事ないじゃねえか」


「エマは面食いだからな。お前じゃ無理さ」


「ハッ、お前もだろう」


「俺はエマじゃなくてサリア推しだからな」


「俺はエマでもサリアでもなくロザリン様推しだよ」


 誰かがボソッと口にすると、それを聞きつけた男達が口々にロザリンに話しかけた。


「ロザリン様、僕もロザリン様はかわいいと思います」


「俺だってそう思うぜ。俺ら相手にあまり緊張しないで下さいよ。俺も釣られて緊張してしまうんで」


「そうそう。ロザリン様の挨拶は手に汗握っちまったぜ」


「あれはあれでかわいかったがなあ、ハハハ!」


「俺らみんな、ロザリン様の事を応援してるんで、何でも言って下さいよ」


「そうですよ。僕、お手伝いしたいです」


「ま、まあ、皆様、あ、ありがとう、ございます。ど、努力致しますわ」


「ハハッ、違いない。ロザリン嬢、皆を芋やカボチャだと思えば緊張も緩和するんじゃないか?」


「まあ、ヘンドリック様!私にはお芋やカボチャには見えませんわ。そういった想像力は残念ながらありませんの」


 ロザリンは両手を頰にあてて困ったように首を捻った。そのロザリンの仕草に、皆あたたかい微笑みを交わし合った。


 ロザリンは皆に受け入れられていると感じて胸が温かくなった。これからは少しずつ緊張もほぐれて、吃ることも挙動不審になる事も少なくなるだろう。


「み、皆様、本当にあ、ありがとうございます」


 ロザリンは嬉しそうに笑うと、流れる仕草で礼をした。




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