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アルトワ男爵家の晩餐会3


 ヘンドリックが男同士で国の情勢やらを話していた頃、リディアはロザリンを探していた。

 ロザリンはレイラと楽しそうに歓談していた。リディアは一瞬躊躇(ちゅうちょ)したが、そのままロザリンに向かって歩いた。


「あら?リディアじゃない。また笑われに来たの?おかしな子ねえ。あなたと話すのは飽きたんだけど」


レイラは扇をバサッと広げると、顎を上げ、眉を(ひそ)めてリディアを見た。


「本当に厚かましい子ですね、レイラ様」


「心臓に毛が生えた者じゃないと、王太子殿下の婚約者を取ろうだなんて思いませんよ!ね、レイラ様」


「ええ、本当に。この場にそぐわない人がいるせいで空気が悪いわ。見てるだけで気分が悪くなるわね。さ、ロザリン様、あちらでお茶でもいかがかしから?先程の演奏についてのお話が聞きたいわ」


 レイラがロザリンの手を取り、ソファのある一角に歩いて行こうとした時、ロザリンのもう片方の手をリディアが(つか)んだ。


「ロザリン様、話したい事があるの」


「ま、まあ、何かしら?」


 ロザリンは首を傾げてリディアを見た。その様子にリディアは苛つき、手を強く引っ張った。


「キャア!何をなさるの?」


「リディア、無礼でしょう。平民のくせに男爵令嬢に乱暴を働くなんて!!」


 レイラが扇でリディアの手を叩き強い口調で(たしな)めると、リディアは(ひる)んで手を離した。


「さあ、ロザリン様。あんな無礼な子は放っておいて、あちらに行きましょう」


「レ、レイラ夫人、お待ち下さい。私、リディアさんと話をしてきます」


「まあ、ロザリン様。やめた方がいいですよ。道理を知らない山猿のような小娘ですもの。何をされるかわかりませんわ」


「でも、一緒に働いている仲間ですから」


「ああ、そうでしたね。サイラスの店で勉強なさってるんでしたわね。まったく、うちの店に来る予定でしたのに、誰かさんのせいで予定がメチャクチャですわ」


 レイラはリディアを(にら)むと溜息を()いた。リディアはレイラと目を合わせないよう室内を見て、ロザリンに腕を絡めると、さも親しげな様子でバルコニーに連れ出した。


 バルコニーに誰もいないのを確認して、リディアはロザリンをドンと突き飛ばした。ロザリンは手すりにぶつかり、小さく悲鳴を上げた。


「ねえ、なんであなたと話したいかわかる?あなたが人の男に色目を使ってるのが目に余ったからよ」


「まあ!な、何を仰ってるの?」


 ロザリンはリディアを見上げた。リディアは目を三角に吊り上げて怒りに震えている。


「さっき、ピアノの演奏の時に何度も色目を使ったじゃない。あたし見てたんだから!それに、挨拶する時なんでヘンリーと手を繋いだのよ。手を繋ぐ必要なんてなかったわ。ヘンリーの婚約者はあたしなのよ。わかってるの?」


「ええ、わ、わかってますわ」


「だったらなぜベタベタするのよ」


「ベ、ベタベタなんて、してませんわ。め、目を合わせたのも、え、演奏に必要、だったからだし、て、手を繋いだのは、確かに、手を繋ぐ、ひ、必要はありませんでしたが、デュ、デュオが上手くいった、か、感動から自然に、て、手を取り合った、だけです。し、下心はありませんでしたわ」


 ロザリンは誤解を解こうと焦るあまり吃音(きつおん)が出てしまい、それを止めようとしてさらに(ども)りながら答えた。リディアはその様子をバカにしたように見下しながら詰め寄った。


「信じられないわね。ヘンリーが喜んで他の女に触るなんて!しかも、あなたみたいな鈍臭そうな女!あなたから繋いだに決まってるわ」


「え、演奏後は、気が昂ってましたから、ど、どちらが先に、かは、お、覚えて、いませんわ。そ、それでも気をわ、悪くされたのなら、も、申し訳ありません、でしたわ」


「何よ、いい人ぶって!レイラ夫人もその取り巻きも、あたしをバカにして何が面白いのよぉ。あなただって、ピアノが弾けないあたしをバカにしてるんでしょう?恥をかかされるくらいなら、こんな夜会、来なけりゃ良かった!」


「リ、リディアさん、お、落ち着いて下さい。わ、私は馬鹿にな、なんて、してませんわ。ひ、人には、え、得て不得手が、ありますから」


「そうじゃないわよ!!そんなこと言ってないでしょう!あたしはどうせ平民で、ピアノも習った事ないし、貴族としての嗜みも教養もないわよ。どうせあなたも、あたしとヘンリーは釣り合わないって思ってるのよぉ!でもそれが何?ヘンリーはアンジェリカ様じゃなくて、あたしを選んだのよ!貴族じゃなくて平民のあたしをね!!貴族のあなたなんか、ヘンリーが好きになるはずないじゃない」


 リディアは自分でも押さえられないイライラをロザリンにぶつけた。


「リ、リディアさん、ど、ど、どうなさったの?」


 ロザリンはどうしたらいいかわからず、リディアに手を差し伸べた。リディアはその手を突き飛ばすように強く払った。その拍子にロザリンはよろけてバランスを崩し、倒れ込むように床に膝をついた。


「痛い!」


 リディアはロザリンを見下ろして、フンとそっぽを向いた。その時、カーテンの陰からヘンドリックが駆け寄り、ロザリンを助け起こした。


「ロザリン嬢、大丈夫ですか?リディ、何があったんだ?」


「まあ、ヘンリー!!何でもないわ。ロザリン様が急にバランスを崩して倒れたのよぉ。あたしびっくりしちゃってぇ!ねえ、ロザリン様、大丈夫ですかぁ?」


 リディアは心配そうに口元を手で覆っていたが、ヘンドリックに気づかれないよう睨みを効かせ、黙ってなさいよと、口パクをした。


「ロザリン嬢、こちらへ。控えの間に行こう」


 ヘンドリックが手を差し出し、ロザリンは立ち上がろうとその手を取るが、足首を捻ったようでうまく立てなかった。


「ロザリン嬢、失礼する」


 ヘンドリックはロザリンの膝の裏に手を通すと、サッと抱き上げた。


「キャッ、へ、ヘンドリック様!お、降ろして下さい。ゆっくりなら歩けますわ」


「ヘンリー、何をしてるの?降ろしてよ!他の人を呼べばいいでしょ」


 ロザリンとリディアの声が重なった。


「静かに。足を捻ったなら早く処置した方が治りが早い。このまま連れて行くが構わないか?」


「あの、ヘンドリック様、は、恥ずかしいので降ろして下さいませ」


 ロザリンは顔を真っ赤にして両手で顔を覆った。ヘンドリックはその様子にフッと笑みをこぼし、リディアを置いてバルコニーを出て行った。


 リディアは目に涙を溜めて、ヘンドリックの後ろ姿を恨むように睨みつけた。


「怪我人は恥ずかしがらなくていいんだよ。暴れると危ないからじっとしてて」


 ロザリンを抱えたまま、ヘンドリックは広間を横切って控えの間を探した。


 ディランが慌てて駆け寄ってきた。


「ロザリン、どうしたんだい?」


「ああ、足を捻ったようだ。すぐに手当の用意を頼む」


「あ、ああ」


「ロザリン!大丈夫?ディラン、あなたは広間に戻って下さい。後は私が付き添いますから」


 アルトワ男爵夫人は執事のトマスに主治医を呼ぶよう命じ、ヘンドリックを控えの間に案内した。


「こちらですわ」


 男爵夫人はヘンドリックにソファに降ろすようお願いした。


「ヘンドリック様、ありがとうございました。ロジー、何があったの?」


 ロザリンはチラッとヘンドリックを見上げてから、母を見て首を横に振った。


「いいえ、何も。よろめいて転んでしまったの」


「私に気兼ねせず言ってくれ。リディと何かあったのか?」


「いいえ、何もありませんわ。本当に立ちくらみがして倒れたんですの」


「そうか」


 扉をノックする音と共に、主治医が部屋に入って来た。


「すみませんが治療をしますので、殿下は部屋を出て行って下さいませんか?」


「あ、これは気づかず失礼した。ロザリン嬢、どうぞお大事に」


 ヘンドリックは頰を赤く染めると、礼をして慌てて部屋を出て行った。


 広間に戻ると、ディランにロザリンの様子を耳打ちしてから、手近にあった赤ワインを二つ持ち、バルコニーにいるリディアの元に行った。


「リディ、何があったんだい?」


 ワインを渡しながらさりげなく訊いた。


「何もないわ。さっき言った通りよ。それともロザリン様が何か言ったの?」


 リディアはワインを受け取るとコクッと一口飲んで、そのまま中身をクルクルと回した。


「いや、立ちくらみがして倒れたとしか言ってないが、ピアノを演奏した時は元気だったからおかしいと思ってね」


「そうかしら?演奏するととても疲れるんですってぇ?あんなに情熱的に弾いたんですもの。きっと疲れたのよぉ。ヘンリーは疲れてないの?」


「ん?ああ。あれくらいでは疲れないさ」


「ヘンリー、素晴らしい演奏だったわぁ。あたしがピアノを弾けたらヘンリーと一緒に演奏できたのになぁ。今からでは無理ね、きっと」


「そんなことはないさ。練習すれば弾けるようになるよ」


「でもピアノもないしぃ、教師を雇うのも、ね」


「まあ、仕事で時間もないしな。ロザリン程ではないが、私もピアノは弾けるから教える事はできるよ」


「本当?それは素敵だわ!!」


「だが、今すぐは無理だな。もうすぐ式典があるし、それに向けての準備も色々と出てくるだろうから」


「ねえ、ヘンリーは式典なんて関係ないでしょう?どんな準備があるのよぉ」


 ヘンドリックはハッとして手に持ったグラスの赤ワインを見つめた。いつの間にか主催者側のつもりいた事に気づき、戸惑いと共に恥ずかしくなった。


「いや、確かに私には関係がないな。ディラン卿達と話していると、王太子だった時を思い出して気持ちが混乱してしまっていたようだ」


「変なのぉ」


 リディアが不安気に瞳を揺らしながら寂しそうに呟いた。


「途中で投げ出した案件だったから気になっただけだよ」


「そう?それだったらいいけどぉ。ヘンリーはあたしを選んだのよぉ。お願い、忘れないでね」


「ああ、忘れないよ」


 リディアは本当は後悔してるの?と訊きたかったが、言葉が出なかった。前なら素直に言えた言葉も、今はなかなか口にできなくなった。父の言葉が重くのしかかる。


(人間はそんなすぐに変わらないさ。殿下が本来受けてきた教育は国を治めるためのものだ。平民になるためのものじゃない。今は新鮮で面白いだろうが、そのうちこの生活が物足りなくなるだろう。王族とわしらとでは目指すところが違うんだ)


ーーーそんなことない!父さんの思い通りにはいかないわ。どんな教育を受けてきたって、目指すものが違ったって、愛の前では全て無力よ!あたしのこと愛してるって言ったのよ。あたしとの幸せを選んだのよ。ヘンリーがあたしに飽きるなんて、あたしを捨てるなんて許さない。


「ねぇヘンリー、あたしもう帰りたい。みんなあたしの事バカにして笑うんだもん。もうここに居たくない」


 リディアは沈んだ声でヘンドリックに訴えた。

 

 

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