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すれ違い3


 ロザリンが父であるアルトワ男爵からの手紙で領地に帰ることになったのは、つい先日のことだった。手紙には廃嫡されたヘンドリック王太子殿下がサイラスの店で働いているが、領にとって利害得失を計りたいとの内容だった。


 廃嫡された経緯とグレアム殿下が立太子する事は貴族院を通して公式に説明がなされ、その旨も手紙には(したた)められてあった。だがそんな説明より、学園生であるロザリンと保護者である父はそのパーティーに参加していて一部始終を会場内で見ていたのだ。


 二人にとって、いや、その会場にいた参加者にとって青天の霹靂のような出来事だった。それほど、あってはならない事で、常識から外れた事であった。


 

 ヘンドリックはロザリンにとって憧れの先輩の一人だった。二学年上の生徒会長で、容姿端麗な文武両道の優等生。先生からの信頼も厚く、生徒たちからも慕われ、特に女生徒の憧れの的として熱い視線を浴びていた華やかな人であった。誠実で正義感が強く、公正な心を持っている人。直接知っていた訳ではなかったが、学園内の噂や父の話でそう感じて憧れるようになった。


 そんな人が卒業記念パーティーで、物語のクライマックスのようなロマンスを繰り広げるとは想像もしなかった。しかも世紀のラブロマンスを謳い文句にした、安っぽい娯楽小説のような事を。


 ただ実際に行うと波及も大きく、物語のようにトキメキもハッピーエンドもない、シビアな結末にロザリンは身が竦んだ。学園の身分違いのカップルが辿ったラブロマンスの結末は、盛大に打ち上げたものの不発に終わった花火のように、何ともお粗末で大迷惑なものだった。


 その物語の男主人公とお近づきになり、利害について考えるなんてロザリンには難しいとしか思えなかった。だが父の命令は絶対で、ロザリンは領地に帰るとすぐに、サイラスの店に行くよう言われたのである。


 そして現在、ロザリンはヘンドリックと向き合い自己紹介を終えた。すかさずリディアが牽制してきたが、学園に入学した当初からの噂のカップルである。中身は熱情という火薬が詰まった盛大な花火。間違って火をつけてしまったら大変な事は目に見えている。ロザリンは間に割り込むつもりなどないし、薮をつつくような事もしたくなかった。




 サイラスの店はアルトワの中でも有数の商社だった。


 店の中を回りながら、ヘンドリックはサイラスの手腕に舌を巻いた。リディが思っているような、ただの気のいいおじさんではない。人が好いだけではここまで大きな商売はできない。サイラスには注意して接した方がいいと感じた。


 だがヘンドリックは肩を竦めて考えるのをやめた。所詮、自分は政治に関与できる立場ではないし、そこから逃げ出した人間なのだから。いいように使われないように用心しようとだけ肝に銘じた。

 そしてサイラスに言われた仕事をしようと、ロザリンを連れて倉庫に向かった。


 ロザリンはヘンドリックがよく知る貴族らしい令嬢だった。お淑やかで従順そうな可愛らしい少女で、妹のヴィヴィアンやアンジェリカを思い出させる。


「あー、ロザリン嬢は卒業記念パーティーには参加していたのかい?」


「え?ええ」


「そうか。楽しみにしていただろうに、すまなかったな」


「いえ、とんでもございません。あの、その・・・・・・」


「ああ、返答しづらい事を言ってすまない。だが、その後どうなったか気になってたんだ。誰にも聞けなかったから余計にな。教えてくれないか?」


「そうでしたか。わかりましたわ。パーティーは本来より10日遅れで開催されました。王城で行うと王陛下は仰って下さいましたが、やはり学園の式典ですし、何より学び舎で開催したいとの学生の思いを汲んで下さり、当初と同じ講堂で行いました」


「そうか。それなら良かった」


 ヘンドリックはホッとして柔らかく微笑んだ。ロザリンは恥ずかしさも忘れ、思わず息をのんでヘンドリックに見惚れた。そして赤くなった顔を見られないように、そっと顔を背けた。


「アンジェリカのパートナーは誰がしていたのか覚えてるか?」


「はい。あの、グレアム様です。アンジェリカ様を悪く言う人達から庇われるように、優しくエスコートされてましたわ」


「アンジェリカは悪く言われてるのか?」


「ええ、まあ、そうですわね。大抵は同情的でしたが、あの・・・・・・」


「いいから続けて欲しい」


「あの、その、本当に一部の人達だけですが、ケチのついた令嬢だとか、魅力がなくて捨てられたとか、性格に難があるんだとか、そのようなことを聞いた事があります。すみません」


「いや、謝らないでくれ。その、アンジェリカがリディをいじめていたというような噂はないのか?」


「ええ、聞いた事はありません。あの、パーティーの時にヘンドリック様が仰って初めて知ったんです。あの、でも私が知らないだけかもしれませんが」


 ロザリンの話に、ヘンドリックはリディアの言葉や父王から言われたアンジェリカの配慮ーーー人前では注意しなかったーーーとの言葉を思い出していた。


 つまり父王の言うことが本当なら、アンジェリカの行為は他の生徒は知らないという事。なら、リディが、皆が知っていると私に言った事は嘘だったのか?いや、そんなはずはない。まさか。

 ヘンドリックは混乱した。だがリディを疑うより、しっかりと聞いてみようと考え直した。


「ロザリン嬢はグレアムと同学年だと記憶しているが?」


「ええ、そうですわ」


「面識はあるのだろうか?」


「ええ、ありますわ。帰る前にアルトワについて訊かれましたの。来月のシャルナ王国との交易の式典に、アンジェリカ様と一緒に参加されるそうですわ。私も家族と参加しますので、その、顔を合わせていた方がいいと仰って下さって。畏れ多いことでしたが、同じ学園生だからと」


 ロザリンはその時のことを思い出して、フフと小さく笑った。

 グレアムの愛情表現はわかりやすく、他の令嬢たちに対する態度とは大違いだったのだ。


 グレアムはクールで、笑顔を見せる事も滅多にない。近づきたくても隙が無く、陰で「氷の殿下」と言われ遠巻きにされているような人だ。それがアンジェリカの前では笑顔を振りまき、蕩ける様な眼差しで見つめ、片時も離したくないという風にその手を握りしめている。


 (父の話ではグレアム様は頭脳明晰で一癖ありそうな人らしいけど、アンジェリカ様には、見ているこちらが赤くなるくらい甘いのよね。フフ、アンジェリカ様も困ってらした気がするわ)


「何か楽しいことでもあったのか?」


「あ、失礼致しました。グレアム様とアンジェリカ様の事を思い出して、つい笑ってしまいましたわ」


「ん?グレアムはあまり面白い男ではなかったと思うが?」


「ええ。感情を表に出す方ではないと思っていましたが、アンジェリカ様の前では少し違うようですの。とても可愛らしくて、見ていて微笑ましいですわ」


 ヘンドリックは不思議そうな顔をしていたが、実際に見ないとわからないだろうと、ロザリンは心の中でクスリと笑った。


 倉庫に着くと、ヘンドリックは机に置かれていた仕入れ表を手に取り、一つ一つ箱を開けて確認する作業を説明した。二人一組で行うので手順を説明したが、今日は雰囲気に慣れてもらい、明日から仕事をすることにした。


「そういえば、式典の準備は進んでいるのかい?」


「はい。王都と連絡を取り合って進めているようです。父が張り切っていますわ。シャルナ王国からの使節団の日程や諸々の調整も順調のようですわ」


「そうか。それは良かった」


「あの、その、父からヘンドリック様に伝言を預かっておりますの。お話しする機会があれば伝えて欲しいと言われていたものですが、お伝えしてもよろしいですか?」


「ああ、構わない。言ってくれ」


「あの、もしよろしければ、今回の式典の手伝いをしていただけたらありがたいと。元々ヘンドリック様と一緒に進めてきたものなので、出来れば最後まで一緒にやりたいと申しておりました。表立っては無理ですが、それでも良ければぜひお願いしたいとのことです。」


「そうか。それは私としても嬉しい申し出だ。こちらからお願いしたいくらいだよ。ロザリン嬢、お父上によろしく伝えてくれ」


「ありがとうございます。父も喜ぶと思います。あの、もしお受け頂けたら、我が家の晩餐にご招待したいと申しておりました。もちろんリディア様もご一緒に」


「ああ、そうだな。詳しい話はその時にしよう」


「はい。では父に伝えた後、改めて招待状をお持ちしますわ」


 ロザリンは思った以上にすんなりと父に橋渡しができた事を喜んだ。自分ではこれが精一杯だ。ヘンドリック様が有用かどうかなんて私に計ることなんて出来ないわと、全て父に任せることにした。


「ここにいたのね!!」


 開いていた扉からリディアが顔を出した。


「二人だけで倉庫に(こも)って、何をしていたのよ!」


「リディ、仕事はどうしたんだい?」


「休憩しに来たのよ」


「ふーん。ロザリン嬢、丁度いい。私達も休憩しよう」


 ヘンドリックは先程の流れでロザリンに手を差し出した。ロザリンも素直にその手を取ろうとすると、リディアが慌てて駆け寄り、ロザリンを睨みつけながらヘンドリックの手を取った。


「ロザリン様、ヘンリーはあたしの婚約者なの。貴族の世界では、人の婚約者に馴れ馴れしくするのはダメなんですよね」


 ロザリンはうっかり差し出した手を慌てて引っ込めた。


「え、ええ、失礼致しましたわ」


「わかっていただけたらいいんです。これから気を付けて下さいね」


「ロザリン嬢、私が悪かった。すまない」


 ヘンドリックはリディアの態度に内心腹が立ったが、自分の失態なので素直に謝罪した。ロザリンも淑女の礼をして二人に応えると、リディアは勝ち誇ったようににっこりと笑った。





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― 新着の感想 ―
[一言] 三階はクズ石などが置いてある部屋~ロザリンを連れて倉庫に向かった。 までの数行はちょっと言い方変わってるだけで前話でも同じ事言ってます
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