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すれ違い


「ヘンドリック様、おはようございます!」


「おはよう、ルイス。今朝も走って来たのかい?」


「はい、もちろんです」


 ヘンドリックとルイスは、毎朝の稽古と鍛錬を再開してからは休むことなく行っていた。ルイスは毎朝の鍛錬に励み、剣を使った打ち込みも様になってきた。今ではメニューも難なくこなし、鍛錬の時間も早々に終わるようになっていた。


 ヘンドリックは最近、ルイスの打ち込みの相手として剣を合わせる事もあるが、基本的には基礎練習が多く物足りなさを感じていた。それでも剣を持ち、体を動かすことは気持ちが良かった。


「試合稽古をしたいが、ルイスはまだまだ相手にはならない。城にいた頃なら騎士団の奴らといくらでも戦えたのになあ。私の腕も落ちてるだろうか。……まあ仕方がないか。戦う必要のない生活は、平民としては幸せなんだから」


 ヘンドリックは些細な出来事がある度に、王都での生活を思い出すようになっていた。


 鍛錬を終えると、ヘンドリックが作ったレモネードを二人で飲んだ。


「ヘンドリック様いただきます。フフ、それにしてもヘンドリック様もレモネードが作れるようになったんですね。姉さんのより甘くて美味しいです」


「ハッ!!それは恐れ入るな。だがルイス、お前なんで上から目線なんだ?」


「すみません。でも、僕は平民としては先輩なんで」


「ハッハッハ、それもそうか。まあ、そうだな」


 ヘンドリックはおかしそうに笑った。鍛錬を重ねるうちに、いつの間にか冗談を言い合えるくらいルイスとは打ち解けていた。


 ルイスと冗談を言い合う時、ヘンドリックはグレアムを思い出す。日々の生活の中に少しずつ、思い出が混ざり込んでくるのを苦々しく思いながらも、浮かんでくるそれらを止めることができずにいた。


「ヘンドリック様は凄いです。僕ならきっとヤケになって周りに当たり散らしていたと思います」


「いきなりどうした?何かあったのか?」


 ヘンドリックはルイスの背中をポンポンと叩いた。


「いえ。僕はヘンドリック様と出会えて本当に良かったって言いたかったんです。毎日鍛えてくれてありがとうございます」


 ルイスは改めて頭を下げた。


「ああ、私こそ感謝している。私が腐らずにいられるのはルイスがいるからだ。お前との鍛錬で、私は騎士である事を見つめ直している。騎士としての矜持を失くさない為にもな」


 平民として生きる時、騎士の誇りは必要ないだろう。でも自分が王族であった事は捨てたくない。母上に言われたように、私には王の血が流れているのだ。


 だがいっそのこと、忘れられたらいいのにとヘンドリックは思う。


 自分の中に生まれる躊躇(ためら)いや問いに、答えを求められないまま日々が過ぎてゆく。戸惑いや矛盾に蓋をして先に進まなければならない。答えがなくとも、矛盾だらけであろうとも、時間は過ぎていくし、毎日の生活も止まってはくれないのだから。


「ヘ……リック……ヘンドリック様!!どうしたんですか?」


「あ?ああ。すまない、ちょっと考え事をしていた。何だったかな?」


「あの、父さんがヘンドリック様の仕事のことを心配してたんです」


「ああ、大丈夫だ。体力勝負の簡単な仕事だからな。特に問題ない」


「だったら良かったです。物足りないんじゃないかって、父さんが言ってたので」


「ジャック殿はなんと?」


「そのままですよ。ヘンドリック様には、体だけ使うような単純作業の仕事は物足りないんじゃないかって言ってました」


「ハッ。ジャック殿にはお見通しだな。確かに物足りなくは感じている、が、不満はないと伝えてくれ」


「それより、この町には剣術試合なんかはないのか?」


「うーん、祭りの時に合わせてやったりはしていますが、開催は不定期です。来月のシャルナ王国との開港に合わせて、アルトワ領で大々的に祝典が開かれるそうなんです。その時に剣術試合が行われるって聞いてますが、ヘンドリック様、出るんですか?」


「ああ、出ようと思う。腕が落ちてないか試したいんだ」


「僕、応援に行きます。楽しみです」


 お茶を飲み終わると、ルイスは学校に行くため走って帰った。ヘンドリックもまた仕事に行く準備を始める。


 そうして、いつもの朝が始まった。



 ♢♢♢♢



 ヘンドリックが店に着くと、まずサーニンにその日の仕事を聞く事から始める。

 大抵はリディアと一緒にヤガの工房へ材料を届け、出来上がった商品を持ち帰ったり、港に積荷を受け取りに行き、その積荷をチェックをするのが主な仕事だった。

 だが最近はそれ以外にもリディアと共に接客を頼まれ、店頭に出ることも多くなった。


 今日の仕事は店頭での接客だったが、ヘンドリックが店に出ると、途端に女性客が多くなる。


 この日もーーーーーー


「ヘンドリックさまぁ、私にはどっちのスカーフが似合うと思いますぅ?」


「あんた邪魔やからちょっとどいてぇ!!ねえヘンドリック君、こっちに来て後ろのボタンを留めてくれない?」


「なんて破廉恥な!そんなボタンは女の店員にでもやってもらったらええやん!それよりヘンドリックちゃん、おばちゃんの指輪を見てぇな。そんでどれがお勧めか教えてぇ」


「あっち行きなさいよ、お・ば・さ・ん!あなたみたいな成金見てたらヘンドリック様の目が潰れるわ」


「なんやってえ、この貧乏人の小娘がぁ!!」


 店内に女達の怒声や嬌声が飛び交う。


「貴女の肌の色に合わせたらこのスカーフが似合うんじゃないか?」


「ヘンドリック様が言うなら、もちろんこれ買いますぅ」


「それと、着替えなどは女中にして貰ってたからなあ。人のボタンをとめる事は難しくてできない。店員を呼ぶからちょっと待ってくれ」


「いやーん、残念だわぁ」


「指輪を選ぶなら瞳の色と同じ石が付いた、このサファイアの指輪はどうだ?綺麗だと思うが」


「おばちゃん、ヘンドリックちゃんが選んでくれたもんやったら、全部()うたるわ!!他にもお勧めはあるん?」


「貴女達は自信を持って好きな物を選んだらいいと思うよ。今の装いも皆それぞれとてもよく似合っている。素敵だよ」


 ヘンドリックは何でもないことのように淡々と接客をこなしている。その上、接客にしては言葉遣いが上から目線の俺様な感じだが、それもなかなか評判がいい。

 そして客同士のちょっとした小競り合いなどは見事にスルーしているが、いがみ合っていたはずの客もなぜか最後には、目をハートの形にさせてポーッとヘンドリックに見惚れている。


 このように、ここ最近ヘンドリックは仕事場で女性達に絡まれることが多くなった。裏方の仕事から、売り子の手伝いで店に出るようになったからだが、店員だけでなく、客からも声がかけられることに辟易していた。

 中には名指しで接客を希望する者もいて、その応対に追われて店の中が混乱するようになっていた。


「ヘンドリックさん、ちょっと来て下さい」


 接客が一段落した頃を見計らって、奥の事務室に来るようサーニンから呼び出された。

 ヘンドリックがソファに座ると、早速サーニンが話し始めた。


「接客ですが、ヘンドリック様は店に立つのはやめた方が良さそうですね。店内で起こる女性客の争いに他の店員達から苦情が来ています。みんな客にヤキモチを焼いてるみたいですがね」


「ヤキモチ?」


「ええ。売り子さん以外の従業員からも『ヘンドリック様を店に出すな』って言われてますよ。ヘンドリック様は自分達だけのアイドルだそうです」


「アイドル?」


「ヘンドリック様がここで働くようになってから、店で働きたいという女性の問い合わせが多くなりました。まあ、今は足りているので雇いませんがね。ですがヘンドリック様の影響は思っていた以上に大きいです」


「・・・・そうですか」


 噂であろうが、サイラスの店に一国の王太子だったかもしれない男がいて、それが平民の女を選び廃嫡されたとなれば興味も一入(ひとしお)だったんだろう。

 厄介者だと思っていたのに、思わぬ王子様効果にサーニンは頭を抱えていた。


「まあ、これもいい宣伝になりましたよ。ですが明日からは、俺と一緒に事務室で発注などの仕事をお願いします」


「ああ、それはありがたい。仕事とはいえ困っていたからな」


「それともう一つ、来月シャルナ王国との交易に役立てたいからという理由で、近々アルトワ男爵令嬢がうちの店に勉強に来ることになりました」


「それはロザリン嬢かな?それともデイジー嬢?」


「ロザリン嬢です」


「あまり覚えてはいないが、グレアムと同じ歳だったはずだ。フローリア学園に通っていないのか?」


「いえ、学園生です。ただ祝祭が終わるまで、学園を休んでこちらに来られるそうです。もちろん学園の許可は取ったと伺っています。それでお願いですが、私どもでは粗相があってはいけませんので、ヘンドリック様の下で手伝いをしてもらおうと考えています。それでよろしいですか?」 


「なるほど。私でよければお相手させていただきますよ」


「そう言っていただけて助かります。それと明日からは俺がいなくても事務所で待っていて下さい」


「ああ」


「今日はこのまま接客をお願いしますね。でないと、女性客に恨まれてしまいますから、その辺は上手いことお願いしますよ」


「わかった」


 サーニンとの話し合いが済むと、ヘンドリックは店内の喧騒の中へ戻っていった。


「ぎゃー!!!!ヘンドリックさまぁ、待ってたわよー!」


「ヘンドリックちゃん、こっちこっち!!この中から選んでえなぁ。そっちのおばちゃんより、いいもん買うからこっち来たってえな」


 ヘンドリックは苦笑しながらも、また、淡々と接客をこなしていった。

 

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