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小さな綻び4


「ねえ、行きに話してたことなんだけどぉ、誰かがヘンリーに手を出したら、あたしその女と戦うわぁ」


 納品が無事に終わり、やれやれとヤガを出た時にリディアが唐突に宣言した。


「何だい?突然」


 サーニンはビックリした顔でリディアに訊いた。


「サーニンお兄ちゃんが言ったんじゃないのよぉ、アンジェリカ様の立場になって考えろってぇ」


「あ、ああ。それで?」


「だから、戦うって話」


「そうか、戦うのか。リディア、アンジェリカ様も戦ってたんじゃないか?」


「ええ?アンジェリカ様がぁ?ううん、アンジェリカ様は戦ってなんかなかったわよぉ。だってぇ、ヘンリーの事取らないでぇとかぁ、自分の男に手を出すなぁ、なんて言われた事ないもん」


「違う言い方だったんじゃないか?」


「知らない。もう忘れちゃったぁ。嫌味を言われて嫌がらせされた事しか覚えてない!」


 リディアは爪を噛みながら、何も聞きたくないといった顔で前を見た。サーニンは溜息を吐いて話題を変えた。


「なあ、リディア。ヘンドリック様は王にならない方がよかった人か?」


「そんな訳ないでしょう」


「だったら、何がヘンドリック様のためになったと思う?婚約破棄をしてリディアと結婚することかい?」


「何よぉ!父さんたちと同じようにお小言を言うのぉ?」


「リディア、そう怒るな。お前はヘンドリック様に王になって欲しかったかい?」


「そりゃあ、そうよ。有能で素敵な王様になると思ってたもん」


 リディアはサーニンが何を話すのか警戒しながらも、卒業記念パーティーでの一連を思い出し、やるせない気持ちで遠くの景色を見た。


「じゃあ、リディアには今と王子様だった時と、どっちのヘンドリック様が輝いて見える?」


 サーニンの言葉に、リディアは学園でのヘンドリックを思い出した。常に側近を従え、友人達に囲まれ、自信に満ちて学園内を闊歩していたヘンドリックを。

 女生徒の憧れの的、男生徒からは慕われ、教授にも頼りにされていた。上級生、下級生関係なく、皆ヘンドリックに注目していた。

 学園ではヘンドリックがどこにいるかはすぐに知れた。常に人々の中心にいて、楽しそうに笑っていることが多かったからだ。ヘンドリックの関心を買おうと皆がアピールしていた。


 ヘンドリックはみんなの真ん中で、太陽のようにキラキラと輝く王子様だった。


「うーんとぉ、そりゃあ輝いているのは王子様だった時よねぇ。かっこよかったわぁ!でもぉ、幸せそうなのは今、だと思うよ、たぶん。だってぇ、あたしと一緒なんだもん」


「そうか、だったら何も悩まなくていいし、気にしなくていい。お互いに幸せだと思えるのが一番さ。さあ、これでこの話は(しま)いだ。明日も仕事に来れるな?」


「うん。ありがとう、サーニンお兄ちゃん」


 話しているうちに、ザフロンディの店の近くまで帰って来ていた。


 夕焼けの中、サーニンを身近に感じながら流れていく風景は、子供の頃に手を引かれて家まで送って貰った思い出と同じだった。懐かしくて鼻の奥がツンとするような思いに、リディアは幼児のようにサーニンの大きな手をギュッと握った。



 それからしばらく、リディアは陰口を漏れ聞いても、落ち込まず仕事をすることができた。

 サーニンもリディアの様子を気にかけ、なるべくヘンドリックか自分と一緒に仕事ができるよう心を砕いた。


 ヘンドリックはヤガまでの使いを頼まれることが多くなり、リディアも補佐として一緒にカートに乗って荷物の運搬を手伝った。



 それから数日後の夕方、その日もヤガからの荷物を倉庫に搬入していたヘンドリックは、仕事終わりのサリアに声をかけられた。


「ヘンドリック様、ちょっといいですか?」


「ああ、サリア嬢、すぐ終わらせるから待ってくれ」


 ヘンドリックは残りの木箱を運び入れると、汗を拭きながらサリアの元に行った。サリアは持っていたグラスをヘンドリックに差し出した。


「お疲れ様です。はい、レモネードをどうぞ。それと私のことはサリアと呼んで下さいね」


「ああ、ありがとう。喉が渇いてたんだ」


 ヘンドリックは受け取るとゴクゴクと喉を鳴らして飲んだ。爽やかな酸味とほのかな甘味が、喉の渇きを癒してくれた。一気に飲み干してサリアにグラスを返す。


「美味しかったよ、サリア。ごちそうさま。ところで、私に何か用かい?」


 ヘンドリックに名を呼ばれて、サリアはポッと頬を赤らめた。思わずにやけそうになる口元を引き締め、頬を手で押さえて話し始めた。


「ええ。あの、ね。ちょっと言いにくいんだけど、リディアさんのことなの」


「リディに何かあったのか?」


「いえ、ね。あの、リディアさんとサーニンさんが二人きりで事務室に行くのを何度か見てて、それで、たまたま見えたんだけど、とっても、その、親密そうな様子だったから気になって。ヘンドリック様にも伝えた方がいいのかなって、その、余計なお節介だったらごめんなさい」


 サリアは眉を下げ、心配そうな素振りでヘンドリックを見上げた。


「いや、教えてくれて感謝する。サーニン殿には色々と世話になっているが、信頼できる人だと思う。私もリディも仕事の事では頼りにしているし、何か相談でもしているんだろう」


 サリアは一瞬悔しそうに顔を(しか)めたが、すぐに、にっこりと笑った。


「それだったらいいんですけど。ちょっと気になったものだから。またお喋りしに来てもいいですか?」


「ああ、時間が合えばな」


「まあ、嬉しい!じゃあまた声をかけますね。それじゃあ、お先に失礼します」


 サリアは嬉しそうに頭を下げると、小走りで店の中へ入っていった。更衣室で皆にこの話をしようと、サリアは足どりも軽く二階へと上がっていった。


 残されたヘンドリックは、その後ろ姿を暗い気持ちで見つめた。

 

 リディがサーニンを慕っているのは気づいていた。それが兄を慕うものだという事も知っている。


 サーニンも兄が妹を可愛がるような気持ちで接しているとわかっている。落ちぶれた王子と結婚する幼馴染を心配し、気にかけているのも。陰口から守り、私との仲も悪くならないよう配慮してくれていることも。


 だが気にならないといえば嘘になる。たとえ兄妹のような愛情だとしても。私以外の人間が、私の愛する人を思うことすら受け入れ難い。しかも私以外を頼るリディにも、悔しさと不甲斐なさと、そして腹立たしさが湧き上がってくる。


 しかも、他の人間にも疑われるくらい親密だと突きつけられた事に衝撃を受けた。


 だが、とヘンドリックは暴走しようとする思考を無理やり止めた。私はサーニンを信頼している。彼の為人(ひととなり)は誠実で、真面目で、心のある人だ。裏切るような人ではない。

 そして私はリディも信じる。彼女もまた優しく素直で、愛情深い人だから。


 ヘンドリックは疲れた、と感じた。


 気持ちが目まぐるしく変化し、環境も、何もかもが大きく変わった。無意識のうちにリディ以外を見ないようにしていたが、それも限界がある。

 世界は二人だけではないのだから。


「はあ、ウィル達に会いたいなあ。あいつらなら、今の俺をどう思うだろうか?バカなやつだと笑うか?それともしっかりしろと背を叩くか?どっちにしろ褒めはせんだろうな」


 ヘンドリックは深く沈んでいく気持ちに蓋をした。考える程に気付きたくないことが見えてきそうな気がしたからだ。


 一日働いても疲れを知らない若い体は、まだまだ力が余っている。ヘンドリックはその辺に落ちていた棒を手に持つと、迷いや暗い考えを吹っ切るように素振りを始めた。


 日が沈み、空がだんだんと薄暗くなっていく。町は夜に向かってその様を変え、家路につく人や観光客で大通りは一気に人で溢れた。


「あら、まだ帰ってないのね、ヘンドリック様」


 やってきたのはエマだった。女性らしい体を強調するような大胆なデザインのワンピースを着て、昼間(まと)めていた髪を解き、長く艶やかな黒髪を背中に垂らしている。少し吊り目気味の黒い瞳と紅を引いた唇がヘンドリックを誘うように微笑んだ。


「家に帰りづらいのかしら?リディアさんと喧嘩でもしたの?」


「いや、リディを待っている間、少し体を動かそうと思ってね」


「そう?良かったらこれから飲みに行かない?って誘いに来たんだけど、どう?」


 エマはゆっくりとヘンドリックの側に行くと、腕に手を添えて艶めかしく微笑んだ。


「やめておくよ」


 ヘンドリックはすげなく断った。


「あら残念だわ。リディアさんが怒るから?」


「いや、誤解されたくないからね」


 エマは、残念だけどまた誘うわねと言い残して帰っていった。


 ♢♢♢♢

 

「ねえ、ヘンリー、働き始めて二週間が経ったけど、仕事はどう?やっていけそう?」


 仕事帰りに買った「カフェ・レモン」のフィナンシェを、夕食後のお茶の時に食べながらリディアが訊いた。


「ああ、仕事といっても言われた事をするだけの単純なものだからな。別に難しくもなんともない。そろそろ飽きてはきたがな」


「まあ!飽きるだなんて言ったらダメよぉ!」


「ああ、サイラス殿には言わないさ。でもリディには言ってもいいだろう?」


「ええ?まあ、もちろんいいわ、よ?」


「ハハッ!なんで疑問形なんだ?」


「もういい!やってけそうならいいの。それより……ねえヘンリー、あなた、自分が女の従業員からアプローチされてるって気づいてる?」


 リディアがカップを置き、腕を組んで、ヘンドリックを可愛らしく睨んだ。


「ん?ああ、よく話しかけてくるとは思ってたよ。でも、学園の時みたいだとしか感じてなかったな」


「学園?」


「ああ。学園の女生徒は皆、あんな感じだったぞ」


「そうだったかなぁ?ここは学園の時より皆がヘンリーと近くってぇ、ベタベタと触ったり馴れ馴れしく喋ったり、あたし心配で心配で仕方がないのよぉ!」


「確かに、よくリディと会った時の事を思い出してるよ。皆、貴族の令嬢達と違って、積極的で身分関係なく接してくるからかな?こんな待遇は初めてで楽しいよ」


「昔のあたしみたいなの?だったら余計に心配よぅ!誰かを好きになっちゃったらどうするのぉ?」


 まるで第二のリディアにヘンドリックを奪われる気がして怖くなった。


 リディアは焦って涙目になった。


「礼儀として話しかけられた話すし、礼だって言うし、困ってたら助けるさ。でも私が愛してるのはリディだけだよ」


「本当?でも、綺麗な人も中にはいるでしょう?エマさんやサリアさんみたいなぁ」


「そんな事ないよ。リディが一番綺麗だ。心配しないで」


「うん、ありがと。ねえヘンリー、あなた、幸せ?」


「ん?どうしたんだい?幸せだよ。リディは?」


「すごく幸せよ。ヘンリーがいるもの」


「ああ、私もだ」


 ヘンドリックはリディアの不安を取り除こうとするように手を取り、指の一本一本にキスをした。


「ヘンリー、大好きよ。絶対に浮気なんてしないでね」


「リディこそ、よそ見しちゃダメだよ」


 二人は心の中にある不安を打ち消すように身を寄せ合い、どちらからともなくキスをした。






 起きて待っていて下さった方には、投稿時間が大幅に遅れてしまい申し訳ありませんでした。昼間の疲れからうっかり寝てしまい、いつもの時間に投稿できませんでした。寝てしまいそうな時は早めに出すようにしようと、心に誓いました。すみません。

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