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新しい生活の始まり4


「父さん、店閉めてきた。僕も話し合いに入りたい」


 ルイスが部屋に入って来てそう言った。


「ねえ、父さん母さん、僕は姉さんを応援したいよ。ヘンドリック様はいい人だし、家族だけでも二人の事認めてあげようよ」


「ルイスは黙ってなさい」


「嫌だ。父さんは僕の入学だって反対してるじゃないか。命令するだけだなんて横暴だよ!僕にだって意見を言う権利はある」


「ジャック、ルイスの意見も聞きましょう。これは家族の問題なんだから」


 ジャックはソフィの言葉に深いため息を吐くと、改めてルイスを見た。


「・・・・・・そうだな、お前の意見も聞こう」


「僕は姉さんに幸せになって欲しい。確かにヘンドリック様との事は姉さんが悪いと思う。でももう城には帰れないんだろ?それとも姉さんと別れたら、もう一度王太子に戻れるの?」


「戻れないわ。王様もそう言ってた」


「だったら尚更、僕は姉さん達を応援したい。商店の人達から厄介者扱いされて、姉さん達の居場所がこの町にはないんだ。だから、僕は家族として姉さんを支えたいと思う」


「何きれいごとを言ってるんだ」


「父さん、もし姉さんがここにも居られなくなって、ヘンドリック様と二人知らない場所で死んでしまったらどうする?突き放して追い出した事を後悔しない?」


「そんな……ルイス、何を極端なことを言うの?」


「母さん、極端なんかじゃないよ。ここを追い出したらそうなるよ、きっと」


「ルイス、お前の言いたい事はわかった。だが、それなら、わしはどうすればいい?わしには何が正解かわからない」


 ルイスの言葉にジャックの気持ちは揺れ動いた。

 初めて会った時は驚きすぎて否定する気持ちしかなかった。冷静になってみても、元王太子殿下というものが雲の上の存在過ぎて不安だけが(つの)る。


「ジャック、私にとって一番受け入れられないのは『子供の死』よ。生きてさえいればどうとでもなるもの。ルイスの言うようになったらって考えるだけでも辛いわ。それなら私はリディア達を受け入れてあげたい。だって私の愛する娘ですもの」


「ソフィ。わしは応援してやりたい気持ちはある。だが相手が悪い。わしは家族を守りたいんだ。王太子殿下との結婚だなんて、わしには考えられん」


「父さん、あたしヘンリーが好きなの。一緒にいたいの。それにもう王太子じゃない。王様に認められた男爵よ。お願い、ヘンリーとあたしの事を認めて!!」


 リディアは泣きながらジャックに訴えた。ジャックは目を(つむ)って(しばら)く考えた後、静かに口を開いた。


「わしはどんなに考えても、お前のした事を認めることが出来ない。お前は殿下の未来を潰したんだ。だが親として、どんなに悪い事をしたとしても、最後まで側にいてやりたい、とは思う」


「ジャック!」


「父さん!ありがとう」


「礼を言われる事じゃない。わしは許したわけじゃない。できれば別れて欲しいと思っている。それがお前達の幸せだと。だが、お前を突き放すこともできない。それならお前達が世間の信用を得てやっていけるまで、わしらが盾になってやろうと思う」


 リディアは温かい気持ちが溢れて来るのを感じた。家族に受け入れられ、守られていると感じた。早くヘンドリックにこの嬉しい話を伝えて、そしてもう一度、二人で挨拶に来ようと思った。


 ああ、ヘンリーに会いたい。



 ♢♢♢♢



「リディ、帰ったよ」


 昼をだいぶん過ぎてから、ヘンドリックは家の門を(くぐ)った。奥から弾んだ声がヘンドリックを迎えた。


「ヘンリーお帰りぃ!あのね、嬉しいことがあったのよ!あのねあのね、結婚も仕事も上手くいきそうなのぉ!良かったぁ、早く帰って来てくれてぇ!明日サイラスおじさんの店に一緒に行こう!あたしの実家にも!」


 リディアがウキウキした様子でヘンドリックに話しかけた。


「リディ、一体何があったんだ?話が全然見えない」


「ルイスと母さんがねぇ、父さんを説得してくれたの。仕事も父さんがサイラスおじさんに話してくれるってぇ!」


 リディアは実家であったことを、ヘンドリックに話して聞かせた。ヘンドリックは一々(うなず)きながら、最後まで話を聞いた。



 ヘンドリックが狩りから戻ると、たった一日で物事が大きく変わっていた。


「そうか、ルイスにお礼をしなきゃいけないな。ジャック殿やソフィ夫人にも。明日サイラスの店に行った後、リディの家に行こう」


「ねぇヘンリー、獲物はどこなの?」


 リディアのその問いに、ヘンドリックは顔を赤くして頭を()いた。


「その、獲物はない、よ。猟犬がいなけりゃあ無理だ。動物の姿さえ見かけなかったよ」


「そうなの?残念だわぁ!でも、次は期待してるね」


「ああ、猟犬を連れて行けたらな」


 リディアは笑いながらヘンドリックの腕を引き家の中へ入った。


「ヘンリー、汗を流してきたらどう?その間に食事の用意をするわ。昼食はまだなんでしょう?」


「ああ、それはありがたい。お腹がペコペコだ」


 ヘンドリックは荷物を下ろすと、裏の井戸で汗を流した。水は冷たかったが、すっきりと気持ちよかった。


 野菜を炒める匂い、食器がぶつかり合う音、食事の用意で歩き回る音が聞こえてきた。生活の音が。ヘンドリックは安堵すると共に、急にお腹が空いてきた。


「やあ、いい匂いだ」


 テーブルに野菜炒め、ハム、パンと野菜のスープといったいつもの食事が並んだ。

 ヘンドリックは食べながら、昨日の自身の話をした。リディアはお茶を飲みながら、相槌を打ったり、心配そうにしたり、笑ったりと表情をクルクル変えながら聞いた。


「リディ、私は自分自身が情けなかった。父上だけでなく、君の両親にも反対される程愚かな事をしたのかと。自分の行いに対しての自信がなくなりかけていたんだ」


「そんな……あたしを選んだ事を後悔してるの?」


「いや、周りが、私に後悔しろと言ってるように感じるんだ。でも私は後悔したくない。この先も、死ぬまでね」


「あたしもよ。少し反対されたくらいで悩むのはダメよ。あたしを幸せにするって約束してくれたでしょう?」


「ああ」


「なんでそんな弱気になってるの?ヘンリーらしくないわ」


「そうだな、どうかしてたよ。明日からはまたいつもの私に戻るさ」


 ヘンドリックはリディアの手を強く握り、優しく撫でた。


「今日は何かする事はあるか?なければ静かに過ごしたい」


「そうね、なら夕方にお風呂の用意をしてくれる?ヘンリーもゆっくりお湯に浸かりたいでしょう?」


「そうだな、わかった。じゃあそれまでは、部屋で本でも読んでいるよ。何かあれば声をかけてくれ」


 ヘンドリックはごちそうさまと言い、荷物を持って部屋に戻った。


「よかった、いつものヘンリーだわ。昨日はとっても怖かったもの。殴られるかと思ったわ。殴らないってわかってても怖かったわね」


 あたしは礼儀正しくて優しいヘンリーしか知らない。アンジェリカ様に怒っていた時もどこか冷静だった。それにあたしを守るために怒ってたから怖くなかった。でも、昨日みたいな怒りをあたしに向けられたら、あたしは怖くて一緒にいられないかもしれない。


 リディアは昨日のヘンドリックの態度を思い出し、また父親の懸念が本当になることを恐れた。これから先のことを考えた時、一抹の不安がリディアの心をよぎった。



 翌日、早朝からヘンドリックは一人で鍛錬をし、朝の仕事を終えた後でお茶を飲みながら、体のあちこちに疲れや怪我がないかを確認した。


「風呂というのは気持ちがいい。毎日入っていた頃は何とも思わなかったが贅沢なものだったんだな。疲れも取れるし気持ちに余裕が生まれる」


 一昨日の疲れは夕べの入浴と睡眠でですっかり取れた。まだ十代の体は回復も早い。


 今日はサイラスの店とリディアの実家に行く。

 上手く事が運んでいると感じ、ヘンドリックは上機嫌だった。


「リディ、そろそろ起きて用意をしないか?」


「う、ん。ちょっと、待ってぇ。もう少しだけぇ」


 ヘンドリックはリディアの髪を撫でながら、手の甲に口づけをした。そして甲から徐々に肩に向かって唇を滑らせていく。


「フフフ、ヘンリー、くすぐったいからやめてぇ」


「起きないと、もっと色んな所にキスをするよ?」


「わかった、わかったから!!起きるからやめてぇ!」


 リディアはクスクス笑いながら身を起こした。


「今日はまずサイラスおじさんのお店に行くわね。ヘンリーはどんな仕事でも大丈夫?」


「ああ。どんな仕事があるかわからないがな」


「フフ、そうね。さて、と。朝食を作るからちょっと待っててぇ」


 リディアはベッドから降りると、ヘンドリックの額にキスをしてから台所に行き、朝食の準備を始めた。朝食を食べ終わると、二人は身支度をして町へ向かった。


 空は晴れ、気持ちのいい風が吹く日だった。



「こんにちは、サイラスおじさん!」


「やあリディアちゃん、待ってたよ。話はジャックから聞いているが、その、何の仕事をして貰えばいいか決められなくてね。やはり、その、王太子殿下だと思うと、失礼があってもいけないし。ええと、やはり、うちで働きたいのかい?」


「ええ。お願い、サイラスおじさん!」


「よろしく頼む」


「はあ、仕方がないねえ。じゃあ、リディアちゃんも一緒に働いてくれるかい?王太子殿下に直接頼むのは恐れ多いから、慣れるまでは間に立ってくれればありがたいんだが」


「あたしも雇ってくれるの?」


「リディアちゃんのお給料は少し低くなるがいいかい?二人雇うのはちょっとね」


「ええ、いいわ。とりあえずヘンリーが慣れるまでね。そのかわり働きが良かったらボーナスをちょうだい!」


「ハハハ、リディアちゃんはしっかりしてるねえ。うちに嫁に来て欲しいくらいだよ。ボーナスの事は考えておくよ。それじゃあ、明日から来ておくれ」


「ええ、ありがとう、サイラスおじさん!明日からよろしくね。朝は何時に来ればいいの?」


「そうだねえ。店が開くのは十時からだから、三十分前には来ておくれ。午前中に仕事の説明をするよ」


「わかった。サイラス殿、明日から世話になる」


「いいえ、王太子殿下。もったいないお言葉です」


「サイラス殿、私はもう王太子ではない。爵位は男爵だが、平民と同じ扱いで構わない。言いたい事は遠慮せず言ってくれ。それと私の事はヘンドリックと呼んで貰って構わない」


「そうはいいましても、やはり慣れませんので」


「徐々にで構わないから、よろしく頼む」


「わかりました。善処致します。では明日からよろしくお願いします」


 そんなやりとりをして、サイラスの店を後にした。そしてリディアの実家に挨拶に行く。


「ヘンリー、一緒に働けるなんてすごく嬉しい!明日から楽しみね」


「ああ、そうだな。だがその前にリディアの両親への挨拶が先だな。土産を買って行こう」


「お土産はこの間渡したからいらないわ」


「そうか?では行こうか」


「ええ」


 希望が二人を包み、未来が明るく輝いているのを感じた。

 二人は手を繋いで微笑み合い、リディアの実家へと足取り軽く向かった。



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