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新しい生活の始まり


 疲れていたのか飲みすぎたのか、翌日は二人とも目覚めるのが遅かった。ヘンドリックは目を覚ますと、(かたわ)らに眠るリディの額にキスをした。


「リディおはよう。そろそろ起きないか?」


「う〜ん、もうちょっとだけぇ」


 リディアはコロンと寝返りを打ち、シーツの中に潜ってしまった。ヘンドリックはシーツをめくってリディアの髪や頰を撫でた。


「リディ、すまないがお茶が飲みたいんだ」


「う、ん…ちょっと待ってぇ。今起きるからぁ」


 リディアは寝転んだまま大きく伸びをして、目を(こす)りながら起き上がった。お茶の淹れ方を教えないとダメね。


 リディアはベッドから降りると台所へ行き、(かまど)に火をつけた。昨日(かめ)に入れておいた水を小鍋に(すく)ってコンロに置き、ポットに茶葉を入れてマグカップを用意した。

 ヘンドリックはその様子を感心したように眺めている。


「もう少し待ってね」


「ああ。リディは手際がいいな」


「そう?ありがとう。ヘンリーにもお茶の淹れ方を教えてあげるわね」


「え?私が淹れるのか?」


「もちろんよ。だって使用人は雇わないんでしょう?自分のことは自分でしなきゃ」


「そうだったな。わかった。教えてくれ」


「ええ、また今度ねぇ。とりあえず顔を洗いましょう」


 リディアは井戸に行きポンプで水を汲み上げて顔を洗った。ヘンドリックもリディアの後に続き顔を洗い口を(すす)ぐ。

 城にいた頃と違う朝の支度に、新鮮味を感じた。


 リディアは台所に戻り、湯を沸かしている間に食事の支度を始めた。昨日買ったパンやハムを切って皿に盛り、トマトとレタスも皿に乗せる。ジャムやオレンジもテーブルに並べた。そうするうちに湯が湧いたのでお茶を入れてそれぞれの皿の横に置いた。ヘンドリックは次々に用意されていく食事に、ただただ感心していた。


「さあ、簡単だけど用意できたから食べましょう!」


「あ、ああ」


「ねえ、今日は部屋の掃除と洗濯、荷物の整理をしましょうねぇ。夕食は昨日買った材料で何か作るけど、薪が少なかったからぁ、薪割りしてくれたら助かるなぁ」


「ああ、薪を割ればいいんだな」


「ええ。薪は裏手の小屋にあるってサイラスおじさんが言ってたわ。探してみて。斧も小屋にあるはずだから」


「わかった」


 ヘンドリックは家の裏手にある小屋に向かった。薪割りをするがなかなか思うようにならない。何度も斧を振り下ろすが、きれいに割れないどころか怪我をしそうだった。


「私は、何も出来ないんだな」

 

 ヘンドリックはため息を吐いた。不甲斐なさに肩を落とし、リディアに教えを乞おうと斧を置いた時、前方から声をかけられた。見るとルイスが立っていた。


「やあ、ルイスじゃないか。私に何か用かい?」


「あの、ヘンドリック様、どうか僕に剣術を教えて下さい。お願いします」


 ルイスは思い詰めた顔でヘンドリックを見つめ、深々と頭を下げた。


「ああ、そういえば昨夜、騎士になりたいと言ってたな」


「はい。お願いします」


 ルイスはヘンドリックの(かたわ)らにある斧と薪の束をチラと見てから、もう一度頭を下げた。


「ジャック殿の了承は得ているのか?」


「いえ。両親には言ってません。言えば反対されますから。その代わりに、斧の使い方をお教えします。その他にもお教えできる事があれば何でも」


 ヘンドリックは頭を掻きながら苦笑した。


「そうか、それは痛い所を突かれたな。薪割りが出来ず困ってたんだ。では、ジャック殿に内緒で基礎だけ教えよう」

 

「ありがとうございます。では薪割りをするので見ていて下さい」


 そう言うと、ルイスはサッと斧を持ち、薪を切り株の上に立てて置いた。斧を頭上まで上げて振り下ろすと見事に真っ二つに割れた。割れた片方の薪に軽く刃を当ててトントンと刺す。そして何度か切り株に打ちつけると、また見事に二つに割れた。


「こうして好きな大きさに割っていくんです」


「ふむ。余分な力は要らないようだな。やってみよう」


 ヘンドリックはルイスの真似をしてやってみるが、なかなか上手く出来なかった。


「コツがあるんです。やっていくうちにわかると思います。でも今日は僕がやります」


 ルイスはいい音を響かせて、次々と薪を割っていき、足元には小さくなった薪がどんどん積み重なっていった。


「無駄な動きがないな」


「ありがとうございます」


「剣は持っているか?」


「いいえ、持ってません」


 話す間にも、次々と薪を割っていく。しばらくすると家の方からリディアの声がした。


 ヘンドリックはルイスと一緒に薪を片付けてから家に入った。


「あら、ルイス来てたの?ねえヘンリー、井戸から水を汲んできて欲しいんだけどいい?ね、それからお茶にしよう」


「姉さん、王子様にそんな事させられないよ。僕が代わりにする」


「あらそう?じゃあ、ヘンリーには(かまど)の火のつけ方とお茶の淹れ方を教えるわねぇ」


「姉さん!」


「いや、いいんだ。私も男爵位とはいえ平民と同じようなものだからな。自分の事くらい出来ないと」


「そうよ。知ってて困ることないんだからぁ」


 リディアはお茶を用意しながら、ヘンドリックに(かまど)の使い方やお茶の淹れ方を教えた。用意が終わるとルイスに声をかけて、三人でテーブルを囲んだ。


「で、ルイスは何でここに来たの?父さんには行くなって言われたでしょう?」


「何でわかったの?」


「だってあたしぃ、昨夜縁を切られたじゃない?」


「はあ、そうだった。色々ありすぎて忘れてた」


「あのさ、僕、騎士になりたいんだ。そのためにフローリア学園に通いたかった。昨夜ダメだって言われたけど、今朝もう一度父さんに聞いたんだ。そうしたらやっぱり行かせないって。でも諦めたくない。だからヘンドリック様に剣術を教えてもらおうとお願いに来たんだ」


「ふーん、そっかぁ。あたしも、まさかルイスの入学がダメになるなんて思わなかったわ。悪かったわね。で?ヘンリーはどうするの?」


「基礎は教えてもいいと思ってる。騎士として向いてるか分からないから、その先は約束出来ない」


「ねえヘンリー、仕事はどうするの?」


「それも探すよ。でもその前にルイスの剣を買いに町へ行くよ。ついでに買ってくるものがあれば言ってくれ」


「今からぁ?だったらあたしも行きたぁ〜い!」


「今日の予定はどうするんだ?」


「明日するわ」


「そうか。じゃあ三人で行くか?」


「やったぁ!じゃあ、急いで支度するね」


 リディアは立ち上がり寝室へと入っていった。しばらくして、白いブラウスとピンク地に小花柄のスカートに着替えて出てきた。襟元には淡いブルーのリボンとリボン留めに花のコサージュをつけている。


「やあ、綺麗だね。まるで野に咲く可憐な花のようだよ」


「やぁだ、ヘンリーったらぁ」


 リディアは嬉しそうにクルッと一回転して見せた。


「じゃあ、出かけようか」


 テーブルの上を簡単に片付けて三人は家を出た。


 家から町までの道のりは歩いて三十分程。町からそれ程離れていないが、家もまばらで静かな場所だ。家の前の道は東西に伸びており、東は険しい山林地帯、西は町に続いている。北側は森になっており、その先にグレース男爵領との境がある。南側は開けているが、所々に取り残されたような雑木林が見え、その先は海の方まで続いているようだった。

 町まで歩く道すがら、ポツリポツリとルイスが話し始めた。


「父さん達、今朝は機嫌が悪くってさ、今日は店を閉めてるよ。姉さんがとんでもないことしたって、どうしていいかわかんないから誰かに相談したいって話してた。ただ誰に相談すればいいかわからないって言ってる」


「そう、父さんも母さんも、あたし達が間違ってるって思ってるんだ。王妃様だけね、応援してくれたのは。反対されてもあたしの気持ちは変わらないもん。もういい!父さん達にわかって貰うのはやめる」


「リディ、それはダメだ。私達の気持ちを少しずつでもいいからわかって貰えばいい。諦めたらそこで終わってしまう。せっかく近くにいるんだから、私は大切にしたいよ」


「姉さん、僕は応援するよ。剣術を教えて貰えるしね」


「現金ね、ルイスは。でもありがとう。そうね、家も買っちゃったし、ここに住み続けるんなら、いつかは父さん達にも認めて貰わないとね」


「そうだよ、リディ。まずは生活を整えよう。これからはルイスにも世話になるな」


「ええ、もちろんです。ヘンドリック様から剣術を教えて貰えるなら、父さん達にも認めるよう働きかけます。どうせ学園には行けそうにありませんから」


「はあ、前途多難だわぁ。でも、まぁいっか。とりあえずは明日からの生活ね。あらぁ?そろそろアイロおじさんの武具屋が見えて来たわよぉ」



 武具屋は町の外れにあった。店の中には、大柄な中年の男が店番をしていた。白髪混じりの濃い茶髪は短髪で、鋭い眼光、顎髭がある。ピッタリとしたシャツは筋肉の形が浮き出、ゆったりとしたズボンは足首で締まり動きやすそうだ。首に手ぬぐいを掛けて汗を拭き取っている姿は、いかにも武具屋の主人といったいでたちだった。


「アイロおじさん、初心者用の剣を見せて欲しいの」


「おや?リディアちゃんかい?ルイスも。誰のものが必要なんだい?」


「僕です。今日からヘンドリック様に剣術を習うんです」


「初めまして。ヘンドリック=アシュレイ、リディア嬢の婚約者です」


「なんだって!リディアちゃん結婚するんかい?」


「ええ。そのつもりなんだけど」


「ありゃあ、泣く男が多くいるだろうさあ」


「やあだぁ、そんな事ないわよぉ」


 リディアは頰に手を当て、恥じらうように身を(よじ)らせた。アイロは目を細めガハガハと笑いながら、リディアの背中をバンバンと叩いている。ヘンドリックはその様子を面白くなさそうに見ていた。


「失礼だが店主、レディの背をその様に叩くのは感心しないな。そんなことより剣を見せてくれ」


「へい、少々お待ち下せえ」


 店主は驚いて手を引っ込め、リディアとヘンドリックを交互に見てペコリと頭を下げた。そして店内にあるもの、店の奥に置いてあるものなど数点を持って戻って来た。ヘンドリックはその一つ一つを手に取り、吟味している。


「店主、この二点を試しに表で振ってみていいか?」


「そりゃあもう。どうぞお好きなだけ試してくだせえ」


 ヘンドリックはルイスを連れて店を出ると、剣を振ってみた。長さ、重さのバランス、握りやすさなどを確かめる。そしてルイスに向き直り片方の剣を手渡した。


「ルイス、これを持ってみろ」


 ルイスは剣を握り思い切り振ってみる。何度か振ってみてヘンドリックに渡し、もう片方の剣も同じように振ってみた。どちらも手に馴染み、軽々と振り回すことができた。


「剣を握ったことがあるのか?」


「いえ。でも斧や(なた)などの刃物は使っていますから、何となくですが感覚はあります。どちらも手に馴染んで扱いやすいです」


「軽すぎるか?」


「いえ、これくらいが丁度良いです。どちらか悩みます」


「そうか、では二本とも貰おう。リディ、支払いを頼む」


 ヘンドリックは店内にいるリディアに声を掛けると、素振りを繰り返し、久しぶりに持つ剣の感触を楽しんだ。



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