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波乱の顔合わせ2


「リディア、あなた、なんてことをしたの…」


 ソフィは信じられないというように首を振り、手で顔を覆って俯いてしまった。ジャックも険しい顔をしたまま、口を開くか話を聞くか思案しているようだった。


「どうして父さんも王様みたいに難しい顔をしてるの?いつも言ってたじゃない、あたしの優しさで周りの人を包んであげなさいって。あたしはヘンドリック様の心を軽くしてあげたのよ。卒業記念パーティーでヘンドリック様が婚約破棄した後、アンジェリカ様の代わりにあたしが王太子妃になるはずだったのに」


「な、なんてことを言うんだ。気でも狂ったのか!」


「何ですって?婚約破棄?王太子妃って何?ねえリディア、あなた何を言ってるの?」


 二人は狼狽(うろた)え、頭を抱えてしまった。


「いいえ、私はそのつもりでした。リディは素直で性格も良く優秀です。王妃となって共に国の未来のために歩んでいけると思ったんです。だからアンジェリカの行いを暴露して婚約破棄すれば、父上もみんなも目が覚めて賛同してくれると思っていたんですが」


「結局は私が廃嫡され、王都を追われる羽目になりました」


「何てことを…」


「リディア!あなたは、何て恐ろしいことを…、何をしたかわかってるの?」


「わからないわ。だって学園では皆が平等で恋愛も自由なはずよ。愛し合った結果なんて本人達の問題じゃない。アンジェリカ様には愛される魅力がなくて、あたしにはあったってことよ!!」


「リディア、平民なら本人たちの問題だ。だが貴族様は違う。しかも相手は王族だ。平民の恋愛のようにはいかないと考えなかったのか?誰も間違いを正さなかったなんて…ああ、なんて罰当たりなことをしたんだ」


 ジャックは冷めたコーヒーを一気に飲むと、テーブルにあったワインをカップに注ぎ、それも一気に飲んだ。そして立ち上がるとヘンドリックに対して深々と頭を下げた。


「王太子殿下、うちのバカ娘が申し訳ありませんでした。本当に謝っても謝りきれない罪を犯してしまいました」


 青ざめ呆然としていたソフィも慌てて立ち上がり、ジャックと並んで深々と頭を下げた。


「待って下さい。私がリディア嬢を貰い受けるための許しを()いに来たんです。ジャック殿が頭を下げる必要はありませんよ」


 ヘンドリックは肩をすくめて(おど)けて見せたが、ジャック達は頭を下げたまま返事をした。


「いいえ、わしはロートリンデン王国の民として、二人の結婚を許すことはできません。いや、婚約者から略奪しても平気でいるリディアの心根には娘といえど我慢がならん。略奪したとも気付かず王妃になれるなどと愚かな考えを持ち、未来の王太子妃を(おとし)める思い上がった態度も、王太子殿下の未来を奪った事も、到底許されるものではない。リディアの行った全てにおいて、この度の結婚話は、わしには受け入れることが出来ません」


「なんで?ねえ父さん。何を言ってるのよ、略奪だなんてしてないわ。そう見えるかもだけど、ヘンリーもあたしも自分の心に素直に従っただけよ」


「話にならん!悪いが出ていってくれ。わしらにはまだ守らないといけない家族がいるんだ。リディア、残念だが、お前とは今日限り親子の縁を切る」


「父さん、何を言ってるのよ!ねえ、聞いてよ!」


「あなた!ちょっと待って下さい」


 リディアは椅子から立ち上がりジャックにしがみついた。

 ソフィも慌ててジャックの腕を掴み、取りなそうとするが、ジャックは頭を下げたままその手を振り解いた。


「リディア、離せ。ソフィも黙りなさい。平民が王妃になるなんて大それた事を考えるなんて…少しばかり頭がいいからってそんな傲慢で身の程を知らない娘に育ててしまったわしらの罪は重い。どうかお願いです、わしを罰して下さい。でも家族だけはどうかお許し下さい、どうか」


 ジャックは(おもむろ)に床に手をつき、(うずくま)るように頭を下げた。


「ジャック殿、頭を上げてどうかお立ち下さい。リディとの結婚は父上にも認められたことです。私達は父上と母上への挨拶も済ませております。どうぞお座り下さい。話を続けましょう」


「王様と王妃様に挨拶とは……、何という厚顔無恥な娘だ。ああ、情けない」


 ジャックはそろそろと立ち上がると、項垂れたまま崩れるように椅子に腰掛けた。


「リディア、あなたは人としての道を外れたことをしたのよ。わかってるの?」


 ソフィは青ざめたままリディアに声をかけた。その声に力はなく、一気に十も年を取ったように疲れた顔をしている。

 

「私は正しいことをしたと思ってるわ。好きでもない人と結婚なんてヘンリーがかわいそうよ。どうして父さんも母さんも、アンジェリカ様やウィリアム様達と同じようなことを言うの?ねえ、私が悪いっていうの?」


「ええ、そうよ」


「どうしてよ!」


 ソフィが口を開きかけた時、バタンと扉が開き、ルイスが入ってきた。


「母さん、寝かせてきたよ」


「ルイス…」


「なんか喧嘩してる?結婚の話をしてんじゃなかったの?僕も一緒に話を聞いていい?」


「あ、ああ。お前にも関係してくるからな。座りなさい」


 ジャックは酷く落ち込んだ暗い顔をしてルイスに言った。


「僕に関係って何?」


「ルイス、お前のバカな姉がしでかしたことで、お前のフローリア学園への進学は認められなくなった」


「え?どういうこと?何でそんな話が出てくんだよ」


「父さん、ルイスには関係ないでしょう?」


「はあ。リディア、お前は自分のことしか考えられんのか?もしお前の弟が入学したら学生達はどう思う?好意的に受け入れてもらえると思ってるのか?」


「あたしとは違う人間じゃない」


「いいや、姉弟(してい)だ。お前の弟だと知れば、ルイスには針の(むしろ)になるだろう。はあ、お前を学園に送り出したのは間違いだった」


「なぜ僕が針の(むしろ)になるんだよ」


「ルイス、リディアは婚約破棄をした王太子殿下と結婚するんだそうだ。そのことで王太子殿下は廃嫡され、王都を追われたんだよ」


「えっ!まさか、ヘンドリック様が王子様?本当に?廃嫡ってなんで?いや、姉さんが絡んでるのか?」


 ルイスも驚き黙り込んでしまった。その様子を見ていたヘンドリックが淡々と話し始める。


「…卒業記念パーティーで、私はアンジェリカに婚約破棄を言い渡した。そのことで私は財産を没収され、政治の中枢から外れること、もし戻ろうとすれば反逆罪として一家諸共処罰の対象になると言われた。男爵位を賜ったが領地は与えられず、自分の力だけで働くようにと王都を追いだされた」


「だが悲観はしていない。私の言い分が通らなかったのは悔しいが、むしろ重責から自由になれたと思っている。リディも側にいるし今は希望があるだけです」


「事情はわかりました。ですが先程も申し上げた通り、わしにはこの結婚は認められんのです。ですがリディアとは縁を切りますので、好きなようになさって下さい」


「待ってくれよ、父さん。僕はフローリア学園への推薦が貰えたら通いたいんだ。僕は騎士になりたいんだよ」


「ダメだ。いや、そのことについてはまた今度話そう。今日はもう疲れた。すまないが、何も考えたくないんだ」


「…わかった。でも姉さんのせいで進学できないなんて嫌だ。僕にも夢があるんだ、お願いだよ父さん」


「リディア、おまえ達も帰ってくれないか?わしはゆっくり考えたい」


「リディア、落ち着いたら話しましょう。父さんも私も驚きすぎたの。混乱してるのよ。縁を切る話も驚き過ぎて出た言葉だから、本気にしないでちょうだい。お願い、考える時間が欲しいわ」


「そんな…父さん、母さん」


「驚かせて申し訳ない。だけど私はリディを離すつもりはない。リディも、私について来てくれるね」


「もちろんよ。こんな素敵な旦那様と結婚できて喜んでもらえると思ってたのに。悲しいわ。でも家族と縁を切られたとしても、ヘンリーと離れるなんて考えられないわ」


 二人は手に手を取って見つめ合い、誰も介入出来ない世界に浸っていたが、ヘンドリックが立ち上がり、リディアを立たせると、ジャック達に帰宅の挨拶をした。


「急な話で驚かれたのも無理はない。だが、できれば許して頂きたいと思っている。また伺うので、その時にはいい返事を聞かせて下さい。では今日はこの辺で失礼する。さあリディ、帰ろうか」


「うん、ヘンリー。父さん、母さん、また来るわね」


 ヘンドリックは軽く頭を下げると、リディアの腰を抱いて部屋を出た。残された家族は、リディアという台風が通り過ぎた後に残された、あり得ない事実を前に呆然とし、それぞれの思いを胸にリビングを後にした。


 店を出たヘンドリック達は、すっかり暗くなり人通りも少なくなった大通りを家に向かって歩いていた。


「ヘンリー、ごめんなさい。驚くとは思ったけど、まさか反対されるとは思わなかったわ」


「リディが謝ることじゃない。許されなくともリディアと離れる気はないしな。それに私にはダメだったからといって帰る所もないんだし、好きにするさ」


 月明かりの下、ヘンドリックは夜の散歩を楽しむように歩いた。夜空の星を眺めながら学園でのことを思い出した。リディアと初めて会った日には、まさかこんなことになるとは夢にも思わなかった。たった三年前のことなのに、遥か昔の出来事のようだ。


 思い返せば、なんと遠くに来たのだろうか。


 自分の進む道の先が見えない。だが悲観はしない。

 私の人生は始まったばかりだ。

 ヘンドリックは大きく伸びをすると話を変えた。


「リディは母親似なんだな。髪色は父の赤髪と母のブロンドを足したピンクブロンド。キャロルも同じ色だったね。リディの昔もあんな感じだったんだろうか、元気一杯で可愛らしい。ルイスは赤髪で父親そっくりだ。王都を出てまだ一週間程しか経ってないが、なんだか家族を思い出したよ」


「ヘンリー、大丈夫?」


「ああ。少しばかり飲みすぎたようだ。ハハハ、なんだか色んなことを思い出してきたぞ。ねえリディ、二人の思い出を話しながら帰ろう」


「ええ」


 二人は手を繋ぎながら、暗い道を家路についた。






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