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波乱の顔合わせ


 ヘンドリックが店に入ると、奥の部屋からリディアとサイラスの話し声が聞こえた。扉を開ける音に気づいたリディアが嬉しそうに顔を出した。書類を広げて色々と確認をしていたが、どうやら折り合いがついたようだ。


「ヘンリー、私が契約しちゃっていい?」


「ああ。相場もわからないし、リディアに任せるよ」


「いやあ、一括で全額払って頂けるなんて、アシュレイ様は太っ腹ですねえ。おかげさまでいい取引ができましたよ」


「こちらこそ、良い物件を紹介して貰ったよ」


「おっと、お茶も出さずに失礼しました。良い茶葉があるんですが、一杯いかがですかな?」


「ありがとう、サイラスおじさん。でもこの後は買い物に行こうと思ってるの。夜は実家に行くし…また今度頂くわ」


「そうかい。また顔を出しておくれよ。サーニンとマックス、それに家内もリディアちゃんに会いたがるだろうからね」


「ええ、ありがとう。また来るね」


 二人はサイラスの店を出て、大通りをぶらぶらと手を繋いで歩きながら、食料や細々(こまごま)とした生活必需品を(そろ)えていった。荷物が増えるごとに、明日からの生活に希望が(ふく)らむ。


「ヘンリー疲れたわ。家に行く前に少し休みたいな」


 リディアの言葉に(うなず)き、近くにあった「カフェ・レモン」に入る。甘いミルクティーを注文してホッと一息ついた。


「リディ、君の家族のことを教えてくれないか?」


「ええ、いいわ。うちの商売は前に教えたよね。輸入雑貨屋よ。父さんと母さんの二人で店を切り盛りしてるわ。あたしには四歳下の弟と八歳下の妹がいて、名前はルイスとキャロル。親は教育熱心で学校の成績は二人とも優秀だと思うわ。あたしは先生が進学を勧めてくれて、フローリア学園に推薦してくれたんだけど、両親とも大喜びだったわ」


「そういえばリディアも奨学生だったし、皆優秀なんだね」


「ええ、がんばったもの。それに二人共も学園に行きたいみたいで、特にルイスは猛勉強してるわ。でもルイスは店を継ぐからフローリア学園に進学しなくてもいいと思うんだけど……、何か目的でもあるのかしら?」


「訊いてみればいいさ。そうだ、ここで弟妹の好きなお菓子を買って行こう。何がいいかリディが決めてくれ」


「ええ、そうね。結婚に賛成してもらいたいもの。あの子達の好きなお菓子を買うわね。本当、そろそろいい時間ね」


 「カフェ・レモン」のフィナンシェを買いリディアの実家に向かう。通りの建物がそろそろと茜色に染まり始め、パン屋や惣菜を売る店の売り子は、商品が売れ残らないよう声を張り上げて呼び込んでいる。行き交う人々は先を急いでいるが、その口上に誘われて買っていく者も少なくなかった。

 町の大通りの、いつもの夕暮れの風景が広がっている。


 リディアの案内で実家である輸入雑貨屋に向かう。大通りから一本外れた道沿いに店はあった。こじんまりとしているが、異国情緒のある内装で、絨毯(じゅうたん)やタペストリー、置物や人形類、食器や雑貨など色んな品物が所狭しと置かれている。

 ついつい見て回りたくなり、自分だけのお宝を発掘したくなるような楽しい店だった。


「父さん、母さん、ただいま!」


 リディアは店の扉を開けるなり奥に向かって大きく声をかけた。ヘンドリックはリディアの後から店に入った。


「あっ!お姉ちゃん、おかえりなさーい」


 店の奥からパタパタとピンクブロンドの髪の女の子が喜色満面の笑顔で走ってきて、そのままリディアに飛びついた。


「キャロル!相変わらず元気ねぇ。ルイスもただいまぁ」


「姉さん、おかえり」


 その後ろから赤髪の男の子が歩いてきた。背が高くがっしりとした体格をしている。笑顔でリディアを見てから、その背後にいるヘンドリック気づき怪訝(けげん)な顔を向けた。


「姉さん、その人は?」


「うわぁ!王子様みたいでかっこいい!」


 リディアに飛びついていたキャロルが歓声を上げた。


「フフ、あたしと結婚する人よ」


「結婚?姉さんが?本当に?」


「そうよ。今日は彼の紹介と挨拶に来たのよ。はい、これお土産。ここのフィナンシェ、あなた達好きだったでしょう?ねえ、父さん達は二階にいるの?」

 

 ルイスにお菓子の袋を渡すと、キャロルはやったー!と言ってリディアの手を引っ張り、奥の部屋から二階へと上がっていった。狭くて急な階段は一人ずつしか上がれず、ルイスの後、最後にヘンドリックが続いた。

 二階の扉を開けたすぐの部屋はリビングになっていた。中央に置かれたテーブルの上には魚介類のスープ、焼き肉の乗ったサラダ、芋のチーズ焼き、パン、果物が並んでいた。どれも湯気が出ていい匂いがしている。


「おかえりなさい、リディア」


 リディアは両親に抱きしめられて嬉しそうに笑っている。ヘンドリックはいつもと違う小さな子供のようなリディアのを見つめた。リディアの隣にはキャロルがひっついており、微笑ましい姿につい顔が(ほころ)んでしまう。


「リディア、腹が減ったろう?まずは食べよう。母さんが腕によりをかけて作ったんだよ。アシュレイ様も、ようこそいらっしゃいました。詳しい話は食べ終わった後にでもお聞きしますので、どうぞお座り下さい。お口に合うかわかりませんが…」


「うん。母さんのご飯楽しみだったの。あたしの好きなのが並んでる!嬉しい!」


「ありがとうございます。では遠慮なく」


 テーブルを囲んでそれぞれ席につき、お祈りをした後に食べ始めた。学校でのことや王都のお菓子、流行など、またヘンドリックに対しては、騎士についてや王都の様子、近隣国の情勢など様々な質問がされた。楽しいけれど緊張を含んだ夕食は終わりに近づき、食後のコーヒーが出されたタイミングで、キャロルを寝かせるよう父親がルイスに頼んだ。キャロルははしゃぎすぎたのか寝る時間が近づいていても、ちっとも眠そうではなかった。寝なさいと言われてもイヤイヤと駄々をこねる。


「まだ眠くないよう。起きてちゃダメ?お姉ちゃんやお兄ちゃんともっとお話ししたいよう」


「父さん、キャロルを寝かしつけたら戻って来ていい?」


「ああルイス、いいとも。それとキャロル、子供はもう寝る時間だ。リディアは卒業したからもう王都には戻らないよ。いつでも会えるから安心おし」


「お姉ちゃん、本当?」


「ええ、本当よ。家も買ったし、いつでも遊びにおいで」


「うわぁ!約束だよ、絶対ね!お兄ちゃんとも会えるの?」


「ええ、もちろんよ」


「わかった!じゃあ、おやすみなさい」


 キャロルはリディアの小指に小指を絡めてブンブン振り回した。そうして皆にお休みの挨拶をして、ルイスに手を引かれてウキウキと部屋を出ていった。


「さて、リディア。お前からの手紙では、結婚するのに紹介したい人がいると書いてあったが、アシュレイ様の事だね。詳しく書いてなかったが、どういう事なのか教えてもらおうか」


 母親は片づけの手を一旦止めて、コーヒーをそれぞれのカップに継ぎ足してから父の隣に座った。両親は心配そうに、目の前に座る二人を見ている。


「今日は招待していただき、ありがとうございます。早速ですが、リディア嬢との結婚を許可していただきたいと挨拶に参りました」


「ちょっと待って下さい。そもそもわしらは何も知らないのです。順を追って説明していただけませんか?まずは自己紹介をしましょう。わしはリディアの父でジャックと言います」


「私は母のソフィです」


「失礼しました、ジャック殿とソフィ夫人。少し先走りましたね。でも、何から話せばいいのか……」


「あのね父さん、簡単に言うとね、ヘンドリック様は王太子殿下だったんだけど、婚約破棄して城を出てきたのよ」


「リディ、ちょっと!」


 ヘンドリックが口籠(くちご)もり思案していると、リディアが横から口を挟んだ。ヘンドリックは慌てて(さえぎ)ろうとしたが、すでに後の祭りだった。

 リディアの発言にソフィは口を手で覆い、思わず立ち上がりのけぞった。ジャックも言葉を失い真っ青になってリディアを凝視している。


 ヘンドリックはスッと立ち上がり、胸に手をあて騎士の礼をしてから口を開いた。


「驚かせてすみません。ですが本当の事です。私はヘンドリック=ロートリンゲン、この国の王太子でした。婚約者のアンジェリカ=ブランフールが、リディア嬢に辛く当たるとの相談を受けるうちにリディア嬢を愛するようになりました。いえ、初めての出会いから惹かれていたんだと思います」


「ですが、私には幼い頃よりの婚約者がいました。彼女は王太子妃になる身でありながら、平民であるリディア嬢を見下し、脅し、酷いいじめを繰り返したのです」


「そんな事が?リディア、大丈夫だったの?」


「ヘンドリック様が助けてくれたから大丈夫よ」


 母親の言葉にリディアはヘンドリックを見上げ、幸せそうに微笑んだ。


「そう、それなら良かったわ。ね、ジャック」


 母親は安心した顔をして椅子に座り直し、ヘンドリックにも座るよう促した。


「ソフィ、何が良かったんだ?まだ話は終わっていない。学園とはいえ相手は貴族様だ。そんな相手からどんないじめを受けたんだ?それと、お前は入学した当初からいじめられてたのか?」


「え?」


「ジャック、あなた!そんな辛いことを聞くなんてやめてちょうだい」


「ソフィ、大事なことだ。さあ、話してくれ」


「わかったわ。あのね、最初はいじめなんてなかったわ。平民だから貴族の人と話すこともなかったし。あたしをいじめたのはアンジェリカ様だけよ」


「入学してからあたしはヘンドリック様が王太子として頑張ってるのをずっと見てたわ。かっこいいし、目が追っちゃうもの。成績優秀で剣術も強くて、みんなの憧れだった。ヘンドリック様は平民のあたしとも普通に話してくれたの。困ってることはないかってよく声をかけてくれたわ。女子からのやっかみはあったけど、それくらい平気だった」


「でも話すうちにヘンドリック様、とっても無理してるなって思ったの。ヘンドリック様にもっと笑顔になって欲しかったわ。それでずっと側にいるようになって、好きになって…ん?好きになったから側にいたのかな?わかんないけど支えたいって思ったの」


「ええ、私はリディの笑顔に救われたんです。側で笑って、話を聞いてくれるだけでホッと息がつけたんです。アンジェリカは幼い頃からの婚約者でしたが、彼女は優秀すぎて気が抜けなかった。私は弱音も吐けずいつも気が張っていた。正直疲れたんだと思います」


「アンジェリカ様は二学年下で、入学してきた時から、あたしがヘンドリック様といると睨んでくるようになったの。まだ友人だった時によ。それから度々呼び出されるようになって、ヘンドリック様に付き(まと)うのはやめろとか、釣り合わないだとか、あたしの作法がなってないとか。当たり前じゃない?貴族じゃないんだから」


「その他にもウィリアム様やグレアム様と一緒になって言いにも来たわ。学校を辞めてくれと言われた事もあった。でもおかしいでしょう?入学を許可されてるのに、同じ生徒からそんなこと言われるなんて!」


「リディ、そんな事が…、気付かずすまなかった」

 

「もういいわ。だってあたしとヘンドリック様の愛が、アンジェリカ様に勝ったんだもん」


 二人の説明に、リディアに同情的だった母親も顔色を失い、父親はさらに顔が青ざめ険しい表情になった。

 そんな様子に気づかず、ヘンドリック達はテーブルの上で手を重ね、お互いの世界に浸っていた。


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