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譲れないもの5


 潮が引くようにリディアに対する熱情が薄れ、別れると決めた途端に罪悪感が押し寄せただけだとヘンドリックは思った。


「そうだ、この気持ちはただの罪悪感だ」


 確認するように言葉にした。


 学園でリディアを守ると誓った時も、ナツギ大聖堂での誓いも全て本気だった。だからその誓いを破る事に葛藤が生まれただけだ。価値観の違いからリディアの言動に苛立ち、呆れ、嫌悪を感じ、別れたいと願う一方、騎士としての矜持が許さないと感じていた。


(私は騎士だ。騎士の誓いを軽々しく翻すなどあってはならない。だが、リディの身勝手な言動にはもううんざりだ。それに相手に危害を加える程の嫉妬など、可愛さを通り越して恐ろしくなる。まさかリディをこんな風に思うとは考えもしなかった。あれほど愛し愛されていたのに、その関係を苦々しく思うようになってしまった。言葉を交わすのも、顔を見るのさえ辛く感じるとは)


(後悔しない道を選んだはずなのに、たった数ヶ月で誓いを翻すなど騎士として最低ではないのか?神聖な気持ちで立てた誓いをこんなにも簡単に破っていいと、私は本当にそう思うのか?)


(いや、そうは思わない。だが私が守ると誓ったのは、いじめられて泣いていた儚げで頼りない少女だ。高い理想を持ち、私を理解しようと慣れない貴族の慣習や作法も、自ら知ろうと努力してくれた。身分を飛び越え、私自身を認め、心から愛してくれた少女だ。あんな心の醜い女じゃない)


(ザフロンディでのリディは一緒に過ごすほどに可愛げがなくなっていった。それどころか私が大切にしている両親の教えも、貴族の義務も、騎士としての矜持も、リディは全て金に換算する。私と同じ心にはならないと、ずっと突き付けられてきた。まさかこれが本性で、あの可憐な少女の姿は幻想だったというのか?)


「ヘンドリック様、ヘンドリック様?」


 知らないうちに深く考え込んでいたようだった。自分を呼ぶ声にハッとして顔を上げると、マックスが心配そうに覗き込んでいた。


「あ、ああ、マックスじゃないか。どうしたんだ?」


「考え事の邪魔じゃなかったっすか?」


「ああ、大丈夫だ」


「あのですねえ、リディアの事なんすけど、あいつ、大丈夫っすか?昨日パレードにもいなかったし、町はずれの道端で変な奴に絡まれてたっすよ」


「変な奴?」


「ええ。騎士の格好をしてたんで、たぶん剣術大会に参加する奴でしょうが、リディアに対して妙に馴れ馴れしかったっす。まあ、声をかけたらどっかに行っちゃいましたがね」


「そう、か。心配かけたな。リディは実家に行くと言っていたから、たぶん大丈夫だろう」


「それならいいんすけど、なんかえらく怒ってたっすよ?」


「リディがか?そうだな。私がフォローしなかったからだろう。そのうち噂になるかもしれないが、神事で色々とあったんだ」


「やっぱ、そうだったんすね。リディアの態度からそうじゃないかと思ったっす。まあ、昔っからたまーに揉め事の元凶になる奴でしたが、最近は頻繁っすねえ。ヘンドリック様も大変だ!!」


 マックスはやれやれと肩を竦め、深くは聞かずに頭を下げると仕事に戻った。


「マックスにまで同情されるとは情けないな。それよりリディに絡んだ奴がいるのか?まさか、グレアムの差し金、ではないだろうな」


 ヘンドリックはふと思いついた考えを振り払うように頭を振り、その出来事を記憶に留めるだけにして仕事に戻った。


 ヘンドリックは毎日の日課をこなしながらリディアを待った。だが開港記念式典が明日に近づいても、リディアは戻って来なかった。そればかりか仕事にも来ないため、サイラスに花祭りでの司教の言葉を伝え、リディアと二人、当分の間仕事を休むと願い出た。


 そしてその日の夜、ヘンドリックは一人でアルトワ男爵の屋敷に向かった。男爵家も式典に向けて慌ただしく準備を行っていたが、ヘンドリックを家族のように温かく迎えた。

 先に滞在していたグレアムやアンジェリカも嬉しそうに笑顔で迎え、それを見てようやくヘンドリックはホッと肩の力が抜けた気がした。


「兄さん、リディア嬢とはちゃんと話し合えたのか?」


 グレアムの問いにヘンドリックは首を横に振った。


「いいや。だが、けじめはつけようと思う。リディにも、お前にも」


「俺にもか!お手柔らかに頼むよ。それより明日の式典の補佐もよろしく頼む」


「ああ。お前なら大丈夫だ。アンジェリカも側にいるしな」


「そうだな。アンジェ、頼りにしてるよ」


 グレアムが畏まって腰を折り、アンジェリカの指にキスを落とした。


「ま、まあ!も、もちろんですわ!!」


 アンジェリカは赤く染まった頬を隠しきれず、サッと横を向いた。


「フフ、可愛い!」


 グレアムの呟きに耳まで赤くすると、ようやく扇を広げてコホンと咳をした。


「いやいやいや、可愛すぎだろう?なんなの、そのコホン!て!!それで動揺をごまかしたつもりなの?他の女がしたらあざといけど、アンジェは天然だからなあ!!もう、たまんないよ!」


「なんですの?あざといだの天然だの。世の女性に失礼でしてよ!それよりヘンドリック様にお願いがございますの。今お話ししてもよろしいですか?」


 アンジェリカはグレアムをキッと睨みつけると、赤い頬はそのままに、何事もなかったかのように振舞った。


「ん?私に頼みとはなんだい?」


「あの、明日の式典ですが、ロージーのエスコートをお願いしたいんですの。私の勝手なお願いなんですが、ロージーのあがり症もヘンドリック様と一緒なら大丈夫なんじゃないかと思って。いかがでしょうか?なんて・・・私はこの機会にロージーを応援したいだけなんですけどね、フフ」


 アンジェリカは語尾をごまかす様にゴニョゴニョと呟き、にっこりと笑った。


「何を言ってるか聞き取れなかったが、式典でのエスコートはしなくとも大丈夫じゃないか?それに私は表に出ない方がいいと思う。シアトロン港に関しては王太子の時に私が担当していた仕事だ。グレアムと同じ舞台に立つと混乱する者が出るだろう」


「ああ、確かに立太子して日が浅い俺の事はあまり知られていない。それに俺にとって今回が王太子としての初仕事だ。失敗は許されないし混乱も避けたい。懸念材料は少しでも取り除いておきたいな。ねえアンジェ、君の願いは叶えてあげたいが、今回は兄上の言う通りでもいいかい?」


「そうですわね。私が無理を言いましたわ。では祝祭最後の舞踏会はいかがですか?アルトワ家主催の舞踏会を開くと聞いています。使節団の主な方々、近隣の領主やケイティ商会など貿易に関係する人、あと王都の商業ギルド長、それに剣術大会の優勝者も招待し、堅苦しくせず親交を深めるためのものにしたいと、お考えだそうですわ」


「・・・そうか。それならば、しばらく世話になるのだから恩返しになるならお引き受けしよう」


 ヘンドリックはリディアの事が引っかかったが、とりあえず頷いた。


「まあ!お聞き下さりありがとうございます。では、ロージーに伝えて参りますわ!!」


 アンジェリカはパアッと顔を輝かせて手を打つと、軽く礼をして部屋を出ていこうとした。


「あ、いや、待ってくれ。ロザリン嬢には私から直接申し込むよ」


 ヘンドリックに呼び止められ、アンジェリカは振り返ってにっこりと笑った。


「そうですわね。その方がロージーも喜びますわ!」



♢♢♢♢



 翌日は朝から抜けるような青空が広がった。初夏の爽やかな風が吹き、開港記念式典をするのに相応しい天気だった。式典は昼過ぎに行われる予定だったが、アルトワ男爵家は早朝からそれぞれが慌ただしく支度に励んでいた。



 開港記念式典は完成したばかりのシアトロン港で行われる。一般の入場は許されておらず、王族、アルトワ男爵、近隣の領主や取引先の貴族、王都の商業ギルド長、他に貿易に関係する人が参列した。


 まずは、入港しているシャルナ王国の船舶から使節団が下船し、それを歓迎するところから式典は始まった。その後も決められていたプログラムに沿って進められていく。


 使節団長であるガリード=ベレン=シャルナ第二王子がタラップを降り立った瞬間、ロートリンゲン王立音楽隊がファンファーレを鳴らした。そしてカレン=ベレナ=シャルナ王子妃が続き、使節団員全員が下船するまでの間、ゆったりとした曲を奏でた。


 アルトワ男爵の開会宣言の後、グレアムが進み出て「今日から貿易と文化交流を中心に親交を深め、両国にとって有意義で互いを高め合えるような関係を築いていきたい」と歓迎の挨拶を述べた。


 ガリードは返礼の挨拶を述べ、条約にサインをするため進み出た。演台が用意され、グレアムとガリードが順にサインをした後、二人は固い握手を交わした。


 式は滞りなく進んでいく。アルトワ男爵、グレアム、ガリード第二王子、カレン王子妃、商業ギルド長、ケイティ商会のネイサン=ケイティ、それにサイラスが並び、テープカットを行った。カットすると同時に、空に百羽の真っ白なハトが放たれた。それは一斉に飛び立ち、羽ばたき、未来に向けた希望のメッセージのように皆の瞳に映った。


 国民的女性歌手であるヘレーネ=デュボイが、青空に生える白いドレスで登場した。優雅にお辞儀をすると静かに前奏が始まった。ヘレーネはよく通る伸びやかな声でシャルナ王国の国歌を歌いあげ、使節団も胸に手を当ててその歌声に耳を傾けた。


 続けて同じく国民的男性歌手のヴィンセント=ガルシアが前に出てロートリンゲン王国の国歌を力強いテノールで堂々と歌った。


 ヘンドリックは控室でその歌声に耳を傾けた。




 


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