譲れないもの4
「それを誰が信じるんだ?てか、それが本当でも相手は王太子殿下だぞ?反論するだけで不敬に当たるって気づけよ。その辺のガキでも知ってるぞ!首を切られてから後悔したって遅いんだぞ」
「そんな返事は望んでない!あたしはただ、一緒に怒って欲しかっただけよ。かわいそうにって慰めて欲しかっただけ!お説教なんか聞きたくない!なのにみんなしてお説教ばっかり!!」
リディアは吐き捨てるように言うと、その場から逃げるようにして実家に向かって走り出した。
そうだ。これから町の広場で、神事の完了を告げるナルがお披露目される。その時に自分がいなければ不思議に思われるだろう。もしかすると昨夜の出来事が噂になるかもしれない。せっかく女王の娘に選ばれたのに悪い噂だけが残り、これからの自分について回るかもしれないと気がついた。
神事を邪魔した女?王太子に不敬を働いた女?悪いのはグレアム様なのに、噂を聞いた人もマックスのようにあたしが悪いって言うんだろうか?あたしの言う事は信じてくれないんだろうか?そう思うとたまらなく悔しかった。
そして、ヘンドリックは自分を庇ってくれるのだろうかと不安になった。
(ヘンリーさえ信じてくれたら、あたしはそれでいいのに)
リディアは、実家が見えるとようやくホッと息を吐いた。
裏口の扉には鍵がかっていた。ノックをしても返事がないので、リディアは昔から変わらない鍵の置き場所から鍵を取ると中に入った。両親は店を閉めて出かけているようだった。
階段を上がり居間に行くと、ムッとした空気がこもっていた。リディアが窓を開けると楽しげなざわめきと共に風が通り抜けた。
「父さん達、パレードを見に行ったのかなぁ」
リディアはレモネードを飲みながら呟いた。
「あーあ、なんでこんな事になったのよぉ。本当なら広場でナルのお披露目をしているのはあたしだったのに」
昨夜の司教やヘンドリックの話を思い出してまた腹が立った。
「何度考えたってあたしは悪くないのに、何を反省すればいいのよ。どうせなら簡単な罰をパパッとする方が楽でよかったのに」
リディアはテーブルに突っ伏して時計の針が打つ音を聞いた。外の賑やかな音楽や騒めきが、誰もいない家の中を妙に寂しく侘しく感じさせた。
「あーあ、考えないといけない事がたくさんあるのに、なんだか眠くなってきちゃった」
リディアは大きく欠伸をしてから自分のベッドに潜り込むと、あっという間に眠りに落ちてしまった。
♢♢♢♢
ヘンドリックはムシャクシャした気持ちのまま、パレードを追って広場に向かった。リディアが何かしでかさないか心配だった。
パレードは最高潮に達しており、皆期待に満ちた顔をして続々と広場に集まってきた。一番山車が広場に到着すると、山車に乗ったバンドが音楽を止め、しばしの休憩をとった。
順に二番山車、三番山車が到着すると、休憩を終えた一番山車のバンドが再び音楽を奏で始めた。二番、三番山車のバンドもそれに合わせて弾き始めると、人々はそれらの周りで一緒に歌ったり踊ったりしながら舞台が始まるのを待った。
花の女王と娘、乙女達は、舞台の準備をする為に、舞台裏にある控室へ向かった。
ヘンドリックが広場に着いた時には、アンジェリカ達はすでに控室に入った後だった。入口にはセシリアが待機しており、とりたてて何事もないようだった。
「やあ、あれからリディアの姿は見たか?」
「あ!いいえ、見かけておりません。アンジェリカ様にご用でしょうか?」
「いや、実はリディアとはぐれてしまったんだ。まさかここに来るとは思わないが、念のため無事にお披露目が行われるか気になってな」
「そうでしたか。ですが、ここは私がおりますのでご安心を」
「そうだな。では私はリディアを探すとしよう」
そう言うと、ヘンドリックは踵を返して、リディアが行くと言っていた実家である店に向かった。店の裏口は鍵が開いており、簡単に中に入る事が出来た。
「リディ、いるのか?」
下から声をかけても返事がなく、人がいる気配もない。「誰かいないのか?入るぞ?」と言いながら階段を上り、リビングに入ったがやはり誰もいなかった。
「不用心だな」
ヘンドリックは顔をしかめながら奥の部屋へと扉を開けながら進んだ。そして三つ目の部屋のベッドでリディアが丸くなって寝ているのを見つけた。
「呑気なもんだな。まあ、昨夜は寝ていないと言ってたから無理もないか」
「それにしても、君と話をするのがこんなに難しいとは思わなかった。学園ではいつもそばにいたし、離れてもすぐに私を見つけて駆け寄ってきたのに。まさか私から逃げ回る君を探すことになるとはな。君はここで仕事を始めてから問題ばかり起こしている。これが君の本性だったのか?」
ヘンドリックは疲れた様子で呟いた。そして部屋にある椅子に腰かけてしばらくその寝顔を見ていたが、机上に置いてあった紙にペンでメッセージを書くと、可愛らしい小鳥の置物を重しにして部屋を出て行った。ヘンドリックは広場には戻らず、そのまま町を出て家に帰った。
家につくと、散らかった部屋を簡単に片づけて庭で水を浴びた。台所でレモネードを作り、庭の木陰に設えた椅子に座って庭に咲く花々を眺めた。時折風が通り過ぎ、苛立った気持ちが穏やかに、落ち着いてくるの感じた。
「花祭りは今日で終わる。次は開港記念式典だ。それまでに戻って来なければ、ディラン卿の招待に応じよう」
ヘンドリックはそう心に決めると、リディアが帰って来るのを待った。
翌朝、いつもの時間に鍛練にやって来たルイスから、何度呼びかけてもリディアは部屋から出て来ず家族が心配していると聞いた。
「ヘンドリック様、姉さんは何をしたんですか?訊いても何にも話さないんです」
ヘンドリックの目をまっすぐに見つめるルイスからスッと目を逸らすと、神事での事を話した。ルイスは驚き、顔を真っ青にして聞いていたが、司教の与えた罰が軽すぎる気がして首を傾げた。
「あの、本当にありがたい事ですが、王太子殿下に手を上げ、神事を妨げ、王太子妃殿下に暴言を吐いたのに、修道院での奉仕活動だけでいいんですか?しかも反省すれば家に帰って来られるんですよね。もしかしてヘンドリック様が庇って下さったんですか?」
「いや、私は口を出してない。司教が下したものだ。心から反省すれば許されるだろうが、昨日の様子ではなかなか難しそうだ。ところでジャック殿は何と言ってる?」
「父さんはとりあえず話を聞かないとわからないと。昨日は店を閉めてナルのお披露目を見に行ったんですが、姉さんがいなくて王太子妃殿下が踊られているのを見て驚いてました。姉さんが何も話さないのでヘンドリック様にお聞きしろと言われたんです」
「そうか。司教には祝祭が終われば聖マリア修道院に必ず連れて行くと、私の名に懸けて約束している。実は今後についてリディと話したいんだが、今は聞く気がないようで逃げ回るんだ。できればルイスからも家に戻るように説得して欲しいんだが」
「わかりました。言ってみます」
「ああ、頼む。それとリディが帰って来なければ、開港記念式典の前日からアルトワ男爵家の世話になろうと思っている。剣術大会も男爵家から向かうつもりだ。用意も向こうでする。祝祭が終わるまで家には帰らないだろう。すまないが、リディにそう伝えてくれ。それと朝の鍛錬は休みにする」
「わかりました。姉さんには帰るよう説得しますが・・・」
ルイスは肩を落として答えた。
「説得が無理なら、次にお会いするのは剣術大会の当日ですね」
「そうだな。大変な役を任せてすまない」
そうして二人はいつもと変わらぬメニューをこなした。ヘンドリックはルイスの疑問に答え、曖昧な部分をいつもより丁寧に教えた。終わると庭の井戸で汗を流して二人でレモネードを飲んだ。それからルイスは礼をすると走って家に帰り、ヘンドリックは身支度を整えて仕事に出かけた。
職場では、ナルのお披露目の話題でもちきりだった。花の女王コンテストのファイナル審査の時から、エマ達三人のナルは大評判になっていた。昨日も百人近い乙女達のナルの後に披露された神々しいまでの彼女達のナルは、見に来た人々の心に刺さる素晴らしいものだった。皆がこの場に集えたことを喜び、女神様に感謝した。皆の心が一つになり、花祭りを祝うフィナーレに相応しい感動的なナルだったと口々に噂し合った。
ヘンドリックは皆の言葉を聞きながら、リディアの名前が一度も出ない事にホッとした。自分がこの地を離れたら、そのうち嫌でも悪い噂が流れるだろう。人の口に戸は立てられないのだから。リディアの行為は皆から責められるだろう。それに反発するリディアの様子が思い浮かんだ。だが修道院にいる事で直接的な害はないだろうと考えた。そうであって欲しいと思った。
(こうなってもまだ、リディアを思う気持ちが残っているのだろうか)
ヘンドリックはそうではないと、小さく首を振ってその考えを振り払った。




