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譲れないもの2


「ルイス、ちょっとした誤解があったの。ちゃんと司祭様から帰っていいって言われたんだもの。ふう、ちょっと落ち着いたわ。お腹ペコペコだったみたい」


「ね、姉さん?」


 ルイスは訳が分からず、姉とセシリアを交互に見ながらオロオロしていた。


 リディアはアンジェリカに向き合うと祈るように手を組んで、瞳を潤ませながら話しかけた。


「ねえ、アンジェリカ様、あたし昨夜部屋に戻ってから、学園での事は本当に悪かったって反省したのよ?でもね、あの時あたしはアンジェリカ様に本当にいじめられてると思ってたの。だって、女生徒のみんなから嫌われてたんだもの。だから、まさか注意してくれてるなんて思わなかったのよ。アンジェリカ様はあたしを見下してたようだったし、てっきり嫌味を言ってるんだって思ったの」


 アンジェリカはセシリアの後ろから静かに前に出ると、困った様子でリディアに声をかけた。


「もしかして謝罪をされてるのかしら?とてもそんな風には聞こえないのだけど」


「悪かったって言ってるじゃない。でもアンジェリカ様も誤解されるような言い方はやめた方かいいと思うわ。あたしみたいな庶民には貴族の言い回しはわからないんだから。ね、謝ったんだから許してよ」


 アンジェリカは小さく溜息を吐いた。やはり何度話してもかみ合う気がしなかった。



「リディアさん、今はパレードの最中ですの。あなたと話している時間はありませんわ。この件は明日以降に時間を取りますので、その時に話しましょう。ではご機嫌よう」


「い、いやよ!ここで謝ったのはあたしも山車に乗りたいからじゃない!」


「・・・それは、私が決める事ではありませんわ。それに司教様のお許しを得ているのかしら?」


「それは、い、急いで追いかけたから貰うのを忘れたのよぉ。でも、アンジェリカ様が乗っていいって言えば誰も文句なんか言わないわよ!だからいいって言ってよぉ!元々はあたしが女王の娘だったんだから」


 リディアはアンジェリカに手を伸ばした。もう少しで届くと思った時に、セシリアに強く払われた。リディアは痛みに顔をしかめてセシリアを睨んだ。


「まあ、そんな事を仰られても困りますわ。神事の邪魔をした者を山車に乗せるなんて、私の一存では決められませんもの。パレードに加わりたいなら司教様にお許しを貰って下さいな」


 アンジェリカは冷たく見える態度でキッパリと断った。リディアは顔色を変え、挑発するように言葉を投げた。


「ふざけないでよ!今から寺院に行って帰ったらもう終わってるじゃない!」


「ねえ、アンジェリカ様はあたしの代わりなのよ!代役なの!あたしが来たからもう降りてくれていいの。アンジェリカ様にとって、こんな地方の祭りなんてたかが知れてるでしょう?平民の祭りの主役を横取りして何が嬉しいのよぉ!!それこそ王太子妃殿下として外聞が悪いんじゃないですか?」


 アンジェリカは小さく溜息を吐くとリディアに背を向けた。


「ああ!!ちょっと待って!行かないで!!ねえ、お願いよぉ。ヘンリーに見直して欲しいのぉ。山車に乗ってみんなから褒められたら、きっとあたしを自慢に思ってくれるもの。だから、だからお願いしますぅ、アンジェリカ様!」


 アンジェリカは頭を下げて頼むリディアから目を逸らした。リディアは傷ついた顔でアンジェリカに縋りつこうとして、セシリアに腕を掴まれ阻まれた。それでも懲りずに手を伸ばそうともがいた。


「じゃ、じゃあ、せめて、昨夜はグレアム様が悪かったんだってヘンリーに言って欲しいのぉ!あたしの言う事を信じてくれないのよ。あたしが悪いって誤解してるの!だから、だから」


「いい加減にしないか!リディア嬢、王太子妃殿下に対して数々の無礼、祭の最中でなければ即刻切り捨ててるぞ!それともこの場で皇室侮辱罪で捕まえてもいいが?」


「あなたこそ誰よぉ!!あたしはグレアム様のお兄さんである、ヘンリーの婚約者なの!!結婚すればアンジェリカ様とも家族になるのよ!!あなたの方が無礼じゃない!」


「私はアンジェリカ様の護衛騎士だ。王太子殿下からは、まだ婚約も結んでいないと聞いている。まさか婚約をすっ飛ばして結婚などと(たわ)けた言葉を聞くとは思わなかった!それより今度はパレードの邪魔をするつもりか?」


 セシリアが凄むとリディアは首を竦めた。振り解こうと腕に力を込めたが、セシリアの拘束は少しも緩まなかった。


「放してよ!バカ!!」


「ね、ね、姉さん?」


 ルイスは暴言を吐く姉に驚き止めようと手を伸ばしたが、セシリアに睨まれてオドオドと手を引っ込めた。その時、背後から聞きなれた声がした。


「すまないが、彼女を放してくれないだろうか?」


 人混みをかき分けて、憔悴した様子のヘンドリックが顔を出した。


「ああ、ヘンドリック様!!姉さんはどうなってるんですか?」


 ルイスはホッとしてヘンドリックに駆け寄った。


 アンジェリカも振り向きヘンドリックに礼をした。


「アンジェリカ、パレードを妨げてすまない。こちらの事は気にしないで進めてくれ」


 セシリアからリディアを引き取ると、しっかりと手首を掴んだ。


「ああ、アンジェリカ様、お願いします!ヘンリーに言って下さいよぉ!!お願いですからぁ!!」


 リディアは必死に訴えたが、アンジェリカはそれを無視してヘンドリックにもう一度礼をすると、今度こそエマ達と山車に乗り込んだ。


 一同は休憩を終え、何事もなかったかのようにパレードを再開した。楽し気な音楽に包まれ、花を撒きながら、賑やかな一団が遠ざかって行った。


「ヘンドリック様、あの、何があったか知りませんが、その、本当に姉さんは行かなくていいんですか?」


 遠ざかる美しい山車を残念そうに見ながら、ルイスがおずおずと訊いた。


「ああ、いいんだ。だが、ルイスは見たいだろう?パレードを追ってくれて構わない。私はリディと話があるからここで別れよう」


「は、はい!でも」


「何だ?」


「ね、姉さんは、その・・・何か」


 ルイスは何があったか聞きたいのを我慢した。二人の間に漂う空気が、聞ける雰囲気ではなかったからだ。


「あ、の、そのぉ、あ、明日は鍛錬はありますか?」


「そうだな。約束は出来ないが、剣術大会までは毎日やりたいと思っている」


「わかりました。では明日、いつもの時間に行きます!!あの、それじゃあ、また明日。あ、姉をよろしくお願いします」


 ルイスは二人を心配そうに見つめたが、小さく頭を振るとペコリと頭を下げた。そして背中を向けてパレードに向かって走り出した。


「ヘンリー、放して!」


「駄目だ。離すと追いかけて更に罪を重ねるだろう?」


「あたしは当然の権利を返して貰うだけよ。あたしが女王の娘に選ばれたんだもの。ヘンリーだって見ていたでしょう?」


「だが、それを台無しにしたのは君だ。それより私達にとって大切な話がある」


「イヤよ!聞きたくないわ」


 リディアは手を離そうとしたが、がっちりと握られていて思うようにいかなかった。


「もう、やだ。ちっとも思い通りにならない。あたしはヘンリーと二人で幸せに暮らしたいだけなのに」


 リディアはポロポロと涙をこぼしながら呟いた。


「リディ、すまない」


「もう、いい。それより手を放して。もうパレードには行かないから」


「ああ」


 ヘンドリックはそっと手を離した。リディアは赤くなった手首をさすりながら、恨めし気にヘンドリックを仰いだ。


「痛いわ。こんなになるまで強く掴まなくても逃げないわよ!」


「すまない」


「あたし、昨日は寝てないの。もう疲れて動けない。ねえ、話し合いは後でいい?」


 リディアは目も合わせず肩を震わせながら、赤くなった手首を労わるようにさすった。その姿を見ると、ヘンドリックは罪悪感が頭をもたげ、何も言えなくなってしまった。


「とりあえず家に帰って手当をしよう」


 ヘンドリックが手を差し出したが、リディアは首を横に振った。


「あたし、実家に帰るわ。今はあなたといたくないの」


 ヘンドリックが驚いてリディアの両肩を掴んで詰め寄った。


「何を言ってるんだ!話し合わないつもりか?」


 リディアは俯いたまま「今は話し合う気分になれない」と言った。


「だって、あたしの言葉を信じてくれないじゃない。グレアム様やアンジェリカ様の肩をもって、悪いのは全部あたしだって思ってるんでしょう?そんなの話し合いにならないもん」


「それは・・・、今までのリディの言動を思い返せばおかしな箇所がいくつもある。愛していたから目を瞑っていたがこれ以上は看過できない」


「今までのあたしの言動って何よ!おかしな箇所って?あたしが嘘をついてるっていうの?昨日の事だってそう、グレアム様が何を言ったか実際に見たわけでもないのに、あっちの話だけであたしが悪いって決めつけてるじゃない」


「とりあえず話を聞くから家に帰ろう」


 リディアは嫌々をするように首を振った。


「いいかげんにしないか!!」


 ヘンドリックが焦れて声を荒げた。


「いや!怖い。お願いよぉ、冷静になったら話し合ってもいいわ。今のヘンリーとは怖くって話し合えないのぉ」


 リディアは自分の体をギュッと抱きしめて泣いた。ヘンドリックは肩から手を離して、冷静になろうと努めて落ち着いた声で聞いた。


「いつなら話せるんだ?」


「それは・・・、この花祭りが終わったら、じゃダメ?」


「ああ、遅すぎるな」


「何が遅いのよぉ?だって、ヘンリーは王都には帰らないんでしょう?だったら話し合う時間はたっぷりあるじゃない!!」


 賑やかな音楽が遠ざかると、ジージーと鳴くセミの声が一段と大きく聞こえてきた。ヘンドリックは、暑さが急に戻ってきたように感じて空を見上げた。


「ここは暑すぎる。せめて日陰に入ろう」


 近くの住民と花祭りを仕切る人々が手際良く片付けを始めた。忙しく働く人の中で二人は肩身の狭い思いをし、静かにそこを離れた。



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