譲れないもの
花籠を手に花びらを投げる花の乙女と並んで歩く男の話し声が、先を急ぐリディアの耳に聞こえてきた。
「マキアはいつも可愛くって優しくって自慢の彼女だけど、今日のマキアは本当にきれいだ!俺の彼女は花の乙女だぞって、大声で自慢して回りたい気分だよ!」
「まあ!ダイスったら!!」
マキアと呼ばれた乙女は恥ずかしそうに顔を赤くして俯いた。周りの乙女達もそんなマキアを笑顔で囃している。マキアはますます顔を赤らめて、はにかんだ笑顔をダイスに向けた。ダイスも照れながら、手に持っていた花冠をマキアの頭に載せて嬉しそうに破顔した。
リディアは幸せを振りまく二人を見ていると泣きたくなった。
(あたしもヘンリーとあんな風になるはずだったのに、グレアム様の所為で全部ダメになったじゃない。それもこれもアンジェリカ様がしゃしゃり出て来たからよ!)
(そうよ、初めっからコンテストに出なきゃよかったのに。出たりするからおかしくなったのよぉ!許せない。グレアム様もアンジェリカ様も、ロザリン様も!女王の娘はあたしのものよ!返してよぉ)
リディアは心の中でアンジェリカ達を罵った。腹が立ったが、それよりもこの惨めな状況から抜け出したかった。本来の自分はみんなから羨ましがられるはずだと信じて疑わなかった。
山車は三台あり、全て六頭立ての馬に引かれていた。一番山車は緑の葉で表現した波の上に、花とリボンで飾られた水鳥のゴンドラ、船上には花のアーチが置かれ、色とりどりの花が溢れそうなほどに飾られている。
先頭を行く二頭の馬の背には花の乙女が横乗りで座り、それぞれ騎士が手綱を引いている。ゴンドラには花の女王と娘達が乗っており、女王は花の王冠を、娘達は花飾りのついた帽子を被り、手には可愛らしいブーケを持って、パレードを見に来た人達に笑顔で手を振っている。
それぞれの山車にはバンドが乗っており、流行りの曲を奏でてパレードを盛り上げていた。花の乙女達は音楽に合わせてブーケや花籠を手に花びらを投げたり、手を振ったりしながら練り歩いている。山車と山車の間は開いており、花の乙女達が軽やかにステップを踏みながら人々の目を楽しませていた。
二番、三番山車は波を表す緑の葉の上に、水鳥ではなく花で飾り付けられた魚の形のゴンドラ、そして船上は花とリボンで華やかに飾られている。花の乙女達は花冠をつけ、手に持った花籠からパレードを見る人々に花や花びらを投げている。
リディアがブツブツと呟きながら、三番山車を追い抜かそうとしていると、それに気づいた乙女が「あっ!」と小さく声を上げた。リディアを指差しながら、隣にいる乙女にコソコソと囁き、三番山車のゴンドラに乗る乙女達の間でリディアがついて来ていると伝わっていった。
昨日から手入れもしていない乱れた髪と皺くちゃのドレスを着て、思い詰めた顔で爪を噛みながら歩くその様子は、祭りの中で異質に見えた。周りを歩く人々は少し距離を置いてチラチラと見ていたが、リディアは気にした様子もなかった。
「きっと話せば乗せてくれるはずよ。だって、選ばれたのはあたしなのよ!みんなだってあたしを待ってるんだからぁ」
リディアは涙を浮かべ、自分を鼓舞するように「絶対に乗せてくれるわよ」と呟き続けた。女王の娘としてゴンドラに立ち、名誉を挽回したかった。ヘンドリックや他のみんなに自分を見て欲しかった。
誰が告げたのか、二番山車の乙女達にもリディアが近づいていると噂が流れてきた。漣が広がるように、乙女達の間でヒソヒソと伝えられていった。そして、それはアンジェリカの護衛騎士セシリアの耳にも届いた。セシリアは緊張した面持ちでアンジェリカの側で群衆に目を走らせたが、見渡した限りリディアの姿はなかった。
だがリディアはというと、一番山車に早く追いつこうと人混みに紛れて急いでいた。
「姉さん!」
リディアは不意に腕を引かれて驚いた。振り返ると、ルイスがやはり驚いた顔でリディアを見ていた。
「なんで歩いてんの?姉さんに花を渡そうと思って来たのに王太子妃殿下が乗ってるからびっくりしたよ。それに、なんでだらしない格好をしてるんだよ?」
「ええっ?」
ルイスの言葉にリディアは昨夜から身だしなみを整えていなかった事に気がついた。無性に恥ずかしくなって、慌てて手で髪を梳きドレスの皺を伸ばそうと撫でつけた。
リディアはルイスの腕を掴むと、人の波から抜けて通りの端で立ち止まった。慌てて髪を纏め直し、ルイスが持っていた花束から花を抜き髪に挿して貰った。
「これでどう?」
リディアはクルッと回って見せた。
「うーん、さっきよりは随分マシになったけど。それよりなんで山車に乗ってないんだよ」
「ちょっとした行き違いがあって乗り遅れたのよ。だから乗ろうと思って急いでたの」
ルイスの問いにそう答えると、また一番山車を目指して歩き始めた。ルイスは慌てて後を追いかけた。
「乗り遅れるなんて何やってたんだよ!鈍臭いにも程があるだろ?それで、ヘンドリック様はどこだよ?」
「知らないわ。後ろからついて来てると思うけど」
「え?ケンカでもしたの?そんな言い方、姉さんらしくないよ」
「別にケンカなんてしてないわ」
「ふーん、じゃあ後で合流するの?」
「さあね。それより急いでるから話しかけないでよ」
「うん、まあ、乗り遅れたんなら急いだ方がいいよな」
いつもと違う態度に違和感を感じたが、ルイスは深く考えずにリディアについて歩いた。
二番山車の横を通り過ぎる時、ゴンドラに乗っている花の乙女の一人が、リディアに向かって向こうへ行けとジェスチャーを送った。それを見たルイスは首をひねった。
「姉さんさぁ、今、帰れって言われなかった?」
「見間違いじゃないの?」
「そうなのかなあ?」
ルイスは首を傾げながら姉の後を追った。一番山車が見えてくるとリディアは追い越して船首に回り込んだ。
「ルイス、乗るから手を貸して!」
「ええ?危ないよ!!止まってから乗った方がいいよ。もうすぐ休憩だろ?」
「そうなの?じゃあ、そうするわ!」
リディアはすんなりルイスの言う事を聞いた。その言葉通りしばらくして山車が止まると、飲み物やフルーツ、お菓子などが、花の女王を始め乙女達に振舞われた。エマ達三人は山車を降りて用意された椅子に座ると果実酒や果実水で喉を潤した。
「お二人ともお疲れではありませんか?」
エマの言葉に二人は首を横に振った。
「まあ、そうですよね。アンジェリカ様は王太子妃で慣れてらっしゃるでしょうし、ロザリン様もアルトワ領のお嬢様ですもんね」
「ア、アンジェリカ様はともかく、わ、私は慣れておりませんわ。ですが、お、お二人と一緒ですから楽しくって。それに、じ、寺院を出発してから、ま、まだそんなに、経ってませんもの」
「フフ、楽しくて良かったわぁ!ああ、それにしても本当に可愛いんだからぁ!眼福だわぁ!!一緒にコンテストに参加できて本当に良かったぁ!!昨日から幸せすぎて夢見たい。お二人のこの愛らしいお姿を残せるものがあればいいのにぃぃぃ!!」
エマは頰に手を当てて思い切り身悶えた。
「ま、まあ!エ、エマさんはいつも、お、大袈裟でしてよ」
ロザリンは赤くなった頰を手で隠しながら、困ったようにアンジェリカに視線を送った。
「フフ、ここは素直にありがとうと言った方がいいわよ、ロージー。私もお二人と一緒に過ごせて嬉しいわ。アルトワのいい思い出になったもの」
楽しげに答えるアンジェリカにほのぼのとしたしていた時、エマが思い出したように、リディアを見かけなかったかとセシリアに聞いた。
エマの問いに、アンジェリカの側に控えていたセシリアがきっぱりとした口調で否定した。
「それが、気をつけてはいたんですが見かけませんでした。ですが人が多すぎて、しかも町が近づくにつれどんどん増えておりますので見落としているかもしれません」
「・・・そうですか。リディアの行動は予想がつきませんからねえ。何事もなければいいんですが」
エマの言葉に三人が頷いた。その言葉が終わらないうちに、人混みが割れてリディアがひょっこりと顔を出した。セシリアが慌ててアンジェリカ達を庇うように前に出た。
「なあに?あたしを呼んだ?」
「リディア嬢!なぜここにいるんだ?」
セシリアが厳しい口調で問うが、リディアは気にせずサラリと答えた。
「なんでって、だってあたしが本来の娘だもん。山車に乗るために来たに決まってるでしょう?アンジェリカ様、あたしの代わりをしてくれてありがとうございました。もう降りてもいいですよぉ」
リディアはにっこりと微笑み、用意された果実水を当たり前のように手に取った。
「急いで追いかけたから喉が渇いちゃった」
一気に飲み干すと、フルーツを一切れ口に放り込んだ。
「ここはあんたが来る場所じゃないでしょ!」
エマがロザリンの前に出てリディアを叱った。
「そんなに怒んないでよ。シワが増えるわよ」
「ね、姉さん!急にいなくならないでよ」
エマが言い返そうと口を開きかけた時、ルイスが人混みを掻きわかけてリディアの元にやってきた。
「あっ、王太子妃殿下、ロザリン様、エマさん、姉が乗り遅れてしまいご迷惑をお掛けしました。どうもすみませんでした」
ルイスはペコリと頭を下げた。エマは気勢を削がれて口を閉じ、セシリアは片方の眉を上げてルイスを睨んだ。
「悪いが、君が何を言ってるのかわかないな。リディア嬢は問題を起こして昨夜から謹慎していると聞いている。もしや脱走したのかと疑ってるんだが?」
「えっ?脱走って?問題って何?ね、姉さん、一体何をやらかしたんだよ?乗り遅れたんじゃないの?」
ルイスが慌てているのを気にした様子もなく、リディアはお菓子を摘まんではパクパクと口に放り込んだ。




