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ヘンドリックの決意5


「さ、さすがヘンリーの婚約者だって!きれいだって言われたかったのぉ。ヘンリーに相応しいって認められたかっただけなのに、何がいけなかったのよぉ!うわあああぁん」


 小さな子供のように泣き出したリディアを止めも慰めもせず、ヘンドリックは疲れたようにその様子を眺めた。


「二人とも静かにしなさい」


 司教の威厳ある声に、リディアはハッとして泣き声を飲み込んだ。そして助けを求めるようにヘンドリックを仰ぎ見た。

 ヘンドリックは目も合わせず、耐えるように口を引き結んで、壁に掛かっている女神の奇跡が描かれた宗教画を見つめた。


「リディアよ、神事を妨害した罰は受けねばならぬ」


「イ、イヤよ!何であたしが!!」


「そうだな。今までこのような不祥事を犯した者はおらぬから罰の規定はないが、今後同じような輩が出て来ぬとも限らぬ。出来れば二度と起こらぬよう厳罰に処したいと思うが、其方(そち)には目に見える罰を与えても意味がなさそうだな。罰とは罪人には反省を、周囲には抑止力となるものでなければならぬ、が、どうしたものかのう」


 司教は顎を撫でながら、ゆっくりと、言葉を選んで話した。


「リディアよ、反省は強制されてするものではない。自ずから気づくものだ。よって罰の期限は決めぬ。フーム、其方(そち)には正の罰と負の罰、どちらがより効くであろうな」


「な、何よ?一体何を言ってるのよぉ?」


 リディアは不安気に司教とヘンドリックを交互に見た。


「わからぬのか?罰としてより反省を促すものは何かを考えておる。そうじゃなぁ、リディアよ、其方にはこれから無期限で、この寺院に併設しておるマリア修道院での奉仕を行って貰おうか」


「ええ?なんだぁ、そんな事でいいの?もっと厳しい罰かと思ってたから拍子抜けしちゃったぁ!フフ、いいわよ!毎日ここに来て奉仕活動すればいいんでしょ?」


 リディアはホッとして顔を綻ばせると、ヘンドリックに笑いかけた。司教はその様子に眉根を寄せ、釘を刺すように言葉を続けた。


「何か誤解しておるのではないか?其方には修道女見習いとしてここで暮らしながら、生活するほとんどの時間を女神様への祈りと奉仕活動に充てるのじゃぞ?常に女神様に祈りながら己のした事を顧みるがよい」


「ええ?何ですって?ここで?そんなのイヤよ、イヤ!!何で家を出ないとダメなのよぉ。ヘンリーと離れて暮らすなんて耐えられない!!ねえ、お願いします、司教様。もっと違う罰にして下さい。他の事なら何でもしますから!ねえ、お願いしますったらぁ!!」


 一度は受け入れかけたその罰を、それだけはやめて欲しいと必死に懇願したが、司教はすげない態度でそれをいなした。


「何故お前の頼みを聞いてやらねばならぬ。生涯修道女として過ごせと言っておるのではない。先程申した通り、反省すれば元の生活に戻ればよい」


「だって、そんなのいつ許して貰えるかわからないじゃない!!」


 黙って聞いていたヘンドリックがリディアに手を差し伸べて立たせた。


「司教、リディアが犯した罪の重さは重々承知している。二度と起きてはならぬというのも尤もだ。だが、その罰を課すのは祝祭が終わってからにしてくれないだろうか?」


「なぜですかな?」


「理由は言えない。だが私の名誉にかけて、必ず罪は償わせると約束する」


「えっ?何?どうしたのヘンリー?帰れるの?そうでしょう?帰っていいのね?嬉しい!やっぱりヘンリーって頼りになるわ!!好きよ、大好き!!愛してるわぁ」


 ヘンドリックに抱き着こうと腕を伸ばしたが身を引かれたので、その手を掬い上げて両手でギュッと握りしめた。そして感激の涙を流しながら何度も何度もお礼を口にした。


「何を喜んでいるんだ?まさか聞いてなかったのか?」


「もちろん聞いてたわ!あたしのために罰を受けるのを先に延ばしにしてくれたんでしょう?違うのぉ?」


(そして、いつもみたいに罰をなかったことにしてくれるのよね?)


 リディアは心の中で呟いた。ヘンドリックはいつだってリディアに悪いようにはしなかったからだ。


 その答えにヘンドリックは大きく息を吐いた。


「違わ、ない、な。だが罪がなくなった訳でも、罰を受けない訳でもない。先延ばしにしただけだ。そしてそれには理由がある。単純に喜ぶものではないと思うが?」


 素直に喜ぶリディアを見ていると罪悪感がこみ上げてくる。これから先、二人の進む道は交差する事がないのだと、それぞれの道を歩むのが互いのためになるのだと説得する作業を思い、ヘンドリックは眉間を押さえた。


「ねえ、早く帰りましょうよぉ。あたし疲れちゃった。家でゆっくりしたいのぉ!」


 リディアは眉根を寄せる司教には目もくれず、弾んだ声を上げてヘンドリックの腕に手を絡めると、部屋を出ようと誘った。ヘンドリックはソッと手を払いのけると、司教に向き合い頭を下げた。


「ヘンリー、何をしているの?王族は簡単に頭を下げないって前に話してたじゃない!!」


 リディアが不思議そうにヘンドリックの顔を覗き込んだ。


「なぜ頭を下げるのかわからないのか?ならいい。もう君と話すのは疲れた」と小さく息を吐いた。


「司教、私の我儘を聞いてくれて感謝する。そして必ず約束は守る。では失礼する」と言うと、ヘンドリックはもう一度頭を下げた。リディアも「反省してます。ごめんなさぁい!」と形だけの謝罪をした。司教も疲れた様子で深い溜息を吐くと、ヘンドリックの目を見て念を押した。

 

「ヘンドリック様、約束を違えませぬように」


 その言葉を受けて、二人は部屋を出て行った。



♢♢♢♢



 聖マリア寺院前は人通りがまばらだった。華やかに飾られた山車もなく、用事を済ませようとする人が急ぎ足で行き来している。リディアは不思議そうに辺りを見回した。


「ねえ、なんでこんなに人が少ないのぉ?」


「パレードがスタートしたんだろう」


「ああっ!あたしが乗るはずだったやつね!!そんな、もう出たなんて」


 リディアは悔しそうに顔を歪めて町の方角を眺めた。


「もう君には関係がないだろう?さあ、私達も帰ろう」


「イヤよ!ねえ、あたしパレードが見たいの、ダメ?」


 可愛らしく小首を傾げたリディアが、甘えた声を出してヘンドリックを見上げた。ヘンドリックは目を合わせないように顔を逸らして首を横に振った。


「嫌な思いをするだけだと思うぞ?それより、私はリディと話したい事があるんだが」


 リディアはその言葉を無視して、確認するように口を開いた。


「ねえ、それより、あたしに罰を受けさせるなんて、そんな酷い事考えてないよね?先延ばしにしたのはうやむやにするためでしょう?今までだって、そうやってあたしを守ってくれたもの」


 ヘンドリックは毅然とした口調で「今までのようにはいかない」と答えた。


 リディアは人差し指を頬にあててキョトンとした顔をした。


「ねえ、よく聞こえなかったんだけど、あたしを庇ってくれたんだよねぇ?」


 リディアに見つめられて、ヘンドリックは覚悟を決めたように口を開いた。


「いいや、今の私には庇う力もないし、もしあったとしても庇わない。リディ、花祭りは国の祭りだ。学園祭と同じ様に考えてるんじゃないだろうな。それに、もはや私も王太子ではない。君が求める力を今の私は持っていないんだ。わかってるのか?」


「で、でも、あなたは王太子のお兄さんで、王家の一員じゃない!!きっと、ヘンリーが命令すれば司祭様だって聞いてくれるわよ」


「まだ言ってるのか?いい加減にしてくれ」


 リディアは腕組をすると、プッと頬を膨らませた。


「あたしを守るって言ったじゃない!!教会でもそう誓ったわ。ねえ、あれは嘘だったの?あたしを騙したの?答えてよぉ、ヘンリー!!」


 ヘンドリックは言葉に詰まった。


「あたし、グレアム様から嫌がらせを受けたのよ?あんな酷い言葉、花祭りのナルを踊る前に言う事じゃないわ!激励の声かけの時に言ったのよぉ?ねえ、酷いと思わないのぉ?あたしの言う事を信じてくれないばかりか守ってもくれないなんて!その上罰も受けろだなんて、ヘンリー酷い!!」


「ねえ、お願い。罰を受けるのはイヤよ。それに罰ならもう受けたわ。女王の娘をやらせて貰えなかったもの。それに山車にも乗せて貰えないなんて。ねえお願いよぉ、あたしが娘に選ばれたのよ?それなのに乗ってなかったら変でしょう?ねえお願いよぉ、どうにかしてよぉ!」


 ヘンドリックに縋りつくようにお願いしたが、顔を背けて頷く事はなかった。


「もういい!!ヘンリーなんか知らない!」


 リディアはヘンドリックに背を向けると、肩を怒らしてパレードの後を追った。ヘンドリックは大きく溜息を吐くと、その後ろ姿にやれやれと肩を竦めて歩き出した。




 ゆっくりと進む山車の最後尾が見えてくると、リディアは歩く速度を上げた。ヘンドリックが機嫌を取りに来てくれないかと期待をしたが、そんな様子は微塵もなかった。


(今までと全然違う。ヘンドリックは本気なんだ。本気であたしに罰を受けさせるつもりなんだわ)


 リディアはイライラと爪を噛みながら、山車を追う人の中に紛れた。賑やかな音楽が流れ、楽し気にさざめく人の波の中で、リディアは孤独と不安を感じていた。


 ヘンドリックに怒られるのも、罰を受けるよう諭されるのもイヤだった。あれほど家に帰りたいと思っていたが、今は帰りたくなかった。話し合いをすれば取り返しがつかなくなる予感がして、素直に応じられなかった。


(どうすればいいの?どうしたらヘンリーが機嫌を直してくれるの?それに罰も受けたくないわ)


 リディアの不安をよそに、皆、山車に乗る花の乙女達が投げる花や花びらを掴もうと手を伸ばしたり、山車の横を歩く乙女達に話しかけたりと、のんびりと楽し気について歩いていた。

 




 




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