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前編

 立成19年10月。


 星花女子学園体育館で行われたハンドボールの試合で、黒のユニフォームが躍動していた。


「おりゃあ!」


 腕を伸ばして相手選手が放ったシュートを弾き飛ばすと、二階のギャラリーからキャーッという甲高い歓声が轟いた。


 地力は相手チームの方が上回っている。容赦なく波状攻撃を仕掛けてくるが、キーパーの緩鹿(ゆるか)リタは蜘蛛を彷彿させる長い手足を駆使してゴールを割らせなかった。


 一点差で星花女子学園がリードし、試合時間が残り一分を切る。相手校が必死に最後の攻勢を試みる。右サイドが後衛を突破して、跳躍してボールを叩きつけるようにゴール目掛けて投げてきた。


「えいっ!」


 またもやボールがリタの手で阻まれる。フィールドプレイヤーのユニフォームがスクールカラーの撫子色なのに対して、リタのキーパーユニフォームは上下とも黒色である。それが長身で筋肉質のリタにはよく似合っていた。


 ボールが別の選手の手に渡る。リタは右サイドに対応していたためスペースができており、そこを目掛けて間髪入れず攻撃してきた。


 リタは飛び蹴りするような仕草で、ボールを迎え撃った。つま先に当たって軌道が変わったボールは、ゴールの遥か上を飛んでいった。


 ここで試合終了を告げるブザーが鳴る。


「うおおおお!!」


 リタは吠えて拳を振り下ろした。強豪校相手にゴールを守りきり、ひたすら達成感に酔いしれていた。


 *


「リタさま! 昨日の試合とっっっても素敵でした!」


 ファンの子たちに寄られたリタは、試合のときとは違う柔和な笑顔を見せた。


「ありがとう。嬉しいよ」

「あっ、あのっ、良かったら受け取ってくださいっ! みんなからの気持ちですっ!」


 代表の子が赤面しながら紙袋を差し出してきた。


「ありがとう!」


 リタにしてみれば普通に応対しただけなのだが、その子は軽く失神しかけたものだから、ちょっとした騒ぎになりかけた。


 ファンの子たちを引き取らせて教室に戻ったリタは、紙袋の中身を覗いてみた。


「チョコレートが入ってる……バレンタインデーまでまだ四ヶ月あんのに」


 リタは甘いものが苦手である。だが試合の場を除いては優しい性格をしているリタは無下に断ることができなかった。


「あ、タオルも入ってる。こっちの方が助かるんだよねー」

「リタちゃん、またファンから貰ったのー?」


 クラスメートであるリタの友人がからかうように声をかけてきた。


「うん、まただよ。あはは」

「リタちゃんってすんごいモテてるよねー。国際科に緩鹿リタ有りって言われてるぐらいだし」

「いやいや、そんな大したモンじゃないって」

「でもこの前、新人戦トーナメントとは言え強豪校を倒して優勝したんでしょ? さすがバレーの白峰先輩、ソフトボールの下村先輩に次ぐ三代目の球技女王候補って呼ばれてる程のことはあるわ」


 両先輩の伝説級の活躍ぶりは入学当初から聞かされている。自分がそのレベルにまで到達しているとは思ってはいないが、比較対象に挙げられるのは悪い気はしなかった。


「両先輩は攻撃力で鳴らしてたけど、リタちゃんは防御力が凄いもんね。両先輩と違った持ち味があるのはアドバンテージだよ」

「そこまで褒められると照れるなあ」

「あと、普段は温厚なのに試合になると獰猛になるとか、そのギャップがたまらないってみんな言ってるもんね」


 褒めちぎられたものだから体中が痒さを覚えはじめた。


「まあ、あんたって変な性格だよねって先輩に言われちゃったことはあるけど……」

「全然変じゃないよ。リタちゃんぐらいで変って言われたらあの子たちなんか、ねえ?」


 友人が目線をやった方、窓側の席を見やると、アホ毛の生徒がお手製のハンドアックスでどんぐりを潰していた。縄文時代マニアの彼女は打製石器や磨製石器を作るのが得意で、よく拾ってきたどんぐりを潰しておやつとして食べている。一番後ろの席では生え際から毛先にかけて茶色から黒のグラデーションをしたロングヘアーの生徒が栄養ドリンクの瓶に何か変な液体を入れていた。彼女は苗字が三瓶(さんぺい)だからというわけではないが、瓶に何か執着があるらしかった。


「う、うーん……個性的ではあるかな」


 リタは言葉を選んだ。


「まあ、個性的と言えばもっと凄いのが――」


 突然、廊下側の窓から何かが飛び込んできてゴロゴロと転がり、近くにいた生徒がきゃーっという悲鳴の声をあげた。


 やや遅れて、ドアから二人の生徒がなだれ込んできた。それぞれの服装は柔道着と袴である。


「さあ須賀野さん、今日こそ観念なさい! 我が柔道部で頂きを目指すのですわ!」

「守! 君のストイックな姿勢は我が合気道部に必要だ。考え直してくれないか!」


 友人が「橘さんと沙羅先輩!?」と素っ頓狂な声を出した。


 橘桜芽(たちばなおうが)御神本沙羅(みかもとさら)は武道系部活のトップツーと呼ばれている。柔道部の桜芽は凄まじい怪力の持ち主で一年生にしてインターハイ個人戦に出場し、優勝をかっさらった。その桜芽と唯一互角に渡り合える力を持っているのが合気道部の御神本沙羅である。


 そして、教室に飛び込んできた者――須賀野守(すがのまもり)がゆっくりと身を起こした。リタほどではないが、彼女も170センチを越える長身の持ち主である。


「くどい! 私は部活に興味はないと何度も言っているだろう!」


 守は威圧感のある声で一喝するも、相手は百戦錬磨の強者、まったく動じる気配がない。


「貴重な三年間を風紀委員のままで終わってしまっていいのですか!?」

「余計なお世話だ」

「君の才能を埋もれさせたくないんだ。このとおりだ、頼む!」

「頭を下げられても困ります。鍛錬は自分で行っていますのでお構いなく」

「そうか……ならば致し方ない。桜芽」

「はい」


 桜芽と沙羅が構えを取った。これから何をしようとしているのか容易に想像がつく。


 守は後ずさり、二人がにじり寄る。そのまま外側の窓際へと追い詰められてく守。


 そのとき、守が声を上げた。


「先生!」


 守が叫んだ。二人はドアの方に振り向くが、教師も誰もいない。その隙をついて守は、窓を開けて飛び降りた。


 高等部国際科、1年7組の教室は二階にある。


「やめろーっ!!」


 沙羅が呼び止めたが時既に遅し。リタも慌てて窓の方に駆け寄って下を覗く。


 見事な着地であった。両足を上手く使って衝撃を和らげ、その反動を利用して勢いよく駆け出していった。


「ぐぬぬ、また逃げられてしまいましたわ!」

「いや、真心をこめてぶつかっていけばいつか必ず……!」


 桜芽と沙羅は目を輝かせていたが、リタはただ呆れるしかなかった。


「相変わらず無茶苦茶な子だ……」


 須賀野守。彼女は国際科の中でキャラクターが一番濃いと言われている生徒だが、今しがたの出来事の中ではその片鱗を一分も見せていない。


 彼女は様々な伝説を起こすのだが、その一つを後編で紹介する。

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