夏の日の帰り道(利き文大会より)
夏の日の帰り道というテーマで利き文大会に参加した際に提出したものです。
夏の日といえば青春だろうということで、そういう作品を書きました。
その日、観測史上最大と言われた大雨が降った。
そんな日に限って、彼女は傘を持ってきていなかった。曰く、寝坊して天気予報を見逃したらしい。だから仕方がないと、照れくさそうに僕に何度も言った。
彼女の家は僕の家から近いし、風邪をひかせるわけにはいかないと思い、一緒に帰ろうと誘った。
途中の道で、沈黙が気まずくなった僕は、「君が傘を忘れるなんて珍しいね」と声をかけた。彼女は一瞬だけ顔を曇らせて、小さく頷いた。それから直ぐにこちらを向いて、はにかんだ。
それからまた沈黙が続いて、彼女の家に着いた。彼女は「待ってて」と言って、僕を玄関に招き、中へと入っていった。そぅと見渡すと、窓の近くで金魚が育てられていた。丸々とした金魚と透明な水。
見とれていると、彼女がトートバッグを持って戻ってきた。
「え?この雨の中買い物に行くの?」
「そんなわけないじゃん、君の家に行くんだよ。優等生である私が勉強を教えてあげるよ」
「特に苦手なわけではないんだけど」
「うるさいな、こういうご厚意はしっかりと受けるのがマナーだよ」
僕は勉強を教えてもらうことになった。
「ちょっと待っててね」
急いで二階の自室へ駆け上がる。部屋を片付ける必要がある。食べかけのプリンのゴミやゲームのコントローラーが床に散乱している。
10分程待たせて彼女を迎えに階段を下りる。
「随分と遅かったね、泊まる準備をしようかと思ったよ」
「泊まらせないよ、ていうか年頃の娘がそう言うことは言わないでください」
彼女はふふっと笑って、「じゃあお邪魔します」と呟いた。彼女が靴を脱ぐのを見届け、階段へ先導する。振り返ると靴を揃えているようだった。
部屋の扉を開け、彼女に先に入ってもらう。
入るなり「いえーい!」とベッドに飛び込まれる。そして枕に頭を埋めて、モゴモゴと話す。
「いい匂いするねぇ、ファブリーズしたの?」
「……しましたけど。てかやめて!」
「えぇ、どうしてよー。褒めてるじゃん」
「そういう問題じゃ、というか勉強しようよ」
「そうだったそうだった」
何か分からない教科はある?そう言いながら彼女はバックから筆箱と辞書を取り出す。
強いていうなら数学かな。と答えると、彼女は了解した!と言いバッグから参考書を取り出した。
「何処が分からないの?」
「微積分が難しいとは思うけど」
「あそこは面倒だからねー、まぁ慣れたら楽勝だよ……」
数時間後、僕はしっかりと彼女に勉強を教えてもらっていた。
「これで範囲は一通り終わったね」
「思っていたより分かっていなかったみたい、助かったよ、ありがとう」
「私は君が分かっていないことを分かっていたからね」
「無知の知みたいなこと?」
「つまり、そういうことだ」
「分かってないでしょ」
そんな馬鹿みたいな会話をして、彼女は帰っていった。すごくためになったし、何よりも楽しかった。
「ここだけの話ね、私は今日、態と傘を持ってこなかったんだ」
彼女は玄関をしめる前、そう言い残していった。僕は上手く答えることができなかった。
それから、僕たちは一緒に帰るようになった。付き合っていないし、そんな予定もない。ただ、共に話すだけの関係。そんなフラットな関係が今はとても心地よい。




