ここでホントーに語りたかったこと③ ボクのことは嫌いになっても、『なろう』のことは嫌いにならないでください。(って、若い人はコレの元ネタもわからない……かな?)
さて……失礼無礼の限りを尽くし、連載は展開を続けました。
『なろう』のランキングを批判する“書き手”の皆さんに、展開は及びました。
これは、意識としては『なろう』批判をする人への意識と同じです。
彼らは、ランキングの批判をすることで、遠回しにそーゆーものを書きたいと思う人たちの指をすくませたと思ってましたから。
で、『なろう』での“感想を書くこと、書く人”へと論は進みましたが……。
相変わらずの論調で。
これが……困りましたねぇ。
ボクが連載を始めたきっかけ的な動機は、ある方へ書かれた感想だったと述べましたが、そこにはボクの側に多分な誤解があったことも述べましたね。
論調は、相変わらず失礼無礼を貫き通しましたが、それは、感想というもの(または、書く人)の“権威的なものを破壊し尽くす”ことが目的でした。
『なろう』は、“たくさんの作品が集まる【交流サイト】”だから、“権利“や”自由”が持ち出されることは不粋だし、交流サイトなのだから一方的な“権威”的なものは存在しない。
そういう視点を提議することは、成功した……とは思います。
思いますが……ねぇ……。
落ち着いて見回せば、ボクの巡り合い運がいいからか、ボクの交遊範囲が狭いからか、ボクが「オイオイ、これは……」と思う感想がね……見当たらないんですねぇ……。
となると、居もしない敵を念頭において、周りに不快な想いをさせながら、声を張り上げてたことになる。
そーなると、この場合、ボクが“害悪”ということになるんですねぇ……。
有害なドン・キホーテというか。
認識を変えることが目的だったとはいえ、その論は、ちゃんとした感想を書いていた人でさえ、物語を読むこと、感想を書くことに及び腰になってもおかしくないものでしたからねぇ……。
その代償に比べての成果が、「そもそもそれらしい敵が見当たりません」じゃ……『なろう』がたくさんの人に利用してもらい、“人が集まることが利益の基本”なことを合わせれば、ボクがもう、“害悪”だなぁ……。
どうしよう?
そこらの石をひっくり返したら、良くない感想を書く人がウジャウジャ隠れてるとか……あり得ないですよぇ……。
ふう。
あ!
批判という論や主張をする作品を書く人の指を、批判によってすくませることの是非!
批判に批判が対することの是非の話をしましょうか?
「おまえ、逃げんのか!」
(イメージボイス クレヨンしんちゃん)
いやいやえ、戻って来ますって……。




