最終電車の相棒
今日もクソ上司のせいで残業。
すっかりお馴染みになった最終の電車は、もはや俺の為だけに運行してくれているんじゃないかとさえ思えてくる。
向かいの窓に映る顔には生気がなく、死んだような目で俺を見ていた。
「次の駅は〇〇です――」
アナウンスが聞こえた。
ということは俺の相棒が乗って来る。
相棒と言っても実際は名前も歳も知らない。話した事さえない。俺が勝手に呼んでいるだけで、いつも次の駅から乗って来る俺と同じように目が死んだサラリーマンのことだ。
電車が駅に着きドアが開く。
一人の男が乗車して俺の目の前に座った。
相棒だ。
だが今日はなにやら様子がおかしい。いつもはくたくたの安っぽいスーツを着ているのに今日は上下スウェットというラフな格好だ。手には鞄ではなく紙袋を抱えている。
しかしそんなことよりも俺が一番の衝撃を受けたのは相棒の顔だった。
いつもはどんよりと焦点の定まらない目をしていたのに、今日の相棒の目は星を散りばめたようにキラキラと輝いて、上がった口角は今にも歌い出しそうなほどだ。
俺は思わず相棒の顔をまじまじと眺めてしまっていた。するとそれに気付いた相棒が俺に軽く会釈した。
「す、すみません……」
「今日も残業ですか?」
驚いた。相棒が俺に話し掛けて来たのだ。
「は、はい。もう半年以上こんな感じで……」
「知ってますよ。いつもこの時間の電車に居ましたもんね」
あまり人の乗っていない最終電車。向こうも俺の事を認識していた。
「あの、失礼ですけど。お仕事を変えられたんですか?」
スーツを着ていない相棒がどうしても気になり俺は質問した。
「あ、この恰好ですか。これはちょっとした気分転換ですかね」
そう言い相棒は笑った。こちらまで楽しくなってしまうような良い笑顔だ。
「凄いですね。たったそれだけでそこまで変われるなんて」
「いえいえ、この恰好はどうでもいいんです。私が変えたのは自分自身の意識ですよ」
「意識?」
「はい。どうしもならないと思い込んでいたものを、どうにでもなると思うようにしたんです」
「それだけですか?」
「はい。それだけです」
意識を変えるだけ。それだけで今はとてもハッピーだと相棒は笑う。
相棒の話を聞いているうちに俺も相棒のように意識を変えてみたいと思った。
もうすぐ降りる駅だ。相棒との楽しい会話もあと少し。
「私もあなたみたいに変われたらいいんですけど……」
「そんなことは無いです。私が見たところあなたは既に変わっていますよ」
「そうですか?」
「はい」
電車が駅に着き俺は相棒に会釈をしてホームに降りた。
電車が発車する時に俺はもう一度相棒に会釈をした。相棒は笑顔で俺を見ていた。
翌朝。テレビを見ているとオフィスビルの一室で男性が惨殺された姿で見つかったというニュースが流れていた。第一発見者の証言では床が血の海になっていたという。
そんなことより、そろそろ会社に行く時間だ。
俺はスーツを羽織りテレビを消した。
真っ暗なテレビ画面に映った俺の目は星を散りばめたようにキラキラと輝き、上がった口角は今にも歌い出しそうで――手にはスウェットを詰め込んだ紙袋を抱えていた。