北の大地にて
それなりに、簡単な仕事のはずだったのに。
クラスDの上位パーティーが仕事中、ちょっとしたトラブルがあった。
魔獣との戦闘で水筒が壊れてしまったのだ。
飲み水の確保のため、街に戻る道から外れ、温水湖まで向かう途中。
吹雪が強まったので、洞窟に避難しようとさらに道外れた先。
そこで、未発見だった遺跡を見つけたのだ。
これは偶然だが。上位クラスのベテランたちから話を聞いていた彼らは、ちゃんと目印を残しながら街まで戻ってきた。
経験者の体験談が活かされたワケだ。
まずは周囲の状況を把握するために上位クラスのパーティーが派遣されることになった。
一応、道案内をしてくれるクラスDパーティーの護衛も付けようと、クラスAとクラスBのふたつのパーティーが。
中を探索するワケじゃない。
軽く見回りをして、帰るだけだったんだ。
避難所までひとりも欠けることなくたどり着けたのは幸運だったと思う。
洞窟の奥に建てられた小屋が、そのときの僕らにはこれ以上ないくらい頼もしく見えた。
……。
「2日。まだ吹雪が止まぬか。まさか魔力乱流に巻き込まれるとはのぅ」
口調はいつも通り。
だがランプの光が照らす表情は……たぶん、悔しがっているのだろうか。
術師ネルガ老といえば、僕たちの拠点であるプロミネーズ東区でも知恵者として有名だ。
クラスAマジシャンでありながら、魔力乱流の兆候を察することができなかったことを気にしているのだろう。
「しっかしよぉ、ネルガの爺さんが見逃すってな珍しいよな。コイツはただの魔力乱流じゃねぇのかもよ?」
「そうですねぇ。これだけの規模ということを考えても、いくらなんでも唐突過ぎますよねぇ」
それは気遣い故の言葉ではない。
今回の魔力乱流の発生は明らかに異常だ。
……。
バキンッ、と大きな音が鳴り響く。
おそらくは洞窟の壁面に大きな氷剣がぶつかって砕けたのだろう。
クラスDの若いハンターたちが音に怯えて声を上げた。
ムリもない。
悪天候……吹雪と魔力乱流が重なると、大気の魔力に偏りが生じ氷の塊が発生する。
そして、乱れた魔力の流れによって鋭い剣のように削れた氷が、強烈な吹雪に乗って襲いかかってくる。
あの恐怖は、僕たちベテランでも生きた心地がしない。
しかも、今回のは特にひどいモノだった。
幸いにして致命傷こそ免れたけれど、荷物の大半を失ってしまったのは手痛い。
せめてもの救いは、こういうときのギルドの対応が早いことだろう。
明日の朝にはギルドからの救助依頼が張り出されるはずだ。
問題があるとすれば……はたして、救助まで体力がもつのかどうか。
吹雪の剣から身を守るため、だいぶ霊気を消耗してしまった。
そして当たり前だが、救助隊が結成されたからといって目の前に突然現れるワケがない。
それに、暴雪が止まらなければ救助隊だって迂闊には動けない。
結局のところ、天候が安定しなければ……だ。
せめて、火が欲しい。
小屋に備えられていた木製の食器はすでに灰になっている。
まさか壁を剥がして燃料にはできない。
身に付けている衣類なんて論外だろう。
ランプの燃料が魔導水晶でなく油なら……いや、さすがに暖房はムリだな、うん。
……。
「……おい、誰か来るぞ」
「おいおい、大丈夫か? 斥候役のテメェが正気を失ったら、いよいよアタシら終わりだぜ」
「空耳じゃねぇし幻聴でもねぇ。ひとり。音が重いのは荷物か。しかし……馴染みのない音だ」
「ますます意味がわかりませんねぇ。この時期この辺りをひとりで……他所の地域の方ですかねぇ」
「それならそれで意味がわかんないッスけどね。……あ、オレも気配捕まえたッス。フンイキは盗賊とかではなさそうッスけど」
とりあえず危険な人物ではない、かもしれないと。
だが念のため僕たちで対応するべきだろう。
ふたつのパーティーをなるべく奥に避難させ、新たな遭難者を迎える。
できるなら、戦闘は避けたいところだが、果たして―――。
……。
僕は今日ほどシチューを美味しいと感じたことはないと思う。
涙目で勢いよく食べる者もいる。
助からないかもしれない……そんな想像が膨らんでいたところだったからね。
泣きそうな気持ちはよくわかるよ。
訪問者はデュラン・ダールと名乗った。
フードの下から出てきた顔はずいぶん若い。と、思ったんだけど……僕より歳上なのか……。
世界を旅しながら術式の研究をしているらしい。
少し前までフィンブルム王国にいたが、王族貴族を後ろ楯に持つ大規模クランと揉めて逃げてきたのだとか。
ある日突然、ブルム帝国のスパイ扱いされた……と。
……さて?
(嘘は言ってないな。だが言葉を選んでる。それに、国に目を付けられたにしては悲壮感がゼンゼンねぇ。悪党じゃねぇかもしれねぇが、コイツは間違いなく曲者だゼ?)
国に追われる状況を楽しんでいるのか。
僕には理解できそうもない感覚だな。
……。
彼をどれだけ信用していいのかは不明だが、事実として命が繋がったのは確かだ。
たっぷりお腹一杯の食事で体力も回復したし、これなら霊気も自然に回復していくだろう。
さて、今後の予定を話し合うとしよう。
大人しく救助隊を待つか、吹雪がおさまるのを待って動くか……って、デュラン……さん?
「おい、待てよテメェ! まだ外に出たらアブねぇぞッ!」
「仕方ないだろう? このまま救助隊を待っても期待は薄いだろうからな」
デュラン、さんが言うには。
この魔力乱流は自然発生したものではない可能性がある。
このまま救助を待っていても事態が好転しないかもしれない、と。
そんなバカな……と、思いはあっても口にできなかった。
術師たちがデュランさんの言葉に食いついたから。
互いに頷き合い、代表してかネルガさんが質問する。
「なぜそう考えたのか……聞いてもよいかの?」
「地下を……龍脈を流れる魔力に異常が起きている。御老、龍脈の魔力は探れるか? 方向はそっちだ」
「なに……? なるほど、どれ」
ネルガさんの表情が、滅多にない険しいものに変化した。
その変化を、僕も、みんなも、納得するしかなかった。
なぜなら、デュランさんが示した方向は。
コンパスと照らし合わせたその方向は。
まさに、僕たちが調査に向かった遺跡ダンジョンがあった方角だからだ……!
「……む……ぬぅッ!?」
「ジイさんッ!」
「お、っと……ふう、スマンな。たしかに……たしかに龍脈が乱れておるな」
「ああ。原因となる何かが向こうにあるのか、もしくは」
「もしくは?」
「原因となる何者かが向こうにいるのか、だ」
何者かが。
こんな規模の魔力乱流を作り出せる何者か……だって?
それは―――。
同じようなことを想像したのか、仲間たちは黙りこんでしまった。
しかし、そうか、もしそうなら吹雪が止む可能性は難しいのかもしれない。
「ところでデュランさん。外へ向かわれるのはよろしいのですが、どうやって氷剣を防ぐおつもりなのですか?」
「そんなことか。術師が問題解決に使うものなど決まっているだろう?」
……。
快適、だな。
さすがに世界を旅して術式を研究しているだけある。
「スゲーなぁ。ぜんぜん寒くねぇわ。氷剣が近くを通ってくのはちと怖いけどよ」
僕らの周囲には、赤と緑の霊気で産み出された蝶々が飛んでいる。
その羽根をよく見れば、細かい式陣で組まれている。
火の霊気で温度を保ち、風の霊気で氷剣の動きをある程度コントロールしているらしい。
さすがに視界は晴れないが、それもコンパスと術師たちの霊気探知で解決できる。
人の集まる場所はそれだけ霊気も強い。
魔力乱流のせいで楽ではないが、デュランさんのおかげで探知に集中できるので大丈夫だと言われた。
歩き始めて数時間。
遺跡ダンジョンから充分に離れることができたからだろう。
横殴りの激しい吹雪はおさまった。
休憩を済ませ、さらに歩くこと数時間。
空には晴れ間すら見える。
そして―――。
「おぉーーーいッ! 大丈夫かぁーーーッ!?」
「帰ってきたぞッ! 調査に出てたハンターたちが帰ってきたぞぉーーーッ!!」
その格好から、たぶん僕らの救助依頼を受けたハンターたちだろう。
帰ってきたんだ……。
僕たちは、無事に、帰ってこれたんだ……。
さすがに今回は疲れた、なぁ……。
本音を言えばすぐにでもベットに飛び込んで眠りたい。
だが区長への報告は一番クラスの高い僕らの役目だ。
まったく。
新しい遺跡ダンジョンの様子を見に行くだけの簡単な仕事だったはずなのに。
さてはて、一体なにから報告したものだろうか?
とりあえずデュランさんのことについての説明は……術師に任せてしまおうかな。




