鵺の闇界・その2
「ボルバン。貴様が英雄の剣を気にかける気持ちは理解している。だがな、物事には限度があれば限界もある。なにより、貴様の風評にも関わってくるからな……」
久しぶりの貴族の説教だ。
今回は麦酒も米酒もないところをみると、それなりに本気らしい。
ちょいと森の牙のヤツらの指輪を取り戻しに王都に来てみれば、あっという間に捕まっちまった。
ま、これも日ごろの行いってヤツだからよ、仕方ないっちゃそうなんだが。
自分でも甘いとわかっちゃいるんだが、なんとかアイツらを昔のように戻してやりたいという思いが捨てられない。
英雄の剣が、そしてゴールドナイツのハンターたちが人々に取り返しのつかないことをやらかしていることも知っている。
それでも、今からでも、と。
依頼のお得意様の貴族たちだけでなく、他のハンターからも呆れられてるというか、諦められている。
ありがたいと思う反面、さすがに自分が情けないって気もするが……ハハッ……はぁ。
それに、他に面倒見てたハンターやパーティーまでアイツらのクランに参加しちまっているからなぁ。
よくまぁ責任追及とかされなかったよな、俺。
「閣下ッ! 大変ですッ!!」
「何事か!?」
お、珍しいな。
いつも礼儀正しい兵長がノックもしないで部屋に飛び込んできた。
……また、アイツらが悪さしたんだろうか?
「英雄の剣の連中が―――」
……。
どれだけ悪評があろうとも、それと戦闘力は別の話だ。
だからその報せを聞いたときは耳を疑った。
そりゃ、たしかにアイツらは未だにエーテルウェポンを開放できずにいる。
だが質はともかく数が違う。
入手経緯はまぁ、その、アレだったりするが、それでも数が揃えば強いモンは強い。
それが……たったのひとりに?
俺が広場に到着したときには、状況はすでに決着していた。
現場に散らばる大量の、エーテルウェポンの残骸。
そして霊気の糸らしきもので身動きがとれない英雄の剣のハンターたち。
……。
いや、お前ら、その体型はないだろ……いくらなんでもよ……。
違う意味で泣けてくらぁ。
っと、のんびりしてる場合じゃねえな……っとォッ!!
英雄の剣たち。
こんな状況でも偉そうな態度を崩さないのは……ある意味で立派なことだ。
目の前の仮面の男も同じようなことを思ったらしい、そんな雰囲気を感じるのが面白い。
「ボルバン様、ですか。これはこれはご丁寧に、ありがとうございます。私は……そうですね、ヌエとでも呼んでいただければよろしいかと」
さすがに名乗りはしないか。
しかし、ヌエときたか。
たしか……トドロキの国やアカツキの国に生息しているという伝説が残ってる魔獣の名前だったかな?
やれやれ。
同盟国のグローインドはサソリの仮面だったらしいが、ずいぶんグレードが上のヤツが出てきたな。
そう……間違いないだろう。
銀剣の乙女を倒したってヤツの仲間。
「私の目的ですか? 個人的に、ハンターの頂点に座する者の実力が気になったもので。結果としては時間の無駄でしたが―――おや、メンツが。なるほど……それは失礼しました。ギルドの顔に泥を塗るつもりなど全くありませんでしたが……配慮が足りておりませんでしたね。まことに申し訳ありません」
礼儀正しく頭を下げてきた。
ギルドの顔を潰すつもりはない、って言葉は本気なんだろう。
ならば、国は?
英雄の剣の力を試すだけならば、こんな王都のど真ん中でドンパチ始める理由はないだろう。
まさか散歩がてらにクラスSに喧嘩を売ったワケでもないだろうし、ならばそうする理由がヤツにはあった。
国が認めたクラスSパーティーを、衆人環視の中でへし折る理由が。
こんな連中でも敗北が知れ渡れば不都合は出てくる。
このまま無傷で仮面を逃がすのは得策ではない。
ならばどうする?
決まっている。
初手から全力で行くに決まってらァッ!!
出番だァッ!! パワーグラインドッ!!
……。
「ふぅ……ッ!」
誠実な。
あるいは模範的な。
丁寧にこちらの一撃一撃を見切ってやがる。
エーテルウェポンの開放で強化してもこれか。
しかも辛抱強いときたもんだ。
攻撃の繋ぎ目に隙を見せ付けても全く反応しない。
野郎、かなりの手練れだな?
いったいどれだけのハンターと戦ってきたのやら。
「ふむ……ならば。これならば如何でしょうか?」
うぉッ!?
かぁ~! そうきたかッ!
俺を直接狙うんじゃなくて、動きの先にトラップのように糸を張りやがった!
やはり手慣れている。
俺に向かって攻撃の気配が飛んでこないんじゃ、糸の動きを読むのは難しい。
かといって距離をとろうとすれば、やはり後ろに糸の気配が。
広場に入った時点でヤツの掌の上か。
だったら―――正面から叩き伏せてやるぜッ!!
うるァァァッ!! ―――ぐッ!?
「―――ッ!?」
「「うわぁッ!?」」
俺の剣とヤツの糸が衝突し、霊気の衝撃波が広がった。
この手応え。
思った通り、ヤツの糸は……いや、操作の起点となってるグローブのほうか?
とにかく、案の定エーテルウェポン……と、同じような性質のナニかだ。
たぶん違う。
うまく言えないが、エーテルウェポンとは違う、もっと……得体の知れないナニか。
底が見えないという点では、最近コルキュアスにやってきた術師も似ているな。
だが、デュランとコイツでは決定的に違う。
アイツの霊気は例えるなら子どもの落書き帳だ。
何処にも何者にも属しない、自由に生きることを楽しんでいるのが雰囲気でわかる。
そんな空気を感じ取ってたのか、街のガキたちも気に入られてたしな。
しかもアイツも飽きずに相手してたし。
まぁ、娼館に入り浸ってたから、一部の親たちは複雑そうにしてたけど……。
コイツの霊気は……暗黒の森とでもいうべきか。
陽の光が一切届かない暗い森の奥。
真っ暗で何も見えないのに、そこにヤバいナニかが潜んでいることだけは確信できる。
この男の本質というよりは、扱う力が……あのエーテルウェポンらしきものがそういう性質なのだろう。
そんなヤベーもんを自在に操る技術と精神力は素直にスゴいと思うがな。
まぁいいさ。
お陰で手段を選ばずに戦えるってもんだからな。
時間は稼いだ。
注意も引き付けた。
悪いな、正々堂々ってのは騎士サマたちの領分でなッ!!
……。
さすがの、俺も……こいつは焦るぜ……。
クラスA、クラスSのハンターたちが協力してるのに。
俺以外にもエーテルウェポンを持ってるヤツもいれば、開放してるヤツだっているのに。
仮面の、スーツにすら……かすりもしやがらねぇ。
これまで色んな戦いを経験してきたが、ここまで規格外のヤツは初めてだぜ。
ちくしょう、あの野郎、霊気の波に乱れがない!
少しくらいよ! 動揺しやがれってんだッ!
「……なるほど。上位クラスのハンター。そしてエーテルウェポン。実に貴重な体験をさせていただきました」
……? 気配が……変わった?
―――ッ!?
糸が砕けた。
手元で操っていた物だけじゃねぇ、広場に張り巡らされていた糸まで全部砕けちまった。
その結果、広場にどす黒い赤い霊気の粒子が周囲を漂っている。
一体、なにを―――
「―――我が“領域”へ、ようこそ」
がぁッ!?
なん、だ、これはッ!?
「なん……ッ! 体が……動か……ッ!?」
「どう、して……足が……く、うぅ……ッ!!」
こ、のォォォォッ!!
…。
なんとか……なんとか立てたが……コイツはかなり、だな……。
霊気のガードをフルパワーで強化して、ようやくこの暗黒の結界に抵抗できるか……ッ!
他にも、エーテルウェポンを開放してる連中は立ち上がれそうではあるが……たぶん、アイツらも戦うのは厳しいか……?
「それでは皆様、本日はまことにありがとうございました。皆様のご協力により、実に有意義な体験を得ることができました。心より感謝を」
逃げる、つもりか……ッ!
くそ……このままヤツを逃がすワケには……ッ!
「申し訳ありませんが、時間の都合がよろしくないもので。ええ、いずれ決着を……と、申されますなら喜んで。ですが今回はこれで失礼させていただきます」
暗闇の結界の中心で、仮面の男が丁寧に頭を下げる。
そしてそのまま闇に溶けるように消えていった。
結界が消滅し、俺たちも自由を取り戻しはしたが……まぁ、なぁ。
やはりヤツの霊気は何も感じない。
探すのはムリ、か。
クラスSパーティーが、クラスSクランが、たったひとりを相手にボコボコにされた。
ブルム帝国との戦いはもちろん、下手すりゃ同盟国との交渉でも不利を飲まされる可能性もある。
せめてもの救いは、国内の混乱は酷いことにはならないだろうってことぐらいか。
……それはそれで、本来なら問題なんだが。
っと、どうやら騎士団が到着するみたいだな。
ゴールドナイツが縄張りに騎士が入ってくることに文句を付けてたからな、到着が遅れたのは仕方ない。
しかし……事情、聞かれるよなぁ。
まったく、何がなんだか教えてほしいのは俺たちのほうだってのによ。
しばらくコルキュアスには帰れそうにないな。
……やれやれ。




