失われた“魔術”の使い手
「この下の…水に沈んだ魔獣の残骸が腐っている。それが水を汚染して、トレントたちを苦しめているようだな」
「! わかるのか!?」
ハンターたちから驚きの声が上がる。
突然地面に手を当てたと思えば、即座に原因を突き止めた。
初めて来た場所だと言っていたにもかかわらず、その洞察力の鋭さには驚くしかない。
「水が腐る、なぁ。しかしよう、魔獣の死体なんて放置することなんざ、いくらでもあるぜ? そんな程度で」
「ならばここの水を汲み上げて飲んでみるといい。体験すれば納得するだろう?」
「……いや、止めておくぜ」
一度は疑問に思ったものの、腐肉の沈澱した水と言われて口にする度胸はない。
「トレントだって生きているんですよね。見た目は植物ですけれど……いえ、植物だからこそ水の影響が大きいのでしょう」
「水が? ……そうか、たしかにそんなことを気にしたことはなかったな。腐った肉で濁った水か。それは魔獣だって調子が狂うだろう」
デュランの言葉を元に冷静に考える。
ハンターの中には魔導水晶だけを取り、それ以外を放置する者もいる。
そしてここは狩り場としてはかなり昔から活用されている。
たとえば偶然、そういったハンターがこの地で大量の魔獣の放置していたら?
あるいは、地面代わりの根っこの間から下に落としていたら?
狩り場を必要以上に汚さないのはハンターのマナー。
次に狩りにくるハンターのため、片付けとしてよかれと残骸を水に落とした可能性も充分ある。
……気まずそうにしているブラックハートもその口だろう。
「仕方ない。まずは浄化作業が必要だな。ところで……ハンターは仕事の都合で色んなモノを見る機会があるだろうが……」
「んー? そりゃハンターだもの、依頼者のヒミツを言いふらしたりはしないけど……なになに? ナニするのさ~?」
デュランは答えない。
代わりにフードを外して素顔を見せる。
若い。
只人族なのは霊気の気配でなんとなく知っていた。
だが、学生上がりと思うほど見た目は若い。
デュランはそのまま妖樹へ向かって歩きだした。
トレントたちが枝を伸ばす。
「あッ! おいッ!?」
護衛として同行しているハンターたちが止めるのも聞かず、デュランが枝に触れる。
「へぇ……見た目のわりに、柔らかいな……」
慌てた様子はない。
むしろ、トレントの感触を楽しんですらいる。
一体、何を始めるつもりなのか?
「―――我が声に応えよ」
術式の展開。
速い。
そして複雑。
それ以上に。
「円ではなく球体の式陣……知識としては聞いたことがありますが……」
「ああ……ホントに、本当に使える術師が存在したのか……」
術師たちの驚きは他のハンターたちよりも大きい。
存在は知っていても、その難易度から球体式陣を使える者はこの場にはいない。
「そんなに、違うのか?」
「違いますよ。王都にいるクラスSマジシャンでも使えるという話は聞いたことがありません。それに……」
「それに?」
「霊気ではなく、魔力に直接干渉しています。デュランさんが今使っているのは、失われたと言われている“魔術”かもしれません……」
驚きを超えて興奮した様子の術師たち。
その魔術とやらの凄さは理解できない戦士たちだが、使える者がいない、失われた、などといったモノを目撃する興奮は理解できる。
そして、いよいよ。
デュランの詠唱に合わせ、霊気の蒼、妖気の緋、魔力の白。
それぞれの輝きが足元から昇る。
「……ああ、たしかにすごいな。術師でなくてもわかる。そして……浄化、か。優しくて温かい光だ……」
何が起きているのか、ハンターたちは感覚的に理解した。
水だけではない、底に沈む魔獣たちの魂までもを浄化している。
その光は、近くで立っているだけのハンターたちの身体をも包み癒していく。
時間に余裕があったから、興味本位で付いてきたようなもの。
しかしガストはその判断を下した自分を褒めたい気分であった。
やがて光は静まり。
「……なんというか。世界ってのは広いもんなんだなぁ」
誰かがしみじみと呟いた。
きっと、自由だからこそ辿り着いたのだろう。
クラスSなどと名誉を受けても、王都で過ごす術師たちではきっと。
そんな風に感動に浸っていると……。
「……そろそろ、助けてほしいんだが」
トレントの枝でグルグル巻きになっているデュランを見たハンターたちの驚きは、あるいは魔術の奇跡を目撃したとき以上だったかもしれない。




