仁義の黒雷・その1
説明多めにつき肩こり注意。
エスタリアでは定期的に中央の国防軍本部で会議が行われている。
東西南北それぞれの領地から軍人が集まるとあって、街は賑々しくも物々しい雰囲気となる。
もちろん、いまさら住人たちも慌てるようなことはしない。
いつもと変わらぬ日常。
それを疑う者は誰もいなかった。
◇◇◇
異変は軍本部の周辺から少しずつ始まった。
「なぁ、本部の周りよぉ。いつもに比べてなんつぅか……多くねぇか? そりゃ、お偉いさんが集まってるんだし、わからなくはねぇんだがよ」
「ホントねぇ。なんだかいつもと雰囲気が違うわよねぇ」
「それになんだか……なんだろな、普段あんまり見ないというか、雰囲気の違う人たちが歩いてるような……」
「そりゃアンタ、アチコチから集まってるんだもの。知らない軍人さんのが多いでしょ?」
「そうか。まぁそうだよな。変に気にし過ぎたか。どれ、店を開ける準備でも始めるか―――なんだ?」
「朝早くから失礼します。実は、軍の内部で少々トラブルがありまして。状況確認のために、少しばかり騒がしくなりますが心配は無用です。ただ、近隣の皆さまにもご協力をお願いしたいのです」
「協力、ですか?」
「はい。と、言っても大したことではありません。落ち着き次第通知をしますので、それまでは外を出歩かないようにお願いします。ご迷惑をおかけしますが、どうか」
「ほ~ん。ま、そんなんでいいなら別になぁ?」
「そうね。せっかくだからお茶でも飲んでゆっくりしましょうか」
「ご協力、感謝します。では、自分は他所も回らねばなりませんので、これで」
………。
◇◇◇
「状況は?」
「全部隊、配置に付きました。先行して潜伏していた同志たちの準備も完了しています。各駐屯所の旧体制派も、無効化に成功しております」
「よろしい。特務大将閣下は―――いや、新生エスタリア国家元首殿は?」
「前元首殿のもとへ挨拶に。父娘として言葉を交わすのは今日が最後になるだろうから、と」
「そうか。……フッ。国家の未来のためとはいえ、実の父親を娘が討たねばならんとはな。革命とは、時代を変えるということは、なんとも無情なものだな」
「はい。しかしながら大佐殿、姫……っと、失礼しました。元首殿ご自身のお言葉ですが、やはり大義を成すためには避けられぬモノがあるのだと」
「うむ。綺麗事ばかりの正義など無力だからな。苦しい戦いになるだろう。しかしこれもまた、群衆の上に立たねばならん我々に課せられた、乗り越えねばならん義務なのだからな………」
◇◇◇
最初に異変に気がついたのはハンターたちだった。
エスタリアでは国内交通の安全確保のため、軍が積極的に魔獣討伐を行っているが、それと同時にハンターたちにも国から多くの依頼が出されている。
迷宮なども、入り口とその近辺は軍が管理し、内部で発生した魔獣の駆除などはハンターたちに協力を依頼する場合がほとんどである。
そのため、ハンターたちはよく知っている。
軍人特有の霊気の流れ……パーティーやクランを超える、統率された戦闘濃度の流れの始まりを。
「……コイツはよくねぇな。よくねぇ。こんな街中で発していい闘気じゃねぇやな。ふぅ―――おい、ギルド宿で待機中のハンター、全員叩き起こしてこい。コッソリとな」
………。
「……そんで。抜き足差し足でコソコソとギルドまで呼びつけて、ギルマス直々に話たぁ、穏やかじゃないねぇ?」
「嬉しい話ではないだろうことは確かだな。それで、いったい何が始まるんだ? 軍人どもがいきり立ってるのと関係しているのか?」
説明を求めるような言葉を発しながらも、ハンターたちは、特に上位クラスのハンターたちは事情を察しつつあった。
ギルドマスターが異変に気がついたときよりもさらに、街中から不穏な気配を感じていたからだ。
「ここに代々のギルドマスターだけが閲覧できる記録がある。基本、まぁ想像できるだろうがよ、あまり面白くねぇこの国の歴史的な出来事が書いてある。で、まぁ、それにいまの状況を照らし合わせると……どうやら軍が分裂した、かもしれん」
「内乱か。よりにもよってこの国で。それで? 私たちに軍を止めろとでも命令をするつもりなのか?」
「いんや? そんはクッソ面倒くせぇことしてられっかよ。オレたちがやるべきことは市民の安全確保だよ。軍人同士でケリが付くならそれでいいが、それで済んだコトはないから気をつけろって、ありがた~い代々のお言葉が残ってるからな」
ガタイのよいギルドマスターが、式陣で表紙が保護された冊子をヒラヒラと見せつけるように揺らす。
意図的に余裕のある態度を見せているが、内心ではやはり焦りを感じていた。
中央区に存在する全てのギルドで、自分と同じように行動を開始していることは期待できる。
だが、ハンターと軍隊ではそもそもの規模が比べ物にならない。
衝突が起きたときに発生する周囲の被害がどれほどになるかなど、現段階ではまったく想像できないのだ。
「さて。ともかく、まずオレらがやらにゃならんことは、情報の収集と整理だ。揉め事が起きてるのは確定だとして、どの程度の規模なのかワカランことには身動きできねぇ。もちろん内々に収まってくれそうなら手出しは無用だ。国とギルドは互いの行動に口出ししないって約束だからな。飛び火してこないなら余計なことしねぇでほっとけよ?」
◇◇◇
パーティー単位でハンターたちが街を歩く。
下手に警戒をしている姿を見せるのも危険だが、だからといって本当にただ歩き回るのでは意味がない。
あくまでも普段通りを装いつつ、しかし油断をせず。
「いまのところ……特に動きはないようだが……イヤな空気だな。魔獣の妖気こそ感じないが、まるでダンジョンの中を歩いている気分だ」
リーダー各の男の呟きに、メンバーが無言で頷く。
朝日が昇って間もないとはいえ、いくらなんでも表通りに人の気配が少なすぎる。
トラブルが起こったような残り香は感じないし、建物の中からは人間の魔力を感じるので“揉め事”はまだ発生していないのだろう。
だが。
「本人たち隠れているつもりなんだろうけどさぁ……まぁね~、軍隊では息を潜めて狩りを、なぁんてしないだろうもんね~」
「さすがは兎人は鋭いな……と、普段なら褒めるところなんだが。これはお粗末と言うしかないな」
「隠れるのがヘタなのはそうかもしれないけど、それとは別に……なにかしら、興奮を抑えきれてないみたいな……」
浮わついたような、あるいは餓えた獣のような気配。
もはや疑う余地なく。
いまから、戦闘が始まる。
それもこんな街中で、国を守るための軍隊同士が戦いを始めようしている。
◇◇◇
「やっほ。ソッチもギルマスの命令?」
「あぁ。ってことは、いまごろどこのハンターギルドからも偵察が出てるってことか。くそ、いったいなにが始まるってんだ」
「そりゃ、軍人さんがやらかそうってんだ。いわゆるクーデターとかそういう類いじゃろうな」
「いったい誰がそんなことを、な~んて考えるまでもねぇか。どうせ妹姫さまだろ? あのお方さまは少し前からちぃ~っとばかしオテンバが過ぎるご様子であらせられましたからな」
国家元首、グルードバルザ・ベルエスタールの2番目の娘にしてエスタリア国防軍特務大将であるレグルナルヴァ・ベルエスタール。
かつては好戦的な性格から姫将軍という、それでもどちらかと言えばまだ好意的な評価をされていた。
しかし、姉であるリーフェルジルヴァが北方領を任されて帝国軍と戦うようになってから、徐々に他者に……特に立場が下の者への礼節を欠くようになった。
そして西方領を任せられてからはそれがさらに悪化し、気に入らない者は全員露骨に遠ざけるような措置を取り始めた。
それでもさすがは特務大将と言うべきか、追い出した者たちについてもしっかりと次の仕事を確保していたため、多くの者は不平不満を飲み込んでいた。
生活そのものを奪われるほどではなく、ならば表立って争う姿勢を見せるよりは……と。
武闘派でありながら狡猾。
「西方領からはあまり歓迎できないウワサが流れてきてたもんねぇ~。っても、中立国の隣だし、あんまり過激なことはしないだろうっては言われてたけど」
「なんだ、お前知らないのか? 訓練兵団の話」
「んん? 訓練兵団でなんぞトラブルでも起こしたんか? 言っちゃなんだがな、あのお姫さんはそんなところに顔を出すようなマメな性格しとらんだろ」
「私もそう思っていましたけれども、実際に訓練兵団を抜けてきた人たちのから聞いた話なんですよね。なんでも―――」
「―――マジ? え、それマジ? うわぁ~マジありえないんですけど。フツーに最低なんですけどぉ……」
「そんなことが起きてたとはね。それで? そのフェイスコードとかいう訓練兵はどうなったんだ?」
「ちゃんと正規兵になれたようでしたよ。偶然ですが、南方領に向かう集団の中に見つけましたから。本当に顔に識別番号がありましたので、よく覚えてます」
「ほ~。根性あるのぉ~! 見上げたもんだ。そうか、番号残しとなると、よほどこの国に思い入れがあるんじゃろうなぁ」
「かもな。どんなヤツかは知らないが、少なくともレグルナルヴァ特務大将閣下さまのところの精兵たちよりはマシだと―――ッ!? これはッ!?」
雑談に興じていたハンターたちが一斉に霊気を高めた。
方向は街の中心。
音、霊気、気配。それは様々な要素が知らせてくる戦いの始まりであった!
「どうやら祭は始まっちまったみたいだな。どうする? オレたちも向かうか?」
「いや、中央には別にハンターたちが向かっているだろう。このまま南地区を巡回する。なにが起きるかわからんからな」
◇◇◇
「騒ぐなぁッ! 我々は国家の未来を守るために結成された義勇軍であるッ! 諸君ら忠良なるエスタリア国民に敵対する者ではないッ! これは、この国の行く末を憂いたレグルナルヴァ閣下による大義ある革命であるッ!!」
「革命、だってさ。前言撤回、メッチャ過激なこと始めちゃってますなぁ」
「まさかここまでやるとはな。ただでさえ帝国や4国同盟との戦争やってるっていうのに」
ハンターたちが駆け付けたときには、すでに南区域の広場は義勇軍を名乗る者たちに制圧されていた。
見たところまだ怪我人が出た様子はないのが不幸中の幸いだろうか?
「ふーむ。アチコチで戦闘濃度。特に本部の方向はかなり。こりゃもう軍隊同士の戦闘が始まってる可能性は特大ね。どうする?」
「ワシらんとこは民衆の安全を最優先って指示だが」
「僕たちのところもです」
「右に同じ。ギルマスたちの間では緊急事態の対応がちゃんと決められてたんだな。頼りになるぜ」
「それでどうしますか? 市民には手を出さないようなことを言ってはいますが」
「そうだな……虎穴に入らずんば虎児を得ず。シラヌイの国に古くからある諺だそうだ。堂々と姿を見せれば向こうも迂闊なマネはしないだろう。……たぶんな」
◇◇◇
リーダーの各の男が自分の行動を後悔するまで、そう時間はかからなかった。
語り始めこそはまだ言葉が通じていたものの、ハンターの立場はあくまで中立であることを伝えた辺りから態度が変わり始めたのだ。
「ちょ、ちょっと待ってよ! ハンターギルドの自由と独立は国が保証してくれるって話はどこにいったのよッ!」
「それはこれまでの旧体制のエスタリアの話だ。新生エスタリアにおいては国内の意識の統一を図るためにも、ハンターギルドの運営は今後、我々が監理する」
兵士たちの中でも特に身なりの良い指揮官の言葉が切れると同時に、義勇軍たちがハンターを取り囲み武器を構える。
そしてかけられる言葉。
大人しく従え、と。
「……そういうことか。お前たちは始めからオレたちハンターを認めるつもりはなかったワケだ」
「認めないとは言っていない。新生エスタリアのために働くことを許可してやると言っている。まぁ……抵抗するつもりならば仕方ない。周囲へ……民間人に無用の被害が出ても困るからなぁ?」
「よく言う……ッ!」
ハンターたちが苦虫を噛み潰したかのような表情で、しかし武器を構えることだけは耐えていた。
ここで武器を手にすれば、事態が動く。
それは避けなければならない。
おそらくは、目の前の義勇軍と旗を同じくする連中と、そうでない……彼らの言葉を借りれば旧エスタリアの国防軍が戦いを始めているハズ。
が、確証はない。
ほかの状況がわからないまま、エスタリア軍とハンターが最初に衝突するワケにはいかなかった。
此度の内戦の引き金はハンターギルドの責任だと、目の前の連中であれば言いかねない。
なにか。
なにか切っ掛けさえあれば。
どんな些細なことでもいい。
あくまで軍人同士の戦いが先ならば。
ついでに国防軍から依頼でもあれば、いくらでも言い訳ができる。
悩む間にも敵の指揮官が恭順を迫ってくる。
なんとか時間を稼ごうと、必死に考えを巡らせるハンターたちの視界に“彼”が飛び込んだのはそのときだった。