とある臨時教員のとある日のこと
どうも、みなさんお久しぶりです。
サミルニール・エレです。
お前は誰だと思った方のために説明しますと、デュランさんの巻き添えでフィンブルム王国から逃げることになった術師です。
巻き添えといっても、別に私はデュランさんを恨んではいませんが。
率直な言い方をしてしまいますと、業務にも飽きていたのでちょうどよかったくらいです。
まったく。
協会の上役の人たち、コルキュアス家が懇意にしてくれるからと横柄な態度でしたからね。
アレコレと仕事をまとめて私に押し付けてくるんですから。
困った人たちです。
いえ。
困った人たちでした。
フフフ。
いまの私は術師協会のマジシャンではありません。
身分証明としてはそうですけれど。
いまの私はストディウム魔導学院の臨時教員。
学校の先生なのです。
もともと卒業生ということもあり、面接即採用。
まぁ、クラスAマジシャンの肩書きも役に立つということです。
給料はそこそこ減りました。
しかしストレスはかなり減りました。
素晴らしいですね。
いまなら、デュランさんが名誉を求めなかったのもわかるような気がします。
魔導学院では正規教員と臨時教員までは職員寮が用意されており、そこでの生活なのでまったくの自由ではありませんが。
こうして、学院が……今日の業務が終わったあとにのんびりとおでんを楽しむ余裕は充分にありますからね!
と、いうことで。
おばさん、大根とつくね串と、それから麦酒のおかわりを。
「エレちゃん……エレ先生、たねはともかく麦酒はもう充分じゃないかい? 中グラスで8杯も飲んでるじゃないかね」
仕方ないのです。
飲まないとやってらんねぇーなんです。
ストディウム魔導学院。
その名前からたまに誤解をされますが、術師の専門教育機関というワケではありません。
魔導の扱い、つまりは霊気の扱い全般。
戦いのほかにも建築などの体力仕事も。
もちろん、魔導水晶を活用する術式道具の使い方も学びます。
鍛冶や道具細工の職人仕事も。
調理や服飾などの大衆生活に関する仕事も。
さまざまな分野で大勢の生徒が学んでいます。
この教育熱心な国の運営方針が、中立国として生きていけるほどの国力を……つまりは人材を確保できている理由なのです。
教育熱心。
熱心なんですよ。
プライマリエリアの学生の教育にはとても熱心なんです。
セカンダリエリアの学生は粗雑な扱いをされているのに。
私が在学中にも身分による違いは多少なりとも存在していました。
建前としては自由と平等。
しかしその実態は運営基金の協力に積極的な貴族の優遇。
それでもセカンダリの、いわゆる平民出身の学生から不満が出るほどではありませんでした。
貴族たちが大金を積み上げてくれるおかげで、自分たちも学院に支払う金銭以上の教育を受けられていると知っているからです。
それに、差別といっても貴族は貴族で身に付けるべき教養や常識が平民とは比べ物にならない量ですから。
食事ひとつ、見た目は豪華でも食べて美味しいでは済ませてくれない貴族社会。
プライマルの学生寮をこっそり抜け出した貴族の生徒たちと、お手頃価格の定食屋に遊びに行ったのも1度や2度ではありません。
そういえば。
ここの鯖味噌定食が大好きだった彼女は……サラは今ごろどうしているのでしょうか……。
1度、実家の人との会話を聞いたことがありますが、お世辞にも良好とは言えない内容でしたからね。
「あぁ、サラちゃんねぇ。卒業検定に合格したからって挨拶に来たきりだよ。餞別として鯖味噌をお土産にあげたけど、どこまで冒険してるんだか。暑い地方じゃないのは確かだろうねぇ!」
まぁ、貴族のゴテゴテした服装ですら蒸し暑くて窮屈だとボヤいていましたからね。
間違いなくクーライル連邦にはいないでしょう。
そもそも私が連邦を通ってここまで来ましたからね。
トドロキの国はなんというか……私の肌に合わないんですよね。
雰囲気が。
エスタリアは個人的に近寄りたくないですね。
軍人が政治も兼任しているというのが、いまひとつこう……なんだか思想とか、ちょっと凄そうじゃないですか?
無い物ねだりですが……彼女がいたのなら臨時教員を、それがムリならせめて非常勤教員でもお願いしたかったのですが。
セカンダリを担当していた教員で、特に術師はプライマリに片っ端から引き抜かれてしまいましたから。
お金。やはり強いです。
予算の配分も決定権はプライマリエリアの上層部ですからね。
私はもちろん丁重にお断りしていますが。
いまなら、デュランさんが権力に興味が以下略ですよ。
はぁ。
どこかに都合よくお金にも名誉にも興味のない優秀で話のわかる術師はいないものでしょうか?
間違いなくいないでしょうね。
はぁ……今日の麦酒もなんとなく苦味が強いですねぇ……。
ぐびぐび。
「やれやれ。悪酔い防止にまた豆乳ココアでも用意しておこうかねぇ。―――おや、いらっしゃい」
「失礼。……久々だな、この香りは。醤油があるところならどこでも食えると思っていたんだがな。まさか練り物が地域でまったく無いとは思わなかったよ」
練り物?
あぁ、そういえば魚の加工品は地域によっては需要が少ないんでしたっけ。
私は好きですけれどね。チクワもカマボコも。
………って。
「さて、お客さん。なに飲みますか? ウチは米酒も扱ってますよ?」
「いや、アルコールは得意じゃないんでな。ご飯はあるかな?」
「もちろん。ならおでんはお味噌汁の代わりにして、なにかおかずを付けるかい? いまなら鯖味噌がいい具合に炊けてるよ」
「鯖味噌か。いいな。いかにもご飯のおかずだ。飲み物は麦茶でもあれば嬉しいんだが」
「あいよ。すまないがウチは大きい店じゃないんでね、相席でガマンしておくれ。エレちゃん、ちょっとそっちによけて……エレちゃん?」
都合よくお金にも名誉にも興味のない優秀で話のわかる術師が―――いたッ!!
デュランさんッ!
「ん? アンタは……えーと、どちら様だったかな」
サミルニールです!
コルキュアスで術師協会にお誘いしたサミルニールですが私の名前なんてどうでもよいのです!
デュランさんッ!!
私と一緒に子どもを育てましょうッ!!
「「………。」」
………。
………?
………ハッ!?
いえ、その、そういう意味ではッ!!
ちょっと、そこのテーブル! お祝いの乾杯をしないでくださいッ!!
違いますからねッ!!
……ふぅ。
このお店の雰囲気は好きですが、まさかこんな弊害があるとは。
しかし、こういう失敗もたまには良いでしょう。
アルコールの取りすぎと、感情的になって言葉選びを間違える。
取り返しのつかない失敗で人生を台無しにする人もいることを考えると、私は幸運ですね。
と。
いうワケです。
非常勤教員ならデュランさんを拘束するようなことにはならないハズです。
この国にいる間だけでも、学生たちに手解きをお願いできませんか?
「……まぁ、特になにか用事はないから構わないが。私は教師なんてやったことはないぞ?」
大丈夫です。
コルキュアスの、あの新人ハンター……えぇと、森の牙でしたっけ?
そう。
そうです、あんな感じの、ちょっと世話してやるかくらいの軽い感じで充分ですので!
……やりました。
説得成功です。
フフフ。
引き込んでしまえばこちらのモノです。
デュランさんの性格を考えれば、何かしら学生たちに残してくれるでしょう。
仮に国なり学院なりの上層部が余計なことを仕出かしても、学生たちや……真っ当に働く教員たちに被害が及ぶ可能性はかなり低いでしょう。
あぁ。
自分の策士としての才覚が恐ろしい……ッ!
……はて?
これ、もしかして、私の企みがバレたらデュランさんにかなりの悪印象を持たれるのでは?
………。
いや、大丈夫でしょう。
なんかそういう……復讐とか報復とか、そういう後ろ暗い感情とはあまり縁が無さそうな気がしますし。
きっと大丈夫でしょう。
問題ありません。
私はいつも通り、冷静で的確な判断ができています。
そうだ。
学生たちのついでに私も少し術式を教えてもらえるかもしれません。
市販の術式指南書には無いような変わったモノを。
フフフ。
明日からの楽しみが増えましたね!
と、いうことで。
おばさん、麦酒のおかわりを―――ダメ? はい。
次回の投稿はもしかしたら1週間ほど開くかもしれません。
なにか不都合な出来事が起きたワケではなく、単に仕事+農繁期の始まりで多忙なだけです。
と、いうワケで。
どうかのんびりとお待ちくださいませ。