カテゴリーC監視対象・E-7381
「中型多足種、スパイダータイプですッ!」
「下がれ下がれッ! 連中に上をとらせるなッ!」
第241訓練兵団の修了検定は、近年でも―――否、エスタリアの記録が残る歴史の中でも異色のモノとなっていた。
「警笛用意は?」
「問題ありません。内容は?」
「救援……いや、後退で。分岐路前の部屋まで戻ろう」
「了解。みんな、下がりますよッ!」
そのときの訓練生の数に合わせ、20人前後の中隊規模で人数を振り分けるのは普段と変わらない。
そして、チーム同士が協力して検定に挑むのも、そこまで珍しいものではない。
「おッ! リーダー、笛の音だよ!」
「警告ですね。では私たちも合わせて下がりましょう。素材と魔導水晶は欲張らないでくださいね?」
「りょ~かいッ。さぁ、チャチャっと回収しよう!」
「後退の合図。おそらくは中央の部隊」
「だな。よし! 偵察班は先に戻れ。安全確保と、念のため手前の拠点の待機組にも連絡頼むぞ」
「オスッ! テメェら、ソッコー駆け足で行くぞッ!」
もちろん現場の教官たちも、そんなことは百も承知である。
検定のルールについての説明で協力することを禁止してはいないし、むしろ現場の判断で助け合うことができるのは大歓迎であった。
しかし。
「―――ッ! っと。よかった、ちゃんと伝わってたみたいで。蜘蛛だ。数もそれなり」
「なるほど。と、言うことはこの先はかなり空間が広いのですね」
「ここなら天井も低いからな。一応、オレのトコから後ろに連絡は回してる。顔文字ならすぐにでも人をよこすだろ」
「フェイス、前線から伝言だ。どうする? すぐに助けに向かうのか?」
「そうだな……守りは間に合ってるし、素材の運搬も必要だろうからな。侵攻班の入れ替えもかねて、みんなで出撃といこうか」
「オッケーッ! さぁみんな! 出番だよッ!」
「「おお~ッ!!」」
さすがの教官たちも、300を越える訓練生が1度に協力して迷宮探索に当たるとは誰も想像していなかった。
「軍やハンターギルドによる大規模なダンジョン攻略はあるが……さすがにこれだけの人海戦術は初めて見ますなぁ」
「今日も大量の魔獣素材が運搬されてましたね。このペースだと期日までだいぶ余裕を残したまま検定が終わりますね」
「効率だけならとっくに終わってただろうがな。あの顔文字はあくまで全体の強化を優先しているから時間がかかってるってだけだし」
拠点では訓練生たちの合格を確信している教導官たちが、のんびりとコーヒーを飲みながら雑談を楽しんでいた。
先の、不良訓練生たちの一件は意図的に見逃していた。
それは今回の訓練生たちの様子から、トラブルによってむしろチームワークの向上を期待できたからだ。
もちろん死者が出るような事態に発展しそうであれば、その場で確保し犯罪者として更迭するつもりであったのだが。
かくして思惑通り、残された訓練生たちの間にはより強い仲間意識が芽生えた……が、まさか残り全ての訓練生が手を組むまでは想定外であった。
もちろん指導役としては、そして後に先輩として彼らを迎える立場としては、素直に喜ばしい出来事である。
本来ならば。
「監視対象にされるだけのことはある。E-7381は素人ではないな。視点が大局的な、いわゆる指揮官のそれだ。兵站の動線、部隊の疲労。少なくとも訓練生に教える機会などまずない」
「ところどころ甘い部分もありますけれどね。ですが、なんらかの形で大軍を、あるいは大群を動かすような……まぁ、本格的か真似事かはわかりませんが、そういう経験はあるのでしょう」
期待の枠を超える新人は歓迎できる。
しかし、期待の枠を外れて優秀な新人となると話は変わる。
件のE-7381は、いったいどこでそのような経験を獲得したのか?
「素人ではない。しかし軍人にしては反応が素直過ぎるし、色々と甘い。ハンター……大きなクランの重要メンバー」
「100人規模のハンターを動かせるようなクラスの人間を、ウチの情報屋どもが見逃すとは思えませんね」
「スパイの方向ではもう考えないのか? カテゴリーC監視対象ならギリギリ含まれるワケだが」
「アレでスパイが務まるとは到底、だな。それならレグルナルヴァ閣下への態度が酷すぎる」
それぞれが、それぞれに推測を口にする。
危険人物をむざむざと懐に招き入れるようなことはできない。
だからといって、疑わしきは即座に確保を……とするワケにはいかない。
何者をも歓迎する。
エスタリアという国の発展は、この考え方によるものだ。
過去が不透明な人間は国民にも軍人にも大勢いる。
他国ではまずありえない危険な方法での人材確保、しかしだからこそ優秀な人材が多く集まっている。
もちろん他国からの工作員が送り込まれたことも数知れず、現に今回の第241訓練兵団の中にも紛れ込んでいたモノを“処理”している。
E-7381に限らず、全員がそれなりの監視をされていたのだが……やはり、彼だけは別枠だった。
単純に個人の能力が高いだけなのか?
それともやはり、どこかの国の工作員なのか?
しかし、ならば手の内を見せるのはなぜか?
ついでに言うならば、エスタリアの魔導院が彼を欲しがっているのも評価を面倒にしている。
いや。
魔導院だけではなく、リーフェルジルヴァ特務大将も興味津々といったところである。
そして、南方グラナーダ領からはマルライツァー少将により配属命令が先行して手配されている有り様だ。
「せめてなぁ、ワシらんとこにも少しくらい説明があればなぁ。それだけ……なにかしらの情報なり能力なりを持っとるんだろうがよ」
「逆に言えば、現場への情報が制限されている……いままでのパターンから考えれば政治的な問題が絡んでいるのでしょう。個人的には好印象な性格ですが、やはり貴族からは嫌われるタイプかもしれません」
「本人は乗り気ではない様子だが、自然と周囲から指揮官として祭り上げられているからな。命令によるものではなく人の上に立つ姿は、権力頼みの連中には不愉快だろうな」
明確に立場を別けているのではない。
しかし、集団行動についての意見で、1番引き出しの多い“彼”がどうしても頼られるのは仕方のないことだろう。
なるべく安全に、そして皆が役目を振り分けられ、しかも充分な魔導水晶や素材を獲得できている。
結果が出ている以上、もはや検定期間の終了日まで指揮官の座を降りることはできないだろう。
権力ではなく実力による統率。
命令で従わせることしかできない人間から見れば、それはさぞかし目障りだろう。
「追放者、が……いまのところ最有力かね? まぁ……我々がこうして憶測を巡らせたところで、最終的に判断を下すのは上の人間だからね。せいぜい率直な報告を送ろうじゃないか」
「E-7381の人間性について、そしてエスタリアにとって利益になるか。そうだなぁ……オレぁ、大賛成だ。オメェらは?」
「「賛成」」
「……ふむ。まぁそうなるな」
おそらくはこの面子の中でも最も熟練、老教導官の口元に微かに笑みが。
普段の訓練生に対する柔らかいものではなく、いかにも戦人らしい、少しだけ凶暴さを含んだ微笑みが。
あれこれと疑っていながらも迎え入れることに賛成なのは、彼らの経験則によるものだ。
本人たちにも不思議なもので、結局こうして感覚的に共に戦えるか、戦いたいかどうか、現場の感性がもっとも信頼できる判断材料になる。
だからこそ、監視の命令を出す側も余計な情報は与えない。
もちろん、他国の工作員として、あるいは犯罪者や危険人物として監視を命じるときには詳細を伝えることになっている。
つまり、情報を絞った時点で上は“彼”を引き込む前提なのだ。
それを知る故に、教導官たちも結局のところ肯定的な態度になっているのだ。
多少疑わしくても、人間性に問題ないならとりあえず採用して使ってみる。
それは他国から見れば余りにもいい加減な、危険な判断方法。
しかし。
「ブルム帝国の後継者争いの余波、4国同盟の不穏な動き、そして……伝説が伝説などではなく事実であった、かもしれんという噂話。まったく、なんとも物騒なタイミングで変わり者が我が国にやってきたものだね?」
長く争いは続いており平和とは言えないものの、それなりに安定していた流れが近く崩れるだろう。
経験則ではなく戦士の直感。
エスタリアにとってどのような形になるかはわからない。
それでも、きっと“彼”が時代の変化のトリガーになるだろうと誰もが確信していた。