ほどほどな訓練日和・その3……と思いきや
「ねぇ、アナタ。名前はなんて言うのかしら?」
訓練内容が集団行動を重視する段階まで進んだ今日この頃。
襟回りの勲章が豪華な少女に睨まれて? おります。
銀色の狐耳がキュートだね!
エスタリアの王さま的存在。の、娘のひとり。
名前は覚えてないけど階級が特務大将なのは知ってる。
つまり、訓練生の俺よりはるかにヒエラルキー上位存在。
なんてこった。
一生関わることなんてないと思ってたのに。
だから名前なんか覚えなくても関係ねぇぜフッフー! とか余裕こいてたのになぁ。
うーむ。
後ろに並ぶ取り巻きの皆さんも制服が豪華。
とりあえず……コード番号を名乗るしか?
もちろん忘れてないよ。
E-7381であります、閣下。
「―――そう」
ほとんど反射に近かったと思う。
体を屈めて、腕を交差させて。
ガードが有効だったのは偶然か、それとも向こうがわざとガードを狙ったのか。
蹴られた腕の衝撃と痛み。
それから、壁に叩きつけられた背中の衝撃と痛み。
ほとんど同時。
……いってぇ。
肺の中の空気が全部なくなるって、こういう感覚かぁ……。
「ごめんなさい。私の言い方が悪かったわね? アナタたちはコードで管理させているんですもの、アナタの応答はなにも間違ってはいないわ」
ニコニコと微笑みながら近づいてくる少女。
思いっきり蹴り飛ばしておいて私が悪かった、ときたか。
創作物の軍隊の“指導”のイメージ。
そのまんまだな。
あと情報、ひとつ更新。
この子、メッチャ強い。
祝福で鑑定するまでもなく、雰囲気でわかるよ。
ボルバンや帝国の……あの狼っぽい侍のオッサン。
名前なんだっけ?
ともかく、あの辺りまではちょっと遠いけれど。
ハンターならクラスAのランク上位とか?
戦闘モードじゃなくてもこれか。
少なくとも今の俺では逆立ちしても勝てないわ、こりゃ。
階級は伊達ではないらしい。
組織としては喜ばしいだろうね!
俺はピンチだけどね!
「質問を訂正するわ。アナタの、本来の名前はなんて言うのかしら?」
さて、どうしようか?
正直、あまり関係を築きたくはない。
俺の物語の最終地をエスタリアにするのなら、名乗るのもアリだろうけど。
まだまだ世界を巡りたいし。
それに……単純に、気に入らない。
社交辞令ならばいくらでも頭を下げるのは平気なんだけど。
なにせ軍隊社会だからねぇ。
ここで妥協した結果、想像もしなかったヘンテコな評価をされるかもしれん。
いわゆる派閥とか、そういうヤツ。
それは困るのだよ。面倒だもの。
せっかくの異世界、そして手に入れた自由!
手放してなるものかよッ!
なんてね。
と。
いうワケで。
自分の識別場合はE-7381であります、特務大将閣下殿。
「……そう。生真面目なのね、アナタ。良いことだわ」
……。
「つま先で、アゴだったな。そりゃもう、キレイにスパーンッ! てな。顔が抉られてんじゃねぇかと思って焦ったぜ」
「素直に名乗っておけばいいものを。まぁ、お前のそういうトコ、らしいと思うよ。付き合いは短いけどさ」
さすがはチーム。
意識を失った俺を医務室まで運んでくれたらしい。
感謝感謝。
ちなみにさっきまで、ルームメイトもお見舞いに来てくれていたそうな。
……それで?
なにやら言いにくいことを抱えてそうな雰囲気だな。
「あー、まぁ、教官からの伝言っちゅーか……その、ご愁傷さまというか……」
「フェイス、お前、不敬罪で3日間の独房入りだとさ。向こうは特務大将、しかも国家元帥の娘だからな」
あー、そういう。
でも仕方ないね、自分で選んだ結果だからね!
……しかし、どっちだろうな?
ただの気まぐれで俺に声をかけたのか。
最初からそのつもりで声をかけたのか。
相手の人間性をまったく知らないからな。
ふーむ。
後者だと……少し、厄介だな。
先日のラルマイツァー少将のときとは事情が違う。
あの人はもっと敬意を払える腹黒さを感じるからな。
だが特務大将殿は違う。
もっと、感覚的にというか、本能的にイヤなニオイだもの。
となると、いざというときに備えて、少し祝福の使い方も考えておく必要があるかも?
もちろん、穏便な逃走用にね!