面白いヤツ、あるいは危険なヤツ
「慎重だな。辛抱強い」
「だけれど運は悪いかもしれませんね。いまの入れ替りで、グリージニアが彼を“敵”と認めてしまいました」
新人を掴もうとしたとき。
あえて前に踏み込んでくる可能性は俺たちも考えていた。
グリージニアがその程度の想定をしないなどありえない。
あのとき、アイツがバランスを崩してみせたのはわざとだ。
右の拳を打ってこい、と。
避けるつもりも反撃する気もなく。
霊気のガードで受け止めるつもりだったハズだ。
だが、新入りは誘いに乗らなかった。
偶然ではないだろう。
グリージニアの体勢が崩れたのを確認してから、わざわざ距離を開けたんだからな。
臆病というワケでもないだろう。
こうして端で見ていても、あの顔文字からは明確な“前に出る”という気概を感じる。
「強気でありながら冷静か。そして……ハッ。見ろよ、守りのほうも手抜きはないようだぜ?」
相手を敵と認めたからか、グリージニアの攻撃の頻度が上がっていく。
状況は一方的に見えなくもない。
だが、グリージニアの打撃は一撃たりとも顔文字に直撃していない。
全てが左腕で防がれている。
そのこと自体はまぁ、わからなくもない。
手加減しているとはいえ、それでも簡単に見切れるような甘い攻撃ではないからな。
避けられないなら受けるしかない。
あえて回避を選択肢から外すことで、確実に防御することを選んだのだろう。
ただ。
「霊気のガードが少しずつ削ぎとられているのに……まったく動揺がありませんね。追い込まれていることを自覚していないとは思えませんが、だとするのなら……」
たいした胆力だ。
「―――フッ!!」
「―――ッ!」
豪快な音が訓練所に響く。
砕かれた霊気のガード、その破片が宙に舞う。
やれやれ。
あの感じ、グリージニアのヤツ。
「あの暴力オンナ、すっかり楽しんでやがるな」
「久々に歯応えのある訓練生が現れて嬉しいのでしょうね。あと、貴方の今のセリフはちゃんと伝えておきますのでご安心を」
「……酒保の向日葵卵のプリンで」
「いいでしょう。軽口は災いの元ですよ?」
なにやってんだコイツら。
っと、そんなことよりあのふたりだ。
ふむ。
さすがにいまの一撃は効いたらしい。
左のガードが下がった。
下がった、が……やはり、右は動かない。
動かないが、込められている霊気はスパーリングの始まりに比べてかなり強力になっている。
どれだけグリージニアが誘っても、ひたすら丁寧に左の素早いパンチを繰り返すだけ。
ここまで徹底されるとなると、やはり―――狙っているのだろう。
演技ではない、本物のチャンスを。
大したものだ。
追い込まれながらも冷静に、じっくりと反撃のタイミングを探り続ける自制心の強さ。
コード付きから卒業したら、指揮教育を施すよう進言しても面白いかもしれないな。
さて、それはそれ。
ここからどう動くかな?
まだガードが残っているとはいえ、さすがにダメージも無視できないレベルに―――
「……集え、氷の星の輝きよ」
ん?
いま、顔文字が何かを呟いて―――ッ!?
「「―――ッ!?」」
あれは、属性の付与かッ!?
訓練生たちは単純に驚いている。
あるいは、変化をただの虚仮威しと嗤う者さえいる。
だが、俺たち教導官にしてみれば只事ではない。
式陣による変化でもなければ、魔導水晶の利用したワケでもない。
術式道具すら使わずに、霊気の性質を変化させるなんて……ッ!
「ハハッ……そりゃよ、たまに面白ぇヤツが入ってくるこたぁあるがよ……こりゃ、また、想定外なヤツが来たもんだ」
「少なくともエスタリアの魔導院では高等技術とされ、研究中のハズですけどね。他国ではすでに実用化まで至っているのか、それとも」
あの顔文字が普通からズレているのか、だ。
顔文字が別枠なんだろう……と、いうパターンが一番面倒が少なくて助かるんだがな。
仮に他国が実用化していたとして、普通ならそれを他所に洩らされるリスクは避けたいだろう。
しかし、それを見越して……顔文字がどこぞのスパイ的な立場の人間であれば?
あえて手札を見せる、政治的技術的な駆け引きの可能性だってある。
すでにエスタリアの中には相当の実力者を潜ませているぞ、という牽制もかねて。
その手の判断は上の連中が考えることだが……オレたちも、国防軍の一員としてヤツを、[E-7381]について報告・監視を実行する必要がある。
まぁ、それはそれとして。
グリージニアのヤツ、これ幸いとばかりに霊気を高めたな。
面倒見もいいし、気さくで悪いヤツじゃないんだけど……。
どうも、好戦的なのはなぁ。
いや、まぁ、データが取れるから無意味とは言わないけどさ。
……。
…。
氷を宿した拳。
なかなか厄介な相手のようだ。
あの蒼い揺らめきそのものが攻撃的な性質を含んでいる。
それだけでも単純に攻撃範囲が広がっている。
そして、それに加え氷の光が不定形なのが対応を難しくしている。
ギリギリの動作で避けようとすれば、パンチの勢いに合わせて伸びてくる霊気……冷気か? に、つかまる。
思わぬ強敵にグリージニアは現状を楽しんでいるようだが、わずかに焦りも感じているらしい。
攻撃はともかく、防御が。
霊気のガードが本気になっている。
あの男、やはりただ者ではないようだ。
シンプルな立ち回りに複雑な霊気の技。
まだ二十歳そこそこの若さだろうに、あの様子だとかなりの修羅場を潜っている可能性も充分にある。
「危険ですね、彼は。目的がなんなのか探る必要があります。もしくは、本当にフリーの人材であれば、なんとしてもエスタリアに引き込むのが得策でしょう」
「だな。ま、人間性次第では歓迎できるかは別だろうがな」
「そこは大丈夫でしょう。貴方が教導官なんてやってるくらいですし、よほど凶悪な人間でなければ」
「ハッハッハ。ンだとコラァ!?」
なにやってんだコイツら……。